第81話 恋は友情よりも――

「ねえ、諫早いさはやさんに少し話があるの」


 いつも通り帰ろうとした私に話しかけてきたのは湯川ゆかわだった。

 クラスメイトだからっていうのもあるけど、よく最上もがみと一緒にいるから何となく覚えている。あと、髪を染めている私に話しかけてきたことのある、数少ない人間。

 髪を染めてからはあんまり話しかけられることがなかったから、名前を呼ばれたのに私だとわからなかった。最近はあいつらが話しかけてくるから、それ関係で話しかけられることが増えた。今回もそんな感じなんだろう。


「なに?」

「ちょっと相談したいことがあるんだけど、いいかな?」

「私今から文香ふみかと帰る約束してるんだよね……」


 私は湯川って子にあんまり興味がないから、遠回しに断ろうとした。文香と一緒に帰ることが多いのはほんとのことだし。


「文香って東雲しののめさんだよね。東雲さんにも聞いてくれたら嬉しいんだけど……」


 私は良いとも悪いとも言わず、ついてくるように促した。文香のクラスは番号にして一つしか違わないため、距離的にも近い。一緒に帰りたいときは変に待ち合わせするよりも、迎えに行った方が早い。

 文香のクラスは女子が多めで、全体的におとなしめだ。だから私が顔を出すと少し視線が集まるけど、気にしないことにしている。

 ただ、湯川は居心地が悪いみたいで、落ち着かなさそうに周りを見ている。

 文香は私を見ると顔を輝かせたが、湯川を見つけると不思議そうな顔に変わる。


「あっ、千歳ちとせちゃん……えっと、後ろの人は?」

「あー、同じクラスの湯川。なんか私らに話があるみたい」

「じゃあ、ちょっと場所変える?」


 向かったのは中庭だった。校舎に囲まれていて、真ん中にはまるい広場がある。それを囲むようにベンチが並んでいて、申し訳程度の池がある。

 決して人が来ない場所でも、閉鎖された場所でもない。人は通るし、校舎からは話す私たちが見えている。ただ、ベンチ同士の距離は開いているし、見通しもよいため、用事のない人が会話が聞こえる距離まで近づいてくることはない、多分。

 相談される側、ということもあるけど、私にいちいち怯えられても話が進まないのでベンチに座ってしまう。視線が下がればまだマシ……というのは不本意だけど西下さいかに聞いた話だ。言った本人が私を怖がっているところを見たことはなかったりする。


「で、話ってのは?」


 湯川が言葉に詰まる。

 深呼吸して、決心したように私たちに向かって――


「郁美の恋を手伝うのはやめてほしいの」


 ――わけのわからないことを言った。


「なにそれ」

「なんのこと……?」


 頭の中で人間関係図を思い浮かべる。

 湯川こいつが私たちにそう思うってことは、最上がらみなのは間違いない。最上が何かを企んでいるのは察している。けどそれに私は関わっていない。

 西下は何か気づいてるみたいだけど……あのとき、西下はなんて言ってたっけ? 確か「脚本を見ていないとわからない」だったっけ。湯川も文化祭の劇で重要な役だったはず。


「もしかして、余呉の好きなヤツって……牧野?」

「やっぱり知ってるじゃん!」

「千歳ちゃん、どういうこと?」

「あー、こいつさ、最上の友達なんだよ。で、最上と湯川の共通の友達が余呉。余呉は牧野を好きで、それが上手くいくように最上が手伝ってる……みたい、多分」

「それをどうして……?」

「で、湯川はなんでかは知らないけど余呉にうまくいってほしくないっぽい。私たちが最上を手伝ってるって勘違いしてんの」

「そうなの?」


 私の予想が正しいのか、文香は湯川に確認する。


「その通り、です……」

「まず最初に言っときたいんだけど、私は最上に何も頼まれてない。文香は、まあその様子だと何も知らないんじゃない?」

「うん。今初めて聞いた……」

「えっ、そうなの?」


 自分が勘違いしていたことを知って、言うことがなくなったらしい湯川。


「とりあえずさ……なんで私たちをとめにきたの?」


 湯川からは、私たちが最上に協力しているように見えるってのはわかった。

 私からするとそれなら一番最初に西下に突撃するべきだと思うけどね。


「私が……一人になりそうな気がしたから」


 あー……なんか聞いたことがある気がする。

 恋人ができてからつきあいが悪くなるってやつね。

 私たちに言ってきたのもそういう理由か。


「綾ちゃんは……?」

「東雲さんがそれ言うんだ……」

「文香、湯川は最上があたしたちにとられたって思ってんだよ」

「そんなつもりは……」


 ま、だよね。私たちの関係はどっちかっていうと最上や西下からぐいぐい来ている。文香の時もそうだったと聞いてるし。

 私が意外だったのは、最上が湯川をこうなるまでほっといたことかな。あいつはそういう気配りというか、周りを気にしてて、こういうことにならないように気をつけているんだ、と思ってたから。だから祭りの日も先約のこいつらについてったんだとばかり。お祭りは私も家族優先だったし、最上の選択も別になんとも思ってなかった。


「なあ」

「あ、いや、別に責めたいわけじゃなくて」

「最上が私たちに構うようになって、湯川との時間が減ったのはわかるよ。で、余呉が牧野と付き合ったら、今度は余呉も遊びにくくなって寂しいってのもね」


 少しだけ、そういう未来を想像する。

 その時にふと浮かんだイメージを、「なんでそのキャスティングで」とふりはらう。


「うん。その……ごめん、なんていうか、諫早さんたちのせいで、っていう気持ちもあったかも。だから私が頼んだら、ちょっとはわかってくれるかなって……」

「私たちの負い目につけこむって話でしょ」

「千歳ちゃん、そういう言い方は……」

「別に悪いことしてないのに、責任取れって言われてんだからこれぐらい言っといた方がいいでしょ。別に怒ってないし。ちゃんと認めて正直に話してるから」


 これで、逆ギレされたり、ごまかそうとしたら腹が立つからそこで帰ってたかもしんない。

 でも湯川は、そうはしなかったからとりあえず話を聞いてもいいとは思ってる。


「で、あんたはこのまま指くわえて見てるの?」


 本当にくっついて欲しくないなら、告白を妨害しないのはどうしてか。


「そんなの……できるわけないじゃん。私だって牧野くんが悪いやつならそれも考えたもん。でも牧野くん、別に悪いやつじゃないし。だったらただのワガママじゃん。そんなことして、嫌われたくないもん……」

「言い出せなかったのって、綾ちゃんが余呉さんの味方してるから?」

「……うん。綾ちゃんは郁美がくっついたらいいって思ってる。それで私にもそれを認めさせようとしてる。じゃなきゃ、劇であんな配役にしないよ」


 なるほどね。最上はそんなつもりはないけど、湯川からすると「二回裏切られた」ような気分なんだ。湯川自身、最上が本当に裏切ったわけじゃないのは頭ではわかってるから、嫌ったり、怒ったりもできないでいる。そのやり場のない気持ちをぶつける相手もいない、と。


「ならはっきり言ってやっていいんじゃないの? 私は郁美が好きなので牧野には渡したくありませーんって」

「それは……考えて、みる。ちゃんとまた仲良くできるように」

「千歳ちゃんは、どうする……つもりなの?」


 文香が私に尋ねた。

 私は湯川って子の気持ちは理解できるけど、それに特別思うところはない。かわいそうとか、なんとかしてやりたいって気持ちもない。

 牧野や余呉なんて全然知らないし、立場的には最上に一番近い。だから普通に考えたら、「ほっておけば?」「自分には関係ないし」って言って終わり。去年までの私ならそうしてた。


「湯川の方を手伝ってもいい、って思ってる」

「えっ」

「いいの?」


 だから、私がこちらにつくって言ったら、二人が驚くのは仕方ない。


「綾ちゃんは、手伝ってるんだよね?」


 文香からすると、まずそこに確信が持てないんだ。

 私は間接的に西下から聞いたからそうでもないけど。


「多分ね。でも私たち何にも聞いてないし。あいつも手伝って欲しいなら私たちに何か頼んでくるもんじゃないの? 何も言ってこないってことは私たちが何しててもいいじゃん」

「それは、そう、なんだけど……」

「最上は頭がいいから、自分一人でもなんでもしちゃうんだろうけど、説明が全然足りないっての。それで取りこぼした、読み間違えた・・・・・・やつがこうして私たちのとこに来てるんでしょ。だったら私はこっちにつくよ。頼られた側を手伝うのって別に普通じゃない?」


 文香は、迷ってるんだろう。

 クラスメイトっていう共通点のある私と違って、文香は「最上の友達」って形でしか関われないから。


「文香。別に私は最上を嫌いになったからこうしたわけじゃない。友達だからって理由で同じことをしないってだけ。文香がここで何を選んだっていい。自分に嘘はつかないで欲しい。無理にあわせてたらいつかきっとつらくなる」

「あの、東雲さんからすると全然手伝う理由ないっていうか、やっぱ図々しかったかなって思うし、無理には頼まないから……」


 黙り込んだ文香に、慌てたように湯川がフォローを入れる。

 文香はじっと何かを考え込んでいたかと思うと、私の目をまっすぐに見た。


「そっか、そうだね。千歳ちゃんは……友達だからこそ……ううん、決めた。千歳ちゃん、湯川さん、私は迷って逃げて何もしないんじゃなくて、何かあった時に誰でも助けられるように中立を選ぶ。少なくとも牧野君と余呉さんの恋を邪魔することは手伝えない」


 そのはっきりとした答えを聞いて、私は無性に嬉しかった。

 見てろ最上。今度は私があんたに言ってやる番だ。

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