第79話 炎天下に燃える
最上に引っ張られるようにして、諫早と三人で帰っていた。不吉な名前の坂を下って住宅街を抜けていく。
諫早は不本意そうだが、腕を胸に抱え込まれても振り払わないあたり最上を邪険にできなくなったか。下の名前呼びも近いか。
なんとかしろとばかりに後ろの俺に視線を飛ばすが、俺はそっと目をそらした。
さっきよりもご機嫌な最上を止められないわけではない。なかなか素晴らしい光景である。仲良きことは美しきかな。
最上が満足したあたりで諫早はようやく解放された。気力が尽きたのか歩みが遅れて俺に並ぶ。
八つ当たりのように俺の頭を軽く叩いた。
「DV反対」
痛くはないので冗談で答える。
「いつからあんたと家族になった」
「俺とのことは遊びだったんだな!」
「バカ言ってないで話を聞けっての……!」
諫早は反応に困ったのか話を本筋に戻そうとする。
「で、どうした?」
あまりからかうのもアレなので、ほどほどで冗談を切り上げる。照れるならぜひこの先も見てみたい気もするが。
少し前を歩く最上を避けたのは、俺にだけ話したいことでもあったのだろう。
「少し、後で待って」
「はいはい」
駅の手前で最上と離れて見送る。
こちらを振り返ってニヤリと笑い、親指立てた最上に目をそらしそうになる。これはバレてるな。別にやましいことをしようってわけではないのだが、こうもあからさまにされると逆にやりづらい。いい顔しやがって。
諫早はそんな最上に気づいていないのか、もう最上から目を離している。
「わざわざ最上がいなくなってから、話したいことってなんだ?」
後で話がある、と諫早は俺を止めた。最上に聞こえないように。それはつまりそういうことだろう。
人通りがある駅の入口から少し離れて、線路の脇まで歩いていく。
「なんってーのかな……こういうの、陰口みたいでやなんだけどさ……あんた、最上のこと、どう思ってんの?」
「好きだけど?」
違う意味で聞いてるのは知ってるけどな。
でもこう聞かれたらそう思うだろう。
「ああ、いや、そうじゃなくって……」
「諫早も東雲もちゃんと好きだぞ」
「あんた、わかってて言ってんでしょ」
バレたか。そんなにわかりやすいかな。
もしくは照れた諫早の予防線だろうか。
「また何か企んでるんだろうって?」
「そろそろ分かるようになってきて……ってあんたほどではないけどね」
「諫早から見て、俺は最上のことがわかってるように見えるか?」
「あいつのこと、私はまだ良くわかってないところも多いから断言はできないけど……仲はいいんじゃない?」
仲はいいぞ。もちろんだ。
これで俺の勘違いだったら人間不信になるレベルでな。
「あいつは俺よりもずっと同時に色んなことを考えて先まで読んでるんだよな。だから俺も全てを理解してるわけじゃない」
「……意外」
「そうか?」
「てっきり事前に全部話し合って打ち合わせしてるんだと思ってた」
「ま、今回はあれだろうな」
先程見せられた脚本を思い浮かべる。
「せいぜい良くてキューピッド、もしくは出歯亀」
諫早は疑問符を顔に貼り付けたまま黙り込む。
これではさすがにヒントが足りないか。
「脚本でも見てれば分かるだろうよ」
逆に言えば、脚本を見てなきゃわからないんだが。
◇
次の日。
最上から何かアクションがあるかと思われたが、それより先に俺に近づいてくる奴がいた。
「なあ、西下、ちょっといいか?」
明るい雰囲気の、背は高いはずなのにどこか幼げな男――牧野だった。
そして彼こそが、今回の文化祭のクラス劇の主役、王子様でもあった。
「どうした?」
「相談したいことがあるんだけど、放課後空いてる?」
「了解。空いてるぞ」
朝イチに話しかけてきて放課後とは気の長い話だ。そこは「ちょっとサボらないか?」ぐらい声をかけてくれるとワクワクするんだが。
うちの高校は、根は真面目なやつが多い。故にそんなに軽々しくサボらないしサボりにも誘うやつもいないのだ。高校なのかクラスなのかはまだわからないが。
そう、サボって屋上で昼寝するやつもいないわけだ。とはいえ、残念ながら屋上は今日も閉鎖されている。解放すれば良いのに。
話は逸れたが、これも最上の思惑の中にあるのだろうか。牧野と仲が悪いわけではないが、かといって特別親しいわけでもない。文化祭の準備で忙しいだろう彼が、わざわざ監督でも脚本でもない俺に相談したいというのは何か意図があるように思える。
答えは出ないまま、放課後になった。
待ち合わせた場所は体育館の裏手だった。観音開きの扉の前は小さな階段になっている。扉が閉められている今は座るのにお
「来たか」
「早いな。待たせてごめんな」
「牧野と俺じゃ条件が違うしな」
わざわざ今日を指定したのは、部活と文化祭の劇の練習がないからだろう。役者の男子はカラオケにでも行くか、などと話していたので逃げるように教室から出ようとすると捕まりかねない。彼らと話をつけてから来ようと思うのは仕方ない。
ちなみに部活がないのは、文化祭が近いので、体育館が使えないからだ。
体育館の部活はそれぞれ近くの体育館を借りたり、ランニングやマシンを使っての筋トレなどに励む。それでもできない日、というのは出てしまう。その日がちょうど劇の練習がなくなった日と重なった。牧野にとっては絶好の機会だったのだろう。
「で、わざわざ教室から離れてまで何の相談だ?」
俺は肘をつきながらニヤリと笑ってみせる。
なるべく話し出しやすいようにフレンドリーにいこう。
遠くにサッカー部や野球部が見えるが、この距離では俺らの会話は聞こえまい。
「いや、さ……言い難い、ことなんだけど……」
ほほを人差し指でかきながら、視線を斜め下に逸らしてそわそわしている。
最上の脚本、そこに書かれていた王子様の名前、そして隣のヒロインの名前を思い浮かべる。
「恋愛絡み、か?」
「えっ?!」
俺が笑いを噛み殺しながら尋ねると、牧野は意表をつかれたとばかりに声をあげた。
「どうして……?」
「いや、結局俺に相談しにきたのって最上関連じゃねえの?」
「……最上さんから聞いてた?」
「いいや、聞いてはいないな。あいつからは笑って脚本を見るように言われただけだ」
企んでいるのか?と問いかけても結局返事はなかった。なら俺はあそこに書かれた役者と物語の情報だけで、最上が考えていることを当てなければならない。
「それでわかるもの?」
「見た時はまだ確信は持てなかった。牧野がきて、確信に変わった」
「そんなにわかりやすいかなぁ……」
普段からこういうことをしている俺たちがおかしいのだろう。
水筒に入れた冷水機の水を呷る。押し出されるように額に汗が流れた。まだ九月、暑い季節はもう暫く続くようだ。運動部の奴らが、武道場の前の冷水機へと突撃しては戻っていく。
恋の熱と気温の暑さ、ダブルにやられて牧野が倒れなければ良いが。
「で、相談ってのは劇の配役のことなんだけど」
「ああ、ヒロインの魔女ね」
「そう、魔女役の余呉さんのことが好きなんだ」
余呉、というと確か最上を祭りに誘った女子の一人だったっけ。もう一人が湯川。こいつは今回、魔女に助けられる姫役。余呉がスレンダーでクールな面倒見の良いタイプで、湯川が天真爛漫な明るいタイプとくると配役にはよく似合っている。
「良かったじゃないか。劇でも最後に結ばれるのは魔女だぞ」
「それは嬉しい、うん。正直最初は王子役なんてって思ったけどほかの男がお芝居でも余呉さんと、なんてあまり見たくなかったし……」
「だったら何が問題なんだ?」
恥ずかしくて演技に支障でも出たか?
「俺の気持ちが余呉さんにバレてしまわないかなって」
まずそこからかよ。
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