第15話 終わり
「あいたたた」
殴られた頬を抑えながらナタリアは、街道を歩いていた。あれほど降り注いでいた陽光はもはやなく、再び空を分厚い雲が覆っている。
降り注ぐ煤を外套で防ぎながら、ナタリアとその一行は街道を歩いていた。
「大丈夫ですかナタリア様」
心配そうに問うのは、クリス。治療をしたとはいえど、その痛みが完璧に消えたわけではない。シュリ直伝の鉄拳はそう安いものではないのだ。
「ええ、まあ、これくらいは大丈夫ですわよ。久しぶりになんだか、戦ったって気がしていけないことなのに楽しくなってしまって本当やりすぎましたわねぇ」
あまりにもやりすぎて魔法で防御されているはずの闘技場は半壊。その他の被害は全てシュリが防いだので、死者もけが人もなにもないがそれでもテンションに任せて色々とやりすぎてしまったことは反省だろう。
結婚式では魔法で幻術をかけてキスとかしなかった。問題なし。何も問題はない。その後は、アイラの結婚式も見てからアイラをナタリアに魔法で偽装して本人は出てきた。
あとはこそこそとしながら魔王を倒して帰るだけだ
「自制しないと」
「いえいえ、そのままで、そっちの方が楽しそうですし」
反省しているナタリアにナガレが言う。その顔はいつも通り、胡散臭い笑みを張り付けて、いつも通りの軍装姿で歩いている。
「あれだけやらかしているんだ。もう無理だ。諦めろ」
最後にそう言うのは、ディンだった。どういうわけか、いつの間にかついてきていた。事情など知らんが、勝負はついていないのだから、逃げるなということらしい。
事情について説明しようとしても知らんし、聞く気もなく、さっさと終わらせて勝負しようとか言っている。
「はあ、まったく。とりあえず、無事に結婚できて、妾ではありますけれどアイラとヴィルヘルムの結婚式も見れましたし万々歳ですわ」
ただ、色々と恥ずかしかったと言われた。まさか、ヘルメース社製映写機で撮りまくっていたのが駄目だったのか。
それとも、最前列で感動して泣いていたからだろうか。あるいはその両方か。どうでもいいことではある。
あとは初孫が生まれるまでに帰ることが目標だ。結婚して今は、ナタリアとして行動させている。晴れて夫婦として行動できるのだから、きっとやることはやるはずだ。
ヴィルヘルムの傷も治った頃といえば初夜は今夜だろう。ナタリアに化けさせているので、きちんと正妻としての初夜と妾としての初夜をやれる。問題ないはずだ。
「さあ、初孫を拝むためにもさっさと行きますわよー」
「御心のままに」
「面白ければそれでいいですかね」
「さっさと行って決着をつけるぞ」
ナタリア一行の魔王を倒す為の旅がそれが始まる。
「まあ、ほとんど魔王の居場所なんか見当がついているので、さっさと行きますけどね」
アイラに聞いていた場所へと転移する。そこは大陸北の凍土地帯。誰も近寄らぬ魔の領域。そこには城が存在していた。
かつての城。堅牢な城。かつて戦乱が世界を支配していた頃の防御拠点として考えられていた城だ。無骨で優雅さのかけらの何もない城。
中は荒れ果てている。かつての繁栄をそのまま氷漬けにしたかのような場所ではあるが、荒れ果てた様は無常であった。
その奥、そこには階段があった。まるで生き物の食道とも思えるようなそこをナタリアたちは降りていく。下へ、下へ。地下の蒸気管や下水道すらも越えて下へ、下へ。
終点の扉をくぐれば目的地だ。暗い。まず暗い。何かの生き物の消化器官の中だと言われても信じられるようなそんな気がするような暗がりだ。
響くのも蒸気を噴き出しながら機関の駆動する音。歯車が回り、シリンダーが稼働しピストンが奏でる重く低い音が響いている。
そこにあるのは巨大な機関だ。壁一面歯車の巨大機関。ただ見ただけでは何に使うものなのかすら見当がつかない。
おそらくは高名な
この大陸の地下深く、全土に広がるほどの大機関。ただ駆動するだけの歯車機関。暗がりの竜とでも言うべきか。
『来たな』
部屋に備え付けられた共鳴器から声が響く。低い声だった。それでいてしわがれている。おそらくは老人だろう。共鳴器の中にある映像板(モニター)にも老人の影が映っている。
「あなたが魔王ですか?」
『さよう。世界を演算した結果そうなっているな』
「では、直接姿を見たいものですが」
『見えておろう。この機関こそ、我が肉体。我が形。我が、夢の形である。我が名はチャールズ。かつては
偉大なりし、蒸気機関文明の先駆け。ありとあらゆるすべてを演算せしめた男。千人切りを成した男とも言われている。
眉唾だと思っているが、少なくとも機関史にはそう記されている。本人かは不明だが、魔王と肯定されたので、本当だろう。
設定的にもアイラにきいたものと合致する。
「これはこれは、拝謁に賜り恐悦至極。それでですね、世界を滅ぼすのやめてもらえます?」
これで止まるとは思ってもいない。だが、一応話合いで解決できるならばその努力を行う。
無論、いつ戦闘になっても良いように戦意だけは滾らせていく。しかし、
『別に滅ぼす気などない』
「え? そうですの?」
呆気なく問題は解決した。
『ああ、この世界に転生してエロと便利さを追求していたら、いつの間にか魔王とか呼ばれて数百年。いまは、全世界の女子の風呂と女子の更衣室と未亡人女性の家とか新婚の夜の営みやらを覗くので忙しい』
「…………うん?」
何か後半、覗きとか聞こえた気がするがきっと気のせいだろう。天下の魔王がそんなことしているはずもない。
だから、必然意識は前半の転生という言葉に向く。
「あなたも転生者でしたの」
これは好都合。話が早い。
「では、世界は滅ぼさないでくださいますのね」
『無論だ。わしがこうなっているのも、エロ――いや、息子に会うためじゃ。あの過労で死んだバカ息子にな。可愛い茜の結婚式にも行けんで死んだ馬鹿息子を殴りにいってやらんとないけんでな。転生させてくれた宇宙人もそんなこといっとったし、エロのついでに探すことにしたんじゃ。いつの間にか数百年たっとったがな』
「うん?」
何やらどこかで聞いた話である。
「ええと、ううん? もしかして、ですけど、前世でのお名前健二では?」
『む、なぜわかった。いや、待て演算してみよう…………結果が出たぞ。……まさか、馬鹿息子か?』
「…………ええ、
『…………』
隠していた趣味アップリケ。厳格な父がやっている可愛らしい趣味である。夫婦のなれ初めが、胸を揉ませてくれと頼んだら、揉ませてくれたこととか恥ずかしい想いでもついでに語ってみると、
『よし、死ね』
刃が降ってきた。
「いやいやいや!? ここは普通感動の再会とかじゃありませんの!」
『知らん。馬鹿息子よ。わしの秘密を知っている貴様を生かしては返さん。捕まえてあんなことやこんなことしてやる』
「おかしい!? あきらかに目的おかしいですわ!」
『だって、会えんとおもうっとったら馬鹿息子がなんかめっちゃ可愛らしい娘になっとるんじゃもーん。ほら、もう悪戯するしかないじゃろ?』
「ないじゃろって、ないじゃろじゃないですわよ-!」
機関腕がうねうねとうねりナタリアへと迫って行く。その手つきは機械の癖にいやらしい。とてもいやらしい。
捕まればあんなことやこんなことされてしまうに違いない。
「本気ですの?!」
『本気じゃ。教えたじゃろう。エロこそが、世界を進めるのじゃと。世界を進めるのは妄想とエロじゃ。そうやって、蒸気機関が広まったのじゃ!』
「あああ、そうでしたわ。このクソ親父」
『パパと呼んで?』
「うわあ、厳格な父の像が崩れていく」
『だってさ、息子相手にはかっこいい親父でいたいじゃん? 娘相手には馬鹿親父でも良いから好かれたいじゃん? で、息子と娘のハイブリットにはさ、悪戯するしかないじゃん?』
「…………癪ですが、同感ですわ」
それで言質を取ったとばかりに数を増していく機関腕。それら全てをナガレとクリス、ディンが迎撃していくが、如何せん量が多いためナタリアの下まで来ることができない。
『な、ええじゃろ? 先っちょだけじゃ』
「それ、シュリの前でも言えます?」
『安心せい。あの子に鉄拳教えたのが誰だと思っとる。わしじゃよ。子供の頃良い身体しとったから、手取り足取りな』
「このクソ親父め」
『パパと呼べ。なあ男じゃし、減るもんじゃなかろう? わかるじゃろ、この気持ち! 男なら乳があったらガン見するし、揉みたいと思うじゃろ!』
「思う! けど、それところとは話は別ですわー!」
その後、一回胸を揉ませることで落ち着かせることに成功した。
『う――ふぅ』
「いや、落ち着きすぎですわよ」
『いや、至高じゃった。良い胸じゃ。よくもまあ、育てたの馬鹿息子よ』
「いや勝手に育ったんですけど。これ重くて結構邪魔なんですのよ?」
『それを邪魔とかけしからん。世の女性に聞かれたら殺されるぞ。で、何? 魔王がいるって聞いてきたんじゃっけ。なら問題解決したし、万々歳じゃな』
どうにも釈然としないが、良いのだろうかこんなので。
『良いんじゃね? それより、さっさと孫娘の所に行くとするか。いるんじゃろ? 宇宙人様様じゃ。お爺ちゃん孫娘の顔が見たいんじゃ』
「でもどうやって出ていくんですの?」
『ほれ、見てみ?』
そこにはロリィな自動人形があった。
「わしじゃ」
その口から出てくるのは男の声。というか父親の声。
「…………」
「なんじゃ、言いたいことがあるならいうてみい」
「なぜ、そんな子供の姿に」
「これが一番かわいいじゃろ? この姿なら女風呂に入っても問題ないし、一人でおれば、若い娘さんが勝手に世話を焼いてくれるんじゃ」
「どうしようもない屑ですわ。ああ、厳格な父の姿が」
思い出の彼方に消えていく。
「だって、今更じゃろ。一度死んだ身じゃ、自由に生きて何が悪いというのか。さあ、行くぞ桃源郷! 実はこの近くに湯治場があってじゃな。ほれ行くぞい」
「ちょっ」
引っ張られるように父に手を引かれる。いったいいつ振りの事だろうか。あの父が縮んで女になっている。それは自分もだが、世の中本当によくわからないものだった。
――思えば遠くに来たものである。
というか、あんなに勇ましく出てきたのに、即行で戻ってきたら何を言われるだろうか。
「まあ、これでようやくぐうたら出来そうですし、いいか、ですわー」
本当にこれで良いのか甚だしく疑問ではあるが。
「何をぶつぶついっとる行くぞ」
「はいはい、待ってくださいクソ親父」
「パパと呼べといっとろうが」
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
――その後、ナタリア・アルゲンベリードは王妃としての人生を歩み後年は後宮で過ごした。
「ふぁ~」
無防備に寝転り、最愛の
「暇ですわー」
「なら、働けよ。一応は王妃様なんだろ」
「嫌ですわー。だって、ことあるごとに他国との戦争だとか、戦争だとか。もう働きたくないですわー。でも暇ですわー」
「なら、子供でも作る?」
「…………それも、いいかもしれませんわねー。ああ、今度は
ヴィルヘルムとアイラの為に子供は作らなかったが、シュリとならばやぶさかではない。いい加減、今生の両親にも孫は見せてあげたい。
「大変よー」
「まあ、善処しますわ」
ただ、全ては歴史の裏の話だ。表に出ることはない。裏の話だ――。
悪役令嬢に転生したおっさん 梶倉テイク @takekiguouren
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