第21話 大きな国の木の下で

変哲のない民家の地下千メートル。

いかなる兵器も到達し得ない絶対不可侵の領域。

そこは皇帝の住まう鋼鉄の城である。


今日はそこで極めて重要な儀式が行われる日だ。


その儀式にあたって、

現皇帝と次期皇帝は初めて顔を見る。

一番重要な国家の機関そのものである現皇帝が、

その権力を丸ごと受け継ぐ時期皇帝と顔を合わせるのは、

統一国家にとって極めて神聖な瞬間である。

そして、メノンは皇帝謁見に際してある決意を抱いていた。


彼女が待たされている部屋は不思議な部屋だった。

西洋の城の内部のような作りで、煌びやかな装飾が施されており、

正面には高い位置に皇帝が座る椅子がある。

ここまでは普通の内装だが、不思議なのは窓だ。

地下にありながらも窓から日差しが入ってくる。

一体どういった造りなのだろうか?

まず考えられるのはこの地下室は二重構造をしており、

この部屋の窓に向けて太陽の光であるかと思えるほどの照明を当ててるといった造りだ。

メノンは思わず独り言をつぶやいた。


「豪華な部屋ですねぇ……」


メノンが部屋を見まわしていると、突然男の声が聞こえた。


「いや、君が見ているのは錯覚だよ。この部屋は本当はせまっ苦しくて物のない小さな部屋だ。

俺達二人の位置を測り、目線を捕らえて立体視できるように室内の映像を映し出している。

――もし君が壁に近づけば、その時は壁を映してくれるだろう。

そういった安全装置もついてるんだぜ?」


いつの間にか一人の男が王座に座っていた。

メノンは驚愕した。その男に見覚えがあったのである。


「ト、トラッシュ君!?なぜここに!?まずいですよ!!」


「えっ。何だそのリアクションは……!?」


「何きょとんとしてるんですか!?ここは関係者以外立ち入り禁止ですよ!?

出ていかないと規定により極刑ですよ!!今ならまだ平気ですから早く逃げて!

私も一緒に皇帝陛下に謝りますから!」


「いやいやいや、普通に考えれば俺がここにいる意味わかるでしょ!?

君一応皇帝試験通ってるんだよね!?

メノンは状況判断の能力試験もトップクラスの成績だったのに……。

どんだけ意識の範囲外なんだよ!ショックすぎるよ!」


「ど、どういう事ですか……?」


「俺が現役の世界皇帝なんだよ!!」


「ええっ!?皇帝になるには皇帝試験を通らなければいけないはずですよ!?」


「失礼すぎるよ!!当然パスしたよ!俺合格だったよ!?

人格試験の点数なんて歴代最高だったんだよ!?」


「ええええええええええ!?あ、ありえないですよ!そ、そうです!

そもそも現在の皇帝は任期15年目の筈です。トラッシュ君は私より少し年上ぐらい。

計算が合いません……ん?」


「俺の姿は君の記憶よりだいぶ老けているだろう?まあ今38歳だからね。

試験の時は若返るように特殊な加工をしたんだよ。

実際のところは君より20ぐらい年上なんだよ。すごいだろ。偉いだろ。

そうだよ!俺はすんげー偉いんだよ!俺より偉いやつはこの世に存在しないのっ!!

そもそも現役の統一国家皇帝陛下様に向かってため口とかふざけるなよ!?以後敬語なッ!!」


「ええ~……もう厳かさがどこかに行ってしまいましたね……」


「では、始めようか。今日やることは聞いてるな?」

「私の統一国家皇帝位授与式です」

「そうだぞ。今日から俺は記憶を消されて一般人だぞ!?」


「ははははは!じゃあ敬語いらないですね」

「まあ、そうなるな。まあ皇帝をやりきったぜ!という記憶は残るから、

人生に満足して暮らしていくさ。それが退職金って訳だ。

ほんと割に合わねえ仕事だったよ……大変な事ばかりだった。

この世界を良くできたって時は最高の気分だったけどな」


「私も世界を良くしたいです!」


「頑張ってほしい。君ならできる!

ここにはありとあらゆる権限がある。比ゆ表現でなく、何だってできるんだ。

そしてそれと止めるものは誰もいない。君の良心のみだ。

そのための人格試験に君は合格した。

これから皇帝として働くにあたっての仕事は、

一日で引き継ぐ。やること自体は簡単だ。

既に自動機械によって整備されている。仕事場へと案内しよう」


「はい!」


トラッシュが手を挙げると、二人がいる場所以外が移動した。

壁や床がどこかへ流れていき、

巨大で複雑な機械装置が二人の目の前に出現した。


「す、凄い……どうなってるんですかこの部屋は」


「この仕事場では統一国家で最も皇帝に相応しい者が、完全に実力を発揮できるように整えてある。


トラッシュが部屋中央に設置してある機械装置に触れる。

すると機械装置は暖かな光を出しながら、優しい起動音をあげる。

その機械は無数の電線が絡み合い、パイプに液体窒素を流しながら、

無数のCPUが実らせている。

一基であり無限であるコンピュータの巨木の様だった。


「まるで生きてるみたいですね。これは一体何ですか?」

「これは『国家の木』と呼ばれている大規模情報処理システムだ。

この木の下で君は働く。

君が行うのは国家にとって重要な判断と、

新しく何をやるかを考えて実行するだけだ。

その仕事は純粋でいて、限りなく難しく、そして最大の責任を伴う」


「はい!覚悟しています」


「君はここで全てを知る必要がある。

そして統一国家の全ての悪を君は背負う必要がある。

なぜなら君は統一国家皇帝だからだ」


「……それも、覚悟しています」


「まず、統一国家の本当の歴史は、一般に知られているものとは違う。

まずは成り立ちだが。

世界の国々は統一国家の中に入る国と入らない国に別れた訳ではない。

全ての国が統一国家になることを選択した。


「それは必然ですね。

もし統一国家が、それ以外の国に戦争を仕掛けた時、守れる国はどこにもなくなります」


「まあ戦争以前に、経済制裁でも下せば立ち行かなくなるのもあるね。

どうとでもなるんだ。

当時、各国の大統領や首相の気持ちはわからないが、

恐らく反対していたとしても、入らざるを得ないだろうと考えた。

抵抗もできないほどの国力差だからね」


「――――という事は『孤立国家』ができたのは、『統一国家』設立後なんですね」



「そういう事だ。ここがとても重要でね。

世界を統一した国家を作るにあたって、

国民の幸福について各国の首脳は議論したんだ。

全ての世界中の人間が平等な権利と富を持ち、

確実な物質的な豊かさが約束された世界。


果たしてそれは本当に『幸せ』なのだろうか?


ひょっとしたら天国を作る選択肢もあったのかもしれない。

しかし、人間と言うものは全員が公平で実りある豊かな日々を過ごすのであれば、

それに退屈を感じてしまう。そう生まれついているんだよ。

絶対に不幸や暴力がどこかに存在していなければならない。

それを望むようにできている。

人は知性によって平等で幸福な世界を素晴らしいものだと評価する事はできる。

しかし生物としてその世界で幸福に暮らしていけるような、

そういう構造になっていないのだ。

これが勘違いと不幸の原因でもある。


現在の統一国家でさえ退屈なのだ。退屈の中に人は幸福を持てない。

悲劇が必要だった。そしてそれはありとあらゆる形で国民に伝えなければならない。

ニュースとして。旅行先にだってなる。

そこの人間を使って遊んだりもできるサービスもある。

そういう事だ。

俺はそれが酷い事だと思っているし、俺個人の感情であれば辞めさせたい。


しかしそれを俺の中の合理性が許さない。

この状態を崩せば今より貧しく、不幸な世界がやってくる。

統一国家の皇帝は好きとか嫌いとかの感情によって、

その非合理的な判断を下せない。

絶対に下せないからこそ、ここにいる訳だ。


統一国家は最大多数の最大幸福のために最少人数の最小幸福を作り出した。

それが孤立国家となった。孤立国家がいくら不幸でも私達は問題ない。

なぜなら、それは他国であるから。

そして、その他国を助けるのは統一国家の国益を損なう。

ならば助けるべきでないどころか、積極的に助けないように努力するのが正しいという事になる。

完璧な話だ。


そして、これが真相だ。

酷い結論だと思うか?

でも私達は今も同じことを選択している。

いや、人類史が始まった時から同じなんだ。昔からそうなんだよ。

人が2万年前に農耕を始め、王や官僚を作り出した時から。

世界には常に少数の、貧しい人達がいた。

むしろ、そういった人達が一番少ないのが今の時代なんだよ。

だから統一国家は間違いなく人類史上最も正義ある国家なのだ。

――君はどう思う?」


「正しいと思います。

――――納得はできません」


「俺もメノンには期待しているんだよ。

俺だって何とかしようと頑張った。

でも、幸福の総量にはどうしても限界がある。

それは科学技術の発展と比例していて、

統一国家は大いに発展させてはいるが、

それでもこの時代における限界があるんだよ。

俺の能力ではこのサイズが限界だった。

俺ができたのは、移住の枠を増やす事ぐらいだった。

その中に君がいた事は幸運だったな」


「えっ?」


「君は相手に望まれる自分を作った。

孤立国家に来た統一国家国民達相手の娯楽として。

笑いものになるために統一国家へと移住を希望し、

統一国家はそれを許可した。その枠は俺が作った移住拡張枠だった」


「トラッシュ陛下のおかげで私は統一国家に来れたんですね……。

ありがとうございます!このご恩は一生忘れません!

皇帝じゃなくなったら忘れさせられるけど!」


「ははは。移住後は誰も君を笑うものなどいなかったろうね。

中学、高校、大学においてとんでもない速度で飛び級していたな。

10年かかる所を3年で終わらせた。

12歳で学位を持ち、その後は皇帝試験のために学術的研究と身体の訓練に費やした。

あっ、これは履歴書のデータだぞ!

別に俺が『国家の木』で勝手に覗き見した訳じゃないぞ!!いいか?」


「……逆にそんな事言われると不安なんですが、

この『国家の木』はどんなことができるんですか皇帝陛下」


「実際に動かして見せようか?」


「お願いします……」


「国民番号68719476736の3年前の今日の今の時間を映してくれ」


『国家の木』が壁に映像を映し出す。

メノンがパソコンで難しい数式を見ている姿が移っている。


「おおっ!凄いですね。今の命令文を解釈して情報を出すことができるとは!

でもこんな室内の映像、監視カメラでは見れないのでは?」


「統一国家の監視カメラの構造はカメラレンズで物を映してるわけじゃないからな。

中身に仕組まれている透視カメラの球体により半径30メートルの全分子の位置情報が記憶されている。

それを映像加工処理すると過去の室内映像のログまで取り出せるのだ!

よし!早速直近の場所:風呂場、行動:着替えの開始から3秒まで進めてくれ」



『国家の木』が壁に映像を映し出す。

メノンが上着をめくり、下着が僅かに見えている。


「えっ!?ちょっと!?まずいですよ!!」


「な?要するに俺は『国家の木』でお風呂シーンとか着替えシーンとか、

なんでも見る事は可能だった訳だ。

でも、一応見なかったから。マジで。欲望に耐えたよ。

ま、俺の人格試験の点数見ればわかると思うけど」


「今確実に見てるよ!」


「皇帝なんだからセクハラぐらいいいだろ!この記憶も消されるんだぞ!」


「トラッシュさんは本当に皇帝なんですかね……」


トラッシュが『国家の木』の側面にあるキーボードを触り、

命令を打ち込んだ。


「……じゃあなメノン。あとは任せた。

『国家の木』。皇帝授与プログラムを完遂してくれ。

現皇帝はこの場所にいるトラッシュ・ハートネット。新皇帝は竜ケ崎メノンだ」


無数のロボット達がやって来る。

その姿は機械警官にそっくりだが色が違う。赤く光っている。


「ひっ……」


特別製のロボット達は両者にひっつき、

硬く拘束した。そして両者に必要な処置を施す。


トラッシュが持つ皇帝期の記憶の100%がコピーされる。

そして99%の記憶は削除される。

トラッシュには極めて小さな皇帝専用の端末への接続装置がいくつも埋め込まれており、

それも全て引き抜かれてメノンに与えられる。


メノンにはありとあらゆる過去の歴代の皇帝の記憶を引き継がれる。

統一国家では水道水などを通して情報管理・国民統制のための、

様々なナノマシンが体内に留まっている。

人格試験時に使用した記憶操作が可能なナノマシンと共に破壊される。

そしてトラッシュから引き抜いた皇帝専用の端末への接続装置を埋め込まれ、

処置は完了する。


記憶と意識を失ったトラッシュはロボット達に運ばれていく。

メノンは元皇帝に最敬礼をして見送った。




『国家の木』は統一国家の全ての機械と繋がっているのでおおよそ何でもできる。

町中に張り巡らされた監視カメラは透視の機能もあるため、

どんな場所でも覗き込む事ができる。

また情報を絞って似たような場面を同時に見る事が出来る。

例えば大規模な集会などを部屋中に映すことも可能だ。


国民を勝手に記憶喪失にしたり、謎の記憶を埋め込んだりもできる。

同じ夢を見させることも可能だ。

もしメノンがその気になれば、

国民一人の人生を破滅させることも成功させることも簡単である。


大きな流れもコントロールできる。

例えば農家の温室の温度をコントロールし、農作物の値段を高くすることも可能だし、

信号の表示をコントロールして渋滞を作り出したりもできる。

そういった小さな操作の総体として、

結果としては人口のコントロールもできた。

『国家の木』はありとあらゆる結果に対して、

因果関係のある事象を高度な情報処理によって明らかになっているためだ。

そのため、やりたい事があれば、

それに因果関係のある機械装置の操作や公共事業の投資先、法律までを駆使して実行する。

『国家の木』を持つ事は国家国民の完全な管理を意味した。

そして情報処理の結果、今現在が最大多数の最大幸福を保っている状態なのだ。


「確かに今の状態を崩し、さらなる幸福を作り出すことがいかに難しい事かわかるね。

私が皇帝になる前に考えていた改善策は、過去の皇帝が行って失敗した事ばかりだった。

今ならそれが解る。解ってしまう……」


ただし『国家の木』に記録されているのは過去の事であり、既存の結果だ。

新しい発想、新しい挑戦に対しての結果は出ていない。


メノンは真に国家を向上させるには何が最善か思考を続け、

そして『国家の木』を通して世界を良くしていった。


そういった仕事の日々の中で、メノンは1つ気になっている事があった。

『二重スパイごっこ試験』で触れ合った幼い姉弟。エスクとフィル。

あれは試験とは全く関係がない、本当にただ貧しいだけの二人の子供だった。


「二人は今はどうなっているのかな……?」


メノンは『国家の木』を使ってそれを見る事が出来た。

しかし、それは職権乱用である。

皇帝であれども私的な理由で個人の生活を盗み見てはいけない。

罰する者が存在しないとしても、メノンにはそれができなかった。


だから、ある日にメノンは一日だけ皇帝業の休暇を取った。



メノンは護衛もつけずに『東の孤立国家』に一般の統一国家国民として入国した。

変装して姉弟を預けたホテルに宿泊する。

そして、エスクとフィルの部屋として指定した角部屋をノックした。


「何ですか?」


そう言って出てきたのは、見覚えの無い老夫婦だった。


「すみません。部屋を間違えました」



予想はしていた。


「コッペさんの言う通り、

二人が『東の孤立国家』の上級国民と関係がないってバレちゃったんだろうなぁ……」


メノンは落ち込みながらホテルを後にする。

二人にあげるために抱えている、統一国家製のお菓子が重く感じる。


その日の前日は雨が降っており、

雨上がりの空気は清廉としている。

メノンは顔をあげると、

ホテルの前でボールを使って遊ぶエスクとフィルが目に入った。


「えっ……?」


エスクとフィルが笑顔で遊んでいる相手はホテルの支配人。

――――その姿は、誰が見ても親子そのものだった。


「そうか。そういう事か……」


メノンはうるんだ瞳で、『親子』が遊ぶ姿を見つめていた。

彼女は、これこそが世界の本当の姿だと信じた。



メノンが勤め上げた第九代皇帝は名君として有名であり、

その功績は統一国家史に燦然と輝いている。

統一国家の領土を大幅に広げた皇帝。

『東の孤立国家』と『西の孤立国家』を取り込み、

統一国家にしてしまった。

それを成し遂げた記念日は2つとも統一国家の祝日となっている。


メノン本人は10年間皇帝を務めた後、皇帝試験合格した者に帝位を譲り、

そして記憶を失った。

その後は、ただ一人の人間として家族を作り、何十年か生きた後に死んだ。



――――それだけだ。


『国家の木』には彼女の人生の全てが記憶されているが、見るものは誰もいない。

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大きな国の木の下で ディストピア鹿内 @mmmmmmmm

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