第80話 相談する側される側

 牧野まきの余呉よごが好き。

 そしておそらく余呉も牧野が好き。つまり二人は両思いってこと。

 そんなことを考えていると、まるで自分がどちらかに恋をしていて不満を持っているようだ。

 もちろん気のせいである。


 最上もがみの脚本は明らかに三人を意識している。

 二人をくっつけたいなら、二人だけを主役にすればいい。

 ではどうして最上は湯川ゆかわに二人と対等な役を与えた?


西下さいか? 大丈夫か?」


 牧野が心配そうにのぞき込んでくる。


「ああ、大丈夫。考えごとをしてただけだ」

「西下が、その……よければ、なんだが協力とか……」

「それについては問題ないな。別に俺は余呉が恋愛的な意味で好きなわけじゃないし」


 邪魔するつもりもないし、くっつけば良いと思っている。

 そういう意味では味方である。協力したって良い。

 だが聞かねばならないことが一つある。


「協力、とは言うがどれぐらいを想定しているんだ?」


 そう、これだ。

 仮に、仮にではあるが、俺や最上が全力でバックアップした結果、何もかもをお膳立てして結ばれたとしよう。

 ……嬉しいか、それ?

 お互いに後から「本当に自分のこと好きなのだろうか」とか悩み出したりしないか?

 もちろん俺たちにそこまでできるとは思えない。それに、本来の文化祭準備や当日の出し物もあるわけで、そちらをおろそかにするわけにはいかない。できることには限界があるだろう。


「告白の言葉は自分で考えるよ。告白する場所とか一緒に考えてほしいのと、告白するときに抜け出したいからうまくいっておいてほしい、かな」

「そんなもんでいいのか?」

「あとは……告白するまで余呉さんに伝わらないようにしてほしい、とか?」


 それは随分とささやかなものだ。

 告白を見られないのは少し残念だが、それは仕方ないだろう。


「伝わらないように、ね……わかった」


 普通に考えるなら、俺が下手に動いたり、余計なことをしなければ問題ないはずだ。


「西下は、何も聞かないのか?」

「んー……どうして好きになったんだ?」

「いや、そういうのじゃないんだけど、まあいっか。余呉さんってちょっと冷たそうに見えるじゃん。でも一度、湯川さんが失敗したときにしっかりしなさいよーみたいに言いながら後始末手伝っててさ。そういうの何度か見てて、余呉さんが叱るのって相手のこと心配してるからなんだなーとか、冷たそうに見えるけどほんとは湯川さんのこと大切にしてるんだなって」


 最後の方なんかちょっと早口で、親近感すら覚える。

 友達が好きな彼女が好き、ねえ。


「そんな風に思われたいってことか」

「うん。でさ、湯川がホントにショック受けると慌て出すところとかもなんだかかわいくて」

「ギャップ萌えは強いよな、わかる」


 髪の毛きっちり染めてるけど、根は真面目な子、とか。


「俺が聞きたかったのは、なんというか……つりあわねーとか、趣味悪くね? とか、手伝う理由ないよな、とか……そういうことだったんだけど」

「ああ、牧野の恋愛を俺がどう思ってるのかってことね。後どうして手伝うのか、か」

「そう、それ」

「恋愛なんて個人の自由なんじゃねえの? 手伝うのはなんだろなあ……確かに俺が手伝う必要性はあまり感じてないな」

「相談しておいてなんだけど、気になってさ」


 牧野からすると、俺が理由なく協力的だと不自然なわけだ。

 何か裏があるのではないか、と。


「ほら、余呉って最上の友達なわけじゃん。で、俺は最上と仲がいい。何となく無関係ではないかな、と。それに何かすれ違った時とか近くで知っておいた方が誤解とかなさそうだし。誤解が原因で文化祭がぎくしゃくするのも面白くないな、と。こんな感じか?」


 即席で言ってみたにしては、さほど間違ってはいない気がする。

 牧野は少し考え込んだ後、「うん、そうかも、うん」と納得したように質問を終わらせた。

 それから今後のことをざっくり大まかに話した。


「まだ文化祭まではしばらくあるわけだし、とりあえずはこんなものか。じゃあな、牧野」


 そう言って、牧野との話を終わりにした。



 ◇


「まだ文化祭まではしばらくあるわけだし、とりあえずはこんなものか。じゃあな、牧野」


 西下はそう言って、帰っていった。

 最上さんから「西下にも相談してみたら?」と言われたときは正直びっくりした。

 俺にとって西下は、同じクラスで挨拶ぐらいはするが、遊びに行くほどではないという相手だ。少なくとも踏み込んだ話をする関係じゃない。

 で、西下は恋愛相談相手に向いているのかってこともよくわからない。西下がモテるって話は聞いたことがないし、そもそも彼女がいるのかもわからない。最近は女子といる事が増えたみたいで、同じクラスの諫早さんと話しているところを見かける。

 わかっているのは同じクラスだと手薬煉と最上さんの二人と仲がいいってことぐらい。あまり「こういうヤツだ」という印象がない。

 一方で最上さんは、明るくて結構誰とでも普通に話すタイプ。去年、西下と会話しているのを見たときも、「最上さんは西下とも仲いいんだな」ってぐらいだった。

 でも今年に入って、最上さんは西下によく話しかけるようになった。何かあるごとに絡んでいる気がする。もしかして二人はつきあってるのだろうか。

 最上さんは俺の好きな人――余呉さんとは特に仲がいいから、遠回しに余呉さんについて聞いたところ、俺の恋心はすぐにバレてしまった。


「へぇ、牧野って郁美のこと好きなんだ」


 にやにや笑う最上さんに隠しきれる気がしなくて、全部話した。

 最上さんはそれを機嫌よくにこにこと聞いていた。

 あんたなんか郁美にふさわしくない!

 みたいな評価ではないみたいで良かった。


「じゃあさ、西下にも相談してみたら?」

「えっ」

「大丈夫だよ」


 妙に確信めいた最上さんに流される形で、俺は西下を呼び出した。

 西下は俺に相談される前から、俺が余呉さんを好きなことに気がついていた。

 意外だった。なんとなくだけど、西下はあまりクラスメイトに興味がないのだと思っていた。だけど西下は俺も含めてクラスメイトをよく見ていた。

 俺の話が終わって、協力を頼んだ時もあまり表情は変わらなかった。これも予想されていたのだろうか。そう思って、思わず訊いた。


「西下は、何も聞かないのか?」


 西下は俺の恋心を肯定するでも、否定するでもなくあっさりとした答えだった。俺の告白がどうなるかにも、あまり興味はなさそうだった。間接的に当事者だとは言っているが。

 茶化されたり、否定されるよりはとても気が楽だった。少なくとも悪いやつではなさそうだし、悪い方向に向かうということもなさそうだ。

最上さんが相談してみるようにといったのは、こういうことだろうか。

 もっと、西下について知った方がよいのだろうか。



 ◇


 俺に相談に来たことで、牧野は悩みを増やしていなければよいのだが。

 牧野との話の後で、昇降口に向かいながら俺はぐるぐると考えている。

 俺は何かを見落としているような気がしてならなかったからだ。それも、最上がまだ思い至っていないような、それでいて放置しておくと後からじわっときいてきそうな何かを。

 牧野の恋心を誰かに知られることか?

 否、それはむしろ直面している課題であり、俺とかがバラすか、牧野がへまをしない限りは大丈夫だ。

 じゃあ余呉の思いを知られることか?

 両想いなら照れながらも、祝福されて結ばれてしまうのではないだろうか。みんながそうとは言わないが。

 二人が結ばれることで、嫌な思いをする相手がいる、か。

 そしてそれが、最上だからこそ見落とすような相手で――

 

 ふと、遠くに三人の女子がいた。

 一人は髪飾りをつけた小柄な女子生徒。もう一人はすらりとした立ち姿で、珍しく髪をしっかり染めている。そして最後に普段とはずいぶんと雰囲気の異なる表情だ。

 二人はよく知る相手だ。東雲と諫早である。

 そしてもう一人も知らない相手ではなかった。


「なんであの組み合わせだ……?」


 一緒にいたのは湯川日和。

 そう、クラスメイトで、今回の劇のお姫様役であり、最上の友人であり、そして余呉郁美の親友である。


「ああ……なるほど……それか」


 最上は気づいているのか?

 気づいているから湯川に役を与えたのか?

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