桜木のイサド
村瀬は千段ある階段の最後の一段を蹴った。
そこには朽ちかけている街のシンボルと、何かに引っ張られる男性、小さい子の泣き叫ぶ声。
何が起こっているのか理解し難い光景だ。
でも、桜木を燃やさないといけない。
そう思って踏み出そうとした。
が、動かない。足が動かない!
震えが止まらないし、涙まで溢れてきた。
え、なんで?!
「ごめんね。君の体、少し借りるよ。大丈夫、全部僕が終わらせるから。」
頭にすごく優しい声が響いて…
そこで私の記憶は途切れた。
「はぁ、はぁ、なんだこりゃ」
村瀬が走っていってから十分は経った。やっと壁が綻んだ所を見つけて、敷地内に入ることが出来たけど。カオスである。
とりあえず倒れている村瀬の元に駆け寄る。息をしていることを確認したら、楓らしき男性のところに。
「おい!楓なんだろ!俺がわかるか!」
「あ、つし? 敦?!来たらダメだよ!今の桜食さまは何するかわかんないのに!」
んなこと聞いてられっかよ
桜食さまは、あの日見たみたいに、自分の体を変化させ始めている。
「おい、桜食さま!俺がわかるか!てめぇが十五年前、捕らえ忘れた小僧だぞ!今からお前の桜木、燃やすからな!」
「敦!頼むから逃げてよ」
誰の静止も聞かない。今やらなかったら後悔する。それこそ、十五年前のように。
ライターを持って桜木に近づいた。
「待って!最後に兄さんとお話させて」
さっき倒れてた村瀬が立っていた。兄さん?はあ?
「ごめん、僕はこの桜木。この子の体ちょっと借りちゃった」
俺も楓も桜食さまもかたまった。ただ、その村瀬のやつに耳を傾けた。
「ねえ、兄さん。僕は愛して貰えてるようで嬉しかったけど、僕、言ったじゃないか。栄養を与えすぎると腐ってしまうって言ったじゃないか。」
桜食さまは元の姿に戻った
「僕はこんなの望んじゃいないんだよ」
村瀬の中のやつは泣いてた。ポロポロと零れるそれは、落ちていく途中で消えた。
「ア、アアア ゴメンネゴメンネ オレハマタ」
桜食さまも泣いてた。上手く聞き取れなかったけど、泣いてた。
「その木はもうすぐ腐ってしまう。もしかしたら僕は消えてしまうかもしれない。」
桜食さまに歩み寄った村瀬は、抱きしめようとしたが、触れられなかったので向き合った。
「兄さん、約束して。もう二度とこんな事はしないで。僕だって、怒るんだから。」
「スマナイ オマエヲアイシテイタノニ」
村瀬は少し笑うと、倒れた。
それと同時に桜木に生気が消えた気がした。
「マッテクレ、オレハマダオマエトイッショニイタイ」
桜食さまは、ずっと泣いていた。
見ていられなくて、少し荒々しかったけど、抱きしめてやった。
「よくわかんねぇけど、今からでもやり直せるんじゃね?」
困ったように笑ったこいつは、すまないと言って神社の見えない壁をなくした。そしたら、ちっちゃい女の子が走ってきて、楓に抱きついてわんわん泣いてた。
「終わったのか?」
全部、ぜんぶ。結局俺は何も出来なかったけど。
「ん、うんん。あれ?私たしか、」
やっと起きたか。説明すると長くなるんだけどなあ。
「敦、さっきの男の人は?!まだ、まだ終わってないよ!まだ桜は生きてる!」
彼女はそう言って桜木の根本で何か探し始めた。みんな、寄ってみるとそこには、
「ここだけ腐ってないの!あの人が最後に言ってた、新芽よ!」
まだ、間に合った。
桜食さまは嬉しそうだった。
終わってなんかいなかった。まだ始まったばかりだった。
その後は大変だったんだ。
病院に戻ると椎名は看護婦のおばさんに怒られているし、二人でめちゃくちゃに怒られたし。
楓は、桜食さまのコピーのが有名大学に入っていたからヒイヒイ言ってる。
女の子も無事帰れた。
あの桜木は、市役所に頼んで腐ったとこだけ切ってもらった。
そして今、俺は椎名を連れて定食屋に来ている。くそう、あいつ一番高いヤツ頼みやがった。まあ、いいけど。
やっと、十五年間止まってた俺の時計が動き出したみたいだ。
これで、心から笑える。
俺のイサドってここにあったのか。
今度こそ兄弟仲良くイサドで暮らせよ
桜木のイサド 《短編》 ヤマナシ @yamanashi
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