やはりイカは素晴らしい

@elfin

ああいかよ

 サラリーマンが酒を求めて居酒屋巡りを始める時間帯。そのサラリーマンである先輩と僕も大多数の例に漏れず居酒屋で酒を呷っていた。

「先輩ホントイカ好きですよね」

隣で気が狂ったようにイカ料理を貪る気の知れた先輩に向かって声を掛ける。

「俺の体の九割はイカの身で出来ている」

 臆面もなく先輩は言った。常識的に考えるなら嘘に決まっているが、普段の先輩の食事風景を知る者ならこの言葉が嘘だと言い切れるものはいないだろう。それほどまでに先輩はイカしか食べていないしイカにしか興味がない。ペットもイカ、ベッドもイカ、カーペットもイカ。以前先輩の家に上がった時は本当にイカ臭かった。

他の同僚もあの人なら明日イカになっていてもおかしくはないと言っているほどだ。

「先輩ってイカ以外食べるんですか?」

 先輩は少し逡巡してから答えた。

「いくら俺がイカ好きだとしても流石にイカだけではない。イカ墨パスタも食べている」

「それイカ料理ですよ」

「な…!? イカ墨パスタはパスタ料理ではないのか……」

 知らなかったのだろう。先輩の目はイカのように見開かれていた。しかしそう驚きながらもイカを貪り続ける先輩。

「パスタ界にも進出しているとは… やはりイカは素晴らしい」

恍惚とした表情で先輩はそうつぶやいた。

そういえば先輩結婚したとか言っていたけれど、先輩のようなイカ狂いに惚れるなんてどんな女性だろう? 先輩は顔だけはいいから女性の方からアタックしたのだろうか。

「そういえば先輩この前結婚したんですよね。聞きましたよ。どのような女性なんです?」

僕がそう聞くと先輩は嬉々とした表情で語りだした。イカ料理を貪りながらどうやって喋っているのかすごく気になる。口いっぱいに詰めているのにその言葉はハキハキとしており、僕は人類にはない第二の発声器官の存在を疑った。先輩ならありえそうだ。

 そして先輩の口から語られたのは先輩の方からアタックしたという驚くべき事実だった。

 先輩曰くその人は生命の起源を思い起こさせるかのような海と芳醇なイカの香りを放ち、その肌は吸い付かれるような滑らかさで人知を超えた艶めかしさがあり、焼くと屋台で嗅いだことのある匂いがするそうだ。


  ……それはイカではないのか?吸い付かれるような肌、それは実際に吸い付かれているのではないだろうか、吸盤で。僕はもっと詳しく聞きたかったが先輩は僕の話を全く聞かずその女性の惚気話をばかり話してその日はお開きとなった。


 次の日会社に出社した僕はいつも通り取引先からのメールをチェックするため自分のパソコンを立ち上げた。しかし、メールボックスを見ると取引先のメールではなくなぜか先輩のメールがあった。

「なんで先輩からメールが……」

 不審に思いながらも僕はメールを開いた。そこには一言こう書かれていた。

「俺、イカになる」

「え、なにこれ?」


その瞬間、信じられないくらい大きな揺れが会社を襲った。揺れはなかなか収まらずあたりに社員たちの悲鳴が響いた。書類やプリンターなどは机から放り出され散乱し、蛍光灯や窓ガラスもひとつの例外なく粉々に割れた。

 揺れが収まり社員たちが避難しようと動き出した。そしてその中の何人かはスマートフォンで情報を集めようとした。そして僕も自分のスマートフォンで地震情報を確認しようとした。

 しかし、この揺れは地震のせいではなかった。信じられないことにネットには300mはあろうかというほどのイカの化物の写真が掲載されていたのだ。その化物が海から飛び出しこの揺れが起こったということらしい。にわかには信じられない話だがどのサイトを見てもこの写真が掲載されており真実だということはほぼ確実だろう。

 情報を収集し終えた僕はあたりを見渡し他の社員がほとんど避難していること気付いて慌てて避難し始めた。





それから五年、人類はイカの化物によって絶滅の危機に追いやられた。恐るべきことにイカたちは人類をイカにし仲間とすることができた。人類がいくらイカを倒したとしてもそれ以上に増えるイカに人類が敗北するのも仕方がないことだった。

あの日、先輩が送ってきたメールはあのイカたちに自分がなるということだったのだろう。あの日家に帰った先輩は奥さんにイカにしてもらったらしい。やっぱり奥さんはイカだった。人類の中で逸脱したほどのイカ具合にイカたちが仲間にと先輩を誘ったらしい。これは先輩に聞いた話だから間違いない。まあ、僕がイカになったあとで聞いたけどね。



全世界がイカによって埋め尽くされ人類は全てイカになった。そしてイカまみれになったこの世界で僕の隣にいる先輩は感嘆の意を込めてこういった。


「やはりイカは素晴らしい」 と。

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