第20話 最終人格試験失格者の末路




あの日から一年後。

皇帝試験の会場。

ここには10万人を超える受験者がいた。

この中で人格試験まで辿り着くのはほんの一握りで、

国家運営能力の一次試験で1000人まで絞られる。


残った1000人は、

自己実現のため自発的に仕事をする奇人の集まりで、

その中で優秀な能力を持つ人間ばかり。


「これが今回の受験者ねぇ……」


コッペはそこで試験の責任者として受験者を眺めていた。

その表情は複雑で、憂鬱と期待が入り混じっていた。



統一国家ではその国家元首である皇帝が、

具体的に誰かは知らされない。

国民は国家元首の行動によって不安になったり、不満を感じたりする。

それが国家運営に関してならば正当だが、

時に人間としての行動によってもたらされる。

統一国家では、それが効率的でないと判断された。


皇帝は匿名であり、一人格として国民に知られる事はない。

統一国家の皇帝の行動が知られるのは、国家運営に関わる事のみ。

ほとんどが輝かしい実績のみが語られるばかりであり、

支持率は非常に高い。


「ふーん。普通の人ばかりだな」


コッペは国家運営能力を測る一次試験の結果を見ていた。

一次試験は世界と国家を再現した、

複雑なコンピュータシミュレーション。

知らない人間が見ればただのゲームに見えるだろう。

現にほとんどの受験者は楽しそうにやっていた。


「最高でも現皇帝の半分以下のスコアだ。

人格試験までやらすのは非効率的だね。

今年の試験は終わりにしたらいいのに……」


コッペは空を見上げた。

晴天。一年前から予報されていた100%の晴天の日だ。

コッペは一人の少女の姿を思い出した。


「あの時は史上最高のスコアが見れた……」




思い出に浸るコッペに、近づく人間がいた。

汚い布を纏った、浮浪者のような風体。


「申し訳ございません。試験に遅刻しました」


「皇帝試験に遅刻?お話にならないな……。

君はそんな覚悟で皇帝になるつもりかね」



「そうです。遅刻をしても、試験を受ける覚悟です。

私は夢を……諦めません!!」

「……んん?」


「どうか……どうかもう一度!皇帝試験を受けさせてください。

必ず合格しますからッ!」



布きれを捨てて体を晒すメノン。

その四肢は朝を反射し、輝いていた。

全て手製の、特別な義足。生身よりもはるかに優秀だ。


「き、君は……」


メノンはコッペに近寄り、抱きしめた。


「メノン……君は私とは違うようだね……」


コッペはあの日の事を思い出し、一筋の涙を流す。

自分の過去。5年前の出来事だ。






唐突に、銃声が鳴り響く。

皇帝試験の会場は騒然となった。

受験者達は逃げ惑う。当然の行動だ。

今ここで殺人があったのだから。


銃を持っていたのはコッペ。

その銃で、至近距離から一人の試験監の頭を撃ち抜いた。


「はぁ、はぁ……はははは!ざまあみろ!」


コッペは高笑いをした。

彼女はこの時、復讐を遂げたのだ。


「私は人生の全てをかけたんだ!

毎日寝る間を惜しんで努力し続けた!夢の中でも問題を解いていた!

毎日二十四時間、努力し続けたんだ!

全ては皇帝になるため!国家に奉仕するためだ!

世界を最適化するために!

それなのに……お前らは、そんな夢見る私に何をしたんだ!」


コッペは試験監の死体に向かって叫んでいる。

しかし、死体は何も喋らない。


「私はちゃんと試験に合格し続けた。

最後の、たった一つのくだらない試験に落ちるまでは……。

何の事前説明もなかった!

試験に落ちるだけで、あんな酷い目にあうなんて……。

私はあんなに国家を愛していて、国家に奉仕するために人生を捧げてきた。

それなのに……与えられたのは、残虐な『無力化刑』だ!ふざけるな!」


コッペは物言わぬ死体をにらみつける。

試験監の死体はうつぶせに斃れており、その顔は見えない。


「お前なんて殺されて当然じゃないか!

記憶を操作されていたとはいえ、人格試験の中で私と共に戦場を二年も駆け巡った!

大事な戦友だと思っていたんだ。それなのに、あんな鬼畜の行いを!

お前は信頼を裏切ったんだ!

『復讐』されたって、当然の報いだ!」


コッペが怒鳴り散らす間、すでに周囲は機械達に取り囲まれた。

統一国家の暴力装置ならぬ非暴力装置。

前述の通り、労働は全て機械が行う。人間の警察官など存在しない。

国家の非暴力装置はロケット砲にすら耐える機械の体で、

優しく犯罪者を完全拘束する無敵の機械だ。

統一国家が犯罪を犯せる隙はほんの一瞬。彼らが到着するまでの間だ。


「いいよ。捕まえてくれ。

どんな罰があるかは知らないが……。覚悟しているよ」


コッペは一瞬で機械警察に拘束され、指一本動かせない体勢になって運ばれていく。

その時、試験監の死体の傍を通り抜けた。

彼女はちらりと顔を見た。

その死体が浮かべていたのは、奇妙にも『笑み』であった。





私はあの時見た『笑み』が一生忘れられない。

ありとあらゆる事を理解し、そして納得しているような微笑みだった。




コッペが機械装置に拘束されたまま連れて行かれたのは、

公的な施設などではなかった。

変哲のない一軒の民家。外観はそう見えた。

しかし中に入ると非常に複雑怪奇な作りになっており、

まるで迷宮。


機械装置は迷いなく地下へと降りていく。

道が分かれ、何千回と選択を迫られるこの道筋は、

人間ではとても覚えられそうにない。


迷宮の最下層。コッペには予想ができた。

これほど大事に守られるものは、この国家では一つしかない。


そこにいたのは、一人の男性であった。


「ああ、残念だったねぇ……最終試験は不合格だ。

私はついに自分の後継者ができると期待していたがね。

いやいや残念でならない」


「も、申し訳ございません陛下。私は……」


「そう。君は殺人を犯した。

ああ、罪については反省してもらいたいが……。

試験監を殺した事自体は気にしなくていいよ」


「どういう意味でしょうか……?」


「言葉通りの意味さ。

決まっていた運命。当然の結果。自業自得だ。そうだろう?

人の信頼を裏切る人間なんて殺されて当然だって思うんだろ?

だったら、気に病むことはない」


「……はい」


「しかし、殺人の罰は受けてもらう。

統一国家において死刑は存在しない。非効率的で無駄だからね。

その代わり、国家に奉仕してもらうよ。

君はもはや国家の一部分。機関に過ぎない。

仕事をしてもらうよ……強制的にね」


「仕事?どんな仕事でしょうか?」


「はははははははははは!実の合理的な話だよ。

君は貴重で優秀な試験監を殺したんだ。

国家的視点で言えば、人材を一つ失ったのだ。

だから君は試験監になるんだ」


「し、試験監……!?」


私はこの時、やっと全ての構造に気がついた。


「身体の安全も保障しない厳しい仕事だ。

ひょっとすると、皇帝試験の受験者に殺されてしまうかもしれないぞ。

はっはっはっは!

決まっていた運命。当然の結果。自業自得だ。そうだろう?」


私はなんて馬鹿だったのか。

冷静な考えさえできればわかる筈だった。

これは最期の人格試験だったのだ。

この世で最も重要で、過酷な試験。


「これが殺人への罰だ。

いつか、君と同じように、最終試験まで来る人間がいるだろう。

その時、君に裁きが下るのだ。実に公平で、納得のできる結末が……。

了解してくれるね?コッペ君」


コッペは黙って頷いた。

もっとも機械装置によって固定されているため、

髪の毛が僅かに動いた程度だったが……意図は伝わった。


機械装置がゆっくりと向きを変えて、

元来た道を帰ろうとする時、

皇帝はぽつりと言葉を漏らした。


「私はあの時、殺さなかったんだ」


コッペは黙って聞いていた。


「君はとても優秀だ。

私は君と違って、力を取り戻すまで10年もかかったよ。

私は復讐のため爆弾を持っていった。会場を丸ごと吹き飛ばすほどの強力な奴をね。

未来のある人間を憎み、全て消し飛ばしてやろうと。

でも、試験監の……クラウスの顔を見たら。

全部懐かしくなってしまってね!

抱き合って笑いあったのさ。

それが私と君との違いなんだろうな……」


コッペは涙を流した。

人生最大の敗北感に打ちひしがれ、その後の事はよく覚えていない。




「試験監の生活は悪いものではなかった。

むしろ楽しいものであった。

夢見る若者達が必死になって試験に挑み、もがき、苦しみ……。

そして無情にも落ちていく姿を見るのは楽しい。

無力化後の生活で、すっかり歪んでしまった自分の人格を感じながらも、

自分の義務に満足していた。

何年か試験監をしていたが、人格試験の終盤まで来れる受験者は現れなかった。


君との出会いまでは。


君は歴史に残る成績で人格試験に到達した。

そして私も関わる事になった。


私は君にしばしば虐待されていたが……。

メノンとの旅は実に楽しいものだったよ。


私は君に好感を持った。

だから、メノンに密かに全ての事実を話して

口裏を合わせて最終試験を突破する事も考えたよ。

君を『無力化』なんてさせたくない。

それに私の命も確実に助かるしね。


しかし、試験は全て記録されている。

私の発言も行動も全てログとして残り、

私の知らない誰かが判定するそうだ。

もし不正がバレればメノンの記憶は消されて、

試験監が変わるだけ。

私の処遇がどうなるかは不明。まあ、その時は恐らく……。


いやいや、

そう言ったリスクがあるのも間違いないが……。

そもそも私は納得していたんだ。

この試験は正しい。

私は皇帝試験に落第し、計画的に殺人の罪を犯した人間だ。

それに対し、この試験監が迎える運命。

受験者に殺されるか、許されるかに任せると言う罰。

私は罪と罰が釣り合っていると思った。

美しさすら感じたよ。

複雑に絡み合った結晶のようだと……。


試験が終わり……。

私はただ殺される日を待っていた。

しかし君は私を許してくれたね」


「正直、無力化された時はショックだったけど……。

よく考えれば体を機械化すればいいじゃん?と気付き、わりと余裕でしたね。

その後はずっともう一回皇帝試験を受けて合格したいと思ってました。

そして、コッペさんやクラウスさんにもう一度会いたいと思っていましたよ!」


「メノン!私は君を尊敬する。

君には私ができなかった一番大事な事ができたから……!

大事なのは許す心だ。

この最終試験は、本当は『復讐』の人格試験だったんだ」


「なるほど……そういうことだったんですね!」


「皇帝になれば国民に嫌われる事もある。

自分はこんなにも頑張っているのに批判する国民。

普通の人間なら復讐してしまうかもしれない。

それでも尚……君主は国民を憎んではいけない。

国家元首が国民に復讐すれば、国家は必ず荒廃する!

メノン!君は無力化されても尚、すぐに立ち直り、

加害者を許す事ができる。

それはもはや人間業ではないよ。

君は、国家の装置の一つになれたんだ!

君は一人格を超えたんだ!」


コッペはメノンを強く抱きしめた。


「おめでとう。最終人格試験、100点満点。君は合格だ。

次の皇帝となり、そして――――君が望む世界を作ってくれ」


メノンはとびきりの笑顔を浮かべた。

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