外伝 剣豪が生まれた場所 -06

   ◆



「――というのが、この剣の成り立ちだ」


 キングスレイは自分の腰元に差している剣を指差した。

 その剣を羨望の眼差しで見つめる青年将校――まだ元帥に付く前のヨモツは、ごくりと息を呑んだ。


「……それから、スティーブさんはどうなったのですか?」

「スティーブは死んだよ」

「え……?」

「世界で唯一であろう、命を吸うという魔石を用いてこの剣を作ったのだ。作り終えた後にはもう彼は死んでいたよ」

「そんな……」

「悲しむことは無い」

「でも! 総帥の家族の様なものだったのでしょう?」

「家族の様なもの、ではなく、家族だ」


 キングスレイは静かに、しかし強く言い切る。


「悲しんだよ、当然。だが彼は世界最高の剣を創り上げたのだ。そこに何も後悔はない。そんな彼に対し、悲しむことは逆に申し訳ないと思った」

「そんな……」

「ここで悲しんでいては上には行けないぞ、ヨモツ」


 キングスレイは薄く笑む。


「そこから私は必死でここまでのぼり詰めたよ。あいつに報いるためにな。こんな良い剣を作ってもらったのだ。それ相応の男にならないと――そう思ってな」

「……総帥はお強いですね」

「そこだ、ヨモツ」


 えっ、と驚き声を上げるヨモツに、キングスレイは小さく首を振る。


「それを強いと評するのは、お前自身が私を超えられない存在だと認識しているからだ。

 ああ、それは別に悪いことではない。

 私にもそういう奴はいた。戦闘面ではないが政治面ではな。

 しかしこの剣を手に入れてからは意識が変わった。

 お前にもそのようなきっかけがあればいいのだがな」

「はぁ……目を掛けてくれるのは嬉しいのですが、私はそのような器ではないですよ。ただ臆病なだけです。自分の命も、部下の命も失いたくないだけです」

「それはお前の強さなのだがな……まあ、人それぞれか」


 はぁ、と1つ息を吐くキングスレイ。 


「しかし贅沢な悩みなのだが、私を殺してでも上に行こうと考える者はいないのかね? そういう人物を求めているのだが……」

「無理ですよ。少なくともこの国では、総帥に成り代わろうと思う人などいませんよ。スティーブさんもこの剣に命を奪われはしましたが、総帥がそのような高みに登られたことを嬉しく思って――」



「あら、スティーブ氏はその剣の所為で死んではいないわよー」



 能天気な声が幼い金髪の女性の入室と共に聞こえてきた。

 セイレンだった。

 彼女の登場にも勿論だが、しかしヨモツは彼女が口にした言葉に耳を疑った。


「……え? 死んでいない?」

「そうよー。あの剣の中にスティーブ氏の魂は入っていないわよー。これは確かなことよー」

「何故確かだと言えるかは不明だが……まあ、魂は入っていないな」

「え……えええ!?」


 仰天するヨモツ。


「さ、先程、『スティーブは死んだ』っておっしゃったじゃないですか!?」

「スティーブは死んだよ。『鍛冶屋としての』、な」

「へ……?」

「世界で唯一の最高の剣を作り上げたのだ。もうあいつは剣を作る気なんか無くしていたぞ。鍛冶屋としては死んだな、あの剣をきっかけに」

「その後、夫婦揃ってかなり長生きしたのよねー。大往生だったわー」

「何故お前が知っている、セイレン……まあ、その通りだ」

「そうだったのですか……」


 剣に殺されたという事実が無かったという安堵と、死を乗り越えて強くなったと思い込んでいたことなどの複雑な感情を内包しながら、ヨモツはそこで引き下がる。

 その様子を見てから、キングスレイはセイレンに目を向ける。


「まあ、それはそれとして――セイレン、どうした?」

「んー、ちょっと待っててねー」


 そう言って彼女は部屋を出ると「……ほら、来なさいなー」と誰かを呼ぶような声を放つ。

 そして、その横に一人の――礼服を来た金髪碧眼の少年を連れながら、彼女は朗らかに笑む。


「ということで、用事があるのよー」

「ほう、セイレンから用事とは珍しいな」

「そうなのよー。面白い人材を見つけてねー」

「面白い人材?」

「そうそう。この子なのよー。――コンテニュー、って言うのよー」

「……ほう」


 コンテニューという少年。

 キングスレイはそこにある種のオーラを感じ取っていた。

 セイレンが連れて来ただけでもただものではないとは思っていたが、しかしそれ以上に何かがある、と感じていた。

 ――それが何かが分からず、キングスレイは背中に冷たいものが走った。


「で、その少年がどうしたというのだ?」

「この前のジャスティスのテストに使った村で唯一の生き残りなのさー」

「ふむ。そうなのか――で、お前がそれだけで連れてくるわけがないだろう?」

「さっすが分かっているねえ。この少年、なんとジャスティスを上手く操って他のジャスティスを全破壊したんですー。パチパチー」

「……誠の話か」


 ジャスティスは門外不出だ。それこそ、操作方法など初見で使用できるものではないと聞いている。

 得体の知れなさが更に増えた。

 と、同時に。


(――面白い)


 キングスレイは心中に湧き上がるわくわくとした気持ちを押さえきれなかった。

 外部から来た得体の知れない少年。

 この少年は自分を超える逸材になり得るのか――?


(……試すか)


 心の中で笑みを浮かべながら、彼は口を開いた――



        外伝 剣豪が生まれた場所  完

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