第5話

「さて、あの時あなたは『妨害』とか言ってたわね。ということは、よ」

 リリアはどうやらかなり気が強いタイプらしい。フィレンはそう積極的な性格ではないので話の主導権はずっと彼女が握りっぱなしだった。

「あなたも何か奪われたんでしょう」

 彼女は問うたのではない。確信を持って断定したのだった。

「何か、っつーかなぁ……」

 フィレンは少し心外そうな様子を見せた。

「ものじゃねぇよ。人だ」

 パチリ、と、火の中で時折木の枝が爆ぜる。

「……なんですって。じゃぁ、連中は人さらいってわけ」

「わけもなにも、あんたも誰か連れ去られたんじゃねーのかよ」

 今この近辺で何か起きていることといえば、音信不通と行方不明だ。

「わたしは、姉を連れて行かれたわ」

「ほらやっぱ人じゃねーか」

 何故彼女が奪われるものが人ではない可能性を考えているのかは、不思議というより奇怪だった。噂でしかないとはいえ、人以外の消息不明は語られていない。

「うちの姉は少し特殊なのよ……」

「特殊ってなんだよ。まぁ、知らんけど、この辺りの噂は耳に入ってないのか」

「噂?」

 リリアはきょとんとする。無我夢中すぎて周りなど全く気にしていなかった。

「メリム付近に近寄った連中は、皆が皆消息不明。住民とも連絡が取れない。確かなのはこれくらいだが」

 フィレンはため息をつきながら噂を伝える。

「みーんな笛吹き男が連れ去ってるとか、疫病で全員死んで近づくだけで感染するだとか、根も葉もないような噂が飛び交ってる。あねさん殿が連れてかれたとはいえ盲目過ぎるぞ。どれだけ危なそうかくらい把握しろ、落ち着け」

 バカにされているような気がしてリリアはむくれた。正論だが言い返してやりたい。

「いくら危なかろうと貴方がこうしてあの町に向かってるのと同じよ。何があろうとわたしは姉さんを取り戻しに向かってるわ」

「まあ、な」

 あっさりとフィレンはそう言った。少し意外でリリアは拍子抜けする。

「て言うかなんかその様子じゃメリムに連れ去られたって確証があるのな、あんた」

「えぇ?」

 意外の次は素っ頓狂だった。何を言ってるんだ彼は?

「だってこっちはあの二人とちょっと戦闘になって、目の前でむざむざ連れてかれて、追いかけてたらずっと邪魔食らってるのよ?」

「ふむ……」

 フィレンは何か思案しているようだった。

「まぁそれじゃ盲目的に追いかけてても仕方ないわな」

「何よそれ? あなたは目の前でとかじゃないわけ?」

 小首をかしげてリリアは問う。

「言ったろ、メリムに近づいた奴らは皆消息不明だ、って。うちの妹はこっち方面に逃げてったみたいなんだよな」

「逃げ……?」

 訳がわからない。

「なんつーか、うちの妹ははねっかえりなもんでな。ずっと追っかけてる」

「はぁ? な、何か複雑な家庭なのね……」

 敢えて突っ込んだことは聞かない。人には聞かれたくないこともあるというものだろう。

「しかしマジ何が起きてるんだろうな。エルフが絡んでるとなると少しややこしそうだ」

「妙にエルフに拘るのね」

 エルフ種族というものは各地の御伽噺や童話に登場するのみの存在だった。それも人が騙されたとか、いっぱい食わされたとか、そういった類のものばかりだ。そして現代で実際に見たことがあると言う話は聞かない。

「あの兄妹が迫害がどーのこーの言ってた気がするけど、あなた何か詳しいことを知っていそうね?」

「兄妹?」

 脱線したことを聞いてくる彼だったがリリアは親切にも教えてあげた。

「わたしも最初はニーニとシスターっていう名前かと思っていたのだけれどね」

「違うのか」

「みたいだわ」

 瞬間移動のことといいリリアは色々知っているようだ。もう何回も連中と戦ってきたということなのかもしれない。

「だいぶ連中のことを知っていそうだな」

 こちらがエルフのことを聞きたがっているというのにそれからは脱線してしまいそうだ。まぁ良いだろう。道は長いのだから。

「ええ、まあね。だけどひとつ解らないことがあるのよ」

「んん?」

「あいつらは姉さんを帰して欲しかったらスハルザードに来い、って言ったのよね。そのくせこうやって向かってると邪魔してくるのよ」

 本当によく解らなかった。

「返したくねえからじゃねーの」

「うーん。わたしに来られるとまずいなら行き先を言わなければいいと思わない?」

「……確かにな」

 フィレンも考え込むような様子を見せる。が、すぐに放棄した。

「まー解らんことを勝手にあれこれ考えてもあんま意味はねーよ。それこそ着いたら分かるのかもしれないし」

「……まぁ、そうね」

 そこでフィレンは伸びをしながらあくびをした。

「眠そうね」

「規則正しい生活をしているもんでな。まぁ、寝ないでいることもできはする」

 そういえばどこかの町の警備隊長だとかなんとか言っていた(そんな役職の人間が旅してていいのだろうか……?)。確かに規則正しく動いてそうだし、夜通しの仕事もありそうである。

「寝るなら結界を張るわ。交互に見張り番するなんて古臭いこと考えないでね。寝る時はゆっくり寝たいわ」

「結界程度……あの二人が襲ってきたらどうするんだ?」

「さすがにそれは気付くわよ。それにあの二人バカだし」

 そういう問題なのだろうか。

「魔物だの野獣だのが近づかないようにする結界と、あとはあの二人用のトラップを張っておくわ。あとは冒険者の勘とかいうもので起きてね」

 それは養成所で散々鍛えられる勘だった。そしてリリアは付け加える。

「まぁ今まであの二人が夜襲ってきたことは無いのだけれど。あの二人のことだから夜はすやすや寝ていそうだわ」

「……」

 フィレンは思わず黙る。仮にもエルフだ。あなどりすぎな気がしたが、しかし今日出くわした時の雰囲気からすると想像できてしまうのだった。

「急ぎたいところだけどまぁいいわ。体力すり減らしててもいけないしね。まぁ、寝ましょ」

 実はここのところあまり寝ていないリリアだった。

「ほいよ。結界とトラップは任せるわ。あんたの方が対策には慣れてそうだしな」

 結界もトラップも魔法を駆使しての物。

「そういえば抑制環リストレインリングなんてつけてるみたいだけれど、貴方魔法は本当にからっきしなの?」

「知識はある」

 フィレンは答える。

「ただこれは『もらった力』だからあんまり扱いに慣れないんだよ。あとどうしても慣れたこっちがでちまう」

 言ってフィレンは背中の大剣を指した。

「もらった……? 何それ。何かあなたは色々と面白そうね。いつか話す気になれたらぜひ聞いてみたい物だわ」

「面白くねぇよ。ま、暇すぎたら俺の情けねえ話でもしてやるさ」

 言ってフィレンはまたあくびをした。

「テント出すわ」

 言いながらリリアはぽふんとそれを広げた。スイッチひとつで三~四人は入れそうなテントがあっという間に現れる。それを見てフィレンはまた黙する。

「あんたやっぱり……」

「何よ。さっさと寝るわよ。それこそ暇になったらわたしも話してあげるわよ」

「ほいほい……」

 フィレンは首をすくめた。

「結界とかトラップとか張っておくから、さっさと寝といて」

 フィレンはまたほいほいとそれに返事をすると、リリアの張ったテントに入った。

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白霧に迷う町 千里亭希遊 @syl8pb313

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