第10話:硝子の刃



「……来たな人間」


 月光を背に、竜滅士・柳洞 豊はこの闘争に降り立った。この世の理不尽を除く為に。死を撒いてのさばる竜人を、滅ぼす為に。

 意図してか否か、呆れる程に演出過多なその登場によって、常は芝居がかって不気味な誠二の言葉すら滑稽な三文芝居の安いセリフじみて響いていた。


「来てやったぞ、竜人」


 豊もまた芝居がかって、嘲笑うように応える。

 歪な刃を備えた滅竜器【斬尽】が、月光を照り返して青白い瞬きを返す。


竜滅士おれが来たからには竜人きさまら理不尽ゆめはなにもかも御破算だ」


 貴様ら、と言った彼の言葉が指すのは、目の前の竜人赤城 誠二。そして、その傍らで今正に死を受け入れようとしていた、銀柩 詠璃紗。

 彼らの抱く理想と野望と妄執と身勝手な思い込みを――彼らを構成する理不尽という名の夢を例外なく粉砕するという、それは竜滅士たる者が自身の存在を賭けて上げる宣言だった。


「終わりだと? 僕が負ける? この僕が、お前に?」


 豊の言葉を測りかねるというように、誠二は笑みを深めた。


「四人だ」

「…………」

「君のような竜滅士と会うのは、これが初めてじゃあ無い。これまで4人殺した。一人残らず、犬の歯糞にしてやった」


 どろり、と夜が凝固する。

 高まる殺意は、既に引き返し不可能の域にまで達していた。


「君で5人目になる。数えた所で無駄ではあるがね」

「そう簡単に俺を殺れると思ったなら、それは大きな間違いだ」


 一見気楽にも見える足取りで、豊は誠二との距離を詰める。

 そして、歩きながら呟くように、


「竜滅士の業を見せてやる。身を以って知れ。貴様は小物だ」

「ほざけよ。竜人ぼくらの餌風情が」


 言いながらも、既に豊は横溢する殺意によって結界じみて展開される誠二の間合いに踏み込んでいる。

 死地への一歩。竜の巣へと踏み込む蛮勇、あるいは愚挙。それを進んで犯す事こそ、竜滅士たるものの本質――


「――――見るがいい、理不尽とはこういうものだ」


 刹那、閃光。

 竜の爪と滅竜の刃が激突し、月下の闇に蒼白く火花が散る。

 【斬尽】の複雑に歪曲した刃は、誠二の爪を、その刃の上を滑らせるようにしていなしていく。

 連続した金属音。炸裂する火花。

 埒外の魔物と、尋常の人間との闘争。

 その戦力差は、さながら刃を手に嵐へ挑むような、そんな途方もない無謀を思わせた。

 しかし。


「――貴様が何故、そこの竜人との戦いを生き延びられたのか」


 数合。爪牙と刃で切り結べば、戦力差は歴然である。一瞬程の時間すら必要ない。竜人が人間を殺すとは、元来のはずだ。

 しかし。にも関わらず、誠二は明らかに攻めあぐねていた。自分より遥かに力で劣る存在を相手に、十全の実力を発揮できずに居た。


「お前とあの女との間には、俺の見立てでは決定的な隔たりが有る」


 詠璃紗は怪我をしていた。著しく体力を落としていた。まともに戦える状態ではなかった。

 それは正しい。だが、竜人の闘争とは本来太古の時代を生きた竜の闘争の再現であり、そのルールとは『どちらの爪牙がよりおおきく、強靭つよいか』という単純極まるものでしかない。

 より弱いものを捕食し、より強いものには決して敵わない。それが、古代を生きた"竜"という生物の本質。

 ならば何故、赤城 誠二は銀柩 詠璃紗に対抗し得たのか。


「――嗅覚だ。お前はその異常なまでに鋭敏な嗅覚で、運動によって生じる発汗や乳酸の発生を匂いで感知し、動作を先読みしているんだ。だから、予備動作の段階で相手の動きを先読みして攻撃を避けられるし、人間相手なら動きを起こす前に先読みしてそれを潰せる」


 天敵たる強者には敵わないまでも、自らの持つ特性のうりょくによって狡猾に生き残る者が居た。

 現代を生きる動植物が持つ、生命の神秘と言う他にない進化。その根源たる神秘そのものとでも言うべき竜種という生命体。

 それらが持つ生態と特性の多様性は、現行の生物のそれとは比較にならない程に膨大かつ深遠。

 

「その様子だと、どうやら俺の匂いが解らなくなったようだな」


 重く、低く。鉄塊のような質感を持った声で、豊は言う。


「嗅げるものなら嗅いでみろ……嗅ぎ分けてみろ。お前が差し向けた数十もの獣の血を浴びた俺の匂いを、一瞬で、正確に……な」


 ――――閃光。


 歪な白刃が夜気を裂いて疾る。凶々しいその切っ先が、満月の光を冴え冴えと照り返す。


「眼が醒めたか、怪物」

「っ!」


 至近距離の密着状態を崩すことなく、【斬尽】の刃を振るう。

 誠二の爪が満足な威力を発揮する間合いよりも、更に内側。

 台風の目とでも言うべきこの間合を制するのは、豊の振るう短剣。


「竜滅士のわざは殺人のわざだ……せいぜい人間のように悲鳴をあげろ。俺はどこまでも人がましい業を以って貴様を殺す」


 人は竜には敵わない。

 ならばいかにして竜滅士は、厳然たる彼我の溝を埋めるのか。

 武器を磨き、知恵を蓄え、そして、弱みに付け込む。

 竜人が半人半竜の化け物ならば話は至極単純。敵わぬ半分でなく、殺せば死ぬを殺せば良い。


「………………」


 銀柩 詠璃紗は戦慄していた。いつか豊が彼女に対してそう思ったのと同じように。より高純度の殺意を恐れ、その機能性に嫉妬し、同時に恐怖した。


(ああ――――)


 弱い人間。戦えるとは言え、それは応戦できるという程度のものだろうと。

 あくまでもそれは絶望的な戦力差を埋め、恐怖の修羅場に勝利を掴むほどの劇的な力では無いのだろうと。

 そう思っていた。しかし、違う。

 彼は心底殺す気だった。心底勝利するつもりで、その勝利を、自らの殺意を微塵も疑わない。

 疑わない事は強さだ。己の存在を如何に定義し、それを信じられるかにこそ、人の強さがある。

 詠璃紗が持つ生物としての強さとは全く別の、人間としての強さ。存在の強さだった。


「抜かせ人間が。鬱陶しく無駄なあがきをするんじゃあない」


 反撃。

 振り抜く尾の一撃を、転がるように飛び退いて回避。

 僅かに背を掠めた竜の尾は鋼の強度。肉を裂き、鮮血が舞う。

 その時、目が合った。

 豊の目が、竜人の――彼女の、銀柩 詠璃紗の目を見た。薄青い、硝子の右目を。


「それが仕事だ。残念ながら」


 キン、と軽い金属音が足元で転がる。

 咄嗟に、赤城誠二はそちらに視線をやり、


「――――――――ッアアァ!?」


 炸裂した閃光が、目を灼いた。

 無意識に体を丸めるその反応は、まさしく人間のそれだった。


「殺す」


 低く呟いた言葉は宣言ではない。

 ただ事実を確認するだけという、確たる意思だけが有った。

 滅竜器【斬尽】の刃が展開される。付け根から三つに分かれ、触れる全てを斬断する二刀にして六刃の剣が、その斬滅の威力を全開放する。


「これが、理不尽というものだ」


 人は竜には敵わないという自明の理。ならばそれを覆す竜滅士こそが、この世に最も歪な理不尽そのものである。

 滅竜器【斬尽】、竜の鱗を裂くその刃は、遥か神代、その歩行によって百万もの人間を鏖殺おうさつせしめた竜皇、"殺尽竜"ナイヴスの、削り出された鱗そのもの。

 今この現代、その刃を振るうのは大自然の代弁者たる竜の意思でなく。ただ仇なすものを打ち滅ぼし斬滅せしめんと言う人間の意思。


「――――――――ッ!」


 目を潰され、人知を超えた感覚能力を誇る鼻を潰され、赤城誠二は二刀六刃の猛攻に耐えた。

 彼の世界には、ただ朧な臭いだけがあった。血の臭いである。無数の獣の血を帯びた何かが自分を襲っている。それは嵐のように獰猛で、夜のように無慈悲で掴み所のない――――殺意。


「はっ、はははは!」


 斬。斬。斬斬斬斬斬斬…………

 血の臭いが蠢くたびに、激痛が肉体を襲う。恐怖がせり上がる。生命が脈動する。

 生きている。生とは死の瞬間にこそその絶頂を感じるものと定義づける故に、彼は死を求めた。己を殺し得る存在を求めた。

 それが、今ようやく目の前に現れた。


「まさか君が! ! なんたる滑稽! 青い鳥とはこの事だ!」


 咆哮。恍惚。絶頂――

 己が悲願の成就を前に、怪物は嗤った。

 月光に照らされたその姿は、保たれていたの人間性すらも捨て去るかのように。


「――君と戦えば、どんな心地がするのだろう。知りたいな、試してみよう」


 目を潰し、鼻を潰し、武器の全力を開放し、渾身の猛攻を繰り出した。そしてそれでも尚、適手にはまだ先が有る。

 ――手は尽くした。万策は既に打った。後は、その結果を待つだけだ。


「さあ、紡いでくれ」


 赤城誠二の声は、加速度的に狂気を帯びていく。

 視力は取り戻されつつあった。膨張を続ける殺意と、人に仇なす者の放つ人類廃絶のための歪んだ喜悦が迸る。

 死が迫る。豊の視界が鈍化する。


「応えてくれ」


 膨張を続ける殺意を前に、豊はひどく冷静な思考を弄んでいた。

 それは誠二の事ではなく、今まさに目の前に迫る自分自身の死についての事でも無かった。

 『人間に宿る竜の魂は一つ。行使する能力は、必ず一系統』

 その大前提を覆す、この場に在る例外について。


「納得させてくれ」


 それはさながら幼い妄想に産み落とされた継ぎ接ぎの怪物コラージュ

 そうならざるを得なかったと、いつか彼女は言った。

 であるから、ならざるを得なかった。

 彼女が初めからそう定められていたのだとしたら。この赤城誠二のように、竜人となった者でなく、ものだったのならば?


「――――証明してくれ。君と僕、世界がどちらを必要としているのかを……!」


 劇的に異形に変じて行く赤城 誠二。

 姿を、骨格を、その存在を、音を立てて内側から食い破りながら変異する恐るべき死の怪異を目前に、豊は既にそれを見ていなかった。

 それは逃避では無く。

 より原始的で根源的な、人間としての正常な反応の発露。

 という、ただその一点に尽きる。


「――お前を必要とする者など誰も居ない。この世に誰も……誰一人も、絶対に!」


 太古の世界には、多種多様な竜が居た。

 彼女もその一種――――

 あらゆる生物の形質を模倣する竜。そうやって擬態して、この現代まで数千年もの時を生きる竜の存在は、ありふれた都市伝説として、あるいは幼い子供に聞かせるおとぎ話として語り継がれてきた。

 "硝子竜グラスドラゴン"。それがその竜の名。その後継たる、実在したおとぎ話たる彼女の能力を表すべき名。


「あガッ――――」


 詠璃紗の右腕が――その瞳と同じ薄青い、透明の鱗に覆われた右腕が、誠二の胸を貫いた。

 それが彼女の本質だった。竜と人間の間に生まれ落ちたという、その途方もない理不尽イレギュラーこそ、彼女を構成する真実だった。

 そのおとぎ話を、豊も知っていた。竜滅士ならば、誰もがそのあり得ざる話を知っている。

 その実在が、豊の目の前に証明されていた。


「ああ―――」


 誠二は虚空を掻くように手を伸ばした。伸ばそうとした。

 彼を構成する根幹たる竜の魂は、彼女の手を介して喰らわれた。

 どこまでも獰猛。どこまでも理不尽。夜のように昏く凝固し、されど決して掴めず己を取り囲む無尽の殺意。

 伸ばされた手は灰になって朽ちた。誠二は振り返ろうとした。それすらも叶わず自らの体が朽ち果てる中、誠二の砕けていく視界には、冗談のように青く輝く満月が輝いていた。


「――いい、夜だった……」


 自らの全てが無価値な死に侵食される中、吐息のような恍惚の残滓だけを残して、竜人、赤城誠二は――世界に仇なす理不尽は、その存在の一切をこの世から消失した。

 理不尽とはこういうものだ。

 途方もない出鱈目を押し通して、より巨きな理不尽が勝利の下に、月下に立っていた。


「驚かないのか?」


 灰の舞う風を挟んで、エリザは豊かに問う。

 聞く者の無い言葉は、ただの無価値な音の羅列に過ぎない。エリザは、己の言葉が意味あるものとなることを祈った。


「ああ」


 豊は短く答える。

 手には刃。向かい合うのは竜人と竜滅士。

 これから起こることは、何よりも明らかだった。


「お前が普通じゃないのには気づいていた」

「……いつからだ」

「違和感は、お前の能力。それに尽きる。お前の左腕は強靭な支配種のそれだが、竜人の気配を察する感覚は被捕食者が持つそれだ。初めから、お前には矛盾が有った」

「初めから、か」

「確信したのは、ここに来てお前の姿を見てからだ。明かに複数の竜種の特徴を持った異形の姿――ならば、そうだろうと思った」


 遠く悠久の時を経て生き続ける神代の竜。その生き残り。

 硝子竜は脆弱な竜である。戦う力を持たず、姿を変え、環境に紛れて生きる。

 硝子竜は、地上の支配者となった人に姿を変えて、その環境に適応したのだ。

 豊は言葉を続けた。意味ある音を吐こうと努めた。


「だから、もう何も言う事は無い」

「そうか」


 詠璃紗が短く答える。

 透き通る硝子の鱗を纏った右半身。異形を継ぎ接ぎに貼り付けた左半身。総じて、彼女は傷だらけだった。立っているだけが彼女に許された行動の全てだった。

 

「遺言と言うわけじゃないが――礼を言っておくよ。一宿一飯の恩に。そしてお前のおかげで、竜人を一人倒せた事に」

「大した事じゃない。打算が有ったからな」

「ああ――だが、そんな気分だった。それだけだ。そう言っておきたかった」

「そうか」


 無感情に呟いて、豊は距離を詰める。

 じりじりと、蠕虫の歩みのごとく。月がその足取りを照らし、詠璃紗の薄蒼い右目は、片時も視線を外さず彼が――自身の死神が近づくのを見ていた。

 滅竜器【斬尽】の刃が、月光を照り返す。竜を殺すための、そのためだけの凶器が。

 何かを一つ諦めるように。その対価として何かを一つ受け入れるように、詠璃紗は目を閉じて――


「……やめだ」


 豊は、【斬尽】の刃を収めた。そして、ため息まじりに芝居がかった仕草で肩をすくめて見せた。


「どういうつもりだ」

「恩なら俺にもあるということだ。お前のおかげで、竜人を一人殺せた。それを忘れるわけにはいかないだろう」

「だが、」

「お前は竜人じゃない。少なくとも、今死んだあの男のように、竜魂に取り憑かれた存在では無い。生まれながらにそういう性質の生き物だ。俺は生き物の性質そのものを裁けるほど偉くも傲慢でも無いつもりだ」


 それに、と続けようとしたもう一つの理由を、豊は結局口にする事は無かった。

 竜滅士をやる理由。かつて彼女にそうするしかなかったと語った理由とは別の言わずにおいた理由。あまりにも子供じみていて、とても人には言えない理由。

 硝子の鱗を持つ神秘の竜。〈硝子竜〉は人に擬態して、現代も生きているのだという。

 人を愛した、地上で最も美しい幻想。

 そのおとぎ話に思いを馳せたその時に、彼は竜を追う者となった。

 その理由を、豊が口にすることは無いだろう。これから先も永劫の謎となって、意味ある音となって世界に波及する事は無いのだろう。

 そうして、二人は対峙していた。硝子の鱗と瞳を月の色に照り返して、エリザは豊を見ていた。


「代わりに、聞いてもいいか?」

「なんだ?」

「……その名前、本名なのか?」


 いやに真剣な顔で問う豊を見て、とうとうエリザはこらえきれずに吹き出した。

 不格好な笑いだった。引きつったような、不慣れな笑いだった。

 それは傷が痛むからだったろうか。疲労に身体が引きつっていたせいだろうか。長い孤独な戦いのなかで、笑い方を忘れていたからだろうか。

 豊もつられて笑って、そのまま力無くへたりこんだ。


「本名だ。私はずっとこの名前だ」

「……そうか」

「父さんの名前は銀柩しろひつぎ亜騨夢アダムだ」

「…………そうか」


 しばし力なくくたびれて笑う二人を、月だけが見下ろしていた。

 あらゆる凄惨を眼下に照らす月も今はただ、静かに二人を見ていた。

 この月下にその足跡を重ねた、蠕虫の足取りを。

 硝子のように、澄んだ光で。





***





 竜人・赤城 誠二を討滅して、二週間が経った。

 事後処理を済ませて協会に今回の件を協会に報告するだけで、二週間が過ぎた。嵐のような忙しさがようやく一息ついて、豊は教室の席で人知れず深く息を吐いた。

 協会からは、現状維持のまま待機命令が出ていた。

 エリザの事は報告しなかった。面倒は御免だった。協会に隠し事をするのは、これが初めてだった。それが無用な虚偽だったかどうかは、考えないようにしていた。


「……そういう気遣いがスケベっぽいとは思わないか」


 隣の席から聞こえた声に、豊は顔をしかめた。

 疲労の最大の要因は、その声の主。

 銀柩しろひつぎ 永璃紗エリザは、事が収束した後も、何故か豊の家に居座っていた。そして、何故か学校にまで通っていた。


「要は、利害の一致だ。私はお前と一緒に竜人を捜した方が旨みがあると思った。だから、そうする事にした」

「俺には害しか無いが」

「私の方が強いだろう?」

「吠えてろ」


 豊は再び大きくため息を吐いて、天を仰いだ。

 ただどこまでも平和な喧噪だけが有った。


「豊、何話してんだよ」

「別に、なんでもないよ。岸上さん」

「さっそく銀柩さん口説いてたのかよ? 隅に置けないヤツめ」

「……意外と手が早いな」

「ははは……」


  級友に囲まれて苦笑するばかりの豊を見て、エリザは愉快な物を見るような目で笑っていた。


「銀柩さん、大丈夫? もう学校慣れた?」

「うん、大丈夫」

「豊に変なことされたら言ってよ、シメとくからさ」

「しないよ」

「ありがとう、頼りにしてる」


 学校では気弱な優等生を演じている豊にならってか、エリザの所作はひどくおとなしい。

 腹立たしい。


「仲良くしなよ、豊」

「ああ」


 豊は待機命令が出ている。この周辺に、まだ竜人が潜んでいる可能性があるからだった。

 エリザの鋭敏な第六感が、その気配の揺らぎを感じ取った。

 鋭い視線が交錯し、二人は情報の同期を終えた。

 戦いは終わらない。それそのものが、彼らを構成する要素であるが故に。


「そうだね、今しばらくは――」


 世界とは残酷だ。

 世界とは不完全だ。

 世界とは欺瞞だ。

 世界とは不寛容だ。

 世界とは絶望だ。

 世界とは苦難だ。

 世界とは無価値で無意味で無常で無駄で無力で無価値で――理不尽である。

 ここに、二つの理不尽が有る。

 互いに互いを殺す術と理由を持ちながら、今はただ、背を合わせて。


「長い付き合いに、なりそうだしね」


 少年少女ふたりは今、刃を秘めて――――

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硝子の竜滅士 アスノウズキ @8law

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