僕の生きる目的


 壮絶なる戦闘の結果、華々しい勝利をおさめた僕は村から離れて街道に出ていた。

 この大陸は街道がきちんと整備されている。両脇は見晴らしの良いように伐採され整地されている。盗賊や魔物が潜む余地がないようにされているのだ。

 その安全な道を、ボロボロになった見るからに不審者の僕が歩く。オーガと戦ってそのままだから、体は傷だらけで服は裾が破けていて、自分で流した血がにじんでいる。さっきからたまにすれ違う人たちが、汚いものを見る目を僕に向けて通り過ぎていくけどしかたない。汚いし、いまの僕。


 ――よかったわね、信一。死ななくて……。

 ――ええ、全くです。


 しみじみとしたサロメ様に、大まじめでうなづいた。

 最終的に泥仕合になったオーガとの闘いは、何度目かもうわからない窮地だった。なんだかんだ大きな怪我も負わずに済んだのは、ただの幸運の賜物以外の何物でもない。いや、なんのとりえもない僕だけど、運だけは割といいんだよね。


 ――枢機卿までになったのにね。

 ――僕なんて、そんなものですよ。


 サロメ様のいたずらっぽい言葉を、適当に聞き流す。

 別に、大した事じゃなかったのだ。

 魔王撃退の旅が終わり、枢機卿の地位と名称『信仰の槌』を戴いたいまになっても、そう思う。

 僕は、大層な人間ではない。白鳥君みたいにクラスをまとめあげるカリスマがあったわけではない。委員長みたいにバランスよく人間関係の調整をこなせたわけではない。小日向君みたいに自分勝手になれもしなければ、貴樹ちゃんみたいに自分を貫く意思があったわけでもない。異世界という環境に負けずに抗い適応する才能があった彼らみたいな力は、僕には何一つ備わっていなかった。

 ただ、何かに傾倒する才能だけはあった。

 それは、あるいは才能なんかじゃなくただの弱さでしかなかったのかもしれない。自分の意思が弱くて、何かに縋り付くだけの人間なんですよと自分で吹聴しているようなものなのだ。

 きっとあのまま日本で過ごして大人になっていたら、僕は将来、怪しい宗教にハマったのだろう。それを考えれば、僕にとって異世界転移は福音だったのかもしれない。この世界で最も正当な中央聖教に身を浸したのは、決して悪い事ではなかった。

 だって、この世界で信仰に身を捧げるのは、尊敬すらされることだった。

 縋り付くように信仰にのめり込んでいくごとに、魔力強化が強くなる。そうすれば周りの教会関係者は喜び、その喜びもくべて僕はますます信仰に没頭する。一年経った頃には、僕の魔力強化はクラスの中で明らかに抜きんでていた。いや、この世界の中央聖教の神官たちと比べてすら、特出していた。

 そうして二年目。

 僕は、枢機卿の位を授与されるほど、信仰に染まりきった。

 何があったとか、聞かないでほしい。驚くほど何もなかったのだ。驚くほど何事もなく順調に、僕は信仰に浸された。

 魔王撃退なんて、僕の信仰の槌を試すためだけの場だった。

 だから、随行者はウィー・ファンだけでも十分だったのだ。

 それでもついてきてくれたみんなの心は、僕みたいなやつには分からない。特にあの頃の僕は、クラスメイトのことなど眼中になかった。小日向君も、委員長も、親友の貴樹ちゃんですら、僕にとって重要なことではなくなっていた。必要とあれば、彼らへの感情もあっさり信仰にくべていただろう。

 ただ空虚な神意を示すために僕はそこにいた。

 そんな最低最悪な人間の屑がその時の僕だった。そうして始まった旅の中、付き合いきれないとばかりにメンバーが減っていき、最後まで残ってくれたのが面倒見のいい委員長と僕の唯一の親友の貴樹ちゃんと、あと本当に何で残ったか分からない小日向君だけだ。


 ――ねえ、信一。

 ――なんですか、サロメ様。


 行く当てもなくて旅の準備もディックさんの山小屋に置いてきたので、お先真っ暗な道を陽気に歩きながら僕はサロメ様とお話をする。

 結局アンナさんやディックさん、パトリシアちゃんとお別れも告げられなかった。理由は簡単だ。クワを弁償するお金がないから、逃げるしかないのだ。もっと頭のいい冴えたやり方だってもちろんあるんだろうけど、僕とサロメ様じゃ思いつかない。


 ――道、分かれてるけどどうするの?

 ――あ、ほんとですね。


 先に目を少し離れた場所にある山を起点にして二つに道が分かれていた。

 どっちに行けばいいのだろうか。どっちに行けばよりよいのか、あるいは悪いのか、行きつく先はどこなのか。何もかもわからない。迷子だ。正しい意味で、僕は迷子だ。


 ――思ったのだけどもね、信一。あえて道を進む必要はないんじゃないかしら。

 ――はい?


 どっちでもいいから、背負って運んでいる槌を倒して、倒れたほうに向かおうかなと思っていたら、サロメ様がなんかよくわかんないことを言い始めました。


 ――どうしたんですか、サロメ様。いつも通りの寝言ですか。

 ――いえ、違うのよ。この山を突っ切ったら早いんじゃないかしら!

 ――え? 何バカなこと言ってるんですか?

 ――だってあなたたち人間は、決まりきった道にとらわれることはないのよ。運命というのは道じゃないの。四方広大に広がる世界こそが、運命そのものなのよ!

 ――……おお!


 なんということだろう。サロメ様がサロメ様らしからぬ割にはサロメ様っぽいという魔訶不思議な格言を言った。サロメ様なのに! サロメ様のくせに! でも僕、ちょっと感動した!


 ――名言ですね、サロメ様! 珍しくオリジナルですごくいいこと言ったと思います!

 ――でしょう!


 僕の全面的な肯定に、サロメ様も喜んではしゃぐ。

 こうやって仲良く話せることに、どうしようもなく心が華やぐ。好きな人といつでも話せるっていうのが、たまらなく嬉しい。

 サロメ様に恋をして魔力強化の大半を失った僕だけれども、そこから一つ求めるものができた。

 サロメ様の加護をよりいっそう極めようと決心したのだ。

 魔王との一戦。僕が人生において最も不幸になった瞬間、サロメ様はその姿をこの世に投影させた。サロメ様の加護が強まった時、彼女はその姿を現して僕と対面してくれた。

 ならば、と思うのだ。


 ――私もね、なんかいますごくいい言葉を思いついたなって思ったのよ! こういうのを天啓っていうのかしら!

 ――ですね! サロメ様、もしかして天才だったんですか? もっと早くその才能を開花させてほしかったですよ、もー。

 ――ふふふ。私だってこっちに慣れてきたのよ? いつまでも昔の私のままでいるとは思わないでほしいわね!

 ――ですよね!


 こうやっておしゃべりして、笑いあって、楽しんで。そうしていつかサロメ様に僕を好きになってもらうのだ。

 祈りで己を強化する魔力強化では、神に届くことはない。

 だからこそ、加護を乞うのだ。

 サロメ様のほうから、彼女自身がその身で会いに来てくれるくらいに、サロメ様に好きになってもらうのだ。

 それが僕の生きる目的。一生逃げ続けたってかまわないと思える旅の始まりだ。


 ――サロメ様だって成長しますよね! いつまでもいまのサロメ様じゃありませんもんね!

 ――ええ、もちろんよ!


 いつか、僕のかわいらしい女神様を抱きしめるために。人生で最も幸福になるだろうと確信できるその時を目指して。


 ――じゃあ行きますっ。レッツゴー!

 ――えいえいおー!


 ハイテンションの僕たちは、そうやって街道を外れて山に突っ込んでいった。





 一応言い訳させてもらう。

 変なテンションだったのだ。お金もない、食料もない、旅の用意もしてないで水の手持ちもないというお先真っ暗だったから、これ以上悪いことも起こらないだろうって思ったのだ。山に行ったら自然の恵みで食料とか取れるかもと淡い希望もあった。たまには愛するサロメ様の言葉を信じようって、そんな気まぐれに乗ったのだ。

 そうして数時間後。


 ――で、サロメ様。なにか言い訳ありますか?

 ――し、信一だって大喜びで賛同したじゃない! 私のせいだけじゃないもん!

 ――止めてくださいよ! サロメ様の意見に大喜びで賛同したですよ? 明らかに僕、おかしな判断したでしょ!?

 ――どういうことよそれぇ!


 そうして僕とサロメ様は、それはもう僕とサロメ様らしく、何度目になるかわからない人生の遭難に突入したのだった。


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この異世界で、女神様のご加護がありますように 佐藤真登 @tomato

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