拾 -ジュウ-
夏月と別れた玲花が藤と一緒に
明かりの
群馬にいた頃は、家には父の姉である藤杜遠緒子がいて、いつも玲花を温かく
四月までの暮らしが鮮明に浮かび上がり、つんと鼻の奥に広がった痛みをそのままに玲花は玄関の鍵を開けて中に入った。
「ただいま」
明かりを点けながら誰もいない家に帰宅を告げると、ふわりと空気が動き、その柔らかい空気に玲花は一人じゃないと感じた。
九条学園高等部から歩いて三十分、住宅地から離れた
北側の玄関から入ると、廊下が左右に伸び、コの字を
そこが、今の玲花の住まいだ。
日中の熱気を帯びた空気を入れ替えようと廊下の窓を開けながら南東端の自分の部屋に向かっていた玲花は、開けた窓からひんやりとした風が入り、ぴりぴりとうなじ辺りに刺さるような感覚を覚えて振り返った。
何かが、近寄ってくる。
玲花が身構えるより早く
「……」
嫌な感じのしないそれを、玲花は
艶のある灰色の子犬のような獣が、後ろ
「そんなに見んなやぁ。穴が開くではないか」
「喋った……」
「なんや、うちが喋ったらいかんか?」
不穏な空気を
「あなたは、何?」
「うちか? うちは
「雷神の、眷属」
「そうや、
男児のような声がのんびりと説明するその特徴的なイントネーションが、玲花の記憶に引っかかった。
「その声……お昼の時の」
「そうそう、あれうちや。『先見』の小娘たちが
「先見の、小娘?」
首を傾げる玲花に、雷獣と告白した獣は呆れたように目を細めた。
「何や聞いておらんのか。相良柾矢も水無月んところの娘も気が
盛大に溜め息を吐き出し、左の後ろ肢でわしゃわしゃと頭をかく雷獣の姿は、
「柾矢と藤を知っているの?」
「あぁもちろん、昔からよぉ知っておるよ。てゆうか、あいつらのことは置いといて」
玲花の疑問に軽く答えた雷獣は、
「『先見』っちゅうのはな、神々の言葉を受け取り伝える役目を持つ人間のことや。今は九条が担っている」
「九条って、九条楓さん?」
目の前の神使という獣が
「あぁそうや。その九条家や。詳しい話は相良柾矢か水無月藤にでも聞きな」
「聞いたら教えてくれるかな」
「それはうちにもわからん」
独り言めいた呟きに
雷獣だから、触ったら感電するのかなぁ。神使ならやっぱり、触らぬ神に
「何や何やぁ。
己の欲望と必死にせめぎ合う玲花を見て、雷獣が眉間に皺を寄せた。雷獣が
「どうして、雷の神さまの使いが、ここにいるのか、気になって……」
「
「しんい?」
「神の意志や」
問いかけに短く答えた雷獣の視線が玲花から外れるのと同時に、耳をぴんと立てたのを見て、玲花も釣られて玄関を眺めているとドアが開いて藤が姿を現した。
「ただいま」
「お帰り、藤」
「空気がピリピリしていると思ったら、雷獣が来ているなんて」
玲花が座る廊下に歩いてきた藤がやや呆れた口調で呟いて、雷獣を見やる。
「よぉ、水無月の娘っ子。
「おかげさまで」
「うむ、それは
「ところで雷神の神使が何用で?」
「ちぃと興味があってな」
目を細めてそう告げた雷獣は、小首を傾けて前肢で顔を
「詳細は教えてもらえないみたいね」
藤の
「しばらく
「……え?!」
楽しげな雷獣の言葉に、藤は驚いた声を上げた。いつも冷静な藤の鳩が豆鉄砲を食ったような顔を玲花は初めて見た。
風をまくモノは嵐を収穫スル 田久 洋 @Takyu
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