第84話 文化祭 1日目 ①

 文化祭は九月の前半に三日かけて行われる。

 一日ではスケジュールが組めないのだろう。

 文化部については多くが展示や企画を行っている。


 将棋部では囲碁や将棋を置いてあり、来た人がその場で借りられるらしい。

 望めば部員との対戦も行える、と手薬煉てぐすねは嬉しそうだった。将棋に興味を持つ人が増えそうな企画だからだろうか。あるいは本人はお祭りより将棋をしている方が楽しいのかもしれない。

 俺も時間があれば手薬煉に挑みにいこうか。ハンデなしだとぼろ負けするのは確定だが。


 臨時の受付は校門のすぐ前にあって、やってきた卒業生や保護者などに「二年の〇〇の父です」というように、どういう関係者かを聞いて名前を書いていくのだ。

 教師が持ち回りで受付にいるのだ、と担任の先生が「だから私がいなかったら受付にでも居ると思っといてくださいね」という言葉と共に言っていた。


 ホームルームが終わってしまうと、残りはもう自由時間。他のクラスを見にいってもよいし、教室でのんびりしていても良い。

 配られたパンフレットには、三日間のスケジュールが全て載っている。生徒たちの描いた白黒のポスターや、制服リユースの案内もある。あと校歌と学校案内図。四つの校舎の約半分が文化祭のために使われている。

 

 そしてパンフレットの他にも配られたものがあった。

 


「おい聞いたか、西下さいか。アイスがもらえるってよ!」


 クラスメイトの一人――鳶咲とびさきが敷地の中央を指さして、俺に引換券を見せてくる。

 これが朝、配られたもう一つのものだ。一人一つのルールを守らせるためだけのものなので、手作り感が溢れている。

 まだまだ暑いので、熱中症対策とレクリエーションを兼ねてといったところか。何種類かあるから、欲しいのがあれば、早く選んだ方が良いかもしれない。

 ソーダ味の氷菓を手に中庭を抜けていく生徒を窓から見ながら、まだ何があるかも知らないアイスに思いを馳せる。


「もう何するか決めたか?」

「おう、マンゴーのやつ」

「マンゴーがあるのか」

「知らねえ」

「見てないのかよ」


 全く参考にならなかった。


「そういや西下は最上とまわんの?」 


 唐突に鳶咲が話題をかえた。

 

「多分な」

「ラブラブだなー諫早さんは? 狙ってるんじゃねえの?」

「狙ってるって……どうだろな、もちろん誘うけど」  


 東雲の名前が出てこないのは、同じクラスの諫早と最上が目立つからだろう。


「勇者だなー。両手に花だけど肩身狭そう」

「空気に徹するのも悪くないぞ」

「それは寂しくねえか……?」


 百合厨という嗜好を知らないらしい。

 ただ、今の最上と諫早の掛け合いを横で見るのは、胃に穴があきそうなのは否定しないが。


「じゃ、いくわ」

「あいよ」


 鳶咲が飛び出していくのを見送り、教室の中へと残る。

 俺たちのクラスの劇は二回ある。初日の午後と、最終日の午前だ。

 今日の午前中は何も無いので、クラスメイトもなんとなくのんびりとしている。

 

 うちの学校は緩い。

 これでも学力はそこそこの学校ではあるのだが、文武両道とかいって部活に対する比重が大きいし、規則も緩めだ。

 ピアスや染髪していると注意されるぐらいで、お菓子やスマートフォンの持ち込みはもちろん、漫画やゲームを持ち込もうが休み時間に楽しむ分には自由だ。



 文化祭になっても厳しくなるはずもなく、教室の一部を占拠してトランプを持ち込み、大富豪をしているグループもある。

 彼らは普段の休み時間にもしている。男子が多めだが、たまに女子が参加している。

 丁度、革命が起きたみたいで悲鳴が上がる。

 俺はそれを、教室の片隅から怪しまれない程度に眺めていた。


「どしたの? 西下も参加したいの?」


 背後から最上もがみが、両肩を掴む。

 そのまま揉まれると、気持ちが良さそうだ。


「いいや。俺はせっかくだしぐるりと校内を回ってみるさ」

「いいねー。あ、そうだ。美術部も描いた絵を展示してるんだって」

伏籠ふしこにでも誘われたか? 一緒に行くか?」

「うん。でもなんとなく文香ふみかちゃん誘いにくくってさー……諫早いさはやさん誘うと仲間外れにしてるみたいになるし……」



 最上が人数バランスを考えていたところで、背後から近づく人がいた。


「私が何って?」


 同じく仕事のない諫早が、自分の名前を聞きとがめたようだ。


「諫早って今日はどうするんだ?」

「文香と美術部に……って、何その変な顔」 


 先程の悩みを根底から覆すような回答に、最上が珍しく複雑な表情になった。

 俺が端的に説明すると、「あー、それでか……」と何かを思い出したようだ。


「なるほどね。あんたらが心配するような関係じゃないらしいよ」

「だってさ、最上。まだ何かあるのか?」

「んー……いやさ……私も千歳ちとせちゃんって呼ぶから、千歳ちゃんもそろそろ呼び方、あやとかにしない??」

「そんなことかよ」


 そういえば呼んでなかったっけ。

 最上は女子には下の名前呼びみたいな気がしたけど、そういえば諫早はそのまんまか。

 東雲に先を越されてるんだよな。


「大事なことだよ。もちろん刻也くんも私の事綾って呼んでくれていいんだぜ?」

「完全に勘違いされるやつ」


 文化祭をきっかけに付き合い始めました! と周りにアピールしているようにしか見えねえ。

 しかも長いこと西下呼びだからいざ下で呼ばれても反応できる気がしない。そういう幼なじみでもいれば話は別だが……そんな奴はいない。

 俺の反応に最上は気を悪くするでもなくケラケラと笑っていた。

 からかいやがって。とりあえず呼び方の問題は先送りだ。恥ずかしいわけじゃない。呼べるはず、そのうち、多分。


 で、その提案を受けた諫早は、というと――


「ん、別にいいけど。綾、これでいいの?」

「いやったぁぁぁ!!」

「そんなに喜ばれるとめんどくさいな。やめよっかな」

「やめて! いや、やめないで!」

「日本語って難しいな」

「冗談冗談」

「もー。私文香ちゃん探して誘ってくる」

「おう、いってら」


 見送り、諫早に目を向ける。


「意外だったな」 

「何が?」

「最上の呼び方だよ。そういう素直な反応になるとは思ってなかった」

「素直って……」

「だって諫早、最上のこともう好きだろ? 下の名前で呼べないのは単純に恥ずかしいとか意識してたからかな、と」


 俺の推測に諫早は目を丸くした。


「それは、まあね……あいつってなんか油断ならないとこあったって言うか……でもあんたたちには感謝してる。学校は一人でもいいやって思ってたけど、案外今も悪くないし」


 そんな言葉を聞いていると、この間の話が嘘のようだ。

 でもそんな感想は次の言葉であっさりと消え失せる。


「そ、だから私は別に綾に敵対してるわけじゃないっていう証明」


 喉まで出かかった、いくつかの提案を全て飲み込む。

 最上は鋭い方だ。嘘や敵意はある程度見抜けるだろう。


 だからこそ、今の諫早を疑いづらい。


 様子が変なら心配もするだろうが、諫早は至って通常運転だ。呼び方の変化もこれまでの積み重ねがようやく形になっただけだろう。

 諫早が、湯川ゆかわについてくれていることは余呉よご牧野まきのにとってもメリットがある。


 それは、湯川の暴走を防げるということだ。


 湯川が友情のために頓珍漢とんちんかんなことをしたり、被害の大きい方法をとる人間だとは思っていない。

 ただ、俺は最上ほど湯川について知らないし、もしかしたら追い詰められると人間、冷静ではなくなり、必要以上に過激なことをしてしまうかもしれない。


 そこに諫早がいれば、やばいことをする前にストップをかけてくれるのではないか。


 そう期待してしまうのもあって、俺は諫早を止めきれないでいる。

 

「西下、文香たちがきた」

「ほんとだ。おかえり」

「西下くんたちも美術部いくの……?」

「おう。文化部の展示系で見にいけるのってそんなにないしな。せっかくならな」


 歩きながら美術部の展示に向かう。

 教室企画のクラスの前には行列が出来ており、保護者と生徒が入り交じっている。

 立ち並ぶ看板を抜けて、比較的古めかしい造りの特別な教室が並ぶ校舎へと向かう。

 その校舎の一階に、美術部と書道部の展示が並んでいる。


「おー、いっぱい絵がある……って小学生並の感想だな」

「文香の絵はあるの?」


 諫早が壁にかけられた絵を見ながら訊ねた。


「うん……なんだか恥ずかしい……かな」


 東雲がちらりと視線をある絵に向ける。

 それがおそらく東雲の絵なのだろう。

 四人でそちらに向かったところで、割り込むように一人の美術部員が前に立った。


「いらっしゃーい。綾に、東雲さんも」


 美術部員で、最上の友達――伏籠だった。

 そういえば、東雲と伏籠が一緒にいるのを見るのは初めてかもしれない。



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