黒い決断
かつかつかつ、と磨き抜かれた廊下にかたい靴音が響く。しゃんと軍服を着こなすウィルヘルム。今や軍の総司令官となった彼だが、相変わらず真面目に最終的な判断は軍の最高責任者である二人の王子にお伺いを立てる。親衛隊に来訪を告げると、入るように指示をされた。慌てることなく入るウィルヘルムをじっと見つめる二人の王子。何度も会っているウィルヘルムでも、どちらが兄でどちらが弟なのかは話しだすまで見分けがつかない。
「ウィルヘルム、わざわざ何度もお伺いを立てなくたって君の一存で進めていいんだよ?」
「いえ、やはりここは殿下に許可をいただかなければいけませんので」
「ウィルヘルムはお堅いねえ……」
じっと見つめるウィルヘルムにやれやれと溜息をつきわざとらしく首を振るイアンを冷たく見遣り、ジョンは顔も上げず書類にサインをしながら言う。
「お前にも見習ってほしいものだ」
「ちょっとジョンそれどういうこと」
「お前は政に関わる人間にしては軽すぎる」
「……ゴホン、殿下」
軽く勃発した兄弟喧嘩だが、彼らの目の前にいたウィルヘルムの態とらしい咳払いでばつが悪そうにイアンが黙る。そしてイアンは仕方なく当たるかのように書類に目を通した。そのさまをウィルヘルムにじっと見続けられるのはイアンにとって正直とても居心地が悪い。斜め読みしてみると、今回の軍の編成についてと次の進軍場所、そして物資の内容が書かれていた。
「小隊長あたりにだいぶ見ない名前が入ってるね」
「前回のセフィロトとの戦闘で随分隊長の地位の者達が犠牲になってしまいましたので。また、故スミス親衛隊長の御子息を起用しました。士気を上げる効果が期待できます」
「へぇ、ルーカスの……」
「はい、若いながら士官学校でも優秀な成績を修めておりまして、人望も厚く、なによりスミス親衛隊長の御子息であるということで周囲の結束を高める効果が……」
「ウィルヘルム、これで通して良いよ」
みなまで言わせずイアンはウィルヘルムの言葉を遮る。不思議そうなウィルヘルムだが反論はしない。この双子の聡明さはよく知っている。皆まで言わなくてもわかったのだろう。そう考えていた。双子の腹のうちに少しだけ湯が沸きたったことを彼はしらない。一礼し、ウィルヘルムは退室していった。大きく溜息をついたイアンは不満げな声をあげた。
「なんだよ、皆ルーカスルーカスってさ……兄さんを取った奴なのに」
「……囮だ」
ぼそり、とジョンがつぶやいた言葉にイアンは思わず振り返る。何か思いついたのか、ジョンの顔は気味が悪いほどに笑顔に溢れていた。その目に燃えるものは殺意。ルーカスだけで済ますつもりだった。だが、目の前に出てきたのなら、息子ですら容赦はしない。
「ファントムを釣る囮に、丁度いいだろう」
「小隊丸ごと囮にすれば、少しは気が引けるかもね」
「ああ。それでそいつが生き残るなら……駒として使い倒してやらねばな」
晴れやかな顔で双子は外を見遣る。城の中からガラス越しに見る城下には、ちらちらと雪が舞っていた。
亡者の将軍 無月空 @Mutsuki-Ku
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