変態扱いされたベーシストだけど女子高生とバンド組む事になった。

Ajaj

変態扱いされました。

「あー、寒い」

 歯を噛み締めながら震え、ポケットに手を突っ込みそう呟いた青年、宗方 雪弥。電車を待つホームの柱にもたれかかり、風をさえぎった。

 最後にベースを弾いたのは、一年前。もう一年も経ったのかと思うと同時に、なんとも言えない感傷が雪弥を襲った。

 生まれた頃からずっと一緒だったが、無いなら無いで生活にはなにも困らなかったなぁ、とも思った、


 0歳。とある大物バンドのベースを担当していた父が弾く音に、生まれた時から釘付けだった。機嫌が悪くて大泣きしている夜でも、父がわざわざアンプにベースを繋いで、適当なフレーズを弾いたらそれだけでウキャウキャと笑ってすぐに眠りに落ちるという、少し変な性格を持っていた。

 二歳になると、父の自室……防音設備完備の部屋に篭りきりになり、父に貰った安いベースを安いアンプに繋いで寝かせ、バンバン叩いては首を傾げていた。それを見た父は、

「ほう、ベースを弾きたいのか」

と嬉しそうに呟いたが、母親は

「嘘、この年からベーシストの片鱗を見せるなんて……今のうちにちゃんと良い子に育てないと」

と、戦々恐々としていた。

「おい、ベーシストが変態とは限らないぞ」

「でも、なぜか多いのよね。あなたも含

めてね」

 なんていう夫婦の会話が頻発したが、そんな事はつゆ知らず、雪弥は

「どうやったら父の音が出せるのだろうか?」

とでも言うように指板(左手で弦を押さえるところ)を叩きまくって、その度に不規則に鳴る重低音に、首を傾げた。

 十歳になると、父親からもう教える事はないと言われ、自分で曲を作り始めた。当時五歳の妹がいたが、気にも留めなかった。その妹には父親はギターを渡した。


 十五歳。セッションや理論、音楽的な知識は父親のバンドメンバーたちに可愛がられながら教えて貰った雪弥は、自分でバンドを作りたいと思い、軽音楽が盛んな高校に入学。どうせやるならメジャーデビューを、と考え容姿が整っていて技術力の高いメンバーを集め、『White breath』を立ち上げた。

 雪弥は天才だった。周りのメンバーも天才と言われるべき存在だったが、雪弥は圧倒的だった。高校生バンドにしてメジャーデビューをした。


 十七歳。父親が死んだ。


 十九歳。スランプに陥り、『White breath』を抜けた。


 その時から、もうベースは弾いていなかった。ふとそんな事を思ったのは、今朝見たニュース番組のせいだ。『White breath』が出ていたのだが、ベースは代わりの人員が入り、リーダーはボーカルの羽島に変わっていた。


『ええ、元リーダーの宗方は天才です。ただ、スランプになっちゃって。ちょっと休んでるだけですよ』


 カメラをちらちら見ながら、そんな事を言っていた。自分が抜けた時はもう戻らないと言ってったのだが、まだ羽島はそんな事を言っているらしい。ふと周りのメンバーの顔も映ると、羽島と同じ顔をしていた。新しく入ったベースはどこか疲れているようだった。

 その後演奏した曲は、宗方から聞いても素晴らしかった。


「ふーん、俺がいなくても割と上手くやれてるじゃないか」


 そう独りごちながら家を出て、バイト先に向かった。宗方はフリーターだからだ。


(まぁ……虚しいけどな)


 何をするにも、ベースが最優先だった。おかげで妹との仲は良く無かったが……それが自分の生きる意味だと思っていた。

 ベースなんてなくても食っていけるし、音楽は所詮娯楽。無くても良いものだったのだ。

 と、自分を醜く合理化してなんとか持っていたが、もう限界だった。スランプに陥りろくに曲も作れず演奏にキレがなくなっている雪弥だったが、それでもベースを弾きたいという願望はあったのだった。

(全部投げ出した俺が、今更戻れるかよ)

 何回も思考の淵に浮き上がった願望を、再び沈めようとしていた時だった。

 

 ふと、隣に少女が並んだ。

 その少女は用紙が整っていて、そこらのアイドルなんかより綺麗だった。


「うわ、目が死んでる」


 顔をこちらに向け、そんな罵倒を口にした少女。雪弥は急な事態に混乱しながらも答えた。


「君、初対面の赤の他人に……」


 別に怒ってるわけではない。目が死んだ、とは知人によく言われている。一人の人間として、注意をしようと思ったのだ。


「宗方 雪弥……ベースが弾きたいですか?」


 心臓を掴まれたかと思った。驚いて、どうして、と口にしようとした。

 電車が向こうからやってくるのが見えた。

 それを見た少女は、急に雪弥の手を取り、こう叫んだ。


「痴漢です! 変態!」


 その声の方向に、周囲の人が顔を向けようとする。と、そこで電車が通り過ぎ、すべての音をかき消した。


「俺は変態じゃねぇよ!?」


 自分の手を取った少女の手を握り返し、詰め寄る雪弥。憤怒の色に染まった雪弥の顔にひるむこと無く、少女はにやりと笑い呟いた。この声は、自分たち以外の誰にも聞こえなかった。


「今なら冗談だった、で済ませますよ?」

「何が目的だよ? 金か!?」

「いいえ。金なんかじゃありません。夢です」

「はぁ?」


 雪弥が夢がどうした。それがこの茶番となんの関係が、怒りを口にする前に少女が言った。


「私と、バンド組みませんか?」


 電車が止まった。周りには、こちらを怪訝そうに見つめる人や、電話を手にする者、こちらに声をかけようとする人がいる中で、雪弥は答えた。声は掠れていた。

 この状況を知っている。数年前、父がーー


「どういう、意味だ?」

「そのまんまの意味ですよ、宗方さん。早く答えてください。痴漢として、変態の汚名を被り、やはりベーシストは変態だと言われるか……私とバンドを組むか!」

「いや」

「早くしないと、訂正できませんよ?」

「まず事情を」

「ベースやりますか?」


 有無を言わさない少女に、混乱した頭を下げながら、言った。


「やらせてください」

「……」


 周囲の人の、凍えるような視線を浴びた雪弥は頭を下げた。

 

「女子高生に頭を下げながら、やらせてください……変態じゃないんですから、ちゃんと喋ってくださいよ」


 頬を赤らめながら、少女は言った。

 雪弥は首をかしげながら、周囲を見渡し、少女に言った。


「早く訂正してくれない!?」


 これが、雪弥がベースを再開するきっかけとなった。

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