それぞれのシンクレコード

惑星開発局ノア(Next Open Advance Home)

[2401/12/10] ロバート・チャーフィー

『――3、2、1、点火イグニッション


 これだよ。この瞬間を俺は長いこと待ち望んでたんだよ――。

 見えない力、地球が引きつける力と人間が飛び出そうとする力のせめぎ合い。俺は今、その真っ只中にいるんだな!

 ――どうやらロケット噴射も終わったらしい。贅沢を言うと、20世紀式縦型ロケットに乗りたかったが、文句は言えねぇ。


「ついに宇宙に出たな。ここからは自動操縦だ。みんな、楽にしていいぞ」


 へいへい。お前に言われるまでもないぜ、ウォルト。地球の重力からも大気圏突破による圧力からも解放されるこの瞬間。これが宇宙に出るっていう感覚か! あっという間だったが、最高だぜ!


「まぁ、この宇宙空間に出る瞬間ってのは、どんなにリラックスしようとしててもしきれないもんだな」


 俺はヘルメットを脱ぎながら言った。そうだろ? 興奮するなってのが、どだい無理な相談だぜ!


「母なる地球よ、さらば、ってか?」


 くぅー! しびれるねぇ。これだよ、これ。これを言いたいがために宇宙飛行士になったようなもんだからな。


「そうね。みんな、見て。あれが私たちの星、地球よ」


 おいおい。早速リサはホームシックってわけか。いや、そうとも言えねぇか。俺もリサに言われるままに後ろを振り返った。

 一瞬――。俺ともあろう者が、言葉を失っちまった。知っていたさ。知ってはいたが、これは――あんまりだぜ。


「俺はさ、数百年前に人類史上初めて宇宙に行ったユーリイ・ガガーリンって宇宙飛行士コスモノートが言った言葉に衝撃を受けて、宇宙飛行士になろうと思ったのさ。なんて言ったか、知ってるか?」


 なぜだろうな。なぜか俺は、自分が宇宙飛行士になろうと思ったのか、しゃべりたくなった。


「知ってるさ。有名な言葉だろう? 確か『地球は青かった』だったな」


 ウォルトよ。そう言うと思ったぜ。


「それとも、『神は見当たらなかった』だったかしら」


 そうそう。それも間違いじゃないぜ、リサ。だが――

 

「違うな。ガガーリンは本当はこう言ったんだ」


 ここで俺は少し間をあけて待ってみた。最後の一人、アカオはだんまりか。まぁ無理もない。俺はな、アカオ。お前の反応が一番俺に近いと、そう思うぜ。俺が宇宙に出たかった、本当の理由。あの伝説の宇宙飛行士コスモノートの、この一言がきっかけだったんだからな。


「『地球は青いヴェールをまとった花嫁のようだった』――ってな」


 そう、これだ。そんな壮大な花嫁、見れるんだったら見てみたいと思うのが男のさがってもんだろ? それがどうだ?! 今俺たちの目の前にある惑星は!


「たった数百年だぜ? 地球の寿命からしてみれば、一瞬みたいなもんだ。その一瞬で、こんな年寄りになっちまったのかよ……」


 俺は胸の奥底からこみ上げてくる何かを必死に抑えながら言った。知ってはいたんだ。知ってはいたが、目の当たりにするもんじゃねぇな。

 どんどん小さくなっていく我らが母星は、まるで老いさらばえた火星のようじゃねぇか!

 そう。かつての地球ブループラネットは、どこにも見当たらなかった。

 だからだ。

 これから俺たちが目指す、惑星アンノウン。かつての地球環境とまったく同じだっていうデータはとれてんだ。

 待ってろよ! 新しい花嫁は、俺がめとってやるぜ!






[2401/12/10] ロバート・チャーフィー

【宇宙船内】


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