エピローグ或いは、プロローグ

 次の瞬間。

 ──僕は魔人の右腕を木っ端微塵に切り刻んでいた。


「……な、ァッ!?」


 魔人の顔に浮かぶ驚愕。でもそれは、自分の腕が木っ端微塵になったことではなかったらしい。


「なん、なん……!? なん、だ! その、力は!?」


 不思議だ。さっきまでズキズキ痛んだ顔の痛みは消えて、ほんの少しだけあった眩暈のようなものも、完全に消えた。

 なんというか、万全の状態になったような感じ。それも一瞬で。

 まぁ、その通りなんだけどね。


 僕は、光を纏っていた。

 比喩じゃあ、ない。僕の体の周りを、光の束が渦巻いている。

 手には、剣が一つ。柄に近くなる程広くなっている、両刃の剣。青白い、神々しさを孕む光を持つ剣。僕の最強の剣であり、僕の切り札。


 懐かしい。

 あぁ、懐かしい。


 僕の、本気だ。


 ◇◆◇


 手紙を開封した瞬間、時は静止した。いや、時が静止したというのも間違いではないが、それだけではない。次の瞬間には、僕はぐにゃりと歪んで、全く別の世界に来ていた。僕がぐにゃりとなったのは、ただ単に僕の目がおかしかっただけらしい。体に異常はなかった。


 そこは、真っ白な空間だった。


 いや、それは正しくない。空間とは到底呼べない。なんというか、三次元とか四次元とか、そういう“次元”というものとは決定的に違うというのだろうか。とても言い表し辛い。

 とにかく、そのヘンテコなところに来ていた。

 突然その空間は変化し、つい数秒前まであった床の感覚が消えて浮遊感に襲われる。トンネル。そこはトンネルだった。それも、真下に落ちるのではなく、斜め下に落ちるようなトンネル。ゆっくりとトンネルは曲がりくねって、最終的には真横になった。そこは、無重力のような空間で、ふわふわと浮いていた。以前、辺りは真っ白だ。


 真っ白すぎる。どこかに光源がある訳でもなく、同時にどこかに影がある訳でもなく。

 つまりは、真っ白。

 吐き気すら感じられる。……それを察知したのかどうかは分からないけど、真っ白だった空間が、色を変えた。青。鎮静の色。真っ青ではなく、青空のような、いや、青空よりももっと美しい、海のような青。


 青は、水の流れ、水の揺れのように揺れ動き、まるで海の中を飛んでいる感じだった。




 なんて、辺りの風景に感慨を覚えていると、僕の周りに数人の人がいた。いや、実際にいるのではなく、そこにいるように見せているのか。

 ……クルクスの人達だ。


 世界最強の大魔法使い。そして、僕の師匠。

 クルクスの王子と姫様。

 クルクスの国王と王妃。


 国王が手頃な杖を使い一人で立ち、王妃は右手に王子、左手に姫様と手を繋いで立っている。師匠は、少し離れたところに威風堂々と立っている。

 ──懐かしい。とても、懐かしい。久し振りに見たその顔が、とても懐かしい。例え、彼らが虚像でしかないと分かっていても、それでも、尚。そうだ。これが、僕が守った人達だ。そして、守ってもらった存在だ。……僕を、勇者にしてくれた人達だ。

 国王が、口を開く。続いて、王子、姫様、王妃も。


『シデン殿。本来はあなたの武器であるのにも関わらず、私どもが預かっていた剣を、今すぐに、早急に、お返しします。

 きっとこの手紙を開けたという事は、それ程の状況なのでしょう。──もう、これを持ったのなら、シデン殿はいいのです。武器の調整は何時でも完璧です。

 さぁ、その力で、また……私どもにして下さったように。

 人をお護りください』

『そーだ! シデン兄は強いんだからな! 沢山の人を助けてほしいな』

『……私も、そう思う! シデン兄ちゃん!』

『シデン様。あなたは、勇者なのです……どうか、多くの人を、お救い下さい』


 最後に、師匠も口を開いた。

 師匠は本来、寡黙な人だから、ほとんど話す事はないのに。


『シデン。…………お前は、守ると言ったな。この世界を。クルクスを……そして、見事守り抜いたな。……そんなお前に、命令する』


 その師匠の言葉に、一瞬だけ、体が強張った。


『……今お前がいる世界も、守ってみろ。シデン。その、剣で』


 そして、彼らの姿は光の礫となって消えていった。そして、その光の礫は、収束し、剣となる。




 ──それは魔を切り裂き、聖者の剣──


 ──それは光を収束せし、聖者の剣──




 ──それは神を切り裂く、魔の剣──


 ──それは魔を引き寄せる、魔の剣──




 ──それは全ての頂点であり、全てを導くものなり──




 ──あまりに神々しい、その剣の名は──




「────“魔天アルクシェイド”」


 ◇◆◇


 その力はなんだ、と叫ぶ、魔人。

 僕は、こう答える。


「力も何も。これが僕の、本気ってだけさ」


 直後。僕は一歩踏み出す。

 次の瞬間には、魔人の背後に移動している。魔人は振り返ろうとするけど、振り返れない。体が動かない。僕は魔人の横を通り過ぎる瞬間に、ちょっぴり魔人の体のある部分を殴打した。その特定の部分とは、まぁ言って仕舞えば、弱点だ。顎のようなものだ。そういう弱点は、身体中に存在していて、そこを殴打すると、部分的に体が硬直したりする。

 つまり僕は、横を通り過ぎる際に、その弱点を殴打しただけだ。

 そうする事で、一歩も動けない。動かない。


「まぁ、この剣のことを聞いたんだろうけど──まぁいっか、教えてあげる」


 魔人はその目を大きく開いた。


「この剣は、神殺しさえも難なく成し遂げられる、魔剣であり……神すら生み出せる、聖剣だよ」


 直後、全身のバネを使った回転斬り。魔人の頭を吹き飛ばす。間髪入れず、袈裟懸けとか、そういう剣戟を連続で繰り出し、魔人の体を木っ端微塵に吹き飛ばす。

 僅か一秒にも満たない戦闘で、一人の魔人を殺す。


 城壁の上にいる魔人共が、一人残らず驚愕に顔を顰めたのが、妙にはっきり見えた。

 ……と。なんか、感じる。城壁から。なんだろう、魔力? の奔流を感じる。でも、とても静かな奔流で、正直今の今まで気付けなかった。集中してみると、この城中からそれと同じものを感じた。地面からも。地面を爪先で、少し強めに突くと、地面が抉れる。……その下に、複雑な魔法陣があった。

 ……あ。屋根にもあった魔法陣だ。そうか、この魔法陣は魔力を流すものであり、同時にその魔力を隠すものだったのか。


 という事は……この城の中では、無限に魔力と、そして龍線を使えるということだ。

 やべぇ。


 と、その時。城壁にいた魔人の内の三人が、僕に向けて跳躍する。普通に速い。でも、僕にとっては遅い。

 一人目が突っ込んでくる。体を横にずらしながら魔天アルクシェイドを真横に構える。魔人は当然、自分の武器──双剣をクロスさせてガードしようとしている、けど、そんなのお構いなしに魔天を全力で振るう。そして、吹き飛ばす。二人目の魔人にぶつけて、三人目の魔人に狙いをつける。


 魔天の刀身に指を添える。そして龍線を染み込ませながら指を滑らせ、剣先まで移動する。指を離した瞬間、魔天は白と黒という、全くの正反対の二つの光を放つ。


 三人目はしめしめと、隙だらけの僕を狙う。まぁ、隙なんてないんだけど。つまりは、フェイク。丁度三人目は僕の背後に降り立つ。僕は振り返らずに剣先を後ろに向け、刺突。肉を斬る感覚。少し遅れて力尽き、地面に倒れる音を聞くよりも早く、僕は跳躍している。

 こんがらがってる一人目と二人目を、力任せに一刀両断。上半身と下半身をサヨナラさせる。


 今回は三秒程の戦闘だった。丁度、一人につき一秒かな。

 そして戦闘終了と共に、しれっと城を流れる魔力をもらって回復。魔天を地面に突き刺すと、魔天を伝って魔力を補填できた。


 やはりというか、なんというか、城壁の上の魔人は唖然としていた。


 そして、遂にと言うべきか。城壁の上の魔人が全員同時に襲いかかってくる──と、思いきや、そうはならなかった。

 実際、全員が跳躍の構えをとった。でも、その構えのまま硬直し、次の瞬間にはその構えを解いていた。まるで、だれかに止められたかのように。


「……あー」


 ……理解した。城壁の上の魔人が突然姿勢を正す。そして、真ん中あたりの魔人はある空間を城壁の上に開けた。

 そしてそこに悠然と、一人の魔人がくる。


 隊長格リーダーだ。少なくとも、他の魔人よりもよっぽど強い。


 明らかに、他の魔人とは違った。戦闘能力は勿論、熟練度も、きっと反射能力も。それに、目を見れば分かる。きっと潜り抜けてきた死線の数の半端じゃない。今までの魔人が、そこらの下っ端兵士に見えてくる。いや、多分きっと、そうなんだろう。きっとあいつは、将軍が何かだ。

 その将軍は口を開く。なんというか、凄く低い声だった。凄みのある声とでもいうのか、殺気の篭った声というか、その両方が詰まっているのか。


「……貴様、名は」


 なんか無視したら本気でやばそうな気がしたから、答えておく。まだ戦ってないからなんとも言えないけど、やばいなってことだけはよく分かる。“まだ倒せるけどそれでも苦戦するやばい”なのか、“倒せないというやばい”なのかが分からない。


「…………紫電。東、紫電だ」

「紫電……紫電、か。クク、覚えたぞ、その名を。若き、まことなる勇者よ。我が名はアデオン。──いつか、相見えようぞ」


 ……あら? アデオンと名乗った将軍は、そう言うと、僕に背を向けて、多分帰っていった。背中の羽を伸ばし、宙を舞う。それに続いて、他の魔人も次々に帰っていった。


 こうして、予想外にあっけなく、この戦闘は終わりを告げた。


 ぽかんとそれを見ていると、突然、天地が逆転した。

 真っ暗になった。


 ◇◆◇





 伽藍。


 そこは、伽藍堂

 過去形だ。

 今ではもう、そうではない。


 その伽藍堂の真ん中に、たった一つ、それはあった。

 いや、あった、というのは語弊がある。


 そこに……彼女はいた。

 伽藍堂の真ん中で、一人、微笑む。

 ──の髪を揺らし、手を差し伸べてくる。

 その笑顔は、まさに、太陽のようで。伽藍堂を美しく照らす。


 名を──という。


 彼女の手を握る。ふんわりと、羽毛でも触ったかのような、触り心地。

 すると突然、手が引かれる。

 浮遊感。空を駆ける感覚。


 彼女と、空を旅する。


 それが、どうしようもなく、楽しかった。



 二人にとっては、どうしようもなく、楽しいものだった。





 ◇◆◇




 気絶、して、いたらしい。目がさめると、最初に見えたのは知らない天井だった。次に、日の光が僕の顔に当たっていて、少し目をしかめた。時間は……昼頃かな。その後、日の光を遮るようにビオの顔が表れて、彩が表れて、先生、メイド長、おずおずと姫様、知らない男三人、お付きの人。

 ……多い。


「……おはよ」

「「「「「「「はぁ〜〜〜〜」」」」」」」


 思いっきり溜息を吐かれた。いや少し違う。……安心の溜息だろうか。全員がそれぞれの動きをしてる。ビオや彩さんはぐだーっとベッドに倒れてきたり。先生、姫様、お付きの人は後ろに椅子があったらしい。その椅子に落ちるように座った。メイド長は腰に手を当て、上を見ながらふぅ、と息を吐き、最後にビオの頭を撫でた。知らない男三人は、肩を落としてその場に立っている。


 まぁ、一先ず魔人を退けたということはよく理解できた。

 それと、怪我だけど。少し体を動かしてみたりする限り、そこまで異常はないみたい。黒ずくめにやられた肩の傷ももうなんともないし、身体中の傷もほぼ完治したみたい。ちょっとした特殊能力というか。傷の治りが早くなるっていう魔法……みたいなのが発動したから。クルクスで教わったんだけど、魔法なのか、自然治癒力を上げただけだったのかは、未だにはっきりしない。

 ……って、なんだか体が重い。嫌な予感がする。


「……あのー」

「なに? 紫電」


 ビオが、布団から少しだけ顔を上げて、僕を見る。


「……どれぐらい、寝てた?」

「えっとね……一週間かな」

「……おぅふ」


 なんだか愕然とした。まさか、久し振りに本気出したせいで一週間寝込むとか、体の訛りっぷりは想像以上だった。いや、連続の戦闘の疲れもそこに追加されてるだろうから、本気出したせいなのは半分か、それよりも少し多めかな。

 でもそれでも、本気出して寝込むのは確定だったのか。はぁ。


 ……ずっと寝てるのは嫌だから、頑張って体を起こしてみる。腕がギシギシいってる気がするけど、御構い無しに動かし続けていると痛みに慣れてくる。

 周りの人たちは寝てなさい、寝てなきゃだめと言ってくる。お母さんか! って突っ込んだらなんか反応が薄くて少しショックだった。ビオと彩さんなんて目を逸らされちゃったからね。他の人は、ビオと彩となんか変な目で見てたけど、なんでだろう。

 とまぁ、そんな隙にぐいっと上半身を起こす。一瞬眩暈がして、すぐに治った。周りを見渡すと、僕の顔を覗いた人達がいた。……ミスト、は……いないのか。仕事がなにかかな。


「……僕が気絶した後って、どうなったの」

「いや別に」


 お付きの人が、手に持った紙を数枚ぺらぺらとめくりながら、簡単に説明してくれた。その紙どこにあったと思ったら、よく見たらなにも置かれてない、つまり使ってない棚にファイルが三、四冊あった。


「魔人どもは、まるで攻めてきたのが嘘だったかのように去って行ったよ。それこそ一目散に逃げる、と言うように。あとあったことといえば、魔人化現象……といってもこれは仮名だが、まぁ要は魔人になってしまった勇者三人が目覚めたという事。もう一つは、ミスト様を護衛するはずだった者達が涙目で帰ってきた事ぐらいか」

「涙目」

「そりゃあ、ミスト様が単身で飛び出して行って、更にはその後ろ姿を見失ったら、そうなるだろ」

「うん、なるな」

「だろ」


 ミストさん。僕はついてっきり、ちゃんと断ってから一人で来たのだと思ってたよ。まぁ、涙目の奴らの事なんてどうでもいいんだけど。見失ったらのが悪い。うん。まぁそれなりの事情はあったんだろうけど、そこは知らん。

 ……あ、そういえば。


「なぁお付きの人」

「私の名前はネーヒ……」

「ミストを追いかけていた追っ手は人間だったんだが、なんで人間が魔人族の事を手伝ってる?」

「…………えっとですね。それは、人間に扮装した魔人が隠密を得意とする者達に依頼したらしい。ちなみに言うと、その魔人も今回の襲撃が終わった途端に、消えたよ。あとな、私の名前は」

「どもー」

「私の名」

「てか、姫様、傷大丈夫なの? 腹に穴が空いてた気が」

「あのですね紫電さんだから私のな」


「お黙りっ」と言いながらお付きの人の額に正拳突き。オゥフッと変な声をあげてお付きの人は上半身を仰け反らせて、そこからゆっくりと後ろに倒れていった。どこかから、ケェェェイオォォォッ! って声というか効果音というか、いや声だな。……が聞こえてきそうだ。


 誰も、お付きの人のを気遣ったりせず、なんともいえない視線を送っていた。そんな中、思い出したように姫様は話しかけてくる。


「えと、彩……さんに治療してもらった……」

「え? まじ」


「うん」と、答えたのは彩さん。


「私も魔法使えるようになったんだから……といっても、回復魔法だけだけど……それに、あの時に初めて使えただけだから、まだちゃんとは出来てないと思うんだけど」

「それだけでも十分に凄いと思うけどなぁ。それに、姫様の傷を治療できたんだろ?」

「……そうなの……かな」


 そうでしょう。だって、僕以外だと一番早く魔法に目覚めただろうし、凄い重症だった姫様さえも治療できたのだから、凄いよ。本当に。

 彩さんが、照れたのかな? 髪を弄びながら目を逸らす。そしてビオにちろりと睨まれた。うん。…………うん? 更には姫様にも睨まれた。うん? …………うんんん?


 それから、メイド長が唐突に立ち上がると、ビオに「もうそろそろ、期限だ」と小声で言ってから、一人部屋を出て行った。ぎり聞こえた。それに続くように、お付きの人と知らない男三人も出て行こうとしてたから、急いで名前を聞いた。……怜史に、真琴に、祐ね。ハイ。それだけなんだけどね。あとお付きの人はお付きの人だ。

 怜史は、姫様に少し視線を向けてから、すぐに出て行った。


 そして、それを見届けてから、一拍置いて先生は「後でお話ししましょうね! でも今は、みんなを連れてきます!」といって、ぱたぱたと一人病室をでていった。


 部屋に残ったのは、ビオ、彩さん、姫様。

 ……そして、沈黙。え、なに、牽制? 牽制してるの? なんで?


「あの」

「ん?」


 他の二人を押し退けて(?)話しかけてきたのは、姫様だった。


「…………」

「……ん?」

「………………その」

「はい」

「……………………ミラ」

「……は、はい?」

「……ミラ……って、読んでも……いい、わよ……」

「え、あ、はい」


 ……え。あの。えっと。どう、反応すれば。いい、の、か、な?

 なんて困ってる暇もなく。彩さんも話しかけてくる。


「えと、私の事も彩さんじゃなくて、彩でいいからね」

「え、えーと、わ、分かりまし……た」


 また、沈黙。ビオは、一人頬を膨らませて「むぅぅ」と唸ってる。彩さん……じゃなかった。彩は、なんというか、「やっと言えた」みたいな感じだった。そしてミラは……。


「かっ、勘違いしないでね!? 今回の件で、感謝しているから、その、お礼ってだけだからね!? 私の想い人は他にいるんだから……って何言わせんのよばかぁっ!」


 ……といって、飛び出して行った。

 顔が赤かった。……なんというか、普通に可愛い。猫でも見てる気分。というのは冗談で、正直、またドキッとさせられた。なんなんだろ。

 三人してミラが飛び出して行った部屋の入り口を、ぽかーんと見ていた。


 そして、ハッとしてビオが僕を見た。僕も目を合わせる。……なんか、話す事があるみたい。でも、予想はできる。メイド長の「期限」という単語で、大体予想はつく。

 彩も、多分その事を知っているのかな。どこかしらで、それに関係する事を聞いていたのかも。ビオの表情を見て、少し、表情が歪んだ。


 ビオは、凄く悲しそうな表情だった。


「あのね、紫電────私、一人でこの町から出て行こうと思うの」


 ◇◆◇


 その後は、もう色々あった。ビオの話の後は、ビオと彩が一緒に帰っていった。だから、一人だった。



 先生が読んだ元クラスメイト兼、現勇者達が僕の部屋、というか病室に詰め寄ってきたり。「すげぇな」「なにあの力すごーい」「本当に何者や」みたいな、褒め殺しでもする勢いだった。同年代の言葉はなんだか響く。苦笑いして、話した事もない人達と、初めて話した。話しまくった。その中でも、神ヶ崎かみがざき 汐袮しおね輪泉わいずみ 紗華さいかって人はやたら話しかけてきた。

 そして同時に、治療を終えた騎士の面々も集まってきていた。ボコボコにやられてた人達だ。死者は三人。これは十分に凄い。城壁の上から僕が俯瞰した時には、死者が十人はいるかと思ってたもん。騎士が言うには、彩の回復魔法のお陰だと。

 つまり、彩は凄いって事だ。それに本人はまだ使いこなせてないって言うんだから……って、彩って結構逸材じゃね?



 その後、聡樹サトッキーフレンズが来て、聡樹のゴメンナサイが発動して、色んな人の視線が聡樹を貫いたり。そして、なんで襲いかかってきたのか説明された。要は、嫉妬だった。……でも聡樹はすぐに立ち直り、「紫電! お前をすぐに超えてやるからなぁ!」といって、立ち去ったり。嫉妬は消えてなかった。

 そして聡樹が消えたあと、「あの時は、ありがとうございマス!」と、マキがあまりに唐突に僕の頬に唇を付けてきて、病室が悲鳴ギャアア歓声キャーーで埋め尽くされたり。



 クラスメイト兼勇者が帰っていくと、ギルドの人達が今度は詰め寄せたり。好き勝手に食べ物を買ってきて、それを自分で食べてた。あくまで自分の為に買ってきたらしい。中には僕の為に買ってきてくれる人もいたけど。

 そして、馬鹿騒ぎだった。主に、自分の目に映った僕の姿を何故か語ったり、この戦いの自分の功績を語ったり。

 三十分程度の短い面会だった。そして最後に、ダンと握手をして、「いつでも頼ってくれよ、ギルドを」と言い残して、去って行った。食べカスはそのままに。

 その後ひょっこりとケモミミをもつ獣人の、レナが来た。少し話したあと、食べカスを片付けてから帰ってくれた。めっちゃええ子や。



 ミストと生き残り騎士……そして彩の専属騎士である、グラウが来たり。ミストは、涙目たち──涙目で帰ってきたミストの護衛たち──と話していて遅くなったのだとか。

 ミストから、お礼として望むものをなんでも与えるって言われた。少し考えさせてくれと言った。そしたら、ミストとグラウはすぐに去って行った。仕事で予定が詰まっているのかな。



 ミストと入れ替わるように王様が来て、「大義であった!」といってすぐに帰ったり。早くね!? って思ったら、王様も相当予定が詰まっている事が後から分かった。

 爆発とか、黒ずくめのしかばね──といっても、気絶しているだけだが──とか、街の被害とか、色々と頭を悩ませる問題で埋め尽くされていた。そしてその全部に関わる僕って凄くない!? 王様にとっては最悪の人物だろうね。



 そうして漸く、人は途切れた。気付けば、太陽は沈もうとしていた。

 西日が──この世界でそんな言葉があるか分からないけど──、町を真っ赤に照らしていた。


 急に、郷愁ノスタルジックな感じになった。クルクスの面々が脳裏に浮かんでは消えて、それを繰り返していた。

 なんか違和感あるけど、もう一週間も経ったんだよな。その一週間前に、僕はクルクスからの贈り物、“魔天アルクシェイド”に命を救われた。その所為かな。


 ふぅと息を吐く。


 そうして心を落ち着けると、ビオの話を思い出す。忙しすぎて、考える暇も無かったから。

 あの時、ビオは一方的に話した。そして、彩と共にすぐに去ってしまった。


『あのね、紫電────私、一人でこの町を出て行こうと思うの。丁度、ここから東にいくと、ソワレの森……凄く硬い木がある森があるでしょ? そこを先にいくとスキターレツ王国があって、そのもう一つ先に“大魔法学院”があるの。……そこに、行こうと思うの』


 正直、何言ってるんだと言いたくなった。

 続けて、こうも言った。


『紫電には、この城に残っていてほしいの。きっとその方が、みんなの為になるし……紫電は、ここから出て行けなんて言われてないもの。

 元々の知り合いもいるのだし……ね』


 そう言って、返事も聞かずに、行ってしまった。


 でも、返事は未だに決まっていないのも、事実だ。こんな時、なんて言うのが正解なのか、分からない。ビオの為に、ビオの為だけに、ついて行くことが正解なのか。ビオの言葉を信じて、ここに残ることが、正解なのか。分からない。

 それに、これは僕自身のことだ。僕が決めなきゃ。

 でも。でも、そんな僕には、正解が見えない。


 ……。


 …………。


 さて、どうす──



【何してんの、何悩んでんの、



「え?」



【そんなの、もう決まってん──だ──……】



 ……なんなんだよ、。もう決まってるって、どういう事だよ。……なんて言っても、返答が帰ってこない事は僕が一番よく知ってる。


 は、本当に必要な時しか、出て来ないから。

 というか、気まぐれでしか出てこない。こっちの方が正しい。

 だから魔人どもで溢れかえった時には出てきてくれなかった。

 だから唐突に、ミストを助けた時みたいに出てきたりする。


 決まってる。何が、どう、決まってるの。分かんない。分からない。


 分かんない。

 分かんない。

 分かんない。


 ぐちゃぐちゃして来たから、僕は不意に立ち上がる。一回ベッドに倒れ込み、その時に両足を上に上げて、その両足を下げる勢いを利用して床に足をつける。

 突然立った所為で、眩暈が起こる。体が後ろに倒れるから、ベッドに手をついて支える。数秒で眩暈は治った。


 点滴はされてなかった。これこそ魔法の恩恵か。

 なんて考えながら、ふらふらと病室を出た。廊下には、誰もいない。さっきまでの騒ぎっぷりがどれだけ廊下に響いたのかが気になった。多分、相当五月蝿かったと思う。

 廊下の手摺を掴んで、一歩一歩を、踏み出す。おっそ。正に病人だなって速度だった。



【──馬、鹿かよ、お前。んなちんたら歩いてたら、掴みたいもん、掴めなくなるぞ】



 うっせ。

 つーかそもそも、お前は誰なんだよ。



【……】



「……だよね。知ってた」


 知ってましたぁ。この質問はこれで二三七回目だもんねー。その全てをだんまりで通してりゃ、いやでも理解するっつの。

 クルクスの時から居座るお前は誰なんだよ。ほんと。



【……────だ】



「……え?」


 聞き逃した。それともう一つ驚くこと。僕はと話している内に、いつの間にか階段を上がっていた。……病人の速度で、二階以上。

 おかしい。僕の体内時計と現実時間の差異がおかしい。僕はてっきり十秒程度しか考え込んでいないと思っていた。


 そして気付けば、目の前に扉がある。

 屋上に続く扉。

 なんでそこに無意識に向かったのかは、分からない。でも、きっと何か理由があると……思う。……あ、無意識だった謎が一瞬で解けた。笑を堪えるが、心の中にいた。

 お前の仕業かよ。



【……自分で決めろよ。自分の事ぐらい。自分の想いぐらい】



 そんなの言葉に押されるように、僕は扉を開けた。

 そこには、先客がいた。金髪と、黒髪の女の人。見たことある。扉を開けた音で、驚いて金髪の人が振り返る。


 ビオだ。

 そして、泣いてた。




 ドクンッ──────心臓が、跳ねた。




 顔を真っ赤に染めて、涙の溜まった目を両手で擦る。でも、涙は止まらない。溢れ出す涙は、指の隙間から流れ出て止まらなかった。

 もう一人は、彩だった。「しっ、しでん?」と、驚いて固まってる。


「……え、と。ビ──」

「来ないで!」


 ビオが、叫んだ。


「……今は……来ないで……お願い……」


 そう言いながら、へなへなと、地面にへたり込んだ。


 嗚咽。


 なんなんだよ。なんなんだよほんとに。ばかじゃねぇの。ばかだろ。いや、ばかだよ。ビオはばかだ。ほんとに。

 なんなんだよ。ビオ。泣いてるって。

 なんなんだよ。ビオ。そんなに目を腫らして。


 ……離れるのが一番嫌なのは、ビオ。お前だろ……。


 ばかだろ。ばかだろ、ほんとに。

 ビオも。……僕も。

 なんで気づかなかったんだよ僕。ばかだろ。


 僕も、離れたくないよ。


 僕はビオに近づいて行く。一歩、また、一歩と。

 ビオは、それを始めのうちは拒んでいたけど、すぐに何も言わなくなった。

 ビオの目の前に着く。そして僕は腰を下ろす。丁度、ビオと目線があう高さ。


「……来ないで……って……言った、の、に」

「来ちゃった」

「……」

「あのさ、ビオ」

「……」


 無言すぎて、そして、次に僕が言おうとしてることが馬鹿すぎて、笑みが漏れた。


「抱き締めても、いい?」


 そう言って、ビオの了解も得ずに、一方的に僕は抱き着く。


「……っ!? …………!?」


 ビオは、何を言えばいいのか、どうすればいいのか分からない状態──要は混乱しているようで、目に涙を溜めながら、オロオロしている。

 彩は……その光景を呆然と見ていた。


 まぁそんなのは僕には関係ない。僕に被害がかかる訳でもないから、無視を決め込む。

 ただ僕が満足する為だけに、ぎゅーっと、ビオの背中に回した腕に少し力を込める。細い。なんだよこれってぐらい、華奢だ。小枝ぐらいに錯覚する。

 そんな小枝が折れない程度に、力を込める。

 気付けば、ビオの手が背中に回っていた。


 ビオの耳元で、囁くように、言う。


「ビオ……僕は、さ。ビオと一緒にいたいよ。だから、一人で出て行こうとなんて、しないでよ」


 ビオは、声を上げて泣いた。















 僕は、決めた。


 ミストのところに会いに行く。メイドやら騎士やらに聞いて、ミストの部屋を探し出した。そして、ノックもせずに部屋に上がりこむ。


「あら、紫電さん。もう寝てなくていいの? ……って、ノックぐらい、常識ですよ? ……可憐な乙女の部屋にノックもなしなんて……まさか?」

「自分でそれ言っちゃうの。それにまさかって何」

「……それを私の口から言わせちゃいますか……?」

「……もしかして、そんなにいやらしいことでも考えてたの?」

「なっ、そっ、そそそそそそ、そんにゃことっ……」

「冗談だよ」


 ミストはこういうのに弱いらしい。焦る姿は、やっぱりというかミラと似ていた。ただ、ミストはツンデレなミラとは違うから、突然怒ったりせず、赤面したまま俯向くだけだった。


 これがホントのミストの姿なわけね。

 まぁ、ミストと初めて会った時は、黒づくめに追われていたんだから、弱ってるのが当然だよな。うん。


「……あのさ」

「ひっ、ひゃいっ」

「……病室で、望むものをなんでも与えるって言ってくれたよね?」

「えっ、あっ、は、はい。叶えられる範囲のものなら……ですけど」

「……あのさ」


 少し、深呼吸。

 そして、口を開く。


「大魔法学院への編入手続きを、してくれないか?」


 僕は、大魔法学院に行く事にしたよ。


「あ、勇者だってこととかを諸々隠して。あと、ビオの分も。もしかすると増えるかもだから、あと数人分も入れるようにしてくれると嬉しいな」


 ミストは驚いたように目を見開いて、すぐに微笑んだ。


「紫電さんがそう望むなら!」


 笑顔で了承してくれた。

 廊下から、ビオの小さな声が聞こえた。ビオが今、廊下でどんな表情をしているのかが、あまりに鮮明に想像できすぎて、ミストと僕は、笑いを堪えられなかった。


 僕の中のが、初めて笑った気がした。

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一応言いますが、私は勇者ではありませんよ? 竜造寺。 @ryuzouzi

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