第83話 文化祭直前

 文化祭が近づくにつれ、学校の敷地内には見慣れないものが増えた。

 それは看板であったり、劇の小道具であったり、教室の内装であったり、衣装などがそうだ。ばらばらに作っている間はいまいち実感がなかったが、大枠ができてくると一体感が出てきた。


「立派になったな……」

「西下はお父さんかな?」


 手薬煉てぐすねが呆れていた。

 目の前では、魔女とお姫様のやりとりがされている。


『いけません、姫様。ここにいては女王様に狙われます。このリンゴを食べれば死んだように眠ります。棺桶に入り、気付かれぬようにお逃げ下さい!』

『それでは貴女はどうなるの?』

『大丈夫です。貴女が倒れたところを魔法で見せ、あとは髪をひとふさ持ち帰ります。これで誤魔化します』


 ちらほらと、稽古の見学に回る人も増えてきた。俺と手薬煉も今は見学中である。

 最初の方は場面ごとに打ち合わせながら、修正を加えていた。最近はもっぱら演技を高める方に集中している。


『君はあの時助けてくれた魔女ではないか?』

『いいえ、人違いです。もう二度と会うこともないでしょう』

『待ってくれ! せめて……結婚式には出てくれ』

『それは……そうですね。二人を巡り合わせた私の最後の仕事としましょう』


 湯川が、余呉と牧野を見ては目をそらす。

 劇こそきちんとしているが、休憩中はどこがぎこちない。


「手薬煉は仕事終わったのか?」

「照明はほら、脚本に書き込んだらあとは実際に装置使わないとできないし」

「舞台、体育館だもんな……」

「一通り使い方は教えてもらったし。前日にはリハーサルがあるから、その時に使わせてもらえるらしいよ。西下は?」

「俺の方もほぼ終わり。あとは当日運び込んだりかな。衣装はなんか担当に火がついたらしくて、ギリギリまで調整するっぽいけど」


 何故か隣のクラスの伏籠ふしこが手伝いにきていたりする。多分、衣装担当のトップが友達だからなのだろう。

 あの手馴れた感じはもしかしてコスプレ衣装でも作っていたのだろうか。単純な好奇心で申し訳ないが、一度見てみたい気持ちはある。


 だんだんと裏方の作業量は減る一方で、役者たちの稽古に終わりはない。


 この手の出し物は、生徒によって温度差が激しい。

 みんなで頑張りたいと思う生徒もいれば、どうでも良いと思っている生徒もいる。

 部活動を優先したい生徒もいれば、部活動が激しくて逃げるようにここに来ている生徒もいるのだろう。

 バイトは原則禁止なので、予定の調整は部活がほとんどだ。

 そんな中でメンバーが入れ替わりながら準備を進めている。


 誰か一人、カリスマやリーダーシップのある奴がいれば、そいつが盛り上げてくれるのだろう。あるいは強烈に支持される――とびきりの美形がいれば、勝手に周りが盛り上がるのかもしれない。


 残念ながらこのクラスにはそういうやつはいない。


 ただ、同時に「こんなの馬鹿馬鹿しい! やってられるか!」と正面から反抗してむちゃくちゃにするような奴もいないのでなんとかなっている。

 さすがに当初の予定よりは役の数は減らしたようだ。もしあのままだったらどうなったのだろうか。モチベーションが上がって上手くいったのか。あるいは管理しきれずに崩壊していたのか。


 別に仕事を真面目にしないわけでもないから非難の対象でもない。でもその温度差は、行事ごとに積極的な層にとっては不快らしい。時折ピリピリしている。

 休憩を取ったりして空気を入れ換えている最上が大変そうだ。

 ただ、そんな中で三人だけがラブコメに走っているのでだんだんピリピリはニヤニヤに変わっていった。

 お互いの好意も周りの視線も気づかぬは本人ばかり。



 結局、特別にやることなんてのはなくって、湯川ゆかわ余呉よご牧野まきのに動きはなかった。いや、動けよ、仲を深めろ。好感度を上げるんだ。

 いや、両思い確定だから別にいいんだけどさ。雰囲気作っとかないと本番緊張するんじゃないのか……?


 なんとなく微笑ましくなったところで、残すところ三日となった。


「お疲れ」


 最上が声をかけてくる。

 俺だけではない。クラスの仕事終わってる人にはだいたい声をかけていく。最後に俺だ。


「最上もお疲れ様」

「一緒に帰ろ」

「もちろん」


 多分、こうやって気遣ってばかりいたから、湯川の方にまで気が回らなかったのかもしれない。 

 


「調子はどうだ?」

「んー、演技のレベルとかはイマイチよくわかんないけど、前より良くなったんじゃないかなぁ」

「困ったこととかないか?」

「んー、なんていうか……もどかしいね」

「そりゃ周りから見ればそうだろうな」


 両思いなのがわかっていて、くっつかないのを見ているのは。

 俺だって、もっと動けよ……と思ったばかりだ。

 ただ、本人たちのペースもあるだろうから、口には出さないだけで。

 


 最上は、どうして余呉の恋愛を手伝おうと思ったんだろうか。


 違和感はない。前から――俺に「ハーレムを作ろう」と言った時も含めてずっと、最上はそういう人間だった。

 具体的に言えば、人間関係に干渉することに対して積極的である。

 ただ、前から気になっていたことではある。


 思わずそれを訊ねそうになった。

 けれどここでそれを聞いてしまえば、最上に何もかもバレてしまうような気がした。


「どうしたの?」

「俺は俺で色々考えてるんだけど、何から聞いたもんかな……と思ってな」

西下さいかは迷ってるの?」

「いや、俺がやることは変わらないな。とりあえず動きがあるまで静観だよ」

「ならいいんじゃない?」


 そんなもんか。

 俺が難しく考えすぎているだけなのだろうか。


「それにしてもなんか変な感覚だよね」

「何がだ?」

「いやー、ほら、私最初に、もっと薔薇色の青春が送りたい! って言ってたじゃん。だったら私がお姫様を目指すべきだったのかなー、とか」

「ああ、確かに。今の俺らって外から劇を見てるしな」


 俺がここで「でも最上はいつだって俺のお姫様だよ」とか言ったら最上はめちゃくちゃ笑いそう。俺も腹筋が崩壊する自信がある。前も「花火より綺麗だよ」って言って笑われた気がする。


「いいんじゃねえの。劇の主役が青春の主役ってわけでもあるまいし」


 ロミオとジュリエットとかありがちだけど、彼らの家はヤクザや警察のように対立しているということもない。

 複数のクラスが出し物するんだから大半の高校生は一度もロミオとジュリエットを演じることなく高校生活を終えるわけだし。

 演劇になっているのも、飲食店などは衛生面の問題や金銭のやり取りが発生するという理由からだ。聞いた話だと、近くの私立や国立大学の付属高校だとそういう文化祭もあるらしい。


 公立は地味なもんだ。


 そういうのが、最上にとっての「夢がない」ところなのかもしれないな。

 劇は劇でよいもんだが。


「それはそうなんだけどね」

「それともなにか、ここから最上が代役で出るルートでもあるのか?」

「それってつまりトラブルだからないにこしたことはないかなー」

「そりゃそうだ」

 

 何事もなく成功するのが一番いい。


「そういや高校入る前は、こういう劇って元からある脚本いじってやるもんかと思ってた」

「私も二次創作とはいえ、完全オリジナルで脚本一から書くことになるとは思わなかった。三年生とかは結構元からある有名なのをいじってるところもあるらしいけどね」

「それって受験で忙しいからか?」

「そうなのかなぁ。うちの高校、受験勉強? そんなことより部活も文化祭も楽しんでね! みたいなところない?」

「そういやそういう雰囲気だな」


 俺が帰宅部だからあまりその影響はないが、文武両道と無難極まりないお題目を真面目に実行させるのがうちの高校でもある。


「じゃあ単純に、素人が書いたシナリオよりプロの使った方が安定するってことかな」

「多分ね」


 去年見た三年生の劇は、シリアスなシナリオが多かった。


「最上なら結構いけそうな気がするけど、全てのクラスに一人は書けるやつがいるとも限らないしな」

「それは買い被りでしょ。結構悩んだんだから……そう思うと、中学の合唱コンクールとかでピアノを生徒から出す慣習って凄いよね」

「一クラスに一人はピアノ弾けるやつがいる前提だもんな。まあ実際いたし」

「うちもいた。クラス分けの時とかに考慮してるのかもね」


 ピアノとか全く弾ける気がしないので、弾けるやつは凄いなーと漠然と思ってたけど。



「ま、そういう意味では我ながら頑張ったもんよ」


 そう言って、最上はひらひらと脚本で自分を扇いだ。

 

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