第4話 逃がさない (2)

気づいたら、俺は何の味気もない殺風景な部屋の中に取り残されていた。ここには居たくない、そんな思いが理性より先に頭の中に浮かんでいた。心臓を小さな針でつつくような胸の痛みが俺にここにはいてはいけない、そう言い聞かせているように感じられた。

「うっ……うぅ……」

そんな時、ふと背後から呻きとも鳴き声ともつかない声、おそらく少女のそれが響いてきた。その声に気付いた瞬間、俺の胸の痛みがナイフで刺されたかのような鋭い痛みに変わる。俺はおそらくこの子を知らない。けど、この子を知っている。こんな状況で、振り返る俺には、恐怖や猜疑心などと呼べるものは一切なかった。

「う、うぅ……あ……あぅ……」

そこにはやはり、一人の少女が佇んでいた。この光景を、俺はどこかで見たことがある、そんな気がした。

「どうしたの? 何か悲しいことでもあったのかい?」

俺は女の子に自然と話しかけていた。何度も、優しく問いかける。どこか痛いのか。お腹が空いたのか。怖い夢でも見たのか。

しかし、女の子は小刻みに震えて泣くばかりで、一向に俺の問いかけに応じない。だから俺は女の子を抱きしめた。強く、優しく抱きしめた。そうすると、女の子はようやく泣き止んで、俺を見つめてきた。俺を見つめる、まるで澄み渡った海のような蒼い瞳に俺はあやうく吸い込まれそうになる。


―――そこで俺の意識は途絶えた。





目覚めると、俺は何か柔らかくて暖かいものをだきしめていた。その物体から、「ん……」と甘い吐息が漏れ出す。……吐息?

俺は視点の定まらない眼を腕でこすると、今抱きしめているものが何なのかを確認する。それは、人間だった。少女だった。咲夜だった。頬をほんのり上気させ蕩けた表情で俺をまじまじと凝視する咲夜だった。

「ななななな、なんでお前ここにいるんだよ!!」

咲夜同様に顔が真っ赤に染めあがっていくのが自分にもわかった。激しい鼓動が俺の同様をさらに掻き立てる。

「はぁ……。はぁ……」

恍惚とした表情で息を切らしている咲夜は俺の声など届いていないのか、ただただ虚空を見つめていた。

いくら話しかけても返事がないので、仕方なく咲夜の肩を揺さぶってみる。

「おい、しっかりしろ咲夜」

「ふが……!!」

ようやく我に返った咲夜は俺の顔を見て体を固まらせた。

「な、なに見てんのよ!」

逆ギレだった。

「何も糞もないだろう……ヤンキーかお前は……」

もっと言いようがあるだろう。

「な、なに見てんのよ……うぅ……」

今度は半泣きである。

「はぁ……。どうしてお前が俺の隣で横たわってたわけ?」

「だって、気持ちよさそうに寝てたからあたしも眠くなって一緒に寝ようとしたんだけど、あんたいきなり抱きついてくるんだもの……」

その光景を思い出して、カーっと頬を再度上気させる咲夜。

「それは……寝ぼけてたから……」

「……」

お互いに恥ずかしさからか、口をつぐんで相手の様子を窺がう。

「ま、まぁ……良く寝れたなら良い事じゃん!?」

この沈黙に耐え切れなかった咲夜が話を逸らすように大声を上げる。

「でも、一緒に寝るって発想がそもそもおかしくないか?」

「もうっ! なんで話を蒸し返すかなぁ!!」

「はは……すまんすまん」

「もう、あたし帰るから!」

「え、おい……!」

怒ってしまったらしい咲夜はベッドの脇に置いてあった鞄を持つと、小走りに去って行った。しかし、数秒と経たないうちに咲夜の顔がひょっこりと扉から現れた。

「……またね」

「あぁ……」

俺が小さく手をフルと、咲夜は照れたようにそっぽを向いてそのまま去って行ってしまった。俺は先ほどまで抱きしめていた咲夜の温もりを思い出しながら、咲夜は俺が守ると深く心の中で誓った。春子のようには、決して殺させはしない。そこで、ふと先ほどの夢の内容が気がかりになった。


―――そういえば、さっき見ていた夢はなんだったっけ?


思い出せない。

まぁ、いいか。


俺は荷物を手に持ち、保健室を後にした。


















                       

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反逆のまーくん おかか @2525sizuru

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