第6話〔9〕── 結 ──
その飛行船は朝食のすぐあとに、ローレル山脈を越えて現れた。
知らせを聞いてさっそくモモはみんなとともに飛行場へおもむき、城主を出迎えるメイドたちの列にくわわった。
パレンバーグ家の所有する白い飛行船が、青く澄みきった空を悠然と渡って、メルヴィル城の発着場の直上までやって来たのだ。
デイム・ルーディ「係留よ──うい!」
城兵長が普段より明らかに張り切った様子で、月毛の馬の上から城兵や作業員らに指示を飛ばす。
船体がゆるやかに降下してきて、いく本かのもやい綱が垂らされると、地上で待ち構えていた彼女らがそれらをそれぞれ地面のくいにつないでゆく。
さらに高度が下がってくると、ゴンドラの底が地に接して止まる。
回っていたプロペラも順次停止し、エンジンの音も消えて、辺りは静かになった。
出迎え役には多くの城仕えが集まっている。
獣の顔をした者も、角を生やした者も、
ニアもルナも、料理長のプロテアも、女中頭のミセス・ウェブスターも、
ポピーもデイジーもジャスミンもリリィも、
誰もが期待に胸をふくらませて、不安に顔をこわ張らせて、
熱心に飛行船に注目していた。
アステルは、あの中に本当にいるのだろうか。
それともまた、退院は先伸ばしという事態になるのだろうか。
もしかしたら、治療が完全には至っておらず、痛々しい姿でみんなの前に現れるのかもしれない。
期待と不安が入り乱れ、心がそわそわして少しも落ち着けない。
静寂の中、ゆっくりとゴンドラのハッチが開き、パレンバーグ先生とダリア、メイドのプリムラが降りてきた。
モモの胸がとくんとくんと高鳴り始める。
指先がかすかに震え出し、呼吸が速くなってゆく。
目がそこをさして動かない。
先に降りた3人に手を借りて、陽射しのもとに降り立つ青年。
暗紫色の髪がさらりと揺れ、黒く星空のような瞳がきらめく。
深むらさき色のジャケットをよそおった彼、アステル・メルヴィル。
そこへ立ち、あるじが片手を持ち上げ、こちらの視線に応える。
それまで品よくかしこまっていたメイドたちは、彼の元気な姿に息をのんだ。
そうして、前列のリリィが駆け出したのをきっかけに、せきを切ったようにみんな駆け出していた。
メイドたち「おかえりなさいませ、ご主人さま!!」
ルナ「おかえりなさいにゃっ♪」
大人も子どももうら若き者も、笑顔を満開にしていっせいにあるじに飛びついていった。
うららかな陽が辺りに満ち、鳥たちが歌う。
プロペラの音を響かせて、澄んだ青空を横切る1機の複葉機。
街からは時を知らせる時計塔の鐘の音。
朝すがやかな早春に、咲きほこる花々。
── おわり ──
小説 花乙女たちの帝園 ひうぜ @maestoso
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