期間限定クエスト-2

 アイラは精悍せいかんな顔つきをして腰を上げた。

 レベル上げ、つまり水軌の水準を上げるという事。

 一体何の水準を上げるのか、それはこの世界で一番大切と言っても過言では無い要素、バイタリティーの事だ。

 アイラと水軌を含めこの世界の住人は、攻撃力、防御力、素早さ、そしてヒットポイントとマジックポイントという5つの能力値を準拠に、身体能力の良し悪しが決定付けられている。

 そして注意するべき事が一つ。

 素早さを上げる為に走りこもう! 攻撃力を上げる為に筋トレをしよう! そんな事をしてもこの世界では全く意味の無い行為だ。

 攻撃力や素早さなど各能力値を上げる為には、この話の本題であるレベルを上げなければいけない。

 そしてそのレベルを上げる為には"経験値"という値を貯めなければいけないのだ。

 走り込みや筋トレをしても経験にならない、じゃあどうすれば己の脳に成長のみなもとを焼き付ける事が出来るか?

 そんな難しい事でもない、至って簡単だ。モンスターを倒せば経験値が入る。

 但し弱いモンスター程経験値が少なく、レベルが上がる程必要な経験値も増えていく為、弱いモンスターだけを一目散に倒しまくって簡単にレベルを上げようなんて姑息な手は使えない。

 か弱い生物を倒すだけならそれは冒険者ではなく、害虫駆除業者だ。

 それを考慮しつつモンスターを倒し、一定の経験値を貯めると、苦労の末レベルが1上がる事になる。


 今水軌と行動を共にしているアイラはレベル475。

 つまりアイラはこの作業を475回も繰り返している。

 いや、レベルは高くなる程次のステップへ踏み込むのが困難になる為、一概に475回分とは言えないだろう。

 兎にも角にも、レベルが上がると何故戦闘力が上がるのか、然れば先程説明した5つの能力値が上昇するからである。

 一例を上げると、5つの能力値の中の1つ、防御力は自身のレベルが上がる程体が外からの衝撃に強くなり、打たれ強い体を得る事が出来る。

 このように5つの能力はレベルに比例してプレイヤーの経験と共に成長していく。

 当然能力値がいくら高くても、プレイヤーの技量が無ければモンスターに負ける事も。つまり戦闘力とは操作キャラのステータス、そして操作している自分の技量が合わさって初めて成長していく物。

 とはいえ能力値が高ければ、多少技量が不足していてもそれを埋め合わす事が出来る。

 よってアイラがまだ未熟者である水軌のレベルを上げようと考えたのは至極当然の事だ。


「水軌、メニューの中にある期間限定クエストという欄を開いてくれ」


 アイラの言われるがまま、メニューの下の方にある期間限定クエスト、という項目をクリックする。

 開くと中には数多のクエストがはち切れんばかりに凝縮されており、メインクエストで手一杯の水軌にとってまだ早いであろう挑戦だった。

 期間限定クエストには、メインクエストのようにプレイ制限が無く、レベル1の駆け出し冒険者でも全てのクエストに挑戦する事が出来る。

 全てのプレイヤーへ告ぐ多種多様な要請を、ホイールボタンで画面をスクロールしながら軽く目を通す。

 水軌がページを開きそれを確認したアイラは、沢山存在するクエストの中からある一つの要望に目を付けた。


「そのリストの中に、小さな農村を防衛せよというクエストがあるのだが、そのクエストの詳細を見て欲しい。今からこのクエストに挑戦するつもりだ」


 水軌は一旦リストの最初の方まで画面を戻して、一つずつ目を凝らしながらを探していく。

 見落とす事も無く1分ほどで目当てのものを発見した水軌は、小さな農村を防衛せよという見出しをクリックして、詳細を確認する。


【小さな農村を防衛せよ】

 場所: 小さな農村

 推奨レベル:250

 概要:小さな農村を襲うモンスター達から村人を守れ


 簡潔過ぎるであろうクエスト詳細に、水軌は苦笑を漏らしながらも目を通していく。

 情報が少ないのは、あくまでも死んで学べという事だろうか。

 24時間が経過するまで再挑戦出来ないという規制が無ければ、戦死上等なのだが、この規制があるとどうも死に対して敏感になってしまう。


 そんな事を思いつつ、クエスト概要に添付されている小さな農村の写真とマップを見ながら次の詳細へと目を落とす。

 推奨レベルというのは、そのクエストをクリアするにあたってプレイヤーの技量とはまた違う、操作キャラの適切なレベルを表すものだ。

 例えば推奨レベル8のクエストがあったとして、ある程度の熟練者ならレベル6でもクリアは容易い。

 が、水軌のような初心者であれば推奨レベル通りのレベル8でもクリアは難しいだろう。

 しかも今相対しているクエストの推奨レベルは8どころでは無い、250だ。

 今現在の水軌のレベルは1、まだこの世界のスタートラインに立ったに過ぎない、現実で言うと赤ん坊のような物だ。

 そのレベル1の赤ん坊に対して、自身の250倍以上のレベルを有した猛者達を対象としたクエストを仕向けるのは、酷すぎるのでは無いだろうか?

 確かにアイラはレベル475、475引く250がどれ程の差を産み出しているのか、水軌には考えも及ばないが容易くクリア出来るのは確実だと断言出来る。


「ちょっと待ってくれ。このクエストはレベル1の俺がクリア出来るとは思えない」


「いや、簡単にクリア出来るぞ」へっぴり腰の水軌を宥めるように、クリア出来ると主張するその根拠を吐露するアイラ。「私とパーティーを組めば、簡単にクリアする事が出来るさ」


 その達観めいたアイラの口調から出た聞き覚えの無い単語、パーティーとは一体水軌にどんな恩恵をもたらしてくれるのだろうか。

 勿論パーティーの意味は知っている、何度も言うがこの世界の意味合いが現実と同じとは限らない。


「パーティーとは一体何だ?」


「クエストの最中、行動を共にするグループみたいな物だ。ギルドとは少し違い5人までしか編成を組む事が出来ない」不思議そうに尋ねる水軌に、アイラは如才なく解説していく。「勿論パーティーを組まなくても行動を共にする事くらい出来るし、無理にパーティーを組まなくても良いじゃないかと思うだろう」


 アイラは胸を押さえつけているドレスの紐を少しだけ解く。

 肌が殆ど露出しておらず、 煌びやかなコルセットドレスを構成している様々なファクターの中に、ただ一つだけ妖艶さが欠落しているアイラの装備。

 紐を解いたからと言って胸が露出するわけでも無かったが、何気ないその仕草に少しだけ官能的な感覚を覚えてしまう。


「しかし、パーティーを組む事によって様々な利益を得る事が可能である、面倒だからと言ってパーティーを組まないのは賢くない選択と言えるだろう」


「利益?」とアイラの言葉を反芻させる水軌。アイラはそれに頷いて説明を継続する。


「パーティーがもたらす恩恵は水軌にとって都合の良い物ばかりだ。恐らくこのゲームの作り手もこの局面を想定してこのシステムを工面したのだろう」アイラは片手を腰に当てる。「まず1つ目のメリット。自分と同じパーティーに属している仲間がモンスターを倒したとする。するとモンスターの経験値は倒した張本人だけではなく、パーティー内の仲間にまで経験値を半分授け与えてくれるのだ」


 説明を聞いて、水軌は感心したように顎に手を添えた。


「成る程、その利点を上手く使えば俺のようなレベル1でも安全に経験値を稼ぐ事が出来るな」


 飲み込みが早くて結構と言った感じに、アイラはカウンターテーブルに少しよりかかる。

 左手で薄青のメニュー画面を弄り、アイラの右手から蛍のような淡い光が飛び出した刹那、右手には魔法使いらしい杖を握っていた。

 杖の先端にはサファイア色の大きい宝石が飾られており、持ち手の所にも色とりどりの宝石が散りばめられているのだが、気の毒にも小さな宝石達は圧倒的存在感を放つサファイアに色合いを飲み込まれていた。


「そして2つ目、これも1つ目と同じくらい重要、そしてこの世界で生きて行く上で不可欠な要素となる」アイラは水軌に向かって杖の先端を向けた。「パーティーを組んだ仲間の内1人でもクエスト達成条件を満たしていたら、1人だけではなくパーティー全員がクエストを達成したと見做みなされるのだ」


 水軌はそれを聞いて、弾かれたように先日の事を思い出す。

 文月が初心者狩りに恨めしくも命を奪われて、たまたまその現場に出くわしたハルトと行動を共にした際の事である。

 水軌、夢路、ハルトの3人は全員揃ってクエスト達成には至らなかったものの、苦労の甲斐あって6匹ものゴブリンを探し出し狩る事が出来た。

 クエスト1の達成条件はゴブリンを3匹狩猟する事。

 3人は6匹のゴブリンを2匹ずつ配当して、クエスト遂行まで3人共後1匹、王手をかけていたのだが。この世界は弱肉強食、平和な現実世界とは違い上手く行く筈も無い。

 矢張りハルトは水軌達と同じ初心者ではない、あまつさえその正体は水軌達新人を狩る初心者狩りであった。

 ハルトは偽りの無知という名の鎌で夢路の身体を掻っ捌き、最終的に水軌に対して牙を剥き出した所で、アイラに奇襲を喰らい訳も分からないままクエスト1をリタイアする形となった。


 しかし、今は自分達を欺いたハルトに対して恨み節を唱えている場合では無い。

 この話の眼目は、水軌達一行が討伐対象であるゴブリンを6匹も倒しているという事だ。

 もし、あの時パーティーというシステムを使っていれば、初心者狩りの手によって過激極まる狭き門、クエスト1を2回もクリアしていた。

 仮に水軌がパーティーという手段を知っていれば、何事もなくクリア出来ていたのだろうか。

 一方それでは、アイラとの出会いも無くなってしまう。

 1つの分岐点で別れたもう1人の水軌は、今頃枕に頭を預けているのだろうか。

 昨日直面したこの分岐点、アイラという存在の有無、今はまだ殆ど日常に変化は無いと思っている。

 しかし心の何処かで、この別れ道の選択が非常に重大な事だと心の何処かで痛感していた。


「水軌?」


 少し思いあぐねている様子の水軌を見て、アイラは自分の話をちゃんと聞いているか確認の点呼を取る。

 自分の頭の中にある、記憶という絵本を読みふけていた水軌は、アイラの呼びかけをきっかけに思考をゲームへと戻す。

 すると画面には "アイラとパーティーを組みますか" というダイアログボックスが出現していて、水軌は迷う事無くはいをクリックした。


「一体何をそこまで思いふけていたのか考えも及ばないが、頼むからクエスト中にはボンヤリしないでくれよ」水軌が我に返ったのを確認したアイラは、早速クエストに挑戦しようと促した。「水軌のレベルを上げる次いでに村をモンスターから救ってやろうじゃないか」


 何食わぬ顔でクールにウインクをするアイラ。そして右手に携えている神々しい杖を、水軌の胸元へ向ける。

 水軌もそれに対して返事をするように、侘しい樫の木で作られた貧相な杖をアイラに差し出し、杖と杖を交差させた。


「俺のレベルが低いお陰で1つの村が救われたのなら、悪い気はしないかな」





 それは間違いだ。

 この世界は、冒険者の無い所に煙は立たないのだから。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

滅びゆくネトゲに魂を捧げよう スランプマン @tamama619

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ