遠い未来、月面の社会では、女性は必ず死病に罹患する。
15歳までに死亡する可能性が80%をいくらか超える程で、
20歳まで生きられる者はごく僅か。そんなディストピア。
すべてが管理され監視された月面に生きる3人の男女が、
それぞれの価値観を持ち、悩みながら、現実を物語る。
規範に従って結婚し、子を為して育て、別れを迎える。
社会は、閉ざされた中で小さな生態系を完結させた水槽。
そんな中で平凡な幸せと別れとその後を経験する第1章。
第2章、第3章では水槽への疑いと抵抗が提示されていく。
しんどい。私はサーシャだ。
ラルフのような知恵も技術もなく。
ただ、どうしても受け入れられず。
彼らには牙を剥いてほしいと思った。
私自身も牙がほしいと思った。
目を背けたり流されたり潰されたりしたくないと思った。
読者の社会的立場次第で受け止め方が異なる作品だろう。
QOLという言葉がある。
quolity of life、生命の質。医療の分野においては、患者の身体的苦痛を取り除くだけでなく、精神的、社会的な満足度を重視する、そんな意味合いで用いられる。
このお話を読み終わって、真っ先に思い浮かんだのがこの言葉でした。
罹患率百パーセント、二十歳まで生きられる者はほとんどいないという恐ろしい病。
これに感染するのが「産む性」である女性のみだということが、この物語の核になっているように思います。
月面に生きる人類の種を絶やさぬよう、徹底管理される生殖。
貴重な女性はクローンで数を増やし、「結婚」の年齢である十五歳まで、どうにか種を維持していけるだけの人数を確保する。
生と、そして死が、自らの存在意義に直結している。生々しい、そのままの意味での命の重みを、感じずにはいられませんでした。
しかし人間は、ただ生きるため、命を繋ぐためだけに生きることはできません。
制限された生の営みの中で、人々は歌い、絵を描き、本を読み、そして——人を愛し、愛を求める。
それらの行為は、生死の生々しさの中で、より純粋で尊いものに感じました。
予め決められた伴侶と共にすることを義務付けられた「家族の時間」に、ヒトが人間たらんとする希望が込められているようにも思いました。
整然とした一人称で紡がれる物語の主人公たちは、みな確かな血の通った人間であり、彼らの感じた迷いや怒りや哀しみ、そして喜びを、胸に響くような生の感情として捉えることができました。
それぞれの登場人物の生き様が、とてもリアルでした。
個人的には、委員長ことラルフが非常に理知的で大変いい男でときめきました。彼がサーシャの伴侶で本当に良かった。
これ本当にただで読んでしまって良いのでしょうか。素晴らしい物語をありがとうございました。