大魔法使いとコスマイヤの剣-グリーグラム物語 Ⅰ-

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大魔法使いとコスマイヤの剣-グリーグラム物語Ⅰ

大魔法使いとコスマイヤの剣  

    ---グリーグラム物語 Ⅰ---

 

  第一章 四人と一匹


「今日の体育の授業の時、マット運動で、みんな並んでたやろ。あの時、俺うっかり、不良の横井と肩が当たってしもてん。ほんならあいつ、めちゃ、にらみつけてきよって・・・。あーあ、こわー。明日から学校行きとうないわ。どうしよう」

「なんや、そんなこと。横井なんか、強がってるだけで怖いことなんかないで。心配せんでええ。なんかあったら、俺が相手してやるから」

 はじめに話しかけたのが、大野三郎。柔道で鍛えた体は大きいですが、肝っ玉は大きい方ではありません。あだ名はサブ。そして、答えたのが岬良太。正義感が強く、しっかり者のリーダータイプ。あだ名はリョウ。二人は大阪の小学校五年の同級生。そして、同じマンションに住んでいます。なぜか気が合って、いつも下校は一緒なのです。ただ、仲間はその二人だけではありません。まだ後ろについて来ています。

「横井君が怖いとか言ってるわよ。わたしもあの子怖いわ。なんか、ナイフでも隠し持っていそうやし」

「横井君ねえー。二年生の時、同じクラスやってんけど、おとなしい子やったわ。まあ、いま悪ぶってるだけで、たいしたことないって。気にせんでええよ。それよりリョウは、あんなええかっこ言うて大丈夫なのかしら」

 こちらは、同じ同級生の女子。はじめに話しかけたのが、吉川由美。引っ込み思案で怖がりですが、感受性が強く、霊感タイプ。なにかと咲子を頼りにしています。あだ名はユミ。そして、答えたのは羽田咲子。頭もよく、しっかりしていて、男勝りの竹を割ったような性格。あだ名はサキ。この二人もリョウとサブと同じマンションに住んでいます。だから、特別に仲が良いというわけでもないのですが、下校は一緒になりやすいのでした。

「サキ。なんか言うたか」

 と地獄耳のリョウが言いました。

「いいえ。別になんも言うてへんよ」とサキ。

「ああ、ええ天気やな。なんか、面白いことでもあらへんかなあ」

 サブがそう言って、背伸びをした時です。歩道の植え込みで、ガサッと音がすると、なにかが飛び出してきました。

「うわあ。なんや、びっくりした」とサブ。

 出てきたのは、まだほんの小さい子犬でした。全身薄い茶色で、口のまわりだけ黒い。雑種のようでした。

「わあ、こいつかわいいな」

 リョウとサブの前を行ったり来たりしながら、大きくしっぽを振っています。

「あら、どうしたん。わあ、なんてかわいいワンちゃんやの」

 サキとユミがしゃがみ込んで、子犬に手を出します。

「こっちへおいで。いい子やから。よしよし」

 子犬は言われるままに、サキとユミに近づいて、かわるがわる頭を撫でてもらっています。そして、サキはもうたまらなくなったという感じで、子犬を抱き上げました。頬ずりするサキに、ユミが子犬の首を撫でます。

「こいつ、野良犬かなあ。首輪もしてへんし、雑種みたいやし」とリョウ。

「そうみたいやなあ。かわいそうになあ」

 サブも子犬を見回して言いました。

 子犬はさんざんサキのほおを舐め回したあと、地面に下ろされました。みんなの周りを廻って、しっぽを振りつづけています。

「ついてくるかどうか、ちょっと歩いてみよか」

 とリョウが言って、みんなはそっと歩きだしました。思った通り、子犬はうれしそうに四人についてきます。

「やっぱり、野良犬や。でも、おかしいな。母犬や兄弟はどうしたんやろう」

 サブの呟きにみんな首をかしげています。

「うちのマンションは、犬飼うんは禁止やからなあ。こいつ、ついて来るけど、どうしたらええんや」

 リョウがそう言うと、こんどはユミが子犬を抱き、四人は考え込んでしまいました。

 しばらくして、サキが言い出しました。

「この先に、工場がつぶれて、廃屋になっている所があるやん。あそこに連れて行ったらどうやろか」

「連れてって、どないするねん」とリョウ。

「飼い主を捜して、見つかるまで、そこでわたしらが、面倒みるんやんか。大丈夫よ。こんなにかわいい子やから、きっとすぐに飼いたいって人が見つかるわ」

 サキは、そう言って犬の頭を撫でました。

「うーん。そんなにうまいこといくやろか」

 リョウもサブもうなっていますが、いい考えが浮かんできません。

「まあ。今日のところは、取りあえずそうしよか。しゃーないもんな」

 リョウとサブは、しぶしぶうなずきました。

 工場は、大きな緑地公園の手前にありました。四人は、取りあえず犬の寝床にと、手分けして工場の中を捜してまわり、ダンボールとタオルを見つけてきました。

「廃屋ってほど、痛んでへんな。雨もりもしそうにないし、上等。上等」

 サブは、工場内を見回して言いました。

「そやけど、この子には大きすぎるわ」

 ユミは、どこか隅っこで、こじんまりと壁で囲まれているようなところを捜していました。

「あった。あったわ」

 ユミが見つけたのは、なにかの材料を入れていたんでしょう。高さ一メートルほどのブロック塀で三方が囲われている土間の一角でした。

「どう。ここなら、この子も落ち着いて眠れるわ」

 とのユミの言葉にサキもうなずいています。「これで、寝床は確保できたわ。あとは、食べるものを買ってこないとね」

 サキはそう言って、リョウとサブを見ました。

「はいはい。わかりました。ドッグフードの子犬用を買ってくればええんやろ。そのかわり、寝床の周りの掃除をしといてや」

 そう言って、リョウとサブは、近くのスーパーに向いました。

 ダンボールにタオルを敷きつめた寝床に子犬は早速入っています。そして、あちこち臭いを嗅いだ後、しっぽを振って「ワン」と一声なきました。

 サキとユミは顔を見合せ、二人で子犬の頭を撫でながら、言いました。

「この子、もう自分のベッドってわかってやるわ」とサキ。

「それに、ありがとうって言ってるわ。天才かも」とユミ。

 二人は、掃除を始めました。子犬は、二人の周りをしっぽを振って廻っています。

「そう。お手伝いしてくれてるの?」

 ユミが優しくそう言うと、子犬はうれしそうに舌を出しました。サキがそれを見て子犬の頭を撫でます。そうこうしているうちに、リョウとサブが帰って来ました。

「おおーい。ごはんやで。腹へったやろう」

 まあたらしいペット皿に、ドッグフードがたっぷりと盛られ、子犬の前に置かれました。

 しかし、子犬は食べません。みんなの顔を順番に見つめて舌を出しています。

「どうしたの。食べていいのよ」

 ユミがそう言った途端。子犬は「ワン」と一声なき、ドッグフードを食べ出しました。

「こいつ、天才や。ただの野良犬やないで」

 とのサブの言葉にリョウも続けます。

「ほんまや。いま、お待ちしてたもんな。やっぱり誰かに飼われてたんかなあ」

 四人はしゃがんで、子犬が一生懸命に食べるのを見つめました。サキが口を開きました。

「あかんわ。かわいすぎる。わたし、飼いたいわ」

「わたしも。なんかいい方法ないかなあ」

「そやけど、マンションの管理人は、うるさいで。前に隠れて飼ってた人。えらい怒られて、あわてて親戚に飼ってもろたらしいもんなあ」

 サブが悔しそうに言いました。

 サキもユミも悔しそうにくちびるをかんでいます。

 子犬は、よほどお腹が空いていたのか、お皿いっぱいのドックフードをきれいにたいらげると、四人の顔を満足そうに見渡し、「クーン」と鳴くと、足をついて体をまるめました。お腹がふくれて眠くなったようです。

「これで、しばらくは眠るやろ」とリョウ。

「どうするこれから」とサブ。

 すると、サキが言い出しました。

「そうやわ。図書館に犬の飼い方を書いた本があるはずやけど。もし、病気になったりしたらあかんから、本を借りにいっとこか?」

「心配性やなあサキは。こんなんどう見ても元気そのものやん」

 サブがそう言うとユミが答えました。

「わたしはサキに賛成よ。犬を飼ったことがないから、予備知識に読んでみたいわ」

「まあ、ここで、子犬の寝顔を見ていても仕方ないからそうするか」

 サブとリョウは、そう言って立ち上がりました。




  第二章 図書館


 図書館は、すぐ先の緑地公園の中にありました。この緑地公園は、広々としていて、たくさんの木が植えられ、芝生の広場やアヒルが放たれた池もあり、建物は博物館に日本庭園の茶室などもあり、市民の憩いの場所となっていました。

 四人は、芝生を抜けて図書館へと向いました。図書館は二階建て、大屋根のあるなかなか立派な建物で、一階は子供室。二階が、閲覧室になっていました。四人は階段を上り、閲覧室に入りました。

「ここからは、大きな声を出したらあかんからね」

 サキが、リョウとサブにそう言って、シーと口の前に人指し指を立てました。

「そんなん、わかってるがな」

 リョウとサブは、さっさと閲覧室のドアを開けました。

 中に入ると、しーんと静まり帰っていました。誰かが本のページをめくる音が大きく聞こえます。みんな、まじめに本と向き合っているようです。

 サブがリョウに小声でささやきました。

「俺、この雰囲気が苦手なんや」

「そうかな。俺は好きやけど。でも、いっぺん大声を張り上げてみんなの驚く様子を見てみたい気もするな」

 サキとユミは、図書館の職員に聞いて、早速、ペットのコーナーに行き、犬の飼い方を書いた本を調べています。

「犬のことは、サキとユミにまかせて、俺たちはなんかおもろい本でも探そうか」

 サブとリョウはそれぞれに分かれて、本を見て歩きます。

 サブは、模型のコーナーが気にいったようです。次々と本を手に取って、精密な模型の絵を熱心に見ています。

 リョウは、全体をざっと見渡した後、事典などの大きな本を取り出して、ページをめくりだしました。

 しばらくしゃがみ込んで事典に見入ってたリョウは、足が痛くなったので、事典を一番下の段に置いて、立ち上がりました。ふとその時、上の方から光りを感じて、リョウは、上の段に目をやりました。すると、事典ほどの大きな本で、革表紙の立派な本が目に止まりました。

----なんやろう。この本。

 本は、わずかに光って見えました。まるで、リョウに手に取って貰いたいように思えました。ちょっとためらった後、リョウはその本を手に取ってみました。

----わあ。おもた。重たい本やな。

 革表紙には、あまり見たことのない紋様と、まったく知らない文字が書かれていました。リョウが、そっとページをめくると地図が書かれていました。どこか、全く知らない土地です。しかし、リョウは、なぜかその地図に心引かれました。目の前に、地図に描かれた山や谷の光景が浮かんできます。

 リョウはページをめくってみました。まったくどこの国かわからない言葉がびっしりと書き込まれています。そして、挿絵が所々に描かれています。じーっと見つめていると、頭に光景が浮かんできました。なにか、お祭りのようです。

----この本。ただの本じゃない。

「リョウ。まだ見てんの。もう帰るわよ」

 突然、耳元で声がしたので、リョウはびっくりしました。目を上げると、サキとユミが立っていました。

「いや、この本やけど。不思議やねん。わかれへん言葉やし、見たことない絵やねんけど、頭に妙に映像が浮かぶんやけど」

「なに言うてんの。そら、絵を見たら、なんか頭に浮かぶやろう。それより、はよ帰ろ。子犬が目覚まさんうちに」

 サキはそう言いましたがユミは違っていました。

「サキ。ちょっと待って。リョウの言う通りやわ。この本からなにかわからへんけど、強い光りを感じるわ。それと・・・」

 そう言って、ユミは本にそっとさわりました。

「なにか暖かいものを感じる。この本借りた方がええかも」

 いつのまにか、サブも近くに来ていました。

「みんな。いい本見つかったんか。俺は、この模型の本を借りるねん」

 リョウは大きな本を小脇に抱えると、

「よし。この本を借りよう」

 と決心し、カウンターへ向かいました。

 しかし、図書のカウンターでちょっとしたトラブルがありました。他の本はすぐに借りれましたが、リョウの本だけ、図書コードがついてなかったのです。

「図書コードがないと貸し出しはできないのよ」

 図書館のお姉さんは言いました。

「そこのところをお願いします」

 リョウは、必死に頼みます。

 すると、一瞬、本から光が出て、お姉さんの額を照らしました。お姉さんは気づきませんでしたが、固い態度が急に柔らかくなって、言いました。

「まあいいわ。じゃあ。こんどだけよ。そのかわり大事にあつかってよ」

 そうして、四人は図書館を後にしたのでした。




  第三章 不思議な本


 四人は子犬のもとに戻りました。子犬は、まだ、ぐっすり眠っていましたが、四人の気配で飛び起きました。

「まあ。いい子にしていたわねえ。ほんまに賢い子やなあ」

 サキは、子犬を抱き上げ、頬ずりしました。みんな、子犬の頭を撫でました。子犬は、そのたびに舌を出して喜んでいます。

「そうだわ。この子に名前をつけないとあかんね」

 ユミがそう言いだし、サブが答えました。

「ほんまや。名前がないと呼ぶこともでけへん。そやけど、どんな名前がええかなあ」

 みんな腕を組んで上を向いて、工場の外をうろうろしながら考えています。でも、どれもしっくりこないようです。

「言い出しっぺのユミ。なんかええ名前思いつけへんか」とサブ。

「コリーっていうのは、どうかしら」

 とユミが提案します。

「コリーって犬の種類やん」

「あっ・・・そうやね」

 みんなも、そうそうという顔です。

「じゃあ。リョウは、なにか思いついた?」とサキが言います。

「うーん。太郎とか次郎とか・・・」

「なんだかふるくさいわ。サブは、どうなの?」とユミ。

「ちょっと待ってくれ。いま考えてんねん」

「ポスって言うのはどう?」

 サキは、みんなの顔を見回しました。

「うん。それいいわ。わたしは賛成だわ」

 とユミは手を挙げました。

「リョウとサブはどう」

「ポス。ポス、こっちへおいで。ポス、お手。ポス、お座り・・・うん、まあええかな」

 リョウがそう言うと、サブもうなずきました。

「なかなかええで。呼びやすいしな。かわいいし。なあポス」

「ワン」

 みんなどっと笑いました。子犬の吠えるタイミングが絶妙だったからです。

「これで決まりやわ。本人がそう言ってるんやから。ね、ポス」

 サキとユミは、かわるがわるポスを抱いて頬ずりして、言い聞かせています。

 みんな、一人ずつポスの名を呼びます。そのたびにポスは走って行って、手をなめます。しばらく、そうしていると、ポスはまた眠くなったようです。ダンボール箱に、入って行儀よく眠ってしまいました。

「ああ。それにしてもかわいいなあ。ポスは。あーあ。俺もなんだか眠くなってきた」

 サブは、そう言って横向きに寝そべると、手を曲げて頭を支えてあくびをしています。

「寝たらええやん。起こしてやるから」

 リョウは、そう言いながら、さっき借り出してきた本を広げ、両膝をついてすわると、黙って目をつぶっています。広げているのは、地図のページ。サブが起き出し、隣に座ってのぞき込みます。

「なんやしらんけど。気になる本やなあ。おかげで眠気がなくなってしもた。それにこの本うっすらと光ってないか」

「あっ。いま一瞬やけど山が見えた」

 とリョウが叫びました。犬の飼い方の本を読んでいたサキとユミも顔を上げました。

「ユミやったらもっとはっきり見えるかも知れへん。なあユミ、こっち来て」

 なんのことかと、ユミとサキがリョウの前に来ました。二人とも座って本を見つめています。

「ああ、見えるわ。山も森も大きな河も、頭の中に出てくるわ」

 ユミは目をつぶったまま呟きます。サキも真似てみました。

「ほんとう。わたしの場合は、うっすらだけど、景色だってことはわかるわ」

「俺は、うっすらすぎて、なんだかよくわからへんけど、サキと一緒で景色だってことはわかる」とサブ。

 リョウは他のページをめくってみました。こんどは字ばかりのページです。

「なんやこの字。見たことない字やなあ。さっぱりわからん」

 とサブが言うと、リョウが言いました。

「サブ。そう言わんと、目つぶって集中してみいや」

 サブはしぶしぶ目を閉じました。

「なにかしら、立派な建物が見えるわ。それ以上はわからないけど」とユミ。

「俺にも建物がみえる。石造りの大きなものや」とリョウ。

「うん。そうやね。なんの建物かしら」

 サキがそう言うと、サブはうなっています。

「四角いのは見えるけど。建物まではわからんわ」

 リョウが言いました。

「この本に限って言えば、一番見えるのがユミ。そして、俺かサキ。一番だめなのがサブやな」

 サブは、むっとしたようです。

「そんなん見えたら偉いんかい。そんなこと言うてんと、はよ、ほかのページを見てみようや」

 リョウは後ろの数ページをめくると、現代の服を着た少年や少女たちが、まるで記念写真のようにペンで描かれた絵がありました。1ページに1組三、四人の男女が4ページ分。共通しているのは、みんな首から丸いメダルをぶらさげていることです。

「なんや。古い本やと思ってたのに、なんで現代の子が描かれているんや?」

 リョウは、最後のページを開きました。そこには正方形の四隅に男女四人が描かれていました。そして、正方形の中心には、開かれた本と、その上に、子犬が描かれていたのです。

 四人は、顔を見合せました。

 サブが声を震わせます。

「なんやこれ。男子二人に、女子二人。それに本に子犬。これ、俺たちと一緒やんか。なんやこの本。俺、なんか薄気味悪うなってきた」

「この本、ただの本じゃないわね」とサキ。

 リョウは首をかしげています。

「なんやろう、これ。別に不吉な感じもないし、悪い本やないと思うけどなあ。ユミはどう思う」とユミに問いかけます。

「わたしは、悪いことやないと思う。本からは白い光りと、涼しい風が吹いてくるし、リョウの言う通り不吉な感じもせえへんし」

 しばらく四人は本の絵を黙って見ていましたが、リョウが言い出しました。

「この絵の通りに、立ってみたらいいんやないかな。そんなに怖がることないで、なにかいいことが起こるかもしれへんし」

「ええ、そんなんして、なんか悪いこと起こったらどうすんねん」

 サブは青ざめています。

「うん。やってみよう。わたしは、ユミの感じたことを信じるわ」とサキ。

「ありがとう。わたしは大丈夫と思うけど」

 ユミも落ち着いて言いました。

「三対一や。サブどうする?」

「わかった。やったら、ええんやろ。でもなにがあっても知らんで」

 サブは、ふくれっつらでいいました。

 四人は工場の広い土間に、石で適当な正方形を描き、本をそのまん中に起き、四人と一匹が描かれているページを置きました。

「ええっと、男子、女子、男子、女子と四隅に立てばいいのやな」とリョウ。

 みんなその通りに、角に立ちました。

「これでいい。後はポスをまん中へ・・・」

 その時です。「ワン」と一声吠えると、ポスが飛んできて、正方形の中心にすえた本の上に座ったのです。

「うわあっ」「きゃあ」

 突然、本から強烈な白い光りが放射され、四人は、手で目をおおいました。

「みんな大丈夫か」

 リョウが、目をふさいだまま、みんなに声を掛けました。

「ええ。わたしはね」

 それはサキの声でした。

「おれも」とサブ。

「わたしも」とユミ。

 みんなそっと目を開けました。すると、本から出た光りが、金粉のような大量の光りの粒となって、渦を巻きながら本に吸い込まれているのが見えました。そして、四人と一匹は、みんなその金粉に巻かれて光っていました。

「あっ」

 みんな同時に声を上げました。体が宙に浮いたのです。意識があったのはそこまででした。四人と一匹は、あっというまにその渦に巻き込まれ、本の中へ吸い込まれて行ったのです。




  第四章 本の中の世界へ 


 気を失っていた四人は、ポスに顔をなめられ、気がつきました。そこは、高原。丘の上にあざやかな緑の草原が広がり、後ろには高い岩山が連なり、山頂あたりにはまだ雪が残り、紺色の岩肌と雪の白さが美しいコントラストとなっています。

 そして、丘の上から見下ろすと広い世界が広がっています。はるか遠くにも山々が連なり、途中には大きな河も見えます。

 四人は起き上がり、美しい景色に感嘆の声をあげました。

「うわあ。きれいだなあ」とリョウ。

「なんて、美しいの。まるでスイスにきたみたいだわ」

 とサキが言うと、

「サキ。スイスに行ったことあるんか?」

 とサブがちゃちゃを入れます。

「ものの例えよ。サブったら、この景色を見ても、なにも感じないの」

「いや。こう見えても、さっきから俺も感動してるんや」

「ワンワン」と、ポスが吠え、みんなは後ろを振り返りました。高原の中心に樹齢数百年と思われる立派な木が立っていました。木の種類はわかりませんが、広葉樹のようです。

「ポス、ポス。こっちへおいで」

 サキに呼ばれたポスは飛んできて、うれしそうに抱き上げられました。

 リョウは、ユミに話しかけます。

「ここの景色、さっき本の地図を見たとき浮かんできた景色に似てへんか」

「わたしもそう思っていたところなの」

「ということは、ここは本に描かれた世界なんかなあ。えらいことになってしもたな」

 リョウは、サキとサブにもそのことを言いました。

「どないしよう。それやったら、どないしたら帰れるねん」とサブ。

 すると、サキの手からポスが飛び下り、大木の方に走って行きました。

「なんか。ポスがあの木の所へ来いって行っているような気がするわ」

 みんなは、木の方に向って歩き出しました。

「ねえ。あの木、葉っぱが光ってるのはわかるけど、幹や木全体までが光ってない?」

 サキの言葉に、リョウとユミが答えます。

「うん。確かに光ってる」

「わたしは、光ってるというより、まぶしいぐらいだわ」

 四人は木の下に立って、木を見上げました。

「でかいなあ。こんなでっかい木、見たことないわ」とサブ。

「ほんとそうねえ。学校の楠の三倍以上はあるかも」

 サキがそう答えていると、木の太い幹の中心あたりが、白く光りだしました。これは、目の錯覚などではありません。光りはどんどん大きくなり、楕円を形作りました。

 そして、その光りの中から、何かが浮かび上がってきました。

「あれ。なにか見えてきたぞ」とリョウ。

「ほんと、なにかしら、人のような・・・」

 とユミがそう言いかけた時、それははっきりと、人の形になりました。

 袖が長く、裾は足元まである緑色の服を着た老人で、白いひげがお腹まで伸び、頭には三角錐の帽子を被っています。そして、古木で作られた長い杖を持っています。

「あれなんや。絵本とかで見る魔法使いにそっくりやん・・・」

 とサブが言いかけると、ユミに止められました。

「しーっ!静かにして」

 老人は、その姿をすっかり現しました。足先が地上二メートルほどに浮いています。そして、四人と一匹の顔をまじまじと見つめました。




  第五章 大魔法使い

  

「わしは、魔法使いエバーレスト」

 老人は低いトーンで、心に響く重厚な声を発しました。

「この世界。グリーグラムを治める者だ」

 四人は、老人の圧倒的な威厳に言葉を失っています。

「リョウ、サブ、サキ、ユミ。そなたたちをこの世界に呼んだのは、わしだ」

 そして、エバーレストの杖が振られ、リョウの手にあの古い本が現れました。ページは最後の少年、少女が描かれている所です。

「その本の終わりに、四組の子供たちが描かれているだろう。彼らは、過去にわしによって、この国に呼ばれた者たちだ。彼らは、グリーグラムが危機にさらされた時、この世界のために闘った。そして、見事な働きをし、それを讃えてわしが、首から下げたメダルを授けたのだ」

 リョウは黙ってうなずきました。エバーレストは続けます。

「リョウ。最後のページを見なさい」

 リョウは、言われるままに、最後のページを開きました。ここに来る前に、正方形とまん中に本が描かれていたページのはずです。

しかし、そこには違ったものが描かれていました。リョウをはじめ四人とポスが、まっすぐに正面を向いて立っている絵でした。

 リョウはそれを他の三人に見せました。みんな驚きましたが、エバーレストの迫力の前で、言葉が出ないのか、黙っています。

「そなたたちは、もうこのグリーグラムの歴史に刻まれ始めている。過去の子供たちとの違いは、まだ首からメダルを下げていないことだ。すなわち、彼らのように働くのは、まだこれからということだ」

 皆は顔を見合わせました。リョウとサキは口を固く結んで、真剣なまなざしですが、サブの顔は青ざめ、ユミはサキにしがりついています。エバーレストは続けます。

「今また、グリーグラムに危機が訪れている。そなたたちにも過去の子供たちのように、働いてほしいのだ」

 ここで初めてリョウが口を開きました。

「その前に、なぜ、ぼくたち四人が呼ばれたのですか?」

 エバーレストは答えます。

「今回の仕事には、特にチームワークが必要なのじゃ。そなたたちは、まだ気づいておらんが、そなたたちそれぞれが、過去生から、魂レベルでの結びつきが特別強かったのじゃ」

「ぼくたちがですか?ただの友だちですが」

「それは、これから気づくことじゃ。今はただ、わしの言葉を信じなさい」

 エバーレストの言葉には反論できない、強い説得力がありました。

「わかりました。ぼくたちは、なにをすればいいのです?」

「ここに『断ち切れない魔法の輪』がある。これは、グリーグラムを乗っ取り、我が物にしようとしている黒い魔女『ダスリン』が、わしの魔法を封じるために作ったものだ。わしとダスリンが闘った時、奴はひきょうな手を使った。小人族の子供を人質に取ったのだ。わしは、その子の命と引き換えにあまんじて、ダスリンの魔法を受けたのだ」

 ここで、エバーレストは四人の顔を見て続けました。

「今そなたたちが見ておるのは、わしの幻だ。わしの本体は、もともとこの木の精で、いつもは木を離れ、自由に空を駆けている。しかし、いまは魔法の輪の力でこの木に縛りつけられ、この丘を離れることができずにいる。わかるかな」

「輪を切ることはできないのですか?」

 とリョウがたずねました。魔法使いは大きくうなずいて言いました。

「ひとつだけ方法がある」

 そして、丘のはるか向こうを指差しました。

「この世界の北の果てに、三つの塔を持つ石造りの古城がある。その城の内部は四層だが、その最上階に石の台座にさやに納まった状態でさやごと半分ほど埋め込まれた黄金の剣がある。その剣は、この世界、グリーグラムを生み出した偉大な魔法使い、コスマイヤの剣で、この剣だけが『断ち切れない魔法の輪』を断ち切る力があるのだ。コスマイヤの魔力は偉大で、彼の死後もその力は少しも衰えてはいない。そして、コスマイヤの弟子がこのわしだ」

「では、ぼくたちに、その剣を取りに行けということですか?」

 再びリョウがたずねました。

「そうじゃ。しかし、コスマイヤの剣は、その剣自体の魔法の力で台座に収まっている。この剣を台座から引き抜くことができるのは、コスマイヤの弟子であったわしか、人間世界の子供四人以上が、心を一つにして、剣をさやごと引き抜くしかないのだ。これで、わしがそなたたちをここへ呼んだ理由がわかったかな」

 そう言って、エバーレストは、みんなの顔を見回しました。

「わしの話は、これだけだ。どうじゃ、わしの頼みを聞いてくれるかな」

 四人は、それぞれ顔を見回しました。みんな小さくうなずきます。そして、こんどはサキが言い出しました。

「お話はわかりましたが、コスマイヤの剣を取りに行くのを、黒い魔女ダスリンが簡単に許すでしょうか?きっと邪魔を仕掛けてくるだろうし、戦いになるかも。魔女との戦いにわたしたち普通の人間が勝てるとは思えません」

 エバーレストは答えます。

「もっともな質問じゃな。しかし、わしは、そなたたちだけを危険な目に合わすつもりはない。いつも、そなたたちと一緒に戦うつもりじゃ。これは約束じゃ」

 リョウが答えます。

「わかりました。そこまでおっしゃるのなら、ぼくたちもこの仕事を使命だと思って、できるかぎりのことをします。ただ、グリーグラムの危機とはなんですか?」

 エバーレストは、答えました。

「一つは、わしの光が弱まってきていること。この白い光は、グリーグラムに平和と安息をもたらすものだ。もう一つは、黒い魔女ダスリンが出す邪悪な念波が、強まってきていることだ。これは、

人々に邪悪な心を生じさせ、争いを起こし、グリーグラムを邪悪な世界に導くものだ。そして、それはもう起こりだしている。すでに幾つかの部族は争いを始めている」

 そう言ったエバーレストは、両手を広げました。すると、その手の平に青、緑、赤、黄、紫の勾玉が光を放ちながら、現れました。

「この勾玉を首から吊るしなさい。決してなくさないようにな。勾玉には、そなたたち、それぞれの性格の長所を強める働きがある。そして、人間にはそれぞれに合った固有の波長の色がある。さあ、自分の直感を信じて、自分に合った色の勾玉を選びなさい」

「リョウ。さあ、選びなさい」

 リョウは青い勾玉を受け取りました。

「次は、サブ。選びなさい」

 サブは緑の勾玉を選びました。

 こうして、サキは赤、ユミは黄色。残った紫がポスの首に掛けられました。

 エバーレストは、続けます。

「この勾玉は、わしとそなたらを見えぬ糸でつなぐもの。そなたらが危機に直面した時、勾玉を握りなさい。それがそなたらを守るであろう」

 そして、エバーレストは杖を一振りしました。すると、四人は革でできた衣服とブーツ。そしてマントをはおり、革袋を肩にかけ、杖を持った旅人の姿になりました。

 四人は驚いて自分を見回し、お互いを見ました。

「よう似合ってるで、みんな」

 とサブが言うと、みんなは頷きます。

「すごく着心地がいいわ。軽くてしなやかだわ」

 サキもユミも気にいったようです。

「ハッハッハッハ。弱ったといっても、まだ、このぐらいの魔法はできるんじゃよ」

 エバーレストは、そう言って笑うと、リョウにあの本の中にあったグリーグラムの地図が丈夫な羊皮紙に描かれたものを渡しました。

「とにかく、北へ向って進むんじゃよ。そうすれば三つの塔がある古城が見えてくるんじゃ」

 リョウはうなずいて、丘から広がる世界のまん中あたりを指差しました。

「こっちが北ですね。遠くになにか点のように見えるのが、その城じゃないのですか?」

 エバーレストはうなずきました。

「わしは、そなたたちのこれからの旅の成功と働きを確信しておる。さあ、行きなさい人間の子らよ。自らを信じて進むんじゃ」

 そして、四人は大魔法使いに別れを告げて、丘を下りだし、旅が始まったのです。




  第六章 小人会議


 丘を下る四人の前をポスがあれこれ臭いを嗅ぎながら進みます。ポスはグリーグラムに来てから、ずっとごきげんです。

「ポス。あんまり離れちゃだめよ」とサキ。

「なにがあんなにうれしいのかしら。危険な旅だというのに」

 ユミは直感で、旅の危険を感じているようです。

「危険な旅だって?なんか怖いなあ。さっきなんで引き受けてしもたんやろう」

 とサブはもう弱気になっています。

「でもなあ。あんな威厳のある大魔法使いに頼まれたら、誰も断わられへんもんなあ」

 リョウもつい愚痴が出ます。

「あんたたち。男らしくないわねえ。もう約束したんやから、しょうがないでしょう」

 サキは、あくまで強気です。

 そうこうしているうちに、四人は丘を下りきりました。これからは、深い森です。どこから入ったらいいのか、わかりません。

「俺、ちょっと道を探してくるわ。みんな、ここで待っててや」

 リョウはそう言って、森の中に入って行きました。しばらくして、リョウの呼ぶ声がありました。

「あった、あった。道があったで。みんなこっち、こっち」

 声の方に行くと、確かに道がありました。道は細いもので人ひとり通るのが、やっとです。四人はポスを先頭に、一列になって進みます。

「ええ木がいっぱいあるなあ。ほんまの原生林やなあ」

 サブとリョウは、しきりに感心しています。

「空気もきれいやね。森林浴気分やわ」

 サキとユミは深呼吸です。

 二、三時間ほど歩いたでしょうか。行く手の方から、かすかに声が聞こえてきました。四人は顔を見合せ、静かに進んで行きました。すると、突然、森の中に広い草原が現れました。声は、そこから聞こえてきます。四人は、木の影に隠れてそっと様子を見ることにしました。

 草原のまん中に、長いテーブルがあり、それを囲んで、二、三十人の人が何か言い合っています。でも普通の人ではありません。身の丈は、四人の中でも一番小柄なユミの半分ぐらいです。どうやら、小人族が会議を開いているようです。

「えへん。本日は、この栄誉あるコスタル族の会議にお集まりいただき、ありがとうございます。えー、本日の議題でありますが、この平和をもっとうとする、コスタル族で、最近、盗みや泥棒のたぐいが、多発し、ケンカなどの争いごとが急増していることについて・・・」

 すると、ひとりの小人が大声を出します。

「盗みっていえば、おらの家の鍬が、昨日盗まれたんだぞ。おまえじゃないのか」

 といって正面の男にケンカを売りました。

「なにを言いやがる。おまえこそ、おらっちのスコップを盗ったんじゃないのか」

 と言って、初めの男の胸ぐらをつかみました。

「俺のとこの牛が今朝からいねえ」

 と言って、他の男が隣の男になぐりかかりました。すると、全員が立ち上がり、相手かまわずのケンカが始まりました。もう、これは会議どころではありません。

 すると突然、ある男がテーブルの上に飛び乗り叫びました。

「ひょっとして隣のミスチル族の奴らが犯人じゃないのか?」

 すると、みんながいっせいに叫びました。

「そうだ。そうだ」

「ミスチル族だ。ミスチル族だ」

「戦争だ。戦争だ。隣のミスチル族に攻め入るぞ」

 その言葉にみんなが合わせます。

「えい。えい。おー!」

 反対者もおらず、このままでは戦争が始まりそうです。

「これがエバーレストの言ってた、ダスリンの念波の影響というもんか」

 リョウがそう言い、みんなは顔を見合せました。リョウは、地図をひろげました。小人族には、コスタル、ミスチルを含め、四つの部族があるようです。北に向かうには、コスタルかミスチルのどちらかの部族の領地を通る必要がありました。

「避けて通るわけにはいけへんな。俺が行って止めてくるわ」

 とリョウが言って立ち上がると、他のみんなも立ち上がり、サブが言いました。

「リョウだけに任せるわけにはいかんわ」

 四人は、木の影を出て、両手を上に挙げ、戦う意志がないことを示しなが進みました。しかし、いまや興奮しきっている小人たちには、通用しませんでした。

「コスタル族のみなさん。落ち着いてください。ぼくたちは、旅人です。敵ではありません。ただ、お話がしたいのです」

 しかし、答えは無く、かわりに石が飛んできました。 

「出やがったな。ミスチルの手先の奴らめ。これでも食らえ!」

 石は、降り注ぐように飛んできました。ただ、小人の投げられる石は小さかったので、四人は、なんとかマントで石を防ぐことができました。リョウはせいいっぱいの声を張り上げて叫び続けています。

「ぼくたちは、敵ではありません」

 すると、サキがみんなに言いました。

「勾玉をつかんで、わたしが止めるから」

 そして、サキは勾玉を握ったまま座り込みました。そして、目を閉じ、なにか呟き続けました。その間、他の三人はマントを広げて立ち、飛んでくる石からサキを守りました。

 そうしてしばらくすると、石が飛んでこなくなりました。そして小人たちの叫び声も聞こえなくなりました。

 四人は、顔を上げました。小人たちは、一様に元気がなく、下を向いています。中には、座り込んでいる者もあります。

 そして、誰言うとなく、

「わしらは、どうしたんだろう」

 と呟く声が聞こえました。

「そうだ。歓迎すべき旅のお客人に対して、石を投げたりして」

「しかも、仲の良い友人であるミスチル族を攻めるなど。戦争なんて・・・」

 小人たちは、力なげに、頭をかきながら四人の前に並びました。

「お客人、ほんとうに申し訳ない。わしら、どうかしてたんじゃ。自分でも信じられないんだ・・・」

 こうして、四人と一匹は、コスタル族の正式な客人として迎い入れられたのでした。

 正気に戻ったコスタル族の小人たちは、本当によく気がつく、善良な人たちでした。彼らは、四人の荷物を持ってくれ、自分たちの村へと連れて行ってくれました。

 村では、先に帰った者が、もうみんなに客人の来訪を告げていたらしく、村中の小人たちが、出迎えていました。

「ようこそ、コスタル族へ」

「どうぞ、ゆっくりとくつろいでください」

 みんなが一様に、ていねいにお辞儀をし、四人もそれに答えて、いちいち頭を下げたり、握手をしたりしました。

「ありがたいけど。これはこれで、疲れるもんやなあ」

 とサブがリョウに耳打ちし、「しーっ」とたしなめらました。それほど、歓迎は丁重だったのです。

 四人は、村の中でひときわ立派な家に通されました。村の長老があいさつに来ました。

「今日は、村の若い者達が、大変な失礼をしたそうで、まことに申し訳ござらん。このコスタル族に限って、このようなことは許しがたいことじゃ。若い者には、わしから厳しく叱っておきますので、あなた方お客人は、ここでゆっくりして、昼寝でもしていてくだされ。夜には宴の用意をさせますからのう」

「今日みたいなことは極端ですが、ケンカなどの争いごとが最近多くなっているんじゃないですか」

 とリョウがたずねると、長老はうなずきました。

「まったくその通りです。あまりに急なことで、わしもどうしたものかと頭を悩ませておりますのじゃ。まあ、そのことはまた後で。いまはゆっくりと休んでください」

 長老が出てゆくと、四人は早速、相談しだしました。

「これは、大変なことや。これだけ善良な小人たちが、あんなに凶暴になるなんて、ダスリンの力は思ったより強いんや」とリョウ。

「信じられんなあ。念波って怖いもんなんやなあ」とサブ。

「それより、サキ。さっきは何をして小人の狂気を止めたん?」

 と、ユミがサキに問いかけます。

「頭にイメージが浮かんだの。言葉で言えば『勾玉を握りなさい。そして、祈りなさい』ってところかなあ。なんにしても。おそらくエバーレストが助けてくれたのよ」

「それはそうやな」

 他の三人は納得しました。

「と、いうことは、なんでも勾玉に祈りさえすれば、助かるってことやな」

 とサブは単純に考え、うれしそうです。

「それは、どうかしら。わたしには、そうは思えないわ。ダスリンの念波がお祈りの力を妨害するかもしれないし」

 一番霊感のするどいユミにそう言われ、サブはがっくりしました。

「まあ。考えたってしょうがない。取りあえず、今はコスタル族は正気になったんやから、お言葉に甘えて、休ましてもらおうや」

 リョウの言葉にみんなは、それぞれに分かれて寝ころび、すぐに眠りに落ちました。



 夜になりました。四人が呼ばれたのは村の広場、果物がたくさん盛られたテーブルが直径七、八メートルの円形に並べられ、まん中にはたき火が焚かれています。いい匂いが漂ってきました。たき火の周りに串にさされた肉が並べられ、ちょうど食べごろに焼けている臭いです。

「わあ。もうたまらんわ。いい匂いや。俺もう腹ぺこなんや」とサブ。

 みんな同感で、うなずいています。

「さあ、こちらへどうぞ」

 長老は、上座に四人を導き、座らせました。

「さあ。みんな出てきなさい」

 長老の言葉に、村中の家から小人たちが出てきました。そして、みんな各自のテーブルにつきました。四人の両隣には、長老と村の頭が座りました。

「みなさんは、まだお若い。酒は飲まれないので、果実のジュースをどうぞ。わしらは果実酒をいただくことにしますでのう」

「皆の衆、さあ、いただこう」

 そう言って、長老が立ち上がり、果実酒を一気に飲むと、歓声があがり、小人たちは、みんな酒をあおりました。宴の始まりです。

 女の小人たちが、ほどよく焼けた肉を四人の前に並べました。なにかの豆を煮たものがそえられています。

「さあ、たっぷりとお食べくだされ。肉も果物もふんだんにありますからのう」

「いただきます」

 四人は、手を合わせてから、まず肉を食べました。なんともいえないよい味です。

「うめー、これ。やわらかくて、うま味がたっぷりや」とサブ。

「ほんとやわ。やわらかくて、ジューシー」

 とサキ。ポスも夢中になって肉を食べて、しっぽを振っています。

 こんどは付け合わせの豆です。

「これ、おいしいな。俺、正直いって、豆って苦手なんやけど、これならいくらでも食べられる」とリョウ。

「わたしも同じ。これ、豆って感じじゃなくて果物みたいでおいしい」とユミ。

「気に入ってくだされましたかな」

 と、長老や村の頭もうれしそうです。

「さあ、お客人にどんどん料理を持っておいで」

 コスタル族のみんなも料理を食べ、酒を飲んでいます。わいわいがやがやと、賑やかになりました。

 すると、数人の男女が円の中にでて、笛やたいこで、演奏を始めました。

 きれいな音色に、ゆったりと落ち着く曲。四人はすぐに気に入りました。

「いい音楽ですね」

 リョウは、長老に話しかけました。

「お気に召しましたか。それは、よかった」

 また、数人の男女が輪の中へ入りました。そして、こんどは音楽に合わせ、踊り始めました。

 ゆったりとした上品な踊りです。たき火の火に照らしだされ、幻想的です。

「まあ、素敵なダンスやねえ。ロマンチック・・・」

 サキとユミは踊りに見とれています。

 みんな、お腹もいっぱいになり、ひとごこちつきました。ポスは満腹したら、もうおねむです。サキの膝で眠っています。

 するとリョウが、長老と頭に話しかけました。

「今日のコスタル族の会議中の争いのことですが。あれは、魔女ダスリンが発している悪想念の念波の影響なのです」

「なんですと?あの黒い魔女ダスリンのせいですと」

 長老と頭は驚きました。

「ぼくたちは、エバーレストに頼まれて、北の古城へ向います。そして、コスマイヤの剣をエバーレストのもとに届けなければいけません・・・」

 リョウは、エバーレストとの話をかいつまんで話しました。

 長老と頭は熱心に聞いていました。そして、頭が言いました。

「あの魔女ダスリンの力で動かされていたとは、我ながら、なんと情けない」

 リョウは続けました。

「これからしばらくは、よほど注意をしないと、ダスリンの念波によって、争い。いや、へたをすれば、戦争もおきかねません。このことをコスタル族のみんなに強く伝えてほしいのです」

「わかりました。よくぞ知らせてくれましたな。これからは、わしと頭が責任を持って、みなに注意するよう徹底しますじゃ」

 長老は真剣な眼差しで答えました。

「それと、隣国のミスチル族と、他の小人族にもこのことは、伝えておいた方がよいと思うのですが。こちらがいくら注意しても、向こうから攻めて来たんじゃなんにもなりませんから」

 リョウは、そう付け加えておきました。

「ただ、この話は、あなたがたにとって、とてつもなく危険なことですぞ。勝算はおありかな」

 長老が心配そうにたずねるとリョウは答えました。

「危険は覚悟の上です。ただ、エバーレストが守ってくれると信じるだけです」

 すると、長老は立ち上がりました。そして、

「しばらくお待ちを」

 といって、自分の家に入り、戻ってきました。

「あなたがたは、この後、魔女ダスリンを相手にすることになるかもしれん。その時のために、これをお持ちなされ」

 と言って、リョウに小さな革袋を渡しました。中を見ると、ビンに水が入っています。

「この村に伝わる魔よけの聖水ですじゃ。これをお持ちくだされ。きっと役に立つ時が来ますじゃろう」

 リョウは礼を言って、それを肩から掛けた革袋にいれました。

「ありがとうございます。大切に持っていきます」

 次の朝、もうすっかり親しくなったコスタル族の人々に見送られ、四人と一匹は北の古城へ向けて、旅立ちました。




  第七章 巨人族


 四人と一匹は、コスタル族の教えられた通りに森の中の道を進んでいきました。そして、森を抜けました。すると、岩だらけの荒れ地に出ました。コスタル族が言うには、この荒れ地を抜けると、地図に示されている通り、巨人族であるホフマン族の土地になり、四人は、どうしてもそこを通り抜けなければなりませんでした。

 荒れ地は、ごろごろと岩が転がり、いちいち岩をよけながら進まなければなりません。なおかつ風が非常に強く、舞い上げられた砂もまじり、マントがなかったらとても歩けるようなところではありませんでした。

「ポス。大丈夫?」

 ポスは、サキのマントの中に抱かれ、みんなはマントのえりを立て、下を向き、足元に注意しながら慎重に進みました。

 なんとか荒れ地を半分ほど行った時のことです。突然、前方の小さな岩山でズシンズシンと地を揺らすほどの大きな音がしました。

「あの音はなんだ?」

 びっくりしたリョウが口を開きました。

「地響きのような・・・」とサキ。

「サブ。俺たちが先に行って、様子を見て来よう」

 そう言って、リョウとサブは、おそるおそる岩山を廻り、岩影からそっと様子を伺いました。すると、人間の大人の三倍以上もある巨人が、大きな岩の塊を岩山めがけて投げ続けているではありませんか。

 二人は、女の子達を呼び、岩山の後ろにみんなで身を潜め、耳をふさぎました。

「あの巨人。何やってるんやろう」とサブ。

「わからん。岩山をつぶそうとしてるんかなあ」

「わたし、怖いわ」

 そうユミが言った時です。突然、音が止みました。そして、雷鳴のような大声が響きました。

「ああ、スッとした。最近どうもいらいらしてかなわん」

 大男はそう言い残すと、地響きをたてながら帰って行きました。

「後をつけると、巨人族の村に行けるかもしれないぞ」

 リョウがそう言うと、みんなは急いで出発しました。

「岩山に岩を投げつけるなんて、巨人にもストレスがあるんやなあ。それにしても、あのストレス解消の仕方はすさまじいなあ」

 先を急ぎながらも、サブはしきりに感心しています。

「感心している場合かいな」

 とサキが言います。

 四人はなんとか駆け足で巨人の後をつけ、丘の上にでました。巨人はそんなことは、おかまいなしに丘を下っていきます。

 丘から見下ろすと、巨人族ホフマンの村がすっかり見渡せました。村は大通りをはさんで住居が立ち並び、大通りの一番奥、すなわち村の北側に広場が作られています。

「これから、どうする?あの巨体と怪力で、コスタル族のようにケンカでもふっかけられたら、いくら勾玉の力を借りても止めるどころか、殺されてしまうぞ」

 リョウがそう言って、四人は集まって相談しました。

「なんとか他の道はないかしら」とサキ。

「ほんと。あんなの相手にしたら、死んじゃうわ」とユミは相変わらず怖がっています。

 リョウは、羊皮紙の地図を広げました。四人はなんとか抜け道はないかと探しましたが、他の巨人族に両側は囲まれています。

「コスタル族の長老は、このホフマン族が巨人族の中では、もっともおとなしいと言っていたし、他はもっと怖いかも・・・」

リョウが、そう言い掛けた時です。

「おまえたちは何者だ」

 と、天から降って来るような大声がしました。そして、岩影から大男が二人飛び出して来ました。

「みんな。逃げろ!」

 とリョウとサブが叫び、四人はとっさに、ばらばらの方角に逃げました。しかし、巨人たちは、その体には似つかわしくないすばやさで走り、逃げ後れているサキとユミが捕まってしまいました。

 そして、岩影まで逃げ延びたリョウとサブに向って、大声で言いました。

「娘は、預って行くぞ。返してほしければ、村へ来い。ただし、おまえらの態度が気に入らなければ娘らともども命はないと思え」

 そう言うと、巨人たちは気絶しているサキとユミを軽々と小わきに抱え、丘を下って村へと向って行きました。

「えらいことになってしもた。どうするリョウ」

 サブは震える声で言いました。

「どうしたらいいんやろう」

 リョウも、なにも考えれません。

「だから、初めに本の通りに立つのを反対したんや。なんかいやな予感がしたんや」

「今更、そんなこと言ってもしゃーないやろう」リョウもいらだっています。

「エバーレストかってそうや。無理難題を全部押しつけて!小学生の俺らにそんなもんできるかい」

 サブは、もう完全にパニック状態です。革袋を地面に叩きつけて、けっとばしています。

「おい、サブ。落ち着けよ。サキとユミを助けなあかんのに・・・」

「ええーい。こんな勾玉なんか・・・」

 サブは、引きちぎろうとして勾玉を握りました。すると、目の前が真っ白になりました。

サブは、そのまま立ち尽くしました。急速に、怒りと恐れが消えて行きました。

「おい。サブ。大丈夫か」

 サブは目を開けました。もういつものサブに戻っていました。

「俺、ついカッとなってしもた。リョウ、悪かったな。ちょっとショックが大きかったんや」

 そう言うと、首を横に振って、自分を落ち着かせるために大きく深呼吸をしました。

「ワンワン」

 リョウのもとにポスが走ってきました。サキが捕まる瞬間にポスを逃がしたのです。リョウはポスを抱き上げ、サブと二人放心状態になって、立ち尽くしてしまいました。

 しばらくすると、ポスが「ワン」とひと声吠えると、リョウの手から離れ、丘の下に見える村と二人が立っている場所の間を行ったり来たりしました。

「ワンワン、ワンワン」と、しきりに吠えます。リョウとサブは顔を見合わせました。

「村へ行って、サキとユミをを助けろと言うてるんや」

 サブが言いました。

「でも、どうやって助けるんだ?」

 二人はまた黙ってしまいました。

「そうや、勾玉を握って祈れば、なにかいいアイデアが浮かぶかもしれない」

 そう言うと、その場に座り込んで、勾玉を握って一心に祈りました。ポスは二人を見上げて、おとなしくお座りをしています。

 やがて、リョウが口を開きました。

「ようわかれへんけど、まっすぐ進めと行っているような・・・」

 すると、サブはもっと具体的に感じたようです。

「サキとユミは、村の広場で、張りつけになる・・・そこに向って恐れずに進め・・・巨人族は犬が苦手だと言っている・・・・」

「サブ。すごいなあ。やったらできるんやん。そうか、さっきポスはサキのマントの中にいて、最後に飛び出したんで、奴らは気づかなかったんだ」

 二人は顔を見合わせました。二人ともお世辞にも怖がっていないとはいえない顔つきでした。しかし、リョウが言いました。

「サキとユミを助けるためだ。ここは、お互い死ぬ気でいこうぜ」

 サブもうなずきましたが、

「ちょっと待ってくれへんか。腹が減っては戦はできぬって言うやろ」

 と言って座り込むと、コスタル族からたくさんもらった干し肉をかぶりだしました。リョウもそれにならって干し肉を噛みしめ、ポスにも食べさせました。危険の前だからでしょう。干し肉は妙においしかったのです。

 干し肉を食べ、水筒の水を飲むと、なんだか勇気が出てきました。二人は、深呼吸をすると、「頼むぞ。ポス」と言って、あたりをかぎまわり、尻尾を振って行くポスについて丘を下り、ホフマン族の村へと向かいました。

 村の入口には、サキとユミを連れ去ったさっきの大男が道の両側に待っていました。大男は大きな声で、

「娘らを助けに来たのか。その勇気は認めてやる。しかし、村に入れるかどうかは話が別だ。なにか、みつぎ物でも持ってきただろうな」と言いました。

 リョウとサブは首を振り、それを見た大男は、

「馬鹿にするな!」

 と言って、リョウとサブにおそいかかろうとしました。その時です。

「ワンワン!」

 と吠えながら、ポスが大男の一人に立ち向かい、その足に噛みついたのです。

「なんだ。この生き物は?」

 大男たちは、その大きな姿に似つかわしくない弱気な声を出すと、おろおろと後ずさりしました。

「ワンワンワン!」

 となおもポスが吠えかかると、なんと大男たちはあわてて逃げ出し、村に逃げ込んでしまいました。

「ああ、助かった。巨人は犬が苦手って、ほんとうやったな」

 と、サブが言うと、リョウは笑います。

「それにしてもあのあわてぶりはけっさくや」

 こうして、二人と一匹は巨人族ホフマンの村に入って行きました。

 村はさっき丘の上から見た通り、大通りをはさんで家が建ち並び、奥に広場がありました。遠目にサキとユミが杭に縛られているのが見えます。

 巨人の男や女が各家の窓から、二人と一匹の様子を伺っていました。すると、ある家の巨人が扉を開け、たきぎを投げつけてきました。リョウとサブがそれをうまくよけると、ポスがその家に走っていきました。

「ワンワンワン!」

 ポスを見ると、その巨人もびっくりしました。

「なんだ。これは。動物なのか」

 そして、あわてて扉を閉めたのです。その様子を見て、外に出ていた巨人たちも、みんなあわてて家に逃げ帰りました。

「すごいな。ポス」 

 サブがポスの頭を撫でました。ポスはうれしそうにしっぽを振っています。

 その後も、二人と一匹は、通りを慎重に進み、広場に着きました。

「大丈夫だったかい?」

 とリョウがサキの縄をほどきます。

「うん。大丈夫。助けに来てくれてありがとう」サキはしっかりしています。

「ユミも、大丈夫か。怖かったやろう」

 とサブはユミの縄をほどきながら、優しく声を掛けました。

「ありがとう。サキがずっと気丈にはげましてくれてたから、わたしも平気やったよ」

 と、ユミも思ったより元気に答えました。

 縄をほどかれたサキがポスを抱き上げます。

「ポス。見てたわよ。あんたって強いんだね。ありがとう」 

「ポス。ありがとう。大活躍ね」

 と、ユミもポスにほおずりしました。

 四人と一匹が、村を後にしようとした時です。

「おーい。待ってくだされ」

 と呼び止める声がしました。みんなが振り返ると巨人族の老人が、杖をついて近づいてきます。ポスは、初めはうなっていましたが、老人が近づくにつれ、おとなしくなりました。

「ポスが、怖がらなくてもいいって言ってるみたい」

 みんなは立ち止まり、老人が来るのを待ちました。老人はみんなに追いつくと大きすぎる体では、話しづらいので、ひざをついてみんなに言いました。

「今日は、乱暴なことを若い者たちがして、申し訳ないことじゃ。わしらホフマン族はもともと巨人族の中では、おとなしかったのじゃが、最近なぜか村の者がみんないらだって困っておる。悲しいことじゃ。許してくだされ」

 そう言って、老人はなんども頭を下げ、続けました。

「あなた方は、旅のお方と見たが、どこへいかれるつもりかのう」

 四人は顔を見合せ、みんな小さくうなずいたので、リョウが話し出しました。

「ぼくたちは、北に建つ三つの塔がある古城に向っています。ぼくたちは、エバーレストに頼まれて、コスマイヤの剣を求めているのです。ただ、魔女ダスリンのことはご存じですか?」

「知っておりますとも、あやつは悪い魔女じゃ。このグリーグラム全体の敵じゃ」

 老人は、怒りをあらわにしました。

「ダスリンはいま邪悪な念波をこのグリーグラムに流しています。それが、みんなの心を乱し、いらつかせ、邪悪な心へと導こうとしているのです」

 リョウがそこまで言うと、老人は大きくうなずきました。

「これでやっと納得できたわい。村の者がいらつくのもその念波じゃな。ダスリンめ。とんでもないことをしおる」

 老人は続けました。

「そういうことなら、わしらもなにかあなた方に協力しなければ、なりませんのう。そうじゃ、これを持っていってくだされ。邪悪なエネルギーをはね返す鏡じゃ」

 そう言って、老人はふところから、丸くて小さな手鏡を出し、リョウに渡しました。

「この鏡は小さいが、その力は強力なものじゃから、きっと役に立つ時が来るはずじゃ」

「これからのホフマン族のことですが。みんなに、このことを話して、念波に気をつけるように言ってくださいますか」

 リョウがホフマン族を心配して言うと、老人は頭を下げた。

「もちろん、わしから、みんなに徹底しますじゃ。それと、わしはこう見えても魔術師のはしくれでのう。相手がダスリンとわかれば、村にバリアを張ることもできますのじゃ。ただ、出来るだけ早くダスリンの念波を止めてくだされよ」

 と再び老人は頭を下げました。

「では、お願いします。ぼくたちは、先を急ぎますから」

 老人に見送られ、四人と一匹は、ホフマン族の村を後にしました。




  第八章 友人を得て


 巨人のホフマン族を後にした四人は、地図を広げ、行く方向を確かめました。

「うん。これからは、森の中を行くことになるな。それも相当長い距離や」とリョウ。

「まあ、荒れ地よりはましやろう。それにしても、あの風にはまいったで、ほんまに」

 サブはそう言い、みんなもうなずきました。

 森の中に入ってしばらく行くと、日が暮れ始めました。

「どうする。もうちょっと頑張るか。それともここらで野宿しようか」

 リョウがそう言うと、サキが言いました。

「もう。くたくたやわ。どこか、いい場所を見つけて野宿しましょう」

 少し歩くと、大きな樫に似た木がありました。その下は野宿にうってつけです。

「ここにしましょう」

 サキはそう言って、マントを脱いで、木の枝に掛けました。リョウとサブは、落ち葉を掃いて、きれいにすると、あちこちから木の枝を集めてきました。そして、たき火をしました。すると、ちょうど四人が眠れるスペースができたのです。

「さあ、夕食にでもするか」とリョウ。

「腹が減っては戦はできぬってことだ」

 サブはそう言って、コスタル族に貰った食料の干し肉や、干し野菜を革袋から取り出しました。そして、エバーレストから貰った革袋の中にあった小さな鍋を取り出しました。

「こんな物まで入ってたんか?俺のにはなかったで」

 サブは、口笛を吹きながら鍋に水をいれます。

「まあ、エバーレストは、俺を調理長に選んでいたってところやな」

 干し野菜をたっぷり入れた鍋を火に掛け、干し肉を木の枝に刺して、火の廻りに並べると、サブはサキとユミに言いました。

「ほんまに今日は大変やったな。料理ができたら起こしてやるから、ちょっとでも眠ったらどうや」

 サキは気丈に答えます。

「大丈夫。食事を終えたら、すぐに眠るから。ありがとうサブ」

 と言いながらも、サキは木にもたれて、ウトウトしています。

「さあ、できたで。体があったまる特製スープと干し肉のあぶり焼きや」

 サブがそう言って、みんなにスープをつぎました。みんな一口飲んで驚きました。

「めちゃうまいやん。これ」とリョウ。

「おいしい。体があったまるわ」とユミ。

「ほんと。生き返るみたい」とサキ。

 サブは、みんなに誉められ上機嫌です。

「あぶった干し肉も食べてや。なんぼでもあるからな。これは、スタミナをつけるためや。明日からも旅は続くんやから」

「サブ。よくこれだけの食べ物をコスタル族からもらったな。重くなかったか」

 リョウは、サブの革袋をのぞいて言います。

「それが、不思議なことに食べたら食べた分、次にみると増えてるねん。どうもエバーレストの魔法やな。この革袋は」

 その言葉にリョウは納得したようです。

 お腹を満たすと昼の疲れからか、みんなはマントを被って、横になりました。

 サブとリョウは、すぐに眠ったようでしたが、サキは、眠れないでいました。巨人族に捕まっていた間も気丈にふるまっていましたが、本当は怖かったのでしょう。夜行性の動物の「ギャー」といった声やフクロウの羽ばたく音におびえ、ポスを抱きしめて震えていました。

「眠れないの?」

 と隣に寝ていたユミが心配してサキを抱き寄せます。そして、

「みんながいるから大丈夫よ」

となぐさめてくれました。

「ユミ。ありがとう」

 と言って、ポスにほおずりすると、やっとサキは眠りにつきました。

 一方、霊感の強いユミは、サキを抱いて眠ったため、サキの恐れを夢に見てしまいました。

 真っ暗な中に、立っていました。足元で、なにかがうごめいていました。よく見ると、トカゲや蛇が無数にいます。

「誰かいませんか。助けてください」

 ユミは夢中で叫びました。すると、前方に薄暗いが光が見え、そこには、黒いマントに身を包んだ人が立っていました。

「どなたか知りませんが、助けてください」

 足にはトカゲや蛇がからみつき、ユミはその人の方へ無心で足早に進みました。 すると、

「わたしでも、いいのかい?」

 低い声がして、マントがひるがえり、そして、その口には牙が、頭には角が生えていました。

「われこそは、魔女ダスリン。闇をあやつる者・・・」

「キャーッ!」と叫んだユミは自分の声で飛び起きました。サキが心配そうに見ています。リョウとサブは「どないした。なんかあったんか?」と目をこすっています。

 ユミはみんなの顔をみると、正気になり、ホッと胸をなで下ろしました。

「ごめんなさい。怖い夢を見たの」

 リョウとサブは「そうか。なんや夢か」と言って、すぐに眠りました。こんどはサキが、いっそう強くユミを抱きしめました。

「ユミ。どんな夢を見たん?」

 ユミはぶるっと震えて言いました。

「魔女ダスリンの夢を見てたの。なんとも言えない暗闇やってん」

「そら怖かったやろね。ユミ、エバーレストが守ってくれるから、勾玉を握ったほうがいいよ」

 と言ってくれました。

「ありがとう。サキ」

 勾玉を握ったユミは、その後はぐっすりと眠ることができました。

 次の朝、みんなは鳥たちのさえずりで目を覚ましました。

「ユミ。夜中。あれからどうやった。眠れたんか?」

 サブが聞くと、ユミは案外元気そうな声で言いました。

「サキのおかげと勾玉を握って寝たおかげで、ぐっすり眠れたわ。ありがとう」

 軽い朝食をとると、四人と一匹は、森の中を進んで行きました。

 時々、日差しがあると、リョウは、方向が間違っていないかと地図を広げ、行く手を確かめ、慎重に進みました。森は深く、この先いつになったら抜け出せるのか見当がつきませんでした。

「でも、この森の木もきれいやで。まるで、人が手入れしたみたいに整然としてるわ」

 サブは、木が好きらしく、森が続いてもいっこうに気にしてません。

「助けてくれー!」

 と行く手の方から人の叫び声がしました。みんなは、足を早めました。その声は大木の上から聞こえました。リョウが指差します。

「あそこだ。あの木から聞こえる」

 四人が見上げると、四人よりは二、三歳年下の少年が、五メートル位の高さで、木にしがみついていました。そして、その下からまだら色の大きな蛇が、少年を追いかけるように木に登っています。

 四人は、木の真下に着きました。リョウがその子に呼びかけます。

「ちょっと我慢してくれ。いま助けるから」

 サブは、手頃な長い木の枝を探してきました。

「いま助けるからな」

 そう言いながら、リョウとサブは、木の枝で蛇を力いっぱい叩きました。蛇は身をくねらせて、地面に落ちました。そして、藪の中へと逃げて行きました。

「おーい。もう大丈夫。蛇は追っ払ったから、降りておいでよ」

 リョウがそう言うと、少年は猿のようにするすると、木から降りてきました。そして、四人の前に立つと、

「ありがとう。助かったよ。木登りなら誰にも負けないんだけど、おいら、蛇が苦手なんでね」

 少年は、そう言って鼻をこすりました。

 その様子がいかにもわんぱく盛りという感じだったので、サキとユミは、クスッと笑ってしまいました。

「おいらの名はポポロ。あんたたちは旅の人かい」と少年。

「そうなんだ。北へ向って、旅をしてるんだ。ところで、君は何族の子供だい?」

 そう言って、リョウは地図を広げました。

「この地図には、のってないや。おいらの仲間は、地図に書いてあるこの森の住人だ。家を建てたり、村を作ったりせずに、木の上で生活している。だから、地図にのっていないんだろうな」

 その話に、森好きのサブがうなずいています。

「森の住人か。ええ森やし、自由でいいなあ。俺はうらやましいよ」

「じつは、おいらの仲間は、みんなこの森の木の精なんだ。人間じゃないんだけど、見た目もあんたたちと別に変わった所はないけどね」

 とポポロは言いました。

「木の精と言えば、エバーレストもそう言ってたなあ・・・」

 とリョウは呟きます。すると、ポポロが続けます。

「助けてもらったんだ。なにか礼をしなくちゃならない。なんだったらこの先、おいらが案内するぜ」

「それは、ありがたいな。どうも、地図だけではわかりにくくて困ってたんだ」とリョウ。

「じゃあ。誓いをたてよう」

 少年はそう言って、右手を挙げました。

「この者たちの旅の同伴者として、この者たちの旅が終わるまで、共に旅を続けることをここに誓う」

 こうして、ポポロが旅に加わり、それが四人を助けることになるのです。




  第九章 大河を渡る


 こうして、四人と一匹の旅は、五人と一匹になりました。

「さあ、出発だ」

 ポポロのかけ声で、みんなは森を歩き始めました。ポポロは先頭に立って、足場の悪い所を避け、みんなが疲れないように気配りをしてくれています。

「おい。ポポロ。どこへ行くんだい」

 木の上のあちこちから、ポポロに声が掛かります。

「おいら、この旅の人たちを案内することになったんだ。当分、留守をするから、心配しないでくれ」

 ポポロの仲間たちは納得したようです。

「ここの住人たちは、ダスリンの念波の影響を受けていないようだけど、どう思う?」

 リョウがサブに話しかけます。

「不思議やけど、もしかしたら木が念波を吸収しているかもしれんなあ」

 ポポロの案内で、四人は無事に、また疲れることなく、深い森を抜け出すことができました。

 しかし、目の前には、大河が広がっていました。地図を見たリョウが言いました。

「どうする。地図では河幅は目で見たよりももっと広そうだぞ」

 四人は顔を見合わせました。

「俺、泳げないぜ」とサブ。

「わたしも全然だめ」とユミ。

 すると、ポポロが言いました。

「この先に、今はもう使われていない小舟があったはずなんだ。とにかく行ってみようよ」

 五人は河岸を下っていきました。しばらくすると、ポポロの言う通り、小舟が見えます。

 近づいてみると、舟は痛んではいましたが、みんなで乗るには充分な大きさがありました。

 五人は手分けして、舟の点検を始めましたが、幸い舟底に亀裂や穴などはなく、水が入ってくる心配はなさそうでした。

「舟底は大丈夫や。ほかはどうや」とサブ。

「甲板はあっちこっち腐っているけど注意して乗ればなんとかなりそうよ」とサキ。

 リョウは、あちらこちらを見て廻って言いました。

「大丈夫だ。なんとか使えそうだ。ポポロありがとう、助かるよ」

 みんなうなずいています。

「さあ、みんなで押して、河に浮かべよう」

 リョウのかけ声で、五人は舟を押し出しました。初めはびくともしませんでしたが、みんなが、声を合わせ満身の力を込めると、舟はゆっくりと動き始めました。動き始めるともうこっちのものです。なんとか舟を河に浮かべることに成功しました。

「やった。やった」

 みんな大喜びです。リョウとサブとポポロが先に乗り込み、サキとユミを引っ張りあげます。ポスは舟が珍しいのか、あちこちを嗅ぎ廻っています。

 舟は、左右二ヶ所、合計四ヶ所にオールをつけれるようになっていました。男の子はオールこぎ、サキとユミは交替でこぐことにしました。

 河は、おだやかで河底まで見えるほど水も澄んでいました。

「ねえ。見て見て。お魚がいっぱい泳いでいるのが見えるわ」

 休憩中のユミはそう言って、河の水をすくい上げています。

「気もちええな。釣りでもできそうやな」

 とサブがいうとリョウも答えます。

「なかなか形のいい魚がいてるわ。向こう岸についたら、ほんまに釣りがしたいな」

「釣りってなんのこと?」

 とポポロがたずねます。

「ようするに、竹と糸を使って、魚を捕まえることや」とサブ。

「ああ、そう言うことか。ぼくたちは、森の木の実や果物しか食べないから」とポポロ。

 そんなことを言っているうちに、舟は河のまん中に差しかかりました。

「あれ、変だぞ。河の水がにごりだした」

 リョウがそう言うと、なんともいいがたい異臭がしてきました。水はもう泥水のようになっています。リョウはポポロにたずねました。

「ポポロ。この河はいつもこうなのかい?」

「とんでもないや。おいらが一カ月ほど前に渡ったときは、どこもかしこもきれいだった。こんな汚れはなかったよ」

 ポポロはそう言って不安げな顔をしました。

「なんだか。いやな予感がするなあ」

 サブがそう言った時でした。舟が突然大きく揺れ、みんなとっさに座り込んで舟べりに捕まったからよかったものの、危うく河に落ちるところでした。

「なにかいるわ」ユミが叫びます。

「そこ。あっちにも」

 みんながユミの指差す方を見ると、河の中から、舟べりをつかむ手がありました。そして、その手には水かきがついていました。

「河童や。水かきがついとる。舟を沈める気いや」サブが叫びます。

 しかし、ポポロが言いました。

「河の向こう岸に住むサビア族だよ。彼らは水とともに生きる部族で泳ぎが得意だ。でもおかしいよ。サビア族はおとなしくて親切なんだよ」

 その時、サビア族の一人が舟べりに両手を掛けて顔をのぞかせました。

「この舟。沈めてやるぞ」

 そう言った男の顔は邪悪そのものでした。

 リョウが叫びます。

「サビア族もダスリンの念波で狂わされているみたいだ。彼らを舟に上げるな。オールでも杖でもいい。彼らの手を叩くんだ」

 みんなは、慌てて杖を拾いました。そして、舟べりをつかもうとするサビア族の手の甲を思いっきり叩きました。

「ギャー」

 あちこちでサビア族の悲鳴が聞こえました。彼らは舟に上がることはあきらめたようです。しばらく沈黙が続きました。しかし次に彼らは、河の水をひっ掛けだしました。あくまで、嫌がらせをするつもりです。

「このまま突っ切ったほうがいいよ。陸に上がれば、彼らは力を出せないから」

 ポポロの助言でリョウが叫びます。

「かまわず急げ、向こう岸はもうすぐや」

 みんなは力いっぱいオールをこぎだしました。サビア族は肩から上を水面に出し、両手で水を掛け続けています。五人は全身びしょぬれになりながらも、オールをこぐ手を休ませませんでした。そして、やっとの思いで、向こう岸にたどり着いたのです。そして、すばやく舟を降りると、浜に舟を引き上げました。

 しかし、サビア族の男たちも次々と河を上がって来ました。

「よくもやりやがったな」

 サビア族は、五人を取り囲んで、今にも襲いかかろうとしていました。その時、ユミが言いました。

「みんな勾玉を握って。強く!」

 そして、ユミはその場に座り込み、勾玉を両手にはさんで祈り始めました。みんなは、ユミを守って、杖でサビア族をけんせいしています。しかし、サビア族の男たちは、にじりよって来ます。

「どうする。かかって来る気か。相手になるぜ」とリョウはけんせいします。

 あわや戦いになろうとした時です。サビア族の男たちの怒りがどんどん引いていくのがみんなにもわかりました。

 サビア族の男たちは、突然、頭を抱えて座り込みました。

「うう。頭が痛い。割れそうだ」

 サビア族の一人が頭を抱え、のたうちまわりました。

「俺もだ。頭が握りつぶされそうだ」

 サビア族の男たちは、みんな頭を押さえ、転げまわっています。

「念波で汚れた水に長い時間入っていたので、簡単には浄化ができないんだわ」

 と、ユミは言い、サビア族の男の頭に勾玉を直接押しつけました。すると、男は痛みが止まったらしく、大の字に寝ています。

 ユミは、十数人のサビア族の一人一人に勾玉を押しつけました。サビア族の邪悪な顔が、人の良さそうな顔へと変って行きました。

「俺はなにをしていたんだろう」

 サビア族の一人が呟きます。みんな、正気を取り戻したようです。彼らは立ち上がるとうなだれたまま言いました。

「すまない事をした。ただ、河を渡ろうとしていただけのあんたたちに。なんで、舟を沈めようとしたのか・・・わしら、とんでもないことをしてしまった。どうかしていたんだ。許してくれ」

「すまん」「ゆるしてくれ」

 口々にそう言うと、サビア族の男たちは肩を落としたまま立ち去って行きました。

 五人は、それをあっけにとられて見ていました。

 しかし、これで解決したわけではなかったのです。ユミ意外の四人の顔つきがみるみる変っていきました。目はつり上がり、口は裂けたように見え、邪悪な顔となっています。勾玉を強く握り、祈っていたユミだけは、霊感が強いために勾玉の善なる力を強く受けていたのでしょうか、いつもと変わりませんでした。

「サブ。おまえのおかげで死ぬところだったぞ」とリョウ。

「何を言うんや。それは、こっちのセリフや」とサブ。

「なによ。リーダーのくせにリョウがしっかりしないからよ」とサキ。

「おまえらが、ぐずだから、おいらも死ぬところだった」とポポロ。

 そして、四人は、つかみ合いのケンカを始めました。

「しまったわ。汚れた河の水を飲んだんだわ。ダスリンの邪悪な念波を受けた水だったから、みんな変になったんやわ」

 ユミは、すぐに勾玉を使って祈りだしました。数分もすると、突然、ケンカは止み、四人は正気になりました。そして、お互いにあやまり、仲直りをしました。

「我ながら、情けないよ。ダスリンの念波の影響を自分が受けるなんて」

 とリョウがうなだれています。

「俺もさ。自分が狂気になるなんて」

 とサブは座り込みました。サキもポポロも座り込んで頭を抱えています。

「ごめんね、ユミ。あなたがまともだったから助かったわ」

 と、サキが言うと、ユミは微笑みました。

「たまたま。勾玉を握ったまま祈っていたから大丈夫だっただけよ。気にしない。気にしない。みんな元気を出して」

 しかし、ダスリンの邪悪な念波の恐ろしさを自分の身で知らされたのです。そのショックから、四人はしばらく座り込んだままでした。

「もう考えるのはよそう。とにかく出発しないとな」

 とリョウが言い、ようやく五人は、道を急ごうと立ち上がりました。

「おーい。待ってくれ」

 見ると、サビア族の男たちが、追いかけて来ました。そして、リーダー格の男が一歩前に出ました。

「旅のお方、これはさっきのおわびの印です。持って行ってください」

 と言って、小刀のようなものを差し出しました。

「これは、サビア族に古くから、伝わる邪悪なものを払う小刀です。きっとなにかの役に立つはずです」

 リョウが言いました。

「今日、あなた方が凶暴になったのは、魔女ダスリンの邪悪な念波の影響です。河の汚れも同じです。その小刀は、あなた方が持っていた方がよいのではないですか」

 ダスリンと聞いて、サビア族のみんなから驚きの声があがりました。リーダーの男が言いました。

「この小刀はもうひとつあります。ですから、どうぞお持ちください。それに、わたしたちは、当分河に入るのを控えることにします。ダスリンの念波とわかった以上、細心の注意をはらいますから」

 男は、話を変えて続けました。

「もしかして、あなた方の旅の目的ははダスリンの念波を止めることですか」

「ええ、ぼくたちは、エバーレストに頼まれてコスマイヤの剣を取りに行くのです。その剣さえあれば、ダスリンの念波などは、すぐに止められると思っています」

 リョウのその言葉でサビア族から、歓声があがりました。

「どうか、ご無事で。魔女ダスリンに負けないように祈っています。そして、あなた方の使命がまっとうされますように」

 そう言って、サビア族のみんなは五人に深々と頭を下げて帰って行きました。

 そして、五人はまた、旅を急ぎました。




  第十章 戦いを控えて


 大河を背にし、地図を広げると、この後の道はまた森が続くようでした。森の中は薄暗く、みんな気分が落ち込んで無口になっていました。ポポロだけは、木から木へと渡ったり、地面に降りたりしながら、元気にみんなを誘導しています。

「さあ、こっちこっち。みんな遅いなあ」

 サブは、しきりに辺りを見渡してリョウに話しかけます。

「この森。なんか変やぞ。河を渡る前の森とはまったく違うで」

「そう言えば、なんだか薄気味悪いな」

「木が元気がないっていうんかな。それに、前の森で心地よかった清涼感もまったくないで」とサブは不満顔です。

「おーい。ポポロ。おまえどう思う。この森は前からこんな感じか」

 すると、ポポロが木の上から降りてきました。

「この森には、ぼくたちの所みたいに木の精は、前からいないんだ。あまり来た事がないから詳しくないんだけど。なんだか森全体が元気がないって気がする。それに枯れ始めている木も多すぎるみたいだ」

 リョウが言いました。

「ダスリンの念波の影響が強くなってるんや。北に近づくほどひどくなっているってことは、ダスリンは北にいるってことになるな」

 リョウもサブも考え込んでしまいました。

 そのうちに日が暮れ始めました。

「ポポロ。今日はここらで野宿しようか。みんなもう疲れ切っているし、服も乾かさないといけないし」

 とリョウが言い、みんなの顔を見ると、疲れ切って声も出ないようです。

「じゃあ、ぼくが野宿する場所を探してくる。みんなここで待っていて」

 しばらくするとポポロが帰って来ました。

「この先に、野宿にうってつけの木があるよ。枝も低くて服も干せそうだし」

 みんなは木の下に着くと、木の根に座り込みました。元気なポポロは、木の廻りを掃除してきれいにし、たきぎになる木の枝をどっさり持ってきて、たき火を始めました。

「ポポロ。ごめんなさい。助かるわ」

 サキとユミがポポロに礼をいいます。

「なんの。なんの。これくらい朝めしまえだよ」

 みんなはマントや上着を枝に掛けて干すと、たき火にあたりました。みんな疲れて押し黙っています。サブは、リュックの中の食料を取る元気さえありません。すると、ポポロが森中から、袋いっぱい、果物や木の実を集めてきました。

「ちょっといい木が少ないけど。なんとかこれだけ集めてきたから。さあ、これを食べて。元気が出る栄養がある実ばっかりだよ」

「すまんな。ポポロ」

「本当にありがとうポポロ」

 みんなはポポロに感謝しながら、木の実や果物を食べました。

「うまいやん、これ。こんな木の実、初めて食べたわ」とサブ。

「この果物もおいしいわ」とサキ。

 ポスも木の実を食べています。おいしいようです。

 お腹を満たすと、みんなたき火を囲んで寝そべりました。たき火のおかげで服も乾いてきました。しばらく横になっていると、元気が出てきたのか、リョウが話しだしました。

「ダスリンの邪悪な念波は思ったより強いな。河の北半分はもうその力に支配されてたみたいやし。みんなどう思う。明日か、あさってには古城に着くやろうけど、ダスリンが黙って、俺たちが剣を持ち帰るのを許すとは思われへん。きっと姿を現して攻撃してくるやろう。その時、俺らはどう戦ったらええんやろう」

 リョウのいう通りでした。誰もがそう思っていました。ただ、どうすればいいのかが、わからずに、みんな黙っていました。

 リョウは続けました。

「ただ、希望はあるんや。今日も河のまん中に行くまでは、水も美しく、魚も豊富やった。ということは、エバーレストの善のエネルギーとダスリンの邪悪なエネルギーとは、ちょうど五分五分で競り合っているということや。エバーレストは、まだダスリンに負けてはいないんや。これに俺たちの力が加われば、ダスリンより、力で勝ることになるかもしれへん」

 すると、サキが口を開きました。

「リョウの言う通りだわ。ただ、わたしたちは、自分の力の使い方を知らない。それに、勾玉の力の使い方も中途半端だわ」

「あーあ。こんなことなら、勾玉の使い方をエバーレストにもっと詳しく聞いとけばよかったなあ」

 サブがため息をつきましたが、ユミが言いました。

「でも、エバーレストは、この勾玉と自分は見えない糸でつながっているって言ったわ。そして、わたしたちの危機を救うとも言った。要するに、この勾玉をエバーレストの分身と考えてもいいと思うの。そうだとしたら、危機になった時、必ずこの勾玉が必要な力を自ら発揮すると思うわ」

 ここでまた、みんなは、考え込みました。何度考えても、結論は同じでした。再びリョウが言いました。

「勾玉は、エバーレストの力を引き出す。ダスリンは邪悪な力を持っている。ただ、どちらの力も今は互角だ。これを打ち破るには、どうしてもぼくらの力が必要だ。それをどうやって引き出すかだ」

 すると、寝返りを打ちながら、サブが言いました。

「そんなこと、何度考えたって、二、三日前まで、ただの小学生だった俺らにわかるわけないやないか。ただ、言えるのは、ダスリンの出す念波ってのは、その字の通り、心の力ということや。だから、俺たちも心の力をもっと使うべきだってことやな」

 この言葉は、妙に説得力がありました。サキが話し始めました。

「そうだわ。エバーレストは愛の心。ダスリンは邪悪な心っていうことね。じゃあ、わたしたちがもっと愛の心を出せばいいのよ」

「愛の心って、出そうとして出るもんじゃなく、その時、心の中から沸いてくるものだと思うんだけど」とユミが反論しました。

 この言葉も説得力がありました。みんなはまた黙り込みました。すると、サブが言いました。

「心の中から沸いてくるもんなら、その時にならな、わからんで。要するに準備ができないってことやろ。考えるのはもうやめとこう。その時の自分を信じて、ぐっすり眠る。明日は明日の風が吹くでいこか」

 勾玉によって、よい性格が強められたのでしょうか。サブの楽天的なところが、みんなの暗い気持ちに明るさを取り戻させたのか、なんだかさっぱりしました。

「さあ。はよ寝ようや」

 サブはそう言って、もうすっかり乾いたマントを被って寝てしまいました。

「ユミ。悪夢を見ないようにポスと三人で寝よう」

 サキはそう言うと、ポスをはさんで、ユミと同じマントで寝ました。

 ポポロは木の上で眠り、リョウだけが、横になってマントにくるまりながら、たき火の火を見つめて、考えていました。

「愛の心か。そうだな。ポスが来た時も、自然に愛しいって思ったもんな。みんなの言う通りや・・・」

 そう考えるとリョウも眠ってしまいました。

 

  


   第十一章 崩壊、そして再生の城


 次の朝、野宿の跡をかたずけた五人は、森の中を出発しました。相変わらずポポロの案内で進んで行ったからよかったものの、森はいっそう深く、霧が立ち込め、ポポロがいなければ迷うところでした。

「この霧もなんだか変な霧やなあ。普通、森の中で霧が出ると、さわやかな香りがするもんや。そやけど、この霧は変な臭いがする」

 サブがそう言うと、リョウが答えます。

「ダスリンの念波って、どこまで影響力あるんや。いやになってくるな」

「ほんと、息が詰まる感じだわ」

 ユミもうなずいています。

「さあ、なるだけ早く森を抜けよう。ポポロ頼んだぜ」

 五人は、足を早め、やっとのことで森を抜け出すと、草原に出ました。草原のはるか先に岩山が立ち並び、せりだした崖の上に三つの塔がある古城が小さく見えました。

「あれが、目的の城か。やっとここまで来たな」とリョウ。

「ほんとは喜ぶとこなんだけど。なんだか不気味でそんな気になれないわ」とサキ。

 サブもユミも城を見つめたままうなずいています。すると、ポポロが言いました。

「この先に、小屋があるんだ。そこに、あの城を守っているおじいさんがいるよ。取りあえず、そこに行って話を聞いてみようよ」

「わかった。ポポロ。案内してくれ」

 ポポロは先頭を歩きました。小屋は、石を積んで、木の屋根を葺いたもので、いかにも手作りといった感じです。しかし一人で住むには充分な広さがありました。

 リョウが木の扉をノックすると、

「どなたさまかな?」

 と言って、老人が扉を開けました。気さくでいかにも人がよい感じで、まだまだ元気そうな老人でした。

「ぼくたち、旅の者ですが、あの古城について、お話を聞きたいのですが」

 とリョウが言うと、老人は答えました。

「わしは、ゴバルトと言う者じゃ。まあ、狭い所じゃが、入ってくだされ」

「ありがとうございます。おじゃまします」

 五人は礼を言うと、小屋の中に入り、暖炉の前の板の間に腰を下ろしました。すると、老人はすぐに五人分のお茶を入れてくれました。それに、ポスには水を出してくれました。

「旅の方とは珍しい。こんなへんぴな所を旅する人はめったにおらんからのう。それで、おまえさんたちは、どこへ行かれる」

 とおじいさんは、土間の椅子に腰かけてたずねました。

「ぼくたちは、あの三つの塔がある古城を目指しています。ゴバルトさんは、あの古城を守っていらしたそうですね。あの城について詳しく教えてくれませんか」

 とリョウがたずねました。ゴバルトはうなずいてため息をもらしました。

「あの城は前はあんなんじゃなかった。しっかりと建っておったのじゃ。じゃが、いまはひどいもんじゃ」

「ひどいとは、どういうことですか」

「城が崩壊するんじゃよ。三塔ある塔のうち、両側の二塔は、跡形もないぐらいにな。まん中の塔だけは、崩壊しなかったんだが、この二、三日前から壊れだしおった」

 五人は顔を見合わせました。窓から遠くに三つの塔が見えています。

「塔が壊れるとはどういうことですか。今はあの通りしっかりと建っていますけど」

 とサブが窓を指差しました。

「夜じゃよ、夜。城は夜の間に壊れ、信じられんじゃろうが、日が昇ると再生するんじゃ。ただ、じょじょに昼も、あちらこちらで少しづつ崩壊する。城は石造りじゃからのう。石が降ってきて、当たりでもしたら命はない。だから、わしは城を出て、ここに小屋を建てて住んでおるんじゃ」

 五人は顔を見合わせました。城が崩壊することはあり得ることですが、再生することが理解できなかったのです。

「城がなぜ壊れ、なぜ再生するのかわかりますか」

 とサキがたずねましたが、ゴバルトは首を振りました。

「わしにもそれはさっぱりわからん。ただ、まん中の塔が壊れにくいのだけは、コスマイヤの剣があることと関係していると思うがのう」

 リョウはみんなの顔を見廻し、みんながうなずくのを確かめて話し出しました。

「ぼくたちは、この世界の者ではありません。エバーレストに呼ばれてこの世界に来ました。エバーレストはいま、黒い魔女ダスリンの魔法で動けず、ぼくたちにコスマイヤの剣を持ち帰るように命じました。そして、このグリーグラムはいま、エバーレストの善の光とダスリンの邪悪な念波とが競り合っている状態です。一日でも早く、コスマイヤの剣でダスリンの魔法を断ち切り、エバーレストが復活することが大事なのです。すでにこのグリーグラムの平和だった場所のあちこちで争いが起きています。これはすべて、ダスリンの念波の影響だと思うんです」

 ゴバルトは真剣な顔をして、リョウの話を聞いて、大きくうなずきました。

「これで城が崩壊し、再生する理由が、やっとわかったわ。魔女ダスリンの存在は知っておったが、城にかかわっているとは思っておらなんだ。魔女ダスリンの力が城を壊そうとし、エバーレストの力が城を再生しておるんじゃな」

 ゴバルトは続けます。

「そう考えれば、今はエバーレストとダスリンの力は互角じゃな。ただ、魔女の力が日増しに強くなっていることは確かじゃ。そう言えば・・・」

 ゴバルトは、宙を見つめます。

「そういえば、夜中に城の上空を馬に乗って飛んでいる人影を見たことが何度かある。あれが魔女ダスリンじゃな」

「昼に魔女を見られたことはありますか」

 とサキがたずねました。

「いや、見たことはない。もしかしたら、光が苦手なのかもしれんのう」

 ゴバルトは答え、こんどはサブが質問しました。

「見たところ、ゴバルトさんは、魔女の念波の影響を受けておられないようですが。なぜでしょう」

「わしは、若いころに魔術師を目指しておった時がある。その頃にエバーレストから、これをもらったのじゃ。これが守ってくれているかもしれんのう」

 と言って首から吊るしている勾玉を見せました。みんなは、なるほどと納得し、自分たちの勾玉も見せました。

「ほう。その勾玉を見れば、おまえさんたちの話が真実だということは疑いの余地がないのう」

 ゴバルトも、納得して続けます。

「かんじんなのは、コスマイヤの剣じゃな。あれは、まん中の塔。この塔は四階建てになっておるのじゃが。その最上階にある石の台座に深く埋め込まれている。そして、あの剣を台座や鞘から抜くことができるのも、エバーレストだけだと聞いておるがのう」

 リョウが答えました。

「ぼくたちは、グリーグラムの人間ではありません。だから、ぼくたち四人が力を合わせれば剣を抜けると、エバーレストは言いました」

 ゴバルトは驚きはしませんでした。

「過去にも何度かグリーグラムの危機はあった。しかし、その度に外の世界から助け人が来て、グリーグラムを救ってくれたと聞いておる。あんた方に会え、そして、こうして話しが出来るのは、光栄なことじゃ。わしにできることは、なんでも協力する。そこで少し待っていてくだされ」

 そう言い残すと、ゴバルトは扉を開けて、外にでて行きました。そして、しばらくすると両手にいっぱいの武器を持って、みんなの前に置きました。それは、剣、盾、槍や弓矢などの武器でした。

「コスマイヤの剣を取りに来たとあれば、魔女ダスリンは、きっと襲ってくるじゃろう。この武器は、城にあったもので、何かの時にと、いい物だけを持ってきたものじゃ。遠慮なく使ってくだされ」

 四人は迷いました。どの武器も使ったことがないので、なにが自分にふさわしいのか、わからなかったからです。

 サキが言いました。

「勾玉を握って目を閉じ、頭に浮かんだ武器を取ればいいわ」

 みんな、サキの言葉に従い、目を閉じました。そして、サキとユミは弓矢を取り、リョウは剣と盾を、サブは槍を選びました。勾玉のないポポロは、体に合った短い槍を選びました。

「では、外で武器を試してみてはどうじゃろう」

 ゴバルトの言葉に従って、みんなは武器を手に外に出ました。そして、立ち木を敵にみたてて、武器をふるいました。

「えーい」

 リョウは、立ち木を一刀のもとに、断ち切りました。

「えーい。えーい」 

 サブとポポロの槍も狙った通りに、立ち木を貫きます。

「俺、剣で初めて物を切った。鉄なのに、なんだか剣が軽く感じる」

 とリョウが言いました。

「俺の槍もすごく軽くて使いやすい」

 サブがそう言って、ポポロがうなずきます。

 そして、サキとユミは、弓に矢をつがえ、立ち木を狙って矢を放ちました。百発百中でした。

「これは、どういうこと?わたし、弓も矢も触ったこともないのよ」

 サキがそう言うと、ユミが笑って答えました。

「わたしもよ。きっとこの勾玉の力よ」

 ゴバルトはその様子を満足そうに見ていましたが、日が傾いてきたので言いました。

「みんな、今夜はここに泊まりなされ。そして、城の崩壊と再生をご自分の目で確かめなされ」

 五人は、その言葉に甘えることにしました。

 質素ですが、温かい夕食が出されました。

「このスープ。おいしいです」とサブ。

「ほんと体が芯からあたたまるわ」とサキ。

「たっぷり作りましたから、好きなだけ食べてくだされ。パンもお取りなされ」

 ゴバルトは、うれしそうでした。ふだんは独り暮らし、おおぜいの人と賑やかな食卓など久しぶりだったからです。

 暖かい食事で満腹すると、五人は早めに床につきました。そして、昼間の疲れからすぐに眠りにつきました。

 夜中のことです。寝ずに起きていたゴバルトが、みんなを起こします。

「さあ、みんな起きなされ。城が崩れ出しましたぞ」

 みんなは、眠い目をこすりながら表に出ました。城は月の光に照らし出されています。ゴゴゴーと地鳴りのような音がし、城の外壁の石が落ちだしました。崩れは、二つの塔全体に広がっていきました。みるみるうちに二つの塔が崩れ落ちました。そして、まん中の塔も一部石が落ちるのがみえました。

 ズシーンという音と地震のような揺れとともに崩壊は終わりました。

「それにしてもすごい迫力やなあ。映画を見ているようや」

 とサブが感心しています。

「ほんとうやわ。映画みたい。でも、なんだか切ないわ」

 みんなもうなずきました。

「これが崩壊ですじゃ。これが毎夜起こっておる。そして、再生は夜が明けるとともに始まる。みんな、それまでまたぐっすりと眠りなされ」

 みんなは、その言葉に従って寝床に戻りました。

 夜が明けました。朝日が、窓から差し込んで、みんなの顔を照らします。

「夜明けですぞ。さあ、みんな起きてくだされ」

 みんなは、目をこすりながらも飛び起き、表に出ました。

「さあ、そろそろ始まりますじゃ」

 ゴバルトは、城を見ながら言いました。

 それは、なんとも不思議な光景でした。

 まず、数個の石が宙に浮き上がりました。そして、それらは組み合わされ、その位置で浮いています。すると、石のかたまりや石ころが次々と宙に浮き、組み上げられていきます。見ているうちに、城の外郭が出来上がり、それに向って、石が吸い込まれるように自らの位置に正確に納まっていきます。

「すごいな。どうなっているんだ」とリョウ。

 見ているうちに、城の外壁が出来上がり、屋根が組み上げられていきました。

「これでもとどおり、再生の終了じゃ」

 ゴバルトは言いました。その言葉通り、もとに戻った城は、朝日を受け重厚に輝いています。リョウが言いました。

「これは壮観ですね。昨夜の崩壊の時にはなんだか、寂しいような。むなしいような気がしましたが、再生の方は、とても心地よい、勇気が沸いてくるようなものですね」

「その通り。わしも、何度見ても同じ思いでのう」

「すごいものを見せてもらったわ」

「なんだか、胸がスッキリしたわ」

 と言って、みんなは朝食を食べに、小屋に戻りました。




  第十二章 黒い魔女ダスリン


 みんなは、ゴバルトの心尽くしの朝食を食べ終わると、いよいよ、ゴバルトの案内で城に向いました。城までの道のりは、ゆるやかな草原の上り坂です。城を見上げる所まで来ると、石畳の階段になっています。

 みんなが階段を上っていると、空がにわかに曇ってきました。みるみるうちにそれは、黒雲に変わり、昼なのに夕暮れのような暗さになりました。

「なんだか、気味悪いわ」

 サキとユミはおびえています。

「リョウ。ちょっとあれ、見てみろよ」

 サブがそう言って、もと来た道の方を指差しました。リョウが振り返ると、小屋のあたりは青空です。

「この城の上だけを低い黒雲がおおってるんやな。とするとダスリンの魔法か」

 とリョウが言うと、サブが答えます。

「やっこさん。俺たちの動きを知っていたってことや。もう戦いは逃れられへんな」

 みんなは、城への階段を上り切りました。そこは、広い庭園になっていて、芝生や池もあります。

「つい、このあいだまでは、わしが手入れをしておったんじゃが、もう雑草がこんなに伸びておる」

 ゴバルトはそう言って、舌を鳴らしながら進みます。そして、みんなはまん中の塔の入口の前まで来ました。入口の扉は、高さが四メートルもあり、分厚い木に鉄で補強された重厚なものです。扉の前でリョウがいいました。

「ゴバルトさん。コスマイヤの剣は、この四階にあるのですね」

 ゴバルトはうなずきます。リョウとサブは顔を見合せ、リョウが続けました。

「ポポロ。おまえは、ここまでだ。ゴバルトさんと一緒に小屋に帰って、心配せずに待っているんや」

 ポポロは驚いて声を張り上げます。

「なに言ってるんだ。ぼくも一緒に行くよ。誓いだって、たてたじゃないか」

「旅はもうここで終わった。誓いはまっとうされたんだ。おまえがいて、ほんとうに助かったよポポロ」

 とリョウが言いました。ポポロは目に涙を浮かべ、サブを見上げました。

「だめなんや、ポポロ。おまえは、勾玉を持ってへんから、エバーレストの守りを受けられへん。おまえを危ない目に合わせるわけにはいかへんのや」

 ポポロは目に涙をいっぱいにため、四人の顔をかわるがわる見て言いました。

「わかった。言う通りにするよ。でも、みんな気をつけて、無事に帰って来てね。約束だよ」

「約束するわ。心配しないで」

 サキとユミは、ポポロを抱き寄せてなぐさめます。

「泣かないの。男の子でしょ。大丈夫だから」

 そうしている間に、ゴバルトは扉の錠を開けました。

「窓はすべて、閉じてあるから、中は暗いはずじゃ。これを持って行きなされ」

 そう言うと、用意したたいまつに火をつけました。

「なにからなにまで心遣い、助かります」

 四人はそれぞれ、たいまつを持つと、扉の前に立ちました。そして、リョウとサブが重い扉を開けました。中は扉から差し込む光の他はほとんど真っ暗です。リョウを先頭に、四人はおそるおそる城の中へと足を踏み入れました。最後のユミが城に入った時です。

 一陣のつむじ風が、城の外で巻き起こり、猛烈な勢いで、城の中へ入って来ました。そして、あの重い扉が、バタンと大きな音をたててひとりでに閉まりました。

「しまった。おいサブ」

 二人は扉を開けようとしました。しかし、びくとも動きません。サキとユミも手伝います。しかし、どうしても開きません。

「大丈夫かあ」と、外からポポロとゴバルトも扉を引っ張っているようです。四人は覚悟を決めました。

「大丈夫です。心配せずに、小屋に戻っていてください」

 リョウは大声で外の二人に叫びました。そして、みんな扉を背にし、たいまつをかざして身構えました。

「今のつむじ風は、普通じゃない。おそらくダスリンが、風になって入ってきて、わたしたちを閉じ込めたのよ」

 ユミは震えながら言いました。

 城の中は、ほとんど真っ暗闇です。たいまつの明りだけが頼りです。城の中は、しーんと静まりかえっていました。その時、突然、

「オッホッホッホッホ」

 と、不気味な笑い声が、城中にこだましました。

「ついに、魔女のお出ましってわけや」

 サブは案外落ち着いた声で呟きました。みんなは、全神経を集中しています。

「もう、逃げられないよ。覚悟をおし」

 今度は、声のする方向がわかりました。みんなは、いっせいにたいまつを向けました。

 すると、全身黒いうろこで身を包んだような鎧を着て、黒い兜を被った女が黒い馬に乗り、ニヤリと笑っていました。そして、その女は黒いマントをひるがえし、槍を片手に馬から降りて言いました。

「わたしは、魔女ダスリン。知っているね。おまえたちのことは、エバーレストの所を旅立った時から、ずっと監視していた。そして、念波を送って邪魔をしていたんだ。ところが、おまえたちは、ここまでやって来た。わたしもたかが子供だと思って、甘く見ていたんだねえ。でも、お遊びはこれまでだよ。この城が、おまえたちの墓場になるのさ」

 そして、魔女はまたニヤリと笑いました。今度は顔がはっきりと見えました。緑がかった大きな瞳に長いまつげ、鼻筋がまっすぐ通り、口は耳まで裂けています。

「また、典型的な魔女のお手本のようなやつやな」

 サブが吐き捨てるように呟きます。

「まあ、やりがいがあるってところやな」

 リョウもサブに答えます。

 魔女は不敵な笑い顔を浮かべながら、四人に近寄ってきました。

「さあ、誰から死にたいね」

 その言葉に、リョウが前に出ました。そして、左手には盾、そして、右手に持った剣を振りかざし、魔女めがけて打ち掛かりました。しかし、魔女はその剣をいとも簡単に槍で払いのけると、リョウをにらみつけました。

「先に死ぬのはおまえだね」

 その瞳が、闇を照らすほどに緑色に光ると目からエネルギーのかたまりのようなものが放たれました。そして、それはリョウに当たり、体は後ろに吹き飛んで、扉に叩きつけられ、リョウは、そのまま崩れ落ちました。念波をかたまりにして、叩きつけたのです。

 そのすさまじいエネルギーを目の当たりにして、さすがにサブも驚きました。そして、サキとユミがリョウに駆け寄り無事を確かめると、サブは、

「ダスリン。こんどは、俺が相手や」

 と言って、思いっきり槍を突き出しました。しかし、魔女は身動きひとつせず。槍は、鎧ではね返されてしまいました。

「こんな槍で、わたしに向って来るとはねえ」

 魔女は、サブの槍を払うとその瞳を緑色に光らせました。すると、サブの体も吹っ飛び扉に叩きつけられました。

「ホッホッホッホ。やっぱり子供だねえ。たわいもないこと」

「どうするユミ。一人ずつじゃとてもかなわないわ」

 サキとユミは、顔を見合せ、うなずくと左右に分かれて走りました。魔女をはさみうちにするつもりです。

「こんどは、なんだい。娘ッ子になにができる」

 二人は、すばやく弓を構えると同時に矢を放ちました。とっさに矢をよけた魔女でしたが、顔を矢がかすり、緑色の血が出ました。ダスリンの顔色が変わりました。

「このおろか者め、わたしの顔に傷をつけるとは」

 魔女は、すばやく瞳を光らせ、次の矢を構えようとしているサキとユミに念波のかたまりを放ちました。二人もリョウやサブのように吹っ飛ばされてしまいました。

 四人は、床に倒れ、起き上がれないようです。

「ホッホッホ。あっけないねえ。もうおしまいかい。では、とどめを刺させてもらおうかねえ」

 と言って、魔女はリョウの顔を覗き込もうとしました。その時、一瞬、魔女にすきができました。リョウはマントの中に隠し持っていた水を魔女の顔に浴びせかけました。

「ギャー!」

 魔女のすさまじい声が響きわたりました。リョウが浴びせたのは、コスタル族から貰ったあの聖水でした。魔女は左顔面に聖水を受け、そこは焼けただれ、煙が上がって、異様な臭いが漂いました。魔女は顔面を手でおおい、床の上をのたうち回っています。

「さあ、みんな、起きれるか。いまのうちに上に行こう」

 リョウのその声で、サブが立ち上がりました。そして、リョウがサキの肩を抱え、サブはユキをおぶって、二階に続く階段を上りだしました。階段は、木で作られたもので、気をつけないと、あちこち折れています。四人は慎重に上りました。

 二階も窓は全部閉まっています。たいまつの火では薄暗く、リョウとサブは、すぐに窓を開けようとしました。しかし、木の窓は魔女の魔法で閉じられているらしく、びくとも動きません。

「なにかで木を叩き割らないと」

 リョウとサブはあたりを見渡しました。

「おい。リョウ。これなんかどうや」

 サブが大理石でできた彫刻を指差しました。

「よし。やってみよう」

 そして、二人がかりで彫刻を持ち上げると、窓にぶつけました。バキッという音とともに、窓が割れ、外の光が差し込みました。窓の残りの木は、リョウが剣で叩き割りました。

「おい。リョウ。外を見てみろよ」

 サブに言われ外をのぞくと、あの黒雲は消え、普通の曇り空となり、わずかに光も入ってきています。

「魔女の力が、衰えたんだな。わざわざ黒雲でおおうぐらいだから、魔女は光に弱いというのも本当らしいな」

 二人はうなずくと、次々と窓を叩き割りました。

「おのれ、よくもわたしの顔を。もう容赦しないぞ」

 魔女が、階段を上って来る音がしました。

「さあ、サキとユミ。早くこっちへ来て。そして、窓の下に集まるんだ」

 リョウとサブにせかされて、サキとユミは窓の下にうずくまりました。ポスはもちろんサキのマントの中で抱かれています。

 魔女は二階に上がり、わめきちらしています。

「このガキども。ぶち殺してくれる!」

 魔女の怒りが念波となって、四人は、頭が締めつけられるように痛むのを必死にこらえていました。

「そこにいたのか。死ね!」

 魔女の瞳が緑色に光り、念波を放つのと、リョウが鏡を突き出すのは同時でした。鏡は、ホフマン族の老人から貰った邪悪なエネルギーをはね返すあの鏡です。

「ギャー!」

 という叫び声とともに、鏡で跳ね返った自分の念波に吹き飛ばされた魔女は、壁で激しく頭を打ちました。

 そして、まだ曇り空の弱い光りでしたが、日の光りを受け、魔女はけいれんしています。

「やっぱり。光りに弱いんやな」とリョウ。

「そうみたいやな。もっと晴れてくれ!頼む!」

 とサブは窓に目をやりました。

「さあ、三階へ急ごう」

 サキもユミも、もう自分で歩けます。四人は階段を踏み外さないように、おそるおそる上って行きます。

 三階へ着くと、リョウとサブは、さっきの要領で、窓をいくつか叩き割りました。そして、リョウが言いました。

「サブ。みんなを連れて、先に四階に行って、窓を開けてくれないか。俺は、ここで魔女をなんとかくい止めるから」

「一人でだいじょうぶか。リョウ」

 すると、リョウはさっきの念波をはね返した鏡をサブに渡し、サビア族から貰った小刀を見せて言いました。

「俺は、これがあるからだいじょうぶや。さあ、みんな足元に気をつけて、四階へ急げ、早く」

 リョウは勾玉によって、その正義感が強まっているようです。そして、自分は大理石で2メートルもある彫刻の影に身をひそめました。

「グルル。グルル。ウー。ウー」

 魔女は、獣のような荒い息を吐きながら、階段を上って来ました。そして、窓からの光りを避けようとした時です。

 彫刻の影に、隠れていたリョウが飛び出し、サビア族の小刀を両手で握ったまま、魔女に体当たりをしました。

「ギャー!」

 小刀は、鎧を突き通して、深々と刺さったのです。魔女は苦しげでしたが、身をよじって、リョウを突き飛ばし、緑の瞳から念波のかたまりを放ちました。リョウは、それをまともに受けて吹っ飛び、壁で頭を激しく打って、気を失ってしまいました。

 魔女は腹に刺さった小刀を握ると、こんしんの力を込めて、引き抜きました。緑色の血がほとばしりました。

「ギャオー」

 と魔女は叫び声を上げると、鎧やかぶとが消え去り、人の顔がまえに突き出て、目が顔の両側に移動し、口からは牙が出ました。そして、全身にはびっしりとうろこが生え、尾が出て長く伸びました。それは、トカゲの化物とでも言えるものでした。

 正体を現した、魔女、いえ今は化物と呼んだ方がふさわしい、その生き物は、「シュー、シュー」と妙な息を吐きながら、四階へと上って行きました。そして、四階の部屋の閉められた分厚い木の扉をなんなく壊し、中へ入って行きました。

 部屋の中央には、大きくて立派な自然石が置かれていました。その岩がコスマイヤの剣の台座だったのです。剣のさやは、台座に半分ほど埋め込まれていました。そして、コスマイヤの剣は、全て金で作られ、宝玉があちらこちらに美しく施されていました。

 サブとサキとユミは、剣を抜こうと試みましたが、エバーレストが言った通り、どうしても抜けませんでした。

「リョウが来る前に、まず、光りを入れよう」

 化物が入ってきたのは、サブの指示で窓を壊し終えたところでした。三人は、トカゲの化物といえるようなものの突然の出現に、立ちすくんでしまいました。しかし、その化物は言葉を発しました。

「おまえたちに、このコスマイヤの剣を渡すわけには絶対にいかぬ」

 と言った言葉で三人は、これが魔女の正体であることを知りました。

 化物は、なんとも我慢のできない生臭い臭いと「シュー、シュー」と息を吐きながら、近づいて来ました。

 三人はそれぞれ、サブが槍を、サキとユミは弓矢を構え、化物に向おうとしました。その時、突然、サキの手からポスが飛び出し、

「ワンワンワン!」

 と吠えながら、化物に向かって行きました。すると、化物に一瞬のすきができました。

「いまだ!」

 サブはかけ声とともに、槍を突き、サキとユミは弓で矢を放ちました。槍は、化物の腹に深々と刺さり、矢は、左目と首を見事に射ていました。

 しかし、化物は、その長い尾を振って、ポスを払いました。小さなポスは、ひとたまりもありませんでした。壁に強く叩きつけられてしまいました。

「ポス。大丈夫」

 サキとユミは、ポスに駆け寄りました。そして、サキがポスを抱き上げましたが「クウーン」とひと声啼くなくと息絶えたのです。

「ポス。ポス。ポスー!」

 サキとユミが何度呼んでも答えは無く、サキはそっと、ポスを床に横たえました。

 サブは槍を化物に突きたてたまま、横目でその様子を見ていましたが、槍を捨てて、ポスの前にひざまずきました。

「ポスー!目を開けてくれ」

 しかし、それもむなしい叫びとなりました。

 一方、化物は、深々と刺さった矢と槍を抜き取り、一歩ずつ近づいてきます。

「殺してやる。皆殺しにしてやる!」

 その時、リョウが上がって来ました。リョウは化物を見て、一瞬たじろぎましたが、みんなのそばに、駆けつけました。そして、ぐったりしているポスを見て、みんなの顔を見ました。サキが目に涙をいっぱい浮かべて、首を横に振りました。

「ポス」

 リョウは、ポスの頭を一撫ですると、化物に向かって立ち上がりました。

「サブ。これが魔女の正体か?」

「ああ、この醜い奴が、ポスを殺したんや」

 リョウとサブの瞳が燃え、これまで見たことのないほどの怒りが、二人の顔つきを変えていました。

「おのれ、この化物め。魔女、ダスリン許さん!」

 とリョウが怒りの声を発しました。

 その時、サキとユミが、二人の前に立ちはだかりました。

「リョウ。サブ。怒りではだめ。ポスへの愛を念じるのよ」

 この言葉に、二人ははっとしました。

「勾玉を握って、ポスのことを念じるの」

 すると、四人の勾玉が白く光りはじめ、みるみるうちに四人の全身が光りに包まれました。

「おまえたち、死ね!」

 化物となった魔女の緑の右目から、念波が発せられるのと、四人の体をおおう、白い光りが魔女に向かって炸裂するのは同時でした。白い光りは、魔女の念波をはじき返し、魔女を吹っ飛ばしました。そして、もう魔女とも呼べぬ化物は、後ろの石の壁に半分めり込んでしまいました。ポスへの愛がエネルギーとなった瞬間を体験して、愛とはどれほど強いものかを四人は知ったのでした。

 サキはもうぐったりと首を垂れたポスを抱き上げ、力をふりしぼるように言いました。

「さあ、早く、コスマイヤの剣を台座から抜きましょう」

 サキは、そのしっかりした性格が勾玉によって強められ、大きなショックを受けながらも、自分たちの使命をまっとうしようとしています。

 みんなは、それぞれポスが亡くなった悲しみを必死にこらえて、頑張らないとと、自分に言い聞かせていました。




  第十三章 永遠の剣


 四人は、まだ勾玉と自分自身から出た真っ白な光に包まれていました。

「さあ、みんなでさやを持って、深呼吸を繰り返し、心を剣が抜けることだけに向けて、集中するのよ」

 ユミがそう言い、四人は沈黙しました。どれほどの時間が経ったでしょうか。突然、サキが言いました。

「さあ、今よ。ワン、ツー、スリー!」

 四人が力を合わせ、引っ張ると、コスマイヤの剣はさやごと台座から、すっぽりと抜けました。剣は思わず目をつぶってしまうほどの光を放っていました。

「これがこの剣の力か。すさまじいエネルギーだな」

 リョウがそう言った時、壁が崩れ、化物となった魔女が、床を這いずってきました。

「その剣は、誰にも渡さん・・・」

 そう言うと、魔女は動かなくなりました。気を失ったようです。

「往生際が悪いぞ。化物魔女ダスリン」

 そう言って、リョウはとどめを刺そうと、コスマイヤの剣を抜こうとしました。すると、サキがその手を握って止めました。

「リョウ。気持ちはわかるけど、わたしたちはこのグリーグラムの人間じゃないから。魔女の裁きはエバーレストにまかせましょう」

 リョウは、サキの目を見て言いました。

「わかった。サキの言う通りだ」

 そう言ったリョウは、何かを感じてるようです。

「ただ、この剣を抜いてもええかな?さっきから剣が抜いてほしがっている気がするんだ」

 サキは黙ってうなずくと、後ろに下がりました。

 リョウは、ゆっくりとコスマイヤの剣をさやから抜き払いました。

「おおー。これは・・・」

 サブは言葉が出ませんでした。サキとユミも目を見張りました。その剣は七色の光を放って輝き、水が実際にしたたり落ちているかのような艶がありました。

「なんて、美しいんや」とリョウ。

「ほんと、この世のものとは思えないわ」

 サキもびっくりしています。

「きっと、コスマイヤって言われている人はよほど素晴らしい魔法使いだったのね」

 ユミはあまりの美しさにため息をついています。

 みんなは大きくうなずき、リョウは、剣をさやに納めると言いました。

「さあ、急いで城を出よう」

 サキはポスを抱きしめたままです。サブが聞きました。

「サキ。ポスはどうする」

「一緒に連れて行く。こんな所に置いていけない。それにエバーレストなら、生き返らせることができるかも」

 それにはみんなも同意しました。サブはリョウにたずねます。

「この魔女は、どうする」

「ひん死の状態やから、放っておいても、二、三日は動けないやろう。このまま置いていって、エバーレストに相談しよう。さあ、みんな行くぞ」

 リョウは、コスマイヤの剣を持って、みんなを急がせます。階段を下り、入口につくと、扉は簡単に開きました。四人は、ゴバルトの小屋へ着きました。ポポロは大喜びです。

「みんな、帰って来たんだ。おいら、もう心配で心配で。よかった。よかった!」

 しかし、ポスの事を聞くと、ポポロは涙ぐみました。

「あんなに、かわいかったのに、どうして」

 ユミはポポロを抱きしめて言いました。

「だから、今から急いでエバーレストのもとに帰るのよ。ポスを生き返らしてもらうの」

 ポポロは、それを聞くと、涙をぬぐってうなずきました。

「そうだ。その手があったんだ。エバーレストならきっとできるよ」

「だから、大急ぎで帰るんだ。ポスのことと、魔女が目覚めたら大変だから」

 それを聞いたゴバルトは、小屋を出て行きました。そして、しばらくして、二頭の馬を連れて帰って来ました。

「この馬たちを使ってくだされ。これは、もともとあの城で飼っていたものじゃが、城が崩壊しだしたので、この草原で、放し飼いにしておったのじゃよ。ただ、やせて元気がないのが心配じゃが」

 すると、リョウの頭の中で声がしました。

----我は永遠の剣。わたしの剣の腹を馬に当てなさい。

 リョウは、コスマイヤの剣を抜くと、その剣の腹を馬に当てました。すると、

「ヒヒーン」

 二頭の馬は、大きくいななき、後ろ足立ちになって前足をかき、元気になりました。そして、やせていたはずの馬が、がっちりと体格もよく太っていました。

「コスマイヤの剣。ありがとうございます」

 リョウは、心の中で祈り、みんなにそう告げました。

「ほんとに元気になってるで。すごいな」

 馬の顔を撫でながら、サブはびっくりです。

「剣にこれだけの力があるなら、きっとポスも生き返らせて貰えるわ」

 ユミはそう言って、サキの肩を抱きます。

「さあ、みんな急いで出発だ!」

 とリョウが言うと、ゴバルトが言いました。

「今から出発しても、すぐ夜になる。明朝早く出発されたら、いかがかな」

「いえ、今夜も昨夜と同じ月夜でしょう。夜通し走れば、明朝にはエバーレストの所に着けるかもしれませんから。みんなどう思う」

 リョウが言うと、みんなもうなずきました。

「コスマイヤの剣があるからなのでしょうね。あれだけ戦った後の疲れが、取れているのです」

 リョウは、そう言って、ゴバルトに鞍を着けてもらった馬に乗り込みました。リョウの前には、ポポロ。後ろにはユミが乗り込みました。そして、もう一頭の馬には、サブが乗ります。そして、後ろにはポスを抱いたサキが乗り込みました。二頭で草原を一周してみました。リョウもサブも馬に乗るのは初めてです。しかし、完璧に乗りこなしています。後の三人も乗りなれた人のようです。

「勾玉の力ね」とサキが呟きました。

 みんなは、ゴバルトのもとに帰ると声をそろえて礼をいいました。

「ゴバルトさん。なにからなにまで、お世話になり、ありがとうございました」

「いや。なんの。わしもグリーグラムの住人ですじゃ。この世界を守ろうと戦ったあんた方に協力できて、わしもうれしいんじゃ。とにかく夜道に気をつけてくだされ。そして、これは食料と水じゃ。お持ちくだされ」

「では、またきっと会いましょう。その日まで。お元気で」

 リョウがそう言うと、二頭の馬は、軽やかに駆け出しました。

 二頭は草原を駆け抜けて進みます。時々、リョウとサブが声を掛け合います。

「おーい。大丈夫か」

「大丈夫や。そっちこそ大丈夫か」

 草原を抜ける頃には、みんな、もうすっかり、馬乗りには慣れていました。そして、森の中へ入って行きました。この森は、薄気味悪く、サブが木々に元気がないとぐちってたあの森です。

「この前の森とは全く違っているで。すごくさわやかな気分や。それに、木々が元気になっているで」

 サブがそう言うと、サキも同じことを感じているようです。

「ほんまやわ。あの不気味な感じがなくなってるわね」

 森を走っている間に、日が暮れました。しかし、リョウの言った通り、今夜も月夜です。木々の間からもれる光で、充分に馬を駆けさせることができます。そして、五人は無事に森を抜けることが出来ました。

 森を抜けると、河原に出ました。今夜は、とても美しい月夜です。河のさざ波に、青白い月の光が反射して、キラキラときらめいています。まるで、無数の真珠を散らばめたようです。

「美しいわ。心が洗われるみたい」

 馬を降りたサキとユミは、うっとりとその光景に見とれています。

「ほんまやな。きれいなお月さんや」

 とリョウとサブも呟きます。リョウが、はっとしてポポロに言います。

「ポポロ悪いが、こないだの舟を探してくれないか。早く河を渡らないとな」

「まかしてくれ。すぐに探してくるよ」

 しばらくして、ポポロの声が響きます。

「あった。あったよ。みんなこっちだよー」

 ポポロの声に導かれ、みんなは馬を引いて歩きます。すると、この前に引き上げたままの舟がありました。

「助かった。あの後、サビア族が舟をどこかへ動かしてたらどうしようと思ってたんや」

 リョウとサブは、胸をなで下ろしました 五人は力を合わせて、舟を河に浮かべました。それから二頭の馬を舟に乗せるのに手間取りましたが、なんとか無事、舟を出すことが出来ました。

 四ヶ所のオールをこぐと、舟は静かに進みます。

「見てみろ、リョウ。このあいだと全然違うで。河の北側もこの美しさや。それにあの嫌な臭いも全くないで」

 サブの言う通りです。河の水は透きとおり、時々、小魚がはね、水面にキラキラと星が舞うようです。

「サキ。こぐのは俺たちに任せて、ユミと河を見てたらええ。そして、まあ一曲聞かせてほしいもんや」

 サブがそう言うと、サキとユミは満足げに水面の光を見ながら、童謡を歌いました。二人の声は、透明でこんな月夜にぴったりです。

 リョウとサブとポポロは聞きほれています。

「ほんま。ええ声やなあ。サキとユミにそんな才能があるとは知らんかったわ」

 とサブは感心しています。

 サキとユミが何曲か歌っているうちに、舟は南岸に到着しました。五人は、二頭の馬を陸に下ろすと、舟を浜に引き上げました。そして、休む間もなく馬に乗ると、また出発しました。

 道はまた森の中です。しばらく走ると、馬を止めてリョウが言いました。

「ここはポポロの森だ。ポポロをここで下ろそう、森へお帰り」

 しかし、ポポロは口をとがらせています。

「いやだい。一緒に行くんだ。旅の終わりまでって、誓いをたてたんだから」

 すると、木がざわざわとざわめき、ポポロの仲間の森の精たちが、集って来ました。その中の一人がポポロに話しかけます。

「ポポロ、どうした。うまくいったのか?」

「ああ、うまくいったさ。コスマイヤの剣もここにある。これから、エバーレストの所へ行くんだ」

 森の精は、エバーレストと聞いてざわめきます。

「ポポロ。それはいいことなのか、悪いことなのか」

 ポポロは、胸を張って答えます。

「もちろん。いいことさ」

 それを聞いた森の精たちは、賑やかに踊り出しました。木から木へと、回転しながら飛び移ったり、とんぼ返りを続ける者もいます。

 月の青い光に黒のシルエットがとても美しい踊りです。やがて、彼らは踊りながら歌います。これもまた、テンポが軽やかで耳に心地よいものです。リョウがたずねました。

「ポポロ。あれはなんの歌だい」

「うん。お祝いの歌さ。いいことがあった時、おいらたちは、あの歌を歌うのさ」

「ポポロ。本当にわたしたちと一緒に行くの。みんな、あんなに楽しそうなのに、もう家に帰っていいのよ」

 サキがポポロを気づかって言います。

「踊りや歌は、いつだってできる。でも、リョウやみんなとは、今しか一緒にいられないから」

 それを聞いたリョウとサブは納得しました。

「じゃあ。森のみなさんご機嫌よう。また会いましょう」

 みんなは、そう言って馬の腹を蹴って合図しました。二頭の馬はいっせいに駆けだしました。

 そして、また森を抜けました。そこは、巨人ホフマン族の土地です。真夜中のことで、村は静まり返っています。二頭の馬は、サキとユミが縛りつけられていた広場から大通りを通り抜け、村を後にしました。

 これから先は、岩だらけの荒れ地を行きます。ここは、岩がごろごろところがる足元が悪い所です。一気に駆け抜けるわけには行きません。馬は速度を落として、慎重に進みます。

「大丈夫か、サブ。馬がすべるから気をつけろよ」

「ああ、大丈夫や。慎重に。慎重にや」

 月はずいぶん西へ傾きましたが、その明かるさが助かります。それに北へ向かっていた時の、あの強い風が吹いていないのも好運です。

 荒れ地をなんとか走り抜けた馬は、また森に入って行きました。コスタル族の土地です。

 リョウが言います。

「ごちそうになったお礼を言いたいんだけど、みんな、眠っているもんなあ」

「月が西に沈みそうや。夜明けは近いで。馬も疲れたやろう。リョウ、これからはゆっくり進もうや」

 そして、東の空が赤くなり出しました。もう夜明けです。森を抜け、エバーレストのいる丘の下まで来ました。

「さあ、もうこの丘を登るだけだ。馬さんたち、ご苦労さん。もうちょっとや」

 リョウがそう言っても、二頭の馬はとくに疲れた様子も見せず、丘を登り始めました。日は、もうすっかり明るくなっています。予定通り、五人はエバーレストのいる丘にたどり着きました。




  第十四章 大魔法使いの復活


 丘の上に着くと、五人は馬から下りました。東の空は、朝焼けに染まっています。高原の緑も赤く染まっています。

「きれいな朝焼け。お月さまとか、きれいなものばかりね」

 サキとユミは、朝日を見つめています。

 リョウとサブとポポロは、両腕を挙げて、腰を思いっきり、伸ばしています。

「案外、楽やったな。リョウ」

「ああ、なんかあっと言う間やったな。なあポポロ」

「おいらは、平気さ。楽しかったよ」

「きっと、コスマイヤの剣のおかげだ」

 リョウはそう言って、剣を背中から下ろしました。

 五人は、ひと心地つくと、あの大木に向かいました。そして、声をそろえて呼びました。

「エバーレスト様。ただいま帰りました」

 すると、大木の中心から、白い光が出て、みるみる大きくなり、緑色の服を着て、杖を持った、エバーレストが空中に現れました。

「エバーレスト様。お約束通り、コスマイヤの剣を持って参りました」

 リョウは、そう言って、両手にかかげたコスマイヤの剣を差し出しました。そして、みんなは膝をつき、頭を下げました。

「みんな。ご苦労じゃったのう。わしは、勾玉を通じて、常にそなたたちと共に旅し、そして共に戦っておったのじゃよ」

 そう言ったエバーレストは、リョウがかかげるコスマイヤの剣を手に取ると、後ろを向きました。すると、宙に浮いていたエバーレストは大木に吸い込まれるように消え、代りにエバーレストの本体が、剣を持って現れました。本体は、確かに太い輪で大木に縛りつけられています。

「あれが『断ち切れない魔法の輪』か」

 サブが言って、みんなうなずきます。

 エバーレストはコスマイヤの剣を抜きました。そして、大木と魔法の輪の間に剣を差し込むと、すっぱりと輪を断ち切りました。そして、両手を挙げて深呼吸すると、みんなの前に進み出ました。

「そなたたちの命をかえりみない勇敢な働きによって、コスマイヤの剣がわたしの手に渡り『断ち切れない魔法の輪』が断ち切られた。そして、わたしは自由の身となった。そなたたちの仕事は、いま完璧な形で成就した。ありがとう。人の子らよ。さあ、頭を上げ、立ちなさい」

 エバーレストは、優しい瞳に微笑みを浮かべ、五人の顔を一人ずつじっと見つめました、そして言いました。

「さあ、これからは、わたしの仕事だ。なにからすればいいのかな?」

 すると、サキが一歩前に出て、くるまれていた布から冷たくなったポスの体を出しました。

「エバーレストは様。ポスを生き返らせてください。お願いします」

 サキの他の四人も深々と頭を下げて言いました。

「エバーレストは様。お願いします」

「おお。そうじゃった。勇敢な子犬よ。見事な働きであった。さあ、よみがえるのじゃ」

 そして、エバーレストは、抜き払われていたコスマイヤの剣で、ポスに静かに触れました。そして、口の中で呪文を唱えました。

 しばらくすると、横たわっていたポスのお腹が動きました。呼吸をし始めたのです。そして、ポスは目を開き、耳を振って立ち上がりました。

「ワンワンワン」

 とポスは元気よく吠えました。

「ポス。ポス。よかった。こっちへおいで」

 駆け寄るポスをサキは抱き上げ、今までこらえていたものがこみあげてきたのか、わあわあと声を出して泣きました。そして、ユミも泣きながらポスの頭を何度も撫でました。

「よかったね。ポス。大好きよ」

 リョウとサブとポポロも、ポスを撫でました。みんな涙ぐんでいます。エバーレストはその様子を微笑みとともに見ていましたが、みんなが落ち着くと続けました。

「さあ、次はなにかな?」

 リョウが、一歩前へ出ました。

「エバーレスト様。あの古城で魔女をひん死の状態にしたまま、帰って来ました。あの魔女の裁きをお願いします」

 すると、エバーレストは、コスマイヤの剣で、北の古城を差しました。そして、呪文を唱えました。すると、草原の上に、どす黒い煙が現れ、それはみるみるうちに固まり、トカゲの化物のような魔女となりました。まだ、気絶しているようです。リョウが言いました。

「エバーレスト様、これが魔女の正体です」

 エバーレストは言いました。

「気を失っておるな。目覚めさせよう」

 エバーレストは、コスマイヤの剣をさやに納めると、こんどは杖をひと振りしました。すると、魔女は目覚めて立ち上がりました。

「このエバーレストめ!」

 魔女は、念波のかたまりをエバーレストに放ちました。しかし、その念波はエバーレストをおおう白い光に当たると、一瞬にして消え去りました。

「まだ、反省どころではないようじゃな」

 そうエバーレストは呟くと、円を描くように杖の先をくるくると回しました。すると、杖から出た丸く白い光が帯状になり、魔女の体を幾重にも縛りつけました。

「おのれ、エバーレストめ。わたしを封じるつもりだな。しかし、ゲルネス様のことを忘れるな!」

 エバーレストは言いました。

「愚かで、邪悪な魔女よ。悔い改めるまで、何百年でも岩山の中に閉じ込められているがよい」

 そして、エバーレストは杖を振り、呪文を唱えました。すると、魔女の体は白い光に包まれて浮き上がり、後ろにある岩山の中腹あたりまで行くと、岩山に吸い込まれるように消えて行きました。エバーレストは、振り返って、五人に向かって言いました。

「これで、魔女はわたしが封印を解くまでは、永遠に封じられた。みんな、安心するがよい」

 しかし、五人は安心する反面、魔女の言葉にあった「ゲルネス」と言うものが気になっていました。リョウが、たずねました。

「エバーレスト様。いま、魔女が言った『ゲルネス』とは、いったいなんでしょう」

 その時、突然、耳をつんざくような雷鳴がとどろきました。

「キャー」

 サキとユミは驚いて悲鳴をあげました。

 リョウとサブとポポロは、空を見上げました。グリーグラムの北の果て、あの古城よりも北の方で、黒雲が沸いて出ていました。それは、みるみるこちらに向かってきます。黒雲の下では、稲妻があちらこちらに走っていました。

 みんなは、背筋がぞっとするのを、こらえていました。リョウがエバーレストに問いました。

「あの黒雲と稲妻はなんでしょう」

 エバーレストは、いつになく険しい表情で答えました。

「黒い魔法使い、ゲルネスが復活したようじゃ」




  第十五章 白と黒の魔法使い


「黒い魔法使い、ゲルネス?」

 五人は驚いて、顔を見合わせました。

「まだ、邪悪な存在がいたのですか?」

 リョウが言い、エバーレストが答えました。

「心配することはない。そなたたちの戦いは終ったのじゃ。これからは、わたしの戦いじゃ」

 リョウがたずねました。

「事情がよくわかりません。詳しく話してもらえませんか」

 エバーレストは言いました。

「ゲルネスが復活した以上、あやつは必ずここを攻めてくる。詳しく話している時間がないのじゃ。簡単に言えば、ゲルネスとわしとは、偉大な魔法使いコスマイヤの兄弟弟子じゃった。ゲルネスが兄弟子。わしは弟弟子。しかし、ゲルネスは黒い魔法、破壊の魔法に興味を持って、のめり込んでいった。そして、師であるコスマイヤが止めるのも聞かなくなった。そして、コスマイヤの怒りをかい、グリーグラムの北の果ての岩山に封じ込められたのじゃ。これは、わしも知らなかった事じゃが、コスマイヤの剣が、あの城に封じられておったのは、ゲルネスを封じるためでもあったのかもしれん。剣が台座から抜かれ、あやつを復活させてしまったのかもしれん・・・」

 エバーレストはみんなに言いました。

「さあ、みんなこの大木の後ろに隠れていなさい。そして、なにがあっても出て来てはならん。大声を出してもならぬ。わかったな」

 エバーレストがそう言い終わった時には、北の空は、もう黒雲におおいつくされ、稲妻はいっそう激しさを増していました。

 五人は、大木の後ろに廻って、気づかれぬよう様子を伺っていました。すると、北の空から稲光とともに、なにかがこちらに向かって飛んで来ていました。

 それは、黒い馬にまたがり、黒い鎧に黒いマントを着た男で、口は耳まで裂け、頭には二本の角が生えていました。その男は、エバーレストの頭上の前で止まり、鋭い眼光でエバーレストを見下ろしています。

「あれがゲルネスか」とリョウ。

「怖いわ。あの魔女より恐ろしい感じがするわ」とユミは霊感が強いので怖がっています。

「いかにも強そうやな。エバーレストは大丈夫やろか」とサブも心配しています。

 ゲルネスは雷鳴のとどろくような声で言いました。

「久しぶりじゃな。エバーレストよ。よくもわしが魔女に仕立て上げたダスリンを封じてくれたな。わしは、北方に封じられた身。なんとか自分の分身を育て、グリーグラムを乗っ取ろうと策をこうじて、魔女を育てた。しかし、皮肉よのう。その魔女の魔法を解くために抜いたコスマイヤの剣がわしを封じていたとはのう。これこそが、わしもおぬしも知らぬコスマイヤの秘策だったらしいな。エバーレスト、最後におぬしはしくじった。わしを復活させてしまったのじゃから。そして、おぬしは、わしの手で葬り去られるのじゃ」

 しかし、エバーレストは落ち着いた口調で答えました。

「ゲルネス。数百年も封じ込められて、まだなお全く悔い改めた様子も見えぬのう。まだ、グリーグラムを乗っ取ろうなどという、たわけた野望を持っていたとは。おぬしがどんな邪悪な野望を持っていたとしても、コスマイヤの剣を持つわしに勝てるかな?」

 そう言うと、エバーレストは杖を一振りしました。すると、全身真っ白な美しい馬が現れました。そして、エバーレストは、コスマイヤの剣を抜くと、その馬に飛び乗りました。

 そして、馬は空を駆け、ゲルネスと一定の距離をおいた所で、静止しました。

「ほほう。やる気じゃないか。エバーレスト」

 ゲルネスは、右手を挙げながら、言いました。

「手始めに、これでも喰らえ!」

 すると、挙げた右手に稲妻が、現れました。そして、ゲルネスは、エバーレストに向かってその稲妻を放ちました。鋭い稲光が走りました。しかし、その瞬間にエバーレストと馬をおおう白い光がまばゆいばかりに光り、稲妻はその光にはね返されて消えました。

「オーラのバリアか。では、こんどはこれでどうだ」

 そう言ったゲルネスの瞳が緑色に光りました。そして、念波のかたまりが、エバーレストに向けて放たれました。念波は白い光に当たり、激しく炸裂しましたが、バリアを破ることは出来ませんでした。

「ゲルネス。何度やっても同じことだ。おぬしにこのバリアを破ることはできぬ」

 エバーレストは、落ち着いて言いました。

「エバーレストめ。バリアなどで身を固めおって、覚悟しろ」

 ゲルネスはそう言うと、槍を片手に、エバーレストに向かって来ました。接近戦をしかけるつもりです。

「ええーい!」

 ゲルネスは槍で突いてきます。エバーレストは、コスマイヤの剣でそれを払います。そして、エバーレストは剣でゲルネスに切りかかります。ゲルネスは、盾でそれを受け、また槍で突き返します。なんどか、同じことを繰り返した後、ゲルネスの槍がコスマイヤの剣により、すっぱりと断ち切られました。そして、盾も突き破られました。

「おのれ、エバーレストめ」

 ゲルネスは、後ろを向き、黒い馬で逃げました。しかし、エバーレストは、あえて追いかけはしませんでした。

 ゲルネスは振り返り、体制を立て直すと、魔力で武器を空中から取り出しました。それは、剣と弓矢でした。

「これではどうじゃ」 

 そう言って、エバーレストめがけて全速力で駆けながら、瞳を緑色に光らせ、念波のかたまりを放つと同時に魔法の矢を放ちました。エバーレストのオーラで、念波は炸裂しましたが、矢はそこを突き抜けました。しかし、エバーレストが落ち着いて、コスマイヤの剣で矢を払うと矢は粉となって散りました。

 一方、大木の裏に隠れている五人は、顔をそっとのぞかせて、戦いを見つめていました。

「やったで。エバーレストは、またゲルネスの攻撃を防いだ」とリョウ。

「エバーレストは、防戦ばかりやな。なんでやろう」とサブが言います。

 サキとユミは、手を合わせ、祈りながらエバーレストを見つめています。

 ゲルネスは、力ずくでは、どうしてもエバーレストのバリアを破ることが出来ないと悟ったようです。

「エバーレスト。これではどうだ」

 と言って、耳まで裂けた口を大きく開き、どす黒い毒気を吐き出しました。これは、ゲルネスの汚れた邪念から出来た毒気でした。しかし、エバーレストが光を強めると、この毒気も光によって、払い清められました。

 ただ、ここで思わぬ事態が起こりました。ゲルネスの毒気は、高原全体に広がり、大木の裏に隠れていた五人の所まで流れて来たのです。五人はこの毒気を吸い込んでしまったのです。

「ゲホッ、ゲホッ。なんだこれは」

「ゴホッ、ゴホッ。苦しいわ」

 五人は咳き込み、吐き気をもよおし、大木の影から転がるように、横に出てしまったのです。それは、一瞬の出来事でしたが、ゲルネスもエバーレストも気づきました。

 エバーレストは、すぐさま五人に、光のバリアを送りましたが、それより一瞬早く、ゲルネスは、五人の中の一人を魔力で自分の所へ引き寄せてしまったのです。それはユミでした。

「しまった」

 エバーレストは、顔色が変わりました。 

 ゲルネスは、ユミを自分の前に抱きました。

「ほほう。人間の子か。名は何と言う」

 ゲルネスが、そう言うと、

「ユミ」

 ユミは一言そう言って、横を向きました。

「そう、邪険にするな。大切な人質じゃ。ハッハッハッハッハ。」

 ゲルネスの笑い声が、響きわたりました。

「ユミを返せ。このひきょう者め」

 リョウが叫びます。

「ユミ。大丈夫やからな。シッカリしろ」

 サブも声を掛けます。

 ゲルネスは剣を抜いて、ユミの首に押し当てました。しかし、ユミにひるんだ様子はありません。勾玉の力が、ユミの芯の強さを引き出しているのです。ゲルネスは、そんなことには気づかず、大声を出しています。

「エバーレスト、これでおまえの負けだ。ユミとやらの命がおしくば、馬から下りろ。そして、コスマイヤの剣を置け!それとも、コスマイヤの剣の光でわしを撃つか。そうすれば、この娘の命もないぞ。これで勝負はついたな。ワッハッハッハ」

 ゲルネスの不気味な笑い声が響きます。エバーレストは、コスマイヤの剣を持ったまま、言われた通り地上に降りて、馬から下りました。

「そうだ。エバーレスト。そして、コスマイヤの剣を置け!」

 すると、エバーレストはきっぱりと言いました。

「それは、できぬ!」

 ゲルネスは、エバーレストの意外な答えに戸惑いました。

「では、この娘が死んでもよいのか!」

 サキが飛び出して言いました。

「エバーレスト様。ユミを助けてください」

 エバーレストは、落ち着いて答えました。

「なにも心配はいらぬ。わしにまかせて、隠れていなさい」

 ゲルネスは、怒りが頂点に達していました。らんらんと光らせた瞳が緑色に変わるのと、エバーレストがコスマイヤの剣をゲルネスの方に真っ直ぐ向けるのとが同時でした。ゲルネスは、念波のかたまりを放ち、エバーレストのコスマイヤの剣は、真っ白なレーザー光線のような光を放ちました。

 真っ白な光は、念波を炸裂し、そのままユミの胸とゲルネスの胸をも貫通しました。

「ユミ!」

 四人はいっせいに叫びました。ユミがやられたと誰もが思いました。

「ウグッ!」

 ゲルネスは、そううめくと、剣を手から離しました。そして、ユミとともに後ろに倒れると、黒い馬は消え去り、ユミとゲルネスは落下しました。エバーレストはすばやくコスマイヤの剣を振り、ユミの体を白い光りで包み、ゆっくりと地上に降ろしました。

 一方、ゲルネスは、そのまま落下し、地面に叩きつけられて、動かなくなりました。

 みんなは、ユミのもとに駆け寄りました。

「ユミ。ユミ。目を開けて、死んじゃだめ」

 サキが涙ながらに、ユミを揺さぶります。みんな、息を飲んで、その様子を見つめています。

「うーん」

 ユミのうなる声がしました。そして、ゆっくりとユミは目を開きました。

「わたし、死んだの・・・。確か胸を光線が突き抜ける感じがしたわ・・・」

 そして、自分で胸をさぐりました。しかし、傷ひとつありません。

「ああ、よかった。死んじゃったのかと思ったわ」

 サキが先に抱きつきました。ポスもペロペロとユミのほおをなめています。

 リョウとサブとポポロも安心して、大の字になって、寝ころび深呼吸をしました。

 一息つくと、リョウがエバーレストに問いかけました。

「エバーレスト様。これは、どういうことですか。あなたの魔法ですか?」

「コスマイヤの剣は、愛と正義の剣じゃ。この剣は、邪悪な者を倒し、邪悪なエネルギーを消し去るためにある。ユミのような正しい心の持ち主は、この剣の光で傷つくことはないのじゃよ」

 エバーレストのこの説明で、みんなは納得しました。

「ところで、ゲルネスは動かなくなっていますが、死んだのですか?」

 また、リョウがたずねます。

「いや、奴ほどの魔法使いは、簡単に死にはせん。相当の重症だろうが、気を失っているだけじゃよ」

 そして、エバーレストは、ゲルネスの所へ行きました。

「愚かなゲルネスよ。コスマイヤの愛と善の教えを邪悪なものへと変えよって。心を改めるまで、また、北方の岩山の中に、何百年でも封じ込めらておるがよい」

 そう言って、コスマイヤの剣を立て、呪文を唱えて剣を振りました。すると、ゲルネスの体から、黒い煙が出だし、その煙とともにゲルネスは、消え去りました。

「ゲルネスは、今、北方の岩山に封じられた。わしが、生きている限り、コスマイヤの剣の時のように復活することはない。みんな安心するがよい」

 エバーレストは、続けます。

「今度こそ、全ての事が成就した。みんな、夜通し、馬を走らせ、さぞかし疲れたであろう。わしも今の戦いで多くのエネルギーを使った。みんなこの大木の下で、休もうではないか」




  第十六章 戦いの後の晩餐


 大木の下の木の根に寄り掛かって、初めに目覚めたのはリョウでした。もう日が暮れかかっていました。リョウは隣で寝ていた。サブを起こしました。

「おい。起きろよサブ。もう日が暮れるで」「あーあ」

 サブは大きなあくびをしました。その声でみんな次々と起き上がりました。

「見て、あの夕日。とってもきれいだわ」

 とサキが言うと、

「ほんとう。なにもかも真っ赤ね」

 とユキも答え、二人は夕日に向かって祈りました。ポポロも真似をして、手を合わせています。

「そうだ。エバーレストは、どこに言ったのだろう」

 すると、大木から声がしました。

「みんな、よく眠ったようじゃな。わしもゆっくり休息ができた」

 そう言いながら、エバーレストは木の中から、現れました。

「さあ、もう日が暮れる。夕食のしたくをしよう」

 そう言って、エバーレストが杖を振りました。すると、高原を丸く囲むように、たき火が並び、丘の上はすっかり明るくなりました。

 次にエバーレストが杖を振ると、大きな木のテーブルと、椅子が現れました。あちらこちらに彫り物があり、重厚でなかなか凝ったものです。

「こんなものでどうかな。リョウとサブ、座って見ておくれ」

 リョウとサブは言われた通りに座りました。

「ええ、座り心地もいいです」とリョウ。

「テーブルも椅子も頑丈でいいです」とサブ。

 エバーレストは満足そうに微笑むと、杖をたて続けに振りました。すると、テーブルにはキャンドル。そして、皿にフォークとナイフにコップ。そして、ナプキンが並べられました。リョウとサブは目を丸くしています。

「おい。リョウ。俺、魔法使いになりたいわ。エバーレストに頼んでみようか。なんせ杖を振るだけでええもんな」

 サブが耳打ちすると、リョウは笑います。

「おまえが魔法なんか使えたら、もともとのぐうたらが止まらなくなるだけや。やめとけ、やめとけ」

 すると、エバーレストが言いました。

「そうや。やめとけ、やめとけ」

 そして、二人に向かって微笑みました。リョウとサブは、驚いて顔を見合わせました。エバーレストが冗談を言うとは思いもしなかったからです。

「ハッハッハ。わしが冗談を言わないとでも思っていたのかな。それは間違いだ。さあ、みんな席に着きなさい。そして、ユーモアあふれる会話を楽しもうではないか」

 エバーレストの呼ぶ声で、サキとユミとポポロが席に着きました。

「さあ、夕食の時間だ。悪い出来事がすべて終わったのだ。さぞかし空腹であろう。みんな思う存分食べて、楽しみなさい」

 エバーレストは、そう言うと杖を一振りしました。すると、テーブルいっぱいにごちそうが並びました。温かいスープ。山盛りのパン。湯気を立てている焼きたての肉。そして、香草を散らして蒸し焼きにした大きな魚。それにかごいっぱいの果物です。

「うわあ。すごい」

 みんな歓声をあげました。いい香りが漂います。エバーレストが言いました。

「この食べ物は、グリーグラムの各地の食料を取り寄せ、魔法で調理したものじゃ。魔法で出して、食べたとたんに消えるなどという心配は無用じゃ。さあ、食べなさい」

「いただきまーす!」

 みんなは、いっせいに料理に手をつけました。

 コップには、果実のジュースが注がれています。不思議なことに飲んでも飲んでも減らないのです。

「コスタル族の料理もうまかったけど、これはちょっと、けた違いにうまいわ」

 肉をほおばりながら、サブが言います。

「こういうもんは、最初にスープからいただくもんや。肉から食う奴があるか」

「めちゃ、腹へってたからな」

 リョウにたしなめられても、サブは平気です。

「このスープおいしいわ」とサキ。

「なにから出来たスープかしら」とユミ。

「豆じゃよ。グリーグラムでは、うす緑色のおいしい豆がとれる。それを煮て、こしたものじゃ」

 エバーレストは、果実酒を飲みながら、答えます。

「エバーレスト様は食べないのですか?」

「わしはもともと木の精じゃ。肉や魚は食べぬ。そのかわり、果物は大好物じゃ」

「じゃあ。ぼくと一緒だね。でも、この果物どれを取ってもおいしいよ」

 とポポロが果物を口いっぱいほおばりながら言いました。

 サキとユミが肉を細かく切って、ポスに食べさせています。ポスはしっぽを振って、すごい勢いで肉を食べています。よほど、おいしいんでしょう。

 みんなが、食べている間、美しい音色のゆったりとした音楽が流れています。最初にそれに気がついたのはユミでした。

「エバーレスト様。この音楽はどこから流れているのでしょう」

 エバーレストは言いました。

「あの大木じゃよ。まあ、わしが流しておるといってもいいが。これも魔法の一つじゃ」

 みんなは、よほど空腹だったのでしょう。

テーブルの上の食事は、ほとんど食べ終わっていました。

「さあ、そろそろ、おかわりを出すとするかのう」

 エバーレストのその言葉に、みんなは慌てて首を振りました。

「もう。けっこうです。エバーレスト様」

「もう満腹で動けません」

「ワッハッハッハ。では、デザートと茶でも出そうか」

 そして、エバーレストは立ち上がり、杖をひと振りしました。すると、お皿やフォークとナイフなどの食器は全て消え、かわりにデザートのケーキとお茶が現れました。グリーグラムでとれる木の実をふんだんに使って香ばしく焼き上げた丸いクッキーや濃厚なミルクと卵で作ったプリンのデザート。深いオレンジ色の紅茶には、砂糖のかわりにコケモモのジャムがそえられていました。

「さあ、ゆっくりと召し上がれ」

 エバーレストは、座り治すと、みんなの顔を優しく見回して言いました。

「そなたらには、今度の仕事・・・。そう、大きな仕事をまかせてしまったが、この冒険でどうだ。なにか学ぶところがあったかな」

 みんなは、首をかしげて考えています。

 しばらくして、リョウが言いました。

「チームワークの大切さ。ぼくはそれを学んだと思います」

 すると、サキが言いました。

「わたしも同じです。ただ、それに加えてお互いの信頼の大切さとありがたさを学びました」

 サブはまだ考えていましたが、首をひねりながら答えます。

「ええと、何と言うたら、いいか。勾玉のせいかもしれんけど。ぼくは、気の小さいところがあったんやけど。案外、自分もしっかりできるんやと自信を持てたような・・・そんなとこです」

 ユミが恥ずかしそうに言います。

「ほんとうは、一言で言い表せないほど多くのことを学びました。その中で、ポスへの愛が、魔女の邪悪な力より、強かったのが意外で、うれしいことでした」

「ああ、それ。俺も言いたかったんや」

 リョウとサブが、悔しそうに言いました。

「ワッハッハッハ。それでよい。ユミの言うように一言で言い表せないほどのことがあり、いろんなことを感じたじゃろう。それが体験の大切なところじゃ」

 そして、エバーレストは、続けます。

「わしも勾玉を通じて、そなたたちと冒険を体験した。素晴らしいものじゃったよ」

「あの本に、ぼくたちの前に四組の少年、少女たちの絵がありましたが、あの人たちは、どんなことをされたのですか」

 リョウがエバーレストにたずねました。

「ああ、あの四組の冒険もそなたたちに負けず劣らずのものじゃったよ。そう、第一番目の子らは・・・」

 そう言って、エバーレストは、過去の四組の冒険の話を始めました。 

 その話は、四組とも全く違った冒険で、みんなは、エバーレストの真に迫った話しぶりにすっかり引き込まれ、手に汗握って聞き入りました。

 こうして、グリーグラムでの最後の夜は更けていきました。




  第十七章 グリーグラムの再生


 次の朝になりました。五人は、小鳥のさえずりで目が覚めました。ポスは、もう元気いっぱいで、高原を走り回っています。

「おはよう。みんな」

 五人はそれぞれにあいさつをし、あくびをかみころしています。

「いやあ。これはいい天気だ。空も雲一つないで」

 サブが両手を挙げ、背伸びしながら言いました。

「ほんとうね。気持ちよい朝だわねえ」

 とサキも答えます。五人はそれぞれ体操を始めました。

「昨夜のエバーレストの話は、面白かったな。ぼくらの前にここに来た人たちの話や。みんなすごい苦労をしたんやな」

 リョウがサブと手を引っ張り合いをしながら言います。

「ほんまや。話で聞いてると、俺たちはまだ、ましなほうかもしれんなあ。まあ、比べるもんやないけどな」

 そうこうしてるうちに、体操も終わりました。すると、大木から白い光と共に、エバーレストが現れました。

「おはよう。諸君。よく眠れたかな。昨夜はわしも色々な話をしているうちに、つい時が経つのも忘れて、みんなの睡眠をじゃましたかのう」

 リョウが答えます。

「とんでもない。興味ある話をたくさん聞けて楽しかったなと、いま言っていたところですよ」

「それならよいがのう。今日も早速で悪いが、手伝ってもらいたい仕事があるんじゃ」

「仕事ってなんですか」

 リョウがすかさずたずねました。

 すると、エバーレストはそれには答えず、杖をひと振りしました。昨夜のテーブルが、たっぷりの朝食をとともに現れました。

「まあ、食事でもとりながら話そう」

 エバーレストは、みんなを手招きしました。みんなは食卓に着き、両手を合わせました。

「いただきまーす!」

 朝は、果実ジュースにパンと野菜それに、ハムと目玉焼きといったメニューです。みんなそれぞれに好きなものを皿に取って、食べ始めました。エバーレストは、それを満足そうに見ながら、話しだしました。

「今日、そなたたちに手伝ってもらいたいのは、グリーグラムの再生の仕事じゃ。この丘から見ていると、きれいに見えるじゃろうが、あちらこちらに魔女ダスリンの念波の悪い影響があるのじゃよ。枯れた木もあるし、水も浄化されきってはおらぬ。とくに深刻なのは土じゃ。目には見えんが、ずいぶんと汚染されておる。このままでは、作物にも木々にも悪い影響がある」

 ここで、真剣に耳を傾けているみんなの目を見渡して、うなずいて続けました。

「今日は、このグルーグラム全体を完全に浄化したいのじゃ。わし一人でもできんことはないが、そなたたちの力を借りれば、仕事も楽に済むでのう。それに、破壊と違って、再生は楽しいものじゃから、一緒に楽しもうと思っておるんじゃ」

 こんどは、サキが質問します。

「再生って、どうするんです。わたしたちにできるのでしょうか」

「ワッハッハッハ」

 エバーレストは、楽しそうに笑いました。

「そなたらは、真面目じゃからのう。仕事と聞いただけで、固くなっておる。なに、簡単で楽しいことじゃ。安心して食事を続けなさい」

 食事が終わると、食器類はテーブルごと消されました。エバーレストは、杖をひと振り、そしてもうひと振りしました。すると、真っ白な馬が二頭現れました。

 そして、杖をひと振りすると、二頭の馬の後ろに馬車が現れました。もう二頭の馬とがっちりと連結しています。緑の馬車には、こった彫り物がなされ、シートも革でいかにも頑丈そうです。

「さあ、みんな、両手を揃えて前にだすのじゃ。こんなふうにな」

 エバーレストは自らその仕草をして見せました。なにかを受け取るときの恰好です。

 みんなは言われたままにしました。すると、エバーレストは杖をひと振りしました。みんなの手の平にちょうど赤子の頭ぐらいの麻袋が現れました。中になにかがぎっしり詰まっています。

「中を見てみなさい」

 エバーレストの言葉で、みんなは袋の紐を解き、手を突っ込みました。

「わあ。金粉だ。すげえや」

「きれいだわ。さらっとしていて」 

 エバーレストが馬車の御者席に乗りながら説明します。

「その金粉は、わしの白い光を結晶化させたものじゃ。それを空からまくと、地上に降りたとたんに白い光にかえり、魔女ダスリンの念波をはじめ、あらゆるものを瞬間に完全に浄化するのじゃ」

 エバーレストは続けます。

「さあ、みんな馬車に乗りなさい。その金粉を空からまき、グリーグラム全てを浄めるのじゃ」

 みんなは、あわてて馬車に乗り込みます。

「では、出発じゃ」

 二頭の馬は、鞭を入れられ、走り出しました。そして、すぐに空中に浮かびました。始めは森の上です。

「さあ、金粉をまきなさい。わしは、自分の光で浄化を進める」

 と言うと、エバーレストは全身からまばゆいばかりの光を発し、地上も空も照らします。

「よし、みんな、やってみよう」

 みんなは、馬車から顔をのぞかせ、金粉を巻きだしました。エバーレストの言ったとおり、金粉は森の木々に当たると、白い光に変わり、周り全てを光で包みます。

「わあ、すごいわ。森中真っ白に光ったで」

 サブは面白がっています。

「木々の葉っぱが、白から虹色にキラキラと光って、すごくきれい」

 サキとユミは、見とれています。

「ああ、あれ、コスタル族の人たち手を振っているで」

 リョウがそう言うと、馬車のみんなも手を振りました。

「ごちそうしていただき、ありがとうございましたー!」

 みんなは、コスタル族の土地にも金粉をまきます。森の次は荒れ地です。ここにも金粉をまきます。そして、ホフマン族の土地です。

 ホフマン族も手を振っています。みんなも手を振ります。

「ポポロの森やで、ここはしっかりまいとかなあかんなポポロ」

 とサブがポポロに言いました。

「うん、ぼくがしっかりまくよ」とポポロ。

 木の精たちも、木の上に上がってポポロに手を振っています。ポポロは大喜びです。

 森を抜けると、あの大河に出ました。

「みんなもっと遠慮せずにまきなさい。金粉は、袋の底まで使うとまた袋いっぱいになるのだから」

 エバーレストが言うと、サブが呟きます。

「なんやそうなんか。先にそれを言ってもらわんと。けちってたんや。じゃあ、遠慮なくどんどんまくぞ」

 大河の上に落ちて広がる白い光が、さざ波に乱反射して、なんとも言えない美しさです。

「きれいやなあ。あっ、サビア族や」

 みんなまた手を振ります。

 そして、森を抜け、草原が見えてきました。小屋の横に、ゴバルトが立って、大きく手を振っています。

「ゴバルトさーん。ありがとう。また会いましょう」

 リョウを初め、みんなは口々に叫びました。

 そして、馬車はあの城の上に来ました。

「ここは、たっぷりとまかないとな。もう崩壊しないように」

 リョウの言葉にみんなはうなずいて、たっぷりと金粉をまきました。

「さあ、これからは、スピードを上げるぞ」

 エバーレストはそう言って、馬に鞭を入れました。

 グリーグラムを外から一周し、中を何周かして、全体を清めるようです。あちらこちらで、会ったことのない、いろんな種族を見ました。みんな手を振ってくれます。

 グリーグラムの全ての人々が、善良な心を取り戻していました。それが、この勇気ある仕事をやりとげた四人にとって、最もうれしいことでした。

 そうして、エバーレストとともに、五人はグリーグラムの全てをもともとの汚れのない状態に戻したのです。馬車は、高原に帰って来ました。そして、ゆっくりと草の上に降り立ちました。

「さあ、みんなご苦労じゃったのう。馬車を降りなさい。気をつけてな」

 そして、エバーレストが杖をひと振りすると、馬車と馬は消え去りました。

「さあ、みんな、ここからグリーグラムを見てみなさい」

 エバーレストに言われ、みんなは、振り向いて、グリーグラムを見渡しました。

「これは・・・。これがほんとうのグリーグラムなのか・・・」

 リョウは言葉を詰まらせました。

「なんて、美しいんでしょう」

 とサキが興奮して言いました。

 グリーグラムは、全てが虹色の光を発して、きらめいていました。森の緑は濃く、河や湖もひときわ青く、花はビロードのように美しく、全ての色が調和し、融合しているのです。それは命の輝きとも言える神秘的なものでした。みんな、感動して声も出せずにいました。

「これが全て、そなたたちの働きの結果じゃよ」

 エバーレストが静かに言って、みんなは黙ってうなずきました。そして、これを成しとげた、自分たちを誇らしく感じました。ここに来てからのいろんな苦労が思い出されます。涙があふれ止められません。それほど再生したグリーグラムは美しく、見る人の心を揺さぶるものだったのです。




  第十八章 再会を誓った別れ


「さあ、これで全てが終わった。四人と一匹の勇者たちよ」

 またエバーレストは、みんなの顔を見回しました。

「そなたたちに、その仕事にふさわしいお礼をしなければならん」

 そうエバーレストは言うと、杖をひと振りしました。すると、四人と一匹の首に掛けられていた勾玉が消え去りました。四人が驚いていると、エバーレストは左の手の平を上に向けました。すると、手の上に金色で円形のメダルが現れました。そして、エバーレストは言いました。

「リョウ。前に出なさい」

 リョウは言われた通り、一歩前に出ました。

「リョウ。そなたの勇気ある行動をたたえ、リーダーとしてのその完璧な働きに感謝し、このメダルをそなたに贈る」

 エバーレストはそう言って、リョウの首にメダルを掛け、握手をしました。その手はなんともいえず暖かいもので、全身にその暖かさが満ち渡りました。

 エバーレストは続けます。

「サブ。前に出なさい」

 サブはかしこまって、一歩前に出ました。

「サブ。そなたも勇敢であった。そして、明るい心で客観性を持ち、落ち着いた行動をとり、みんなを支えたことに感謝し、このメダルをそなたに贈る」

 と言って、サブにメダルを掛け、握手をしました。

 次はサキです。

「サキ。そなたも勇気ある行動と決断で、みんなを導いた。また、ポスへの愛情の深さにわしも学ぶものがあった。その全てに感謝し、このメダルをそなたに贈る」

 次はユミです。

「ユミ。そなたは、その霊感の強さで、みんなを助け、祈ることで精神を常に集中させ、勾玉の力をよく理解し行動した。また、サキとポスをよく支えた。そなたの控えめだが、しっかりした働きぶりに感謝し、このメダルをそなたに贈る」

 そして、ポスです。

「ポス。そなたの命を投げ出した勇気と、常にみんなを癒したそのかわいらしさに感謝し、このメダルをそなたに贈る」

 エバーレストはこうして、一人一人にメダルを与えました。そして、あのグリーグラムの歴史が書かれた本を持ってきて、最後のページを開きました。

 そこには、四人とサキに抱かれたポスの絵が克明に現れていました。そして、絵の中のみんなの首にはメダルが掛けられていました。

 エバーレストは言いました。

「これで、そなたたちは、永遠にグリーグラムの歴史に刻み込まれた。そして、そのメダルはグリーグラムの名誉ある住民の印なのじゃ。そなたたちは、夢の中で、いつでもグリーグラムに旅することができる。そして、そなたたちの世界での疲れを癒すことができるんじゃよ」

 すると、突然、ポポロが泣きだしました。

「えーん。えーん。いやだよう」

「どうしたのポポロ。なぜ泣くの?」

 サキが優しく問いかけると、ポポロは言いました。

「これは、もうお別れが近いって事だろう。おいら、まだ別れたくないんだ。せっかく仲良しになったのに。みんな帰らずにここに住んじゃえばいいのに・・・」

 ポポロの言葉にみんなしーんと静まりかえりました。みんなも同じ気持ちだったのです。サキとユミが、かわるがわるポポロを抱きしめました。

「また、きっと来るから、きっとよ」

 サブもポポロの頭を優しく撫でていました。

 リョウがエバーレストにたずねました。

「偉大なるエバーレスト。また、ぼくたちが必要になった時には、必ず呼んでくださいますか?」

 エバーレストは答えました。

「そなたたちが、必要になった時には、必ずここに呼ぶことを約束しよう」

 ポポロがいいます。

「きっとだよ。きっとまた来てね」

 そして、別れの時が来ました。

 エバーレストは、本を広げて、草地の上に置きました。そして、杖をひと振りしました。すると、四人は、いまでは懐かしい小学生の服装に戻りました。

「うわあ。なんか久しぶりや」

 とサブが言うと、みんな自分の姿を見回しました。

「なんだか、はずかしいわ。マント姿に比べると、重厚感がない気がするわ」

 サキは、スカートのしわを伸ばしながら言いました。

「みんな、用意はいいかの?」

 エバーレストはみんなを見回して、言いました。

「はい。さようなら、エバーレスト様。そしてポポロ」

 リョウが代表して言いました。

「さらばじゃ。勇士たちよ。また、会う日まで」

 その言葉を合図に本から強烈な光が出ました。そして、金粉の渦とともに、四人と一匹は、本の中へと吸い込まれていったのです。




  第十九章 もとの世界へ


 四人は、ポスになめられて目覚めました。

ここは緑地公園の池の周りの芝生の上です。見慣れた図書館も見えます。リョウは時計を見ました。あの本の中に吸い込まれてから、一時間しか経っていませんでした。

「俺たち夢を見ていたのかなあ」

 サブがそう言うと、サキが慌てて言いました。

「みんなが、同じ夢を見るなんて聞いたことないわ。それに自分の胸を見なさいよ」

 そう言われた、みんなの胸には、首から吊るされた金のメダルがありました。みんなは、思わずメダルを握りしめました。すると、頭の中で力強い声が響きました。

「親愛なる勇士たちよ。そなたたちは、確かにグリーグラムで偉大な仕事を成しとげたのだ」

 それはさっきまで聞いていたエバーレストの声でした。すると、胸に吊るされたメダルが白く光りだしました。そして、それぞれの胸の中に吸い込まれるように入って行きました。

 みんな、なんとも言えない暖かさと、勇気があふれる気持ちがしました。

「夢じゃなかったわね。サブ」

 ユミがそう言いました。

「ほんとや。夢なんかやない。すごく充実した気分が戻ってきたで」

 サブはそう言って、立ち上がり背伸びをしました。

「俺も、なんかまた大きな仕事を成しとげたいような力強い気持ちになってきた」

 リョウもそう言って立ち上がりました。

「なんか、怖いもの無しって感じや」

 サブのその言葉にリョウが冷やかします。

「横井はどうした。明日も体育の授業はあるで」

「横井。あんなもの、ダスリンと比べたら、ちょろいもんや。にらんできたら、百倍にらみ返してやるわ」

 リョウは、笑っています。その時、ポスが「ワンワン」 と吠えました。

「そうやわ。わたしたち、ポスをどうやって育てようかとしていたんだわ。わたし、先に工場へ行ってるわよ」

 サキは、そう言ってポスを抱き上げ、廃屋になった工場へと歩き出しました。ユミも『犬の飼い方』の本を持ってついて行きます。

「ポスちゃん。どうしましょう。ここでまた暮らしましょうか。ポスちゃんは偉かったよねえ。一度死んだけど復活したし、勲章も貰ったものねえ」

 サキは、相変わらずポスにベタベタです。

 ユミもポスの頭を撫でて言いました。

「ねえ。サキ、今思い出したんだけど、わたしの叔父が、この近くに叔母と住んでるの。このおじさんが、すごい犬好きなの。でも去年にかわいがってた犬を亡くして。あんまりかわいそうだったから、ペットショップに行って、また違う犬を飼ってみたらって、みんなに言われたみたいだけど。『わしは、動物を金では買わん。縁があれば、捨て犬とかと出会うもんや』って言ってたから、ポスはちょうどいいかも」

 サキは、答えます。

「それは、いい話だわ。でも毎日学校の帰りに立ち寄れる所なの?」

 ユミは答えます。

「ここから、10分ぐらいの所だから、遠回りになるけど、大丈夫よ」

「ポス。あんた、そこの子になる?」

 サキが言うと「ワン」とポスがひと声吠えました。

「まあ、いいって言ってるわ」

 一方、リョウとサブは芝生の上で、まだ寝ころんで空を見上げています。今日は一点の曇りもない、あざやかな青空です。

「この青空は、グリーグラムまで続いているのかなあ」

 サブがそう言うと、リョウが答えます。

「なんや、もうグリーグラムが恋しくなったんか」

「あの空の美しさは、他では味わえんもんなあ」

 サブはため息まじりに言いました。

「サブ。目を閉じて、胸に手を当ててみいや」

 サブは言われた通りにしました。

「うわあ。目の前に、あの美しいグリーグラムの景色が広がってきたわ。木々も緑が濃いいなあ。山も光ってる・・・」

「そうやろ。もう俺たちはグリーグラムと心の中でつながっているんや」

 リョウがそう言うと、サブはうれしそうに、

「そうか。つながってるんや。それやったら、また近いうちにグリーグラムに行けるかもしれんなあ。よーし、頑張るぞ」

 と、急に元気が出てきたようです。

「さあ、行こう。ポスの世話や」

 二人は同時に立ち上がって、駆け出し、サキとユミを追いかけたのでした。





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大魔法使いとコスマイヤの剣-グリーグラム物語 Ⅰ- @torios

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