「紋章」のあるファンタジーを読むことはありふれたことと思いますが、「紋章」を取り扱う作品は少ないように思います。
本作は中世ヨーロッパ(特にイギリス)の世界観にケモミミや翼人、巨人などのファンタジーの要素を織り交ぜつつ、馬上槍試合を中心に据えたド正統派の騎士道物語です。
作中においては、いわゆる「紋章学」に因んだストーリーが展開されていますが、中世にかかる作者の深い造詣とそれをストーリーに織り合わせる技巧には敬服します。
本作では、大紋章に書き加えられる巻物(scroll)に刻まれるモットー(motto)が、重要な要素として作品を彩ります。
モットーは信条、座右の銘などをを意味しますが、この物語では様々な誇りを持つ者たちが物語を織り成します。
そして、物語の中核を成すのは未だ誇りを未だ持たない主人公であり、己を探し旅をする王道の物語でもあります。
実直な文体で描き込まれた、古き良き騎士道物語です。
さて、書店に行けば無数の書籍が並んでいる。
無数。
それこそ、一つの店舗だけでも生涯読むことができる冊数を優に超えているだろう。
既存の小説の中にきっと追い求めている物語はあるのだろうし、人に勧めたくなる傑作との出会いもあるだろう。
それでもなお、未だ書店にはないこの物語を勧める。
作者は今まさに物語を紡いでおり、主人公達の遍歴さながら筆を運んでいるのだと思う。
ワクワクしながら、それでいて祈るような気持ちで。
ここにはどっぷりと物語に浸かる小説特有の興奮がある。
キャラクターにはそれぞれ思惑があり、一筋縄ではいかない人物達が織りなす関係性の網、その広がりが物語を成している。
そして、装具の重さに表れているように身体感覚を通し構築された虚構は、説得力あるリアリティを生むことに成功している。
史実と虚構の繋ぎ目が実に滑らかだ。
「かつての物語」として読み進む内に、幻想が滑り込んでくる手際の妙。
可読性の高い文章は自ずとスピード感を演出し、世界観そのものが読み応え確かな娯楽性に直結している。
…とかなんとか。いや、読んで欲しいのさ。
うわ、これ面白いなって思ったんでね。
是非。ファンサイトとかできそうだもの。
完結まで応援しますぜ。
異世界ファンタジーが好きです。
知らない世界を見せてくれるから。
行ったことのない世界に(空想の中で)行けるから。
だから、ネットでも紙媒体でもファンタジーをよく読みます。
でも、最近なんか違うな、というものが増えてきました。
特に流行の(なんだと思います)異世界チートものは、面白さのポイントが王道ファンタジーとは違うような気がします。
あれはあれで面白いんですけど。
ファンタジーが読みたい!という気分で読むのとは違うな、と。
で、この作品。
読んで驚きました。
ページを開くと、いきなり馬上槍試合をしている。おおーっと思いました。中世イギリスの感じがして、ワクワクします。
この作者さんはうまいです。
多分、文章の運動神経(って変な言い方ですけど)がいいんだと思います。
カメラが引いたり、寄ったり、音声のボリュームが上がったり、下がったり、というバランスのつけかたが上手いんです。
で、大迫力の試合があった後、主人公にカメラが寄ります。
1話目のラスト、主人公がつぶやくセリフがこの話のテーマを表わします。主人公は「モットー=誇り」を探しているのです。
その後、魅力的な姫君が登場し(定番だけど、嬉しい展開!)、主人公は「誇り」を手にするため、遍歴の旅に出ることになります(これまた嬉しい展開!)。
主人公の行く先には、いろんなキャラクターや町が現れます。地名や人名はイギリスを下敷きにしているようですが、人間に混じって獣人が棲息していたりして、うまい具合に「ファンタジー英国」を作りあげています。
いいなあ、こういうの。
しっかり地に足の着いた異世界。生活感があるのに、見たことのない感じ。
宮崎駿監督のアニメにちょっと近い気がしました。
物語はまだまだ続きそうですが、きっとこの作者さんなら主人公に過酷な運命を味わわせた後で、見事に物語を着地させてくれるだろうと思います。
安心感がある小説。
どこかへ連れていってくれそうな小説。
身を委ねたくなる小説。
本当に面白いです。おすすめです。