秘密の遊び
片桐竜也は二人の秘密を知っている。
朝倉直人と高槻悠は、今日も色とりどりの紙片を手に取り黙々と仕分けしていた。
時には紙片を滅消させることもある。そういう時、直人は忌々しそうな顔になるが、悠の方は全く表情が変わらない。竜也は、彼女の表情が変わるところをほとんど見たことがなかった。
竜也も紙片を手にとってみる。ノートやメモ紙の切れ端、裏紙、きれいな便箋……凝った折り方をされているものもあれば、皺くちゃなものさえある。これら多種多様の紙片にかかれているのは平仮名の願い事だ。
『りゅうやくんとりょうおもいになりたいです』
思わず竜也はその紙片をテーブルに叩きつけた。その姿勢のまま顔をひきつらせる。何故一枚目からこんなものを引き当てなければならないのだ。
「どうしたの」
抑揚の殆ど無い声に虚ろとも呼べる悠の顔。ただし首を傾げている様には妙な可愛げがある。
いや名前がおんなじだけだろ……うん……そういうことにしておこう……。
竜也が黙したままでいると、ひょいっと直人がかわいらしい紙片をかすめ取った。
紙片を眺めて彼はなんとも言えない笑みを浮かべる。
「こういうのは例によって叶えないから。安心してよ」
直人は言うとそれを片方の山に仕分ける。言からすると恐らくそちらは叶えない願いの塊。
「勝手に人の感情を捻じ曲げるのなんてまっぴらだからね」
直人は苦笑した。その科白に悠は紙片の内容を察する。
「……りゅーさんもてもて」
「おいやめろ……」
淡々と発せられるその言にからかうような意図があるのを竜也はよく知っている。
こんな作業を二人は竜也が転校してくる二年程前からこそこそやっているらしかった。
竜也は上体を反らして天井を見上げた。この二人の手伝いができるのは極稀だ。その極稀な事態は、できれば起こらないほうが良いもの。
竜也は己の偏った能力を思い、そうでない二人の能力に少しの羨望を抱える。
「
「しずにいはデート」
「そ、そうか」
なんとはなしに聞いたことに返された答えに、先ほどの紙片を思い出し竜也は脱力した。
今は木曜の午後。悠の兄である涓は中学でサッカー部に属していると聞いていたが、休みなのかサボりなのか。サボりであったとしても特に責めるような気持ちは浮かばないが。
「ジュースでも持ってくる」
悠が席を立った。ここは悠の部屋であり、台所は階下にある。
「さんきゅー」
手伝いたくはあるが他人の家の台所に進入するのもなんだか気が引けるし、第一悠にはいつも断られていた。コップの三つくらいお盆もあるし一人で持てると。
「……しかし、毎度すごい数だな」
竜也が未開封の紙片に手を伸ばしながら言うと、直人はため息を吐きながらぼやいた。
「不定期に二、三個とはいえ叶っていくものがあるならまぁ……増えるよねぇ……」
面倒なこと始めてくれてからにと言う直人の目は宙を泳いでいた。
そういう態度を取りながらも彼が辟易などしていないことに、竜也は薄々感づいている。彼はドがつくようなお人好しなのだから。
「けどまぁ、バレたのが竜也で良かったよ。お人好しだし。お祓いできるし」
バレた日の事をぼんやり思い出しながら直人は言った。
「直人にお人好しとか言われたくねえ」
竜也は苦笑した。ふと彼は悠の机に置かれた写真に目を留める。写っているのは小さい悠と直人と、笑顔の女性。それがおそらく
憶測してもしかたがないことに思いを巡らせていると、悠が戻ってきた。
「林檎ジュースにした」
それは悠の好みだった。氷も入ったコップは結露している。この部屋にはエアコンが効いているとはいえ、猛暑の続く日々だ。喉が歓喜でもしているような感覚がした。
二人は礼を言いながら悠からコップを受け取る。
ジュースで喉を潤しながら、三人は紙片の仕分けをなんとか終えた。
除外となった願いの山は直人が手に抱えて燃やす。紙片は灰すら残さず消えた。蛇足だが単なる炎ではないので家が燃えることはない。
「よーし。無難なやつか、緊急なやつか。テキトーに決めようか」
直人が言うと他の二人が頷いた。
テキトーは大事である。この願いの手紙のシステムは単なる噂の域を出ないで欲しい。なので三人の気まぐれを基準に叶えられる願いは決まるのだった。
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