ベーシストは変態じゃねぇよ
午六時、ティータイムには遅いであろう時間帯。とあるスタジオ併設の喫茶店のカウンター席で、制服の少女と、全身的に黒っぽい格好をした青年が、宙空に焦点を当てていた。
カップルと言ってもおかしくない年齢差ではありそうだが、話している内容は恋愛とは関係無い様だった。
それにカップルなら、こんな場所で長時間ボーッとしないだろう。特に青年からは童貞臭がした。
「宗方さん」
制服の少女……浜風 玲奈は、結露を滴らせたコップを指で突きながら、物憂
げに青年の名前を呼んだ。彼女の容姿はモデル、アイドルといっても過言ではないほど優れていた。
「何だ?」
同じく、何にも焦点を当てず、ぼっとしていた青年……宗方 雪弥は、玲奈の方を向いた。目は死んでいた。顔は普通より少し良いぐらいと自己評価しているが、それも今は目が台無しにしている。
「二人しかいないわけですが、残りのメンバーはどうやって連れて来ます?」
「……さて、どうすっかね?」
「どうすっかね、って。宗方さんの人脈をフル活用すれば、求めてる人材の一人や二人、いるんじゃ無いですか?」
眉をひそめて玲奈は言ったが、実はこの会話、今日この喫茶店に来てから二回はしている。マスターの柳原も苦笑いだった。なんせ、お冷をねだるだけで二時間も居座られてるのだから。一応コーヒーとティーは注文してくれたのだが、たった一度だけ。営業妨害寸前だが、二人と柳原は知らない仲ではないため、苦言を呈すのはやめていた。
「他力本願かよ玲奈。バンド組みたいって俺を脅してきたのはお前だろうが。そっちでメンバーを用意してるのかと思っていたぞ。あんなに積極性があるんだから、いくらでも人集められただろうに」
「宗方さんが辞めたのを知って、ど田舎高知県から東京まですっ飛んできたんですよ。高校も適当に選んだんで……女子校ですけど、軽音部が無かったんです。ドラムの子やギター弾く子がいなくて。それに、私の交友関係は狭く深くが常なんですよっ!」
胸を張って言った玲奈だが、発想がコミュ障のそれであった。
「おっちょこちょいかよ……」
かったるそうに、宗方は背もたれにもたれかかる。
「そんな事より、メンバーの基準を満たしている人は宗方さんの知り合いにいないんですか?」
「いた……けどさ。俺は自分の意思で辞めたんだぞ? バンド作るから一緒にやらない? なんて誘えるわけ無いだろう」
「でーすよね。はぁ、可愛くてギターかドラムが上手い女の子いないかなぁ」
ただでさえ美人なんてそこらにいないのに、軽音楽経験者でそこそこ楽器が弾けるなんて条件を満たす女の子となると、もう全然いないものだ。アニメみたいに普通の顔でも可愛く見えたりなんかしないのが現実。
居たとしても、すでにバンド活動をやっているだろう。やるからには掛け持ちなんてして欲しく無い。
そう思い雪弥は「無理だな」と言った。
「割とルックスって大事なんですよ。上手くてかっこいいバンドと、上手くてルックスが良くてかっこいいバンド。極論、二つあったら後者に人気はつくものじゃないですか?」
「それはそうかもしれないが」
「宗方さんが作った『White breath』だって、イケメンで技術力高い人で固めてたじゃないですか。それで、宗方さんの作曲センスが天才だった。だから、超人気を獲得した。違いますか?」
「そうだ。だが、昔の話だ」
そう、雪弥は、メジャデビューをし、かなり期待をされていた超新星バンドでベースを弾いていた。宗方が肯定したのは、客観的に見ても事実だったからだ。
いろいろあって、自分がリーダーだというにも関わらず辞めてしまったが、ベースは代わりが入ってリーダーはボーカルに変わり、割と不自由なくやっていけているみたいだ。
「成功例があるんですから、やってみないと」
「それはいい。だが本当の問題は、ルックスがいい、そこそこやれる、ここまでならいいとして、玲奈と同世代の女子とかいう条件が加わる事だろうがーー」
この二人が死んだ目をするほど悩み続けている原因。
バンドを組もうと、雪弥を『脅した』玲奈が考える、募集メンバーの『条件』。
『顔が良い』
『ドラム、ギターのどちらかがそこそこ上手い』
そして、『女子高生で』
そんな生き物は特別天然記念物より珍しい。七十億をこした人類といえども、希少種は滅多にいないのだ。
「もっとハードル下げないか?」
「ダメです。これはもう譲れません。可愛い子とバンドが組みたいんですー!イチャイチャしたいんです!」
「一人男が混じってるが」
「それは散々言ったじゃないですか。宗方さんの音楽に惚れたからですよ!宗方さんとバンド組むために東京に来たんですから!」
繰り返すが、このやりとりは今日三回を数えている。不毛すぎて、雪弥はうんざりしていた。
「そんな事言ってもなぁ。いくらこの店の窓に募集の張り紙したところで声かけてくれる女の子なんている訳な……」
「あの……」
雪弥の説得の声を遮って話しかけてきた、鈴のような声があった。
「はい?」
振り返った宗方と玲奈の視線の先には、野暮ったい眼鏡をした、セーラー服の地味な少女が立っていた。
「あの……張り紙を見て……顔は良くないかもしれないですけど……ギターそこそこ弾けるので……」
初めて声がかかった。一週間前に張り紙をしてから、漸く。地味だが、ブスではない。
「有難うございます……すごく困ってたんだよ」
立ち上がり、深々と頭を下げた雪弥を肘で軽く小突き、玲奈は小声で話しかける。
「『条件』忘れたの?」
雪弥も小声で反論する。
「漸く声をかけてもらったんだ。顔だけ見てさようなら、なんて真似できるわけないだろ? 実力を見よう」
目の前でこそこそ話しをし始めた二人の前で少女はおろおろし始める。
「や、やっぱり……ダメですよね。『条件』満たしてないし。ごめんなさい」
目の前で声を潜めたところで、聞こえるものは聞こえる。恥ずかしさで頬を染めた少女が立ち去ろうとしたので、文字どおり雪弥は引き留めた。
「ちょっと待ってくれ! ここのスタジオで実力を……」
「キャッ!?」
引き留めようと、腕を掴んだのだが、そんな経験が無かったのか少女は涙目で雪弥を見てこういった。
「へ、変態さんですか? まさかベーシスト……」
「あ?」
雪弥は、変態にさんをつける少女のあざとさも、腕を掴まれたぐらいで涙目になっている事も気にならなかった。
「俺はノーマルベーシスト! 変態じゃねぇよ!」
いつもは穏やかな雪弥には、怒るツボがあった。
ベーシストは変態だ、と言われることである。しょうもないことだが、宗方はそれを聞くとマジギレする。生放送の音楽番組でいじられたら激怒したほどだ。
「キャァッ!?」
急に怒り出した雪弥に驚き、少女は壁際に後退する。雪弥は腕を掴んだまま、ずんずん詰め寄っていく。
「ベーシスト=変態の方程式は成り立たない……常識だ、撤回しろ!」
「ひっ、ごめんなさい」
(あーあー、ストレートに禁句を。この子、宗方雪弥を知らないのかな?)
声を荒げて怒る雪弥に、玲奈はストップをかける。自分がしたことを棚に上げて、である。
「宗方さん、絵面がすでに変態ですし、しょうもないことでそこまでブチ切れるあたり変態と言われてもしょうがなくないですか?」
「あんっ!?」
眉にしわを寄せて返答するが、少し冷静になる。
「ひっ……」
壁際に、女子高生を追い詰めて、泣かせている。
店にちらほらといた客は全員こちらを見ている。急に怒鳴りだしたのだから当然か。
「ねぇ、あの人女子高生にあんなに詰め寄って……体触ってるし」
「うわ、通報した方が良くね?」
「証拠映像とっておこうぜ」
「あれ? あの人って……」
ヒソヒソ越えで喋ったり、携帯のカメラをこちらに向けたり、雪弥の顔に見覚えがある人がいたり。
(あ、あれ? これってやばくね? デジャヴ?)
バンドマンが多く集まるこの店で、変態として顔を覚えられるのはまずい。というか、顔が売れているのだ。社会的に死ぬ。
「あ、えと、ごめん」
正気に戻った雪弥は少女の腕を放し、後ろに下がった。
「い、いえ。急に変態呼ばわりした私が悪いんです」
涙を零しながら言った少女を見て、さらに雪弥に対する視線は冷たくなる。
「宗方君、女の子泣かせるなんて最低だよ。謝りなさい。もちろん、他のお客様にも」
マスターの柳原も、店内で騒ぎを起こした雪弥を謝らせる。
「ごめんなさい」
少女に頭を下げた後、客に向かってもう一度、頭を下げた。やはり、絵面は変態であった。
(まあ、私のせいなんだけどね)
雪弥はろくに見ていない募集の張り紙には、玲奈がこう書いていたのだ。
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『ギター、ドラムが演奏できる美少女の女子高校生募集中! バンドメンバーはギターボーカルと変態お兄さんベーシストがいます! 本気でメジャーデビュー目指している人は是非声をかけてください!』
メンバー
Vo、浜風 玲奈(十五歳)
Ba、宗方 雪弥(二十歳)
Gt、
Dr、
埋まり次第追加していきます!
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
今まで声がかからなかったのは、張り紙の内容のせいであった。
だが、少女が声をかけた理由はこの張り紙だった。
(宗方 雪弥……ホンモノっ!)
『変態』、そのワードで『White breath』のベース、宗方 雪弥がブチ切れるのは、コアなファンなら常識だったのだ。この少女の先ほどからの言動は、全て演技だったのである。
(宗方 雪弥とバンドを組める!)
腹黒地味少女の名前は
かなりの『White breath』のファンだったのだ。
変態扱いされたベーシストだけど女子高生とバンド組む事になった。 Ajaj @sakasakayou
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