第14話 決闘
ヴィルヘルムが踏み込む。大きく一歩を踏み出して、自分が出せる最高速度で、ナタリアへと疾駆する。自らの覚悟を示す為の戦い。
血気盛んに。己の覚悟を示すように踏み込んだつもりだった。だが、
――身体が、重い。
身体が重い。まるで自分の身体ではないかのように重い。さながらそれは、胸までつかるような泥の沼の中を進んでいるかのよう。
圧倒的な覇気を前にして、身体の方が進むことを拒否していた。それは当然のこと。竜種であろうともこの覇気を浴びれば恐れ慄く。人間であれば、身体の方が勝手に歩みを止めようとする。
気を抜けば目の前が霞む。息が詰まる。歩みが止まりそうになるたびに、この程度なのかと言われているように感じた。
だからこそ、ヴィルヘルムは、
――ふざけるな。これでは、お義父さんの、お義父さんの覚悟を踏みにじってしまう。
――だから、行け
――お義父さんの覚悟に応えるんだ!
「行けえええええええ!!」
強く、何よりも強く踏み込んだ。その剣に光を纏わせながら。莫大な魔力の奔流と共に極光を纏うナタリアの剣が交差する。
凄まじい衝撃が王都の空に存在する雲を吹き飛ばしていく。老人たちは陽光にざわめき、子供たちは初めて見る太陽に目をくらましていた。
美しき蒼穹の空が王都を覆う。それはいつか見た、誰もが夢見たはずの空だった。忘れられ、だが、憧れだけは誰も忘れなかった青空がそこにある。
その下で二人は戦う。降り注ぐ陽光の中で、光と光がぶつかり合う。誰もが、空と共に、それに見とれた。
「ハアアアアァァァ!!」
縦横無尽に振るわれるヴィルヘルムの剣。それは、いつも柔和な王子のそれではなく、まさに戦士のそれ。鬼気迫る覇気をそのままに有りっ丈をぶつけて行く。
しかし、
「その程度ですか、ヴィルヘルム。
ナタリアは揺るがない。ヴィルヘルムの全力の一撃を、片手で握った剣で受け止める。まるで大地に根差した大樹のように揺るがない。
縦、横、前、後ろ、どこから攻撃しても彼女はその全てを迎撃する。例外はない。それらすべてを受け止める。
彼女が持つ経験。一を知り十を知ろうとするそれを昇華させた結果。磨き上げた技術。今世の6年と、前世の20年余り。
それだけの時間をかけて今、ナタリアの技術としてそれは実を結ぶ。いうなれば、先読み。ヴィルヘルムの呼吸、気配、ありとあらゆる情報から先の言ってを予測する。
名が体を表すように、世界にそれを宣誓し結ぶことで、力を持つ。
――真理演算図
ただ一人の身で演算する。世界すらも手中に収める技術。その片鱗。
「それでも!」
更にヴィルヘルムの速度が上がる。光だけでなく炎、風、水、ありとあらゆる世界を構成する元素を混ぜ合わせて剣に纏わせる。虹色に輝く軌跡を描きながら剣を振るう。舞うは光。
幻想的な光景の中、黄金の髪を輝かせたかのような彼女は、ただ立っている。先ほどと違うのは、少しだけ後ろへ下がっているという事。いや、下げられたということ。
その事実にナタリアは笑みを作る。ヴィルヘルムの強さに。いいや、今なお成長してる彼の輝きに笑みを作り目を細める。
「オオオオオオ――!!」
振り切った剣。同時に繰り出される左の拳。それをナタリアの左手が受け止める。熱をあげる拳。それは、妻の鉄拳のようであった。
未完成ながら、そこに片鱗がある。腕がしびれているのがその証拠。
「お義母さん直伝の拳です」
「短期間でよくもここまで練り上げましたね。流石はアイラが選んだ夫です」
「まだまだ、これからです!」
剣と拳。二つの武器がナタリアへと繰り出される。ベルクルスの剣もあれば、あれは宮廷剣術もあった。鉄拳の精度は振るう度に上がって行く。
強敵を前にヴィルヘルムは急速に成長していた。ナタリアに追いつき、追い越すと言わんばかりに。
「追いつきたいのなら追いつきなさいな。追いつけるのなら」
煽るように言い放つ。
「追いつきます!」
ナタリアが下がる。一歩飛び退いて距離を開ける。仕切り直しと言わんばかり。いや、これからこちらも攻撃すると宣言しているようで。
ナタリアの覇気が高まる。
「――っ!!」
気が付けば、彼女は目の前にいた。姿勢を低く、まるで獣のように地面を這うような切り上げが来る。明確な死が迫る。
だが、彼は前へと踏み込んだ。逃げるのではない。前へ。不退転。彼は誓っている。前へ進むと。それが覚悟だった。
ナタリアの剣に自分の剣を合わせる。凄まじい衝撃。防いだはずの剣は、ヴィルヘルムを素通り、背後の山を斬り倒す。
それで終わりではない。彼女の左手が伸びてくる。頭を抑えようとするように、伸ばされる左腕。それを打ち払い、ヴィルヘルムは頭を突きだした。
頭突き。硬質な頭蓋骨と頭蓋骨がぶつかる音が鳴る。
「っぅ――」
「カッ――」
互いの額から血が滴るほどの威力。互いに頭を振る。目の前で星が散るが如くだが、まだ戦える。このまま終わるつもりなどない。
決闘を見ている全ての者が、ここで終わるなどと思っていない。王族の決闘は、互いに満足するまで続くのだ。
この国も大概蛮族ってると思ったが、これはこれで楽しい。全力で相手とぶつかるのはとても、楽しい。
「ふふ、行きますわよ。シュリ、周辺被害は任せました。全て、よろしくお願いしますわ」
「任せろ。言ったろ、後ろは気にすんなってな!」
シュリの言葉と共にナタリアの光輪が回転する。世界の法則を組み替えて、組み合わせて、自ら新しい
――極大魔法
対国用術式と言っても過言ではないそれ。国を焼くほどの大威力魔法。光球が上空へと浮かび上がった彼女の掲げた手の先へと生じる。
それは、全てを燃やし尽くす暴力の発露。自分自身を燃やすが如く絶対の熱量が吹き上げる。吹き上げた炎は熱量の増大と共にその色を変えていく。赤、青、そして白から透明へ。
もはや陽炎しか見えるほど。しかし、太陽でも生まれたかのように――いや、事実、それは太陽と言っても過言ではないのだろう。
むしろ、太陽すら超えているとすら。ただ言えるのは、そこに莫大な熱量が噴出している。ただそこにあるだけで触れずとも肌が焼ける感覚。
もはやその熱量自体が致死の猛毒。拡散する熱量だけで人は近づくだけで炭化し石は溶け、鋼鉄ですら水のように流れていく。
そんな莫大な熱量。突っ込むことすら無謀。それは、どのように強い男でも例外ではなく。人間という括り、タンパク質にて構成される人間だからこそ不可能。
タンパク質は高熱で変性する。ゆえに、人体に高熱は禁忌。人が平温でしか生きれぬ理由がそれだ。例え英雄だろうと人間としての物理法則には逆らえない。
40度を超えれば問答無用でアウト。だが、
「たとえ、どのような困難があろうとも打ち勝ってみせる。それが、僕がお義父さんに示せる覚悟です!!」
ヴィルヘルムは、止まらない。
「なら、見せてみなさい。言葉ではどうとでもいえますから!」
「はい!」
恐ろしい魔法。それでもなおヴィルヘルムは立ち向かう。もはや父と義理の息子の戦いを超えているかもしれない。だが、男と男の戦いなのだ。
覚悟と覚悟のぶつかり合い。お互い本気で挑まねば意味がない。ノリと勢いでやりすぎるくらいでなければ、魔王を単独で倒すなどできないのだから。
「
放たれるナタリアの魔法。ヴィルヘルムは、ただ真っ直ぐに、ただ真っ直ぐに迅雷となりてその研ぎ澄まされた刃を振るう。
冷気の如き刃。鮮烈な熱量を持つ刃は莫大な熱の壁を斬り裂く。
そうこの上なく英雄とはそういうものだ。古今東西。
英雄は英雄たるべくして生まれてきた。ならばこそ、負ける道理などなく熱量という壁を越えていく。しかも、今だに成長しているというおまけつきで。
ヴィルヘルムの剣閃が鋭くなっていく。研ぎ澄まされていた一撃一撃。無駄の多かった戦闘の流れが無駄を排して人間離れした動きを盛り込みさらに成長していく。
技量、判断能力。戦闘において必要なものを全てがこの場で研ぎ澄まされていく。それが、更にここにきて加速度的に次の段階へと踏み込んでいくのだ。
「うんうん、娘の夫ならばこれくらいはできませんと」
前の世界でも大変だったようだが、この世界もまた大変だ。もはや何が起きるかわからないのだから、何が起きても娘を守れるようにしてもらわなければならない。自分はどうにかなるから娘をだ。
だからこそ、ナタリアは再び魔法を放つ。極光を束ね、ただ一つの剣として撃ちだす。莫大な魔力が廻り、転じ、青空に極光の剣が立ち上がる。
それを見て、ヴィルヘルムは更に次の段階へと突き進んだ。
「
それは、二つ目の、魔法。通常一人一つの魔法をヴィルヘルムは、更にもう一つ組み上げていく。王族としての最上の資質がここに開花される。
剣と対となる盾。絶対の守護。その守護領域は王国全土を覆うほどの魔法を作り上げる。それだけでなく、
「魔法機関――」
もう一つ、組み上げる。それは――。
――それは、空に浮かぶ輝きだった。
雲に覆われて見えなかったはずの陽光の輝き。
黄金に輝くその輝きを彼は身に纏う。
――それは、鎧。
それこそが希望の光。その姿、まさしく不動にして絶対の盾にして剣。ナタリアを見据える姿はまさに英雄と言っても過言ではない。
黄金の鎧を身に纏い左手に盾を、右手に剣を。ただ構えて、放たれる極光を切り裂き空を疾走する。
「オオオォォォオオオオオォオォ―――――」
語る言葉はない。ただその背が全てを物語る。守る。全てを守る。痛烈に鮮烈に、彼はまさしく閃光だった。
「ならば、
それに合わせて、光輪が極大まで膨れ上がる。回転し、それは組み上げる。背後に浮かぶ巨大な魔法陣。法則が形となって顕現する。
それは世界すら破壊するほどの威力を内包していた。それは世界創世の輝き。神々の衝突によって生じる宇宙創成の
それすらも防いでくれると信じて、ナタリアは放つのだ。きっと、応えてくれる。娘が選んだ男への絶大の信頼だった。
そして、それはまさしく正しく、ヴィルヘルムはそれすらも恐れずに突っ込んだ。
「グオオオォォオォオォォオオ――――!」
極光で盾が飛び、黄金の鎧が砕け散り、その剣がへし折れる。もうヴィルヘルムに戦う術は残されていない。
「いいや、まだ、です!」
拳を握る。三つの魔法を砕いて、ナタリアの前へとやってきた。ならば、最後の武器を抜き放つ。
――お義母様直伝の拳。
それは真っ直ぐにナタリアの頬を貫いた。背後へと流れていくナタリアの身体。そのまま彼女は地面から離れた足を振るう
「ガッ――」
左足がヴィルヘルムの頬を蹴りぬく。
「まだ、まだ」
殴られ、殴り、また殴って、殴られる。殴り続ける。殴られ続ける。互いに、互いが、お互いに。殴って、殴って、殴られる。
「僕も、連れて行ってください!! お義父さん、魔王を一人で倒しに行く気でしょう!! 僕も役に立ちます! お義父さん一人に魔王を倒させるなんて、そんな危険な事させられません!」
「だめ、ですわ! あなたは、一国の王子でしょう。
「それはあなたにも言えるでしょう!! 表向きは夫婦なんですから」
「ええ、それはちょっと。できなかったということで、妾に譲るってことでどうか。あと初夜は入れ替わりますので、好きにしてください!!」
「それは、本当にありがとうございます! 流石にお義父さんとは無理です!」
「
初孫である。初孫。孫。孫の姿はどうやっても見れなかった。というか、結婚式すらも見えれなかったのだから当然だろう。
どうにも前世では娘夫婦は子供が出来る前に死んだようだし、ここが正真正銘の初孫。ならばこそ、その姿を見たいではないか。
抱いてみたいではないか。おじちゃんと呼ばれたいではないか。だからこそ、世界を終わらせない為に。娘夫婦を死なせない為に、自分が行くのだ。
「それでも! 一人で行く必要なんてないでしょう! 力を合わせればきっと簡単に行きますよ!」
「そうでしょうね。だからこれは
子供の為に大人がすべきことはその未来の保証である。だからこそ、ナタリアが行く。勝手な理論、勝手な行動。だが、そこにあるのは深い愛情だけだ。
子供が健やかに元気であってほしいという祈りだけだ。
互いの拳が交差する。互いの頬を打ちぬいて、視界が捉えるは青空。倒れてはいない。ただのけ反っただけ。
そして、同時に最後の一撃が、放たれた――。
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