おまけ・エピローグ/明日を愛してる(完結)

 ひとしきり胸に顔を埋めて泣いて、徐々にアスミが落ち着いてくると、ジョーは妙なことを言い出した。


「大言語世界とか行ってきたんだけどさ。全てが電気信号のレベルまで解体されて、シニフィアンとシニフィエによって表現されている世界。この世界とは、全然違っていたなぁ。


 キリがないから、違う世界ほしを見上げるのはほどほどにしておいて。俺はこの街でアスミと暮らしていようかなって。


 この宇宙せかいには秘密がある。オレ、アスミとこの街で暮らしながら、そんな謎の世界と『S市』に架け橋を作っていくように生きていけたら面白いかなって、今は思っているんだ」


 瞳が輝いてるなぁ。何だかまだよく分からないけれど。よいよい。我が夫ながら、そういうところ好きだよ。ジョー君。


「実はもう、何人か、っていうか何柱か連れてきてる」

「ええっ!?」


 このノリ、久しぶりだな。ジョー君は、私にとって意外なことをおもむろに話始めたりする人だった。


 紹介のタイミングがくるまで待機していたのだろうか。駅の中から続々と出てきた。


「まず、アスミにもお馴染みの」


 見知った可憐な小町がハキハキとアスミに手をふりながら近づいてくる。


「お久しぶりです! アスミさん!」

「ムッちゃん!? 生きてたの!? いえ、生きてたって言い方は変なんだろうけど!」


 ぴょんと飛びついてきた陸奥を抱きとめる。


 ハグっと抱き合いながらクルクル回って、懐かしい気持ちをお互いにやり取りしながら。


「ザッハートルテ!」

「ザッハートルテ? ウィーンの(お菓子の?)?」

「はい! 色々と、美味しいものも食べましたし。楽しい場所も行ってきました。たくさんお話があるので、おいおい!」


 うんうん。って、何だろ。その言い方だと、ムッちゃんはこの七年間、この世界のどこかにいたのだろうか。


「続いて」


 なんか、魔術師(?)みたいな格好をした白髪の男の人。錫杖しゃくじょうを手にしている。


「マイ・スウィート・レディ。話に聞いていたよりも美しい、アスミあなた

「は、はじめまして」

「バビロニアの空中庭園と、日本の天明の頃の饑饉ききんでなくなった人が『両義』になった存在さんだ」


 流れるような黒髪が優麗で、雪みたいに肌も白い。幽霊みたいに綺麗な男性だ。


「初めまして。麗しのあなた。以後、お見知り置きを」


 バビロニアの空中庭園と「雪」ってイメージが合わない気もするけれど、静かに雪降るような肌と髪は、「たましい」の方の心象が具現化していたりするのかな。


「そしてこちらは……」


 あ、綺麗な女の人。そして、体の中心から左半分が青く、右半分が赤い女性である。


「違う世界のお城と紀元前3000年くらいに今のアフリカあたりの戦いで亡くなった方が『両義』になった存在さんだ」


 ううん? 「違う世界の」とか、アリなの?


「氷炎女王とか、やってました。あっちの世界は『魔王』ってご時世でもなくなってきたので、こちらで新しい生活を始めようかなって。よろしくお願いします」

「よ、よろしくお願いします」


 礼儀正しい方だけど。魔王? ラスボス、とか、そういう?


「そしてそして」


 あ、また見知った顔。というか。


「ヴァルケニオン!」

「正確には、ユイリィ・ネクロス・ヴァルケニオン・デビルなんだけど、デビル体は目立つから、ヴァルケニオン体になってもらってる」

「うむ。ジョーと『事事じじ無礙むげ法界ほっかい』に旅立った後、『世界』は無数にあることを理解してな。だったら、無数の『世界』に向かって我を、僕を『拡大』してやろうとも思ったのだが」

「だが?」

「詳しくは一言二言では言えんのだが、王とかどうとか、真実とかどうとか、そういう風にこの『世界』はできていなかったのだ。我も/僕も、今のところジョーにもアスミにももう危害を加える意思はないゆえ、しばらく滞在させて頂くぞ」


 ええと、イイのかな。というか、ちょっとジョー君とも長い親交がある感じに? 私、胸に穴をあけられたりしたんですけど。ううん? とりあえず、様子見で、イイのかな?


「で、最後にこちらもアスミにもお馴染みの」


 静かに揺れる紫の髪と。何やら新しくなった優美なサラファンをまとった少女は。


「ヴォーちゃん!」

「アスミ、お久しぶりです。帰ってくるのに時間がかかってしまって申し訳ありません。その分、私も時空を超えるロケットにパワーアップしましたので。おいおい、アスミがこれからやりたい色々にもお役立ちできたらと思います」

「こういう存在たちが、これからちょっとずつ『S市』にやってくるからさ。泊まるところが必要になるじゃん。だから『民泊』とかイイのかなってあの頃は思ってたんだけど」

「あ、ああ。だからニ0一三年のスロヴェニアに行く前に『民泊』って言ってたのね。私、『民泊』って何だったんだろうって、七年くらい考えてたわ」


 「犠牲」と「進展」が「両義」になった不思議な存在たちの居場所か。まあ、不思議な存在感は私も負けてないし。


 『民泊』の方向で行くかはともかく、住むところについてとかもろもろ。


「私と似た感じの存在なら、感染症にはかからなそうだし。今日は、久し振りにお父さんの居酒屋で語らいあったりしましょうか」

「イイな。色んな世界のお酒を飲んだけど、やっぱりY地区のお酒だよな~とか思ってたんだよ。数千年くらい」

「ジョー君、ちょっとオジサンっぽくなったわね! でも好き! 数千年の時間と数百億の世界の話を肴に、今後のこととか話しましょうか!」


 この宇宙には謎があり、世界も数多に存在して関係し合っているらしいけど。


 とりあえずは、ここが。


 私とジョー君がいる場所が。


 いつか訪れる百色百光の世界の、ちょっとだけ先駆けになれたなら。


 ここは「Sエス市」。色々な存在たちの、色々な居場所。


 私たちの世界は。私たちの街は、これからなのだ。



  /『非幸福者同盟』・了/

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非幸福者同盟 相羽裕司 @rebuild

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