得意なヤツがいると思うか


――厄介だな。


会議室を出て、夜霧は内心ごちる。

高月の言う事も強ち間違いじゃない。

一番疑っているのは中原で、今も水面下でこちらの思惑を探っていることだろう。

だが実際のところ、高月自身も疑念を持ち続けていると見た。

課長達の中では温厚な人物ではあるが、彼は調停部出身だ。

気性が激しく扱いにくいことこの上ないチーム所属の異能者を、相手にしていたこともあって、思いのほか侮れない。

先ほどの会話から汲み取れたのは、総じて課長達が不破の事を慎重に見ていること。

異動してきた身であるがゆえ、細部までは詳し分からないが、少なくともこの部署で未成年の採用なんてものは聞いたことがない。

子供を危険に晒すことが好ましくないことも含め、何かあった際の責任の落としどころを考えれば当然ではあるのだが。

しかし高月はそこを焦点には置いていない。

恐らく中原も。

彼女に対するリスクは二の次で、彼らは知りたいのだ。

朝霧が不破を、この部署の体験生に捩じ込んだ本当の理由を。


――元を辿れば俺が原因だ。朝霧は偶然にもそれを視てしまった。


視てしまったからこそ捨て置けず、現状で考えられる手段を取った。

それだけ。それだけのはず。

少なくとも今は。

いたいけな少女を代償にする可能性があることは捨て置けないが、今はそれだけだ。

不確定な事に頭を抱えることは徒労でしかないが、解決策があるわけでもない。

かといって、自分以外の誰か犠牲にすることを容認したくはない。


「黒猫さん」


気配もなく背後から聞こえた声。

その控えめな声色と独特な呼び方から、姿を見ずとも誰だか分かる。


「どうした」


振り返りながら応えれば、自分を呼んだ不安げな声色からは不自然なほど、冷静さを保った面持ちの不破がいた。


「音村さんを探してて……知りませんか?」「アイツに何か用か」

「その…業務中に、色々とご迷惑をかけてしまって…」


案の定と言ったところだ。

自分の予想は間違っていなかったと、夜霧は内心思う。


「平気か?」

「え……?」

「音村から聞いた。中原課長に色々言われたらしいな」

「あ…はい。そうですね」


か細い声とは裏腹に、不破はあっさりと肯定した。


「でも大したことじゃなくて……その、事実ですし。中原さんにも言いましたが、私の中ではもう済んだことなので」

「何も思わないほどにか?」


そう問えば、不破は少し俯く。


「――何も思わないわけではないです。寂しくて悲しかったことは、覚えてます。でも」


不破は顔をあげて、言葉を続ける。


「私の人生はこれからで。まだ続いていくはずだから。そればかりに囚われていることは、したくても出来ないんです。黒猫さんは分かってるかもだけど、私ってその……あんまり器用じゃないから」


そう答えて、どことなく困ったような、気恥ずかしそうな表情を浮かべていた。

そうだ。この少女は、見た目から得た印象で判断できるようなヤツじゃない。


「今までのように、これからもきっと…たくさんのものに出会っていくのに。そればかりに目を向けていたら、取りこぼしたくないものを落としてしまいそうで。それは……ちょっと勿体ないかなって」


控えめな声色は相変わらずだが、その言動は前向きで。

しかしその表情は凛としていた。

美しいとは、こういうものを指すのではないかと思うほどに。


「いつの日か…何かのきっかけで、自分が歩んだ道のりを振り返った時があったとして。それさえも良かったと思えるように、生きていたいなって……私は思ってます」


不破はすでに答えを出している。

心配することなど何一つないと言えるほどに。

だが念には念をという言葉がある。


「不破。LIMEはしてるか」

「はい」


頷いたの見てスマホを取り出し、登録用のバーコードを表示する。


「いいんですか…?」

「構わない。何かあったら連絡しろ」

「ありがとうございます」


不破は少しだけ嬉しそうに浮かべる。

きちんと見ていれば、彼女の感情の一端くらいは汲み取れる。


「音村なら、高月さんと話をしている」


連絡先の交換を済ませたところで、音村の事を伝える。


「あの様子だとしばらく掛かる。話すにしても、急ぎでないなら今日はやめておいた方がいいんじゃないか」

「分かりました」

「三課に同行する時にでも、話せる時間はあるだろう」

「……はい」


受け答えはするものの不自然な間があり、気になって不破の顔を見る。

その面持ちはあまり変わりはしなかったが、どことなく緊迫したようにも見え、夜霧は更に言葉を続ける。


「音村は確かに不愛想ではあるが、無視するようなヤツじゃない」

「いえ、それは特に……あ…えっと……」


気掛かりなのはそこではないと言わんばかりの物言いに気付いたのか、途端に言い淀む咲耶の様子を伺う。

気まずそうにしているが、それは音村の事ではない。

たどたどしくあるが、彼女の言葉は強がりなどではなく正直であることは分かっている。

三課という言葉がきっかけであるなら、思い当たる事といえば――


「中原」


そう呟いた瞬間、肩が僅かに揺れた。

無理もない。というかある意味、納得しかない。


「黒猫さんも苦手ですか?」

「得意なヤツがいると思うか」

「いたら…いいですね」


目を逸らしながら答える咲耶。


「今日、思わず言い返してしまって……もしかしたら、中原さん怒ってるかもって思うと不安で…」

「気にするな。突っ込んできたのは向こうだ」


音村の話を聞く限り、不破に非はない。

むしろ第三者が異を唱えるくらい、中原の言動に問題があるのは明白だ。


「……ありがとうございます。黒猫さんがそう言ってくれて、少し安心しました。お仕事中なのにすみません」

「お互い様だ。お前も帰るところだろう。それに些細なことでも報告してくれる方がマシだ」「あ、報連相…ですか?」

「そうだな。どの職種にも言えることだが、情報は武器だ。知っているというだけでも強みになる」


逆を言えば、知らないというだけで致命的なミスを被ることもあるわけだが。

そこまで話す必要はないだろう。

相手はまだ子供だ。あくまで。


「そろそろ戻るか。気を付けて帰れよ」

「!…はい。あの、ありがとうございました。お疲れ様です」

「ああ。お疲れ様」

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不破咲耶の裏事情 いさなぎ @izanagi5

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