第82話 それぞれの比重
湯川が「余呉の交際に反対」だったときに、孤立してしまうからだ。本来相談するべき最上が味方ではなくなってしまう。そうなると湯川は心を閉ざしかねない。
遠巻きに諫早と東雲に話しかける湯川の様子からすると、三人が喧嘩になることはなさそうだ。とはいえ、話がうまくいったらいったで怖いんだよな……なんの合意を得たんだろうか。
まさかあの話し合いに首を突っ込むわけにもいかないし、話の内容は聞かないようにしてその場からそっと離れる。中庭を通らなくてすむように迂回する。
帰ろうとしたとき、諫早に見つかった。
「
「西下くん?」
東雲と二人、まっすぐ昇降口に来たところタイミングがあってしまったらしい。
「二人も帰りか?」
「あー、一応聞いとくんだけどさ」
諫早が俺のほうを見ずに、自分の靴を取り出しながら言った。
「最上は余呉の恋愛相談を受けたんだよな?」
「千歳ちゃん?」
「相談を受けたのかは知らん。ただ、俺のもとに、最上の紹介で牧野が来た。背中を押す方向で考えているのは間違いない」
部分的にイエス。
一度、きちんと最上や余呉にも話をしたほうがよいだろう。
話しながら校門を出る。同じような帰りの生徒たちがちらほらと同じ坂道を下っていく。
「そのことで言いたいことがあるんだよね。最上には内緒にしてほしいんだけど」
「……ああ」
少し迷う。しかしここで約束しなければ諫早は言わないだろう。ここで聞かないよりは、最上に言えなくても聞いておいたほうがよさそうだ。
そして俺は約束してしまった以上、言えない。たとえ相手が誰であれ、秘密をばらすのは絶交フラグだ。
「予想はついてそうだけど、あたし、今回そっちに協力しないから。余呉の件」
あー、これは俺が遠くから見てたのもばれてそうだ。
なるほどな。牧野に話を聞いていないと、余呉からの頼みごとを最上と俺が受けているように見えるわけだ。
「東雲もか?」
「ちょっと違うけど……うん」
諫早は反対で、東雲は中立ってところか。
でも諫早は怒っているという雰囲気ではない。いつものようなぶっきらぼうな感じはしない。全体的にやわらかい、笑みさえ浮かべている。
「それは別に構わないっていうか、そんなことで嫌ったり怒ったりしないけど……意外だな」
「最上には何も頼まれてないしね。そんなおかしいことじゃないでしょ……こっちにも考えてることがあるってだけ」
「そうか……」
暗に、湯川には何かを頼まれたという。
湯川のほかにも、別の理由があるらしい。
「私は……あんまり、周りがぐいぐいいかなくていいんじゃないかな、って……綾ちゃんはそういうの、積極的だと思うけど」
「前からそんな感じだよな」
良し悪しってのは結果論でしかないが、東雲のいいたいこともわかる。
「俺には言ってよかったのか?」
「あんたは知っといたほうがいいでしょ」
「教えてくれるのはもちろんありがたいが」
俺にとっては知っているほうが良いのは間違いない。けど、最上にばれたくないなら俺には言わないほうがよかったのではないか。
それでも明かしたのは、諫早自身にとってもメリットがあるのだろう。そして、俺が約束を守ると思える程度には信頼を得ているらしい。
「それだけ。ま、具体的にどうするかは決めてないけどね」
「うん。なんだか……変な感じだね」
「確かにな」
言うべきことは言ったらしい。
やりきったとばかりにすがすがしい表情の二人。
気が付けば駅の手前まで来ていた。
「また明日」
いつもと変わらぬ、友達としての別れの挨拶。
諫早が少し早く歩き出して、東雲が小走りで追いかけていく。
諫早が振り返って、その歩みを止める。
初めて会ったときは考えられない光景だった。
二人の変化は好ましいと思う。
あれがもしも「最上なんてどうでもいいから平気で違うことをできる」のであれば、心配もしただろう。でも終始、二人は最上のことを気にかけていた。諫早の目的も最上がらみとみていいはず。俺に伝えるのはいざという時の保険か。
つまり二人は「あれぐらいで最上には嫌われない」と確信して動いている。相手が自分のことを好きでいる、という信頼があるってことだ。
誰かが中心の、誰かの意志で動く友人関係は脆い。二人がそれぞれ、自分の意志で最後にまた一緒にいてくれるなら、それはとてもうれしい。
とりあえず、念のために確認しておこう。スマホで余呉の連絡先を探し、トーク画面を開く。挨拶とちょっとした雑談をしていれつつ、牧野の話に移る。折を見て、直球で尋ねた。
『余呉って牧野のことは好きか?』
『えっ。西下がそういうこと聞くのってなんか意外』
恋バナしそうにないってことだろうか。
『ばれてるなら隠しても仕方ないか。そうだよ』
『そうか、ありがとう』
『なんでそんなこと聞いたの?』
『劇とはいえ、他に好きなやつがいたら牧野と結ばれる役演じるのに嫌だって思うかもしれないだろ? 牧野のこと好きなら問題ないかな、と』
『西下が気にすることじゃないんじゃない?』
『それはそうだけどな』
とりあえず、一番重要なことは聞けた。
もしも俺の勘違いだった場合、俺は余計なことをしている可能性もあった。
とりあえず湯川が余呉の恋愛成就を喜ばない理由だが。
まず湯川が余呉を嫌っている場合。自分の嫌いな人間が幸せになるのを不愉快に思うこともあるだろう。湯川のことをあまり知らないから無条件で「そんな人間じゃない」とは信じられない。ただしこれは、普段仲良くしている最上の観察眼と、湯川につくという諫早、中立の東雲の態度からないと考えている。もしも嫌いな人間の不幸のために協力してほしい、と頼まれても受ける人間じゃないことぐらいはわかる。
次に、湯川が牧野に恋をしている場合、だ。お互いが両思いであると判明している以上、湯川には不利な話だ。もしこれだったら湯川は最上に怒っていい。目の前で好きな人と友達が結ばれるところを指をくわえてみていろ、とは悪趣味すぎる。この場合、諫早や東雲が怒っているのではないだろうか。湯川に協力する
湯川が余呉を好きで、牧野が余呉にふさわしくないと考えている場合。牧野は隠しているやばい本性があって、付き合っても幸福になれないと確信しているということもあるかもしれない。これは保留。もしそうなら正直に教えてほしいものだ。最悪、付き合ってから引き離すことになる。
そして最後、これが一番可能性が高いとみている。友達をとられたくない、あるいは湯川が余呉に向ける好意が友達に向けるものではないという場合だ。これなら、諫早と東雲が相談された理由もわかる気がする
俺はどうするべきだろうか。
どうしたいのだろうか。
二年生になってから悩むことばかりだ。
正直に言ってしまえば、余呉と牧野にどうしてもくっついてほしいというわけではない。二人とも嫌いではないので、結ばれて、幸せになって、礼の一つでもあれば嬉しい。その程度だ。それもそうだろう。ずっと応援してきたわけでもなければ、他に事情があるわけでもない。
俺が協力している理由なんて、善意と好奇心ぐらいのものだ。最上はそこに、友達の恋を応援しようという気持ちもあるのかもしれない。だから、俺だけが自分の意志や覚悟が足りない気がする。……なんでクラスメイトの恋愛相談にここまで覚悟を問われているんだろうか。
結ばれるかどうか、結ばれて幸せになるかは二人次第だ。それは俺や最上が保証することではない。というのも、強く二人の背中を押していない理由の一つだ。これは東雲の「あまり周りがぐいぐいいかなくてもいい」という言葉に通じるものがある。
協力は頼まれたから誤解やすれ違い、第三者からの妨害等が起きないように頑張るつもりではあるけど。
両思いであることはわかっているので、それで十分結ばれる可能性は高いだろう。
とりあえずの方針としては、俺は牧野のサポートに徹しつつ、他とのバランスをとるといったところか。
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