断章:褪せる──直人の場合

 空のフラスコ。アルコールなど入っていないアルコールランプ。試験管の中には何かが入っていたような汚れ跡。三脚や割れた丸底フラスコが無造作に転がっている。

 そしてよく分からない荷物の山。蜘蛛の巣すら張りそうな薄暗い部屋。どう見ても単なる物置と化した、かつての第二理科室。

「何か七不思議があったような気もするけど忘れた」

 直人はぼそりと呟いた。

「竜也が羨ましいよ」

 その科白には恨みがましい色などない。ただ友人を称えるような様子で、直人は微笑んだ。

 荒廃した室内をゆっくりと歩きまわる。

「どこからおかしくなったんだろうね」

 能面のような表情になった彼からは何も読み取れない。

「でも、誰も悪くはないんだよ」

 彼は上を見上げた。

「そう、誰も」

 いつの間にか、そこには何も存在しなかった。

 直人は暗闇の中に一人ぽつんと立っていた。

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帝都に柘榴の華は咲く 千里亭希遊 @syl8pb313

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