第13話

 一瞬気絶しかけて、次の瞬間目が覚めた。

 目が覚めた時には、クラスメイトにぶち当たっていた。


「────カ、ハッ」


 クラスメイトにぶつかるだけじゃ止まらず、その後ろにあった柱にまでぶつかってようやく止まった。あ、間違い。クラスメイトは押し潰すとやばいから、手で退かす。というか、突き飛ばす。そして、柱に衝突。肺の空気が抜ける。柱をぶっ壊して漸く勢いが殺され、地面を転がった。


 大理石の床。

 場違いにも、綺麗だなぁなんて思った。


 直後、目の前には黒い足があった。

 顔面に当たるのは避けたいから、手でガードする。そしたら、左腕に足を引っ掛けて、勢いよく、それもさっきよりも数倍強く、投げ飛ばされた。蹴り飛ばされたというよりは、投げ飛ばされた。五百メートルぐらいぶっ飛ばされて、外壁に衝突。

 それでも止まらず、外壁を突き破って、街並みの上空を舞う。何処かの店の屋根に墜落した。墜落する途中に外壁の破片は砕いておいたから、噴石みたいに降ってくることはない、はず。……まぁ、それが出来る程度にはまだ大丈夫だった。

 がっしゃんと、屋根を突き破って、何処かの店に墜落した。誰かの家じゃなくて良かったかなー、って思ったらここ店兼自宅だった。やっちまった。


 花屋。色とりどりな花が並ぶ。千差万別。一つとして同じものはない。全部が、それぞれの美しさを出してるというか。それに花の匂い。

 なんでこんなにのんびりしてるのか、僕にも分からない。

 花を少し、押し潰していた。

 目の前に花が一つあった。黒い薔薇。


 黒い、薔薇。

 花言葉は、確か、なんだっけ? “憎しみ”と“恨み”と確か──



 ──“貴方はあくまで私のモノ”



 横に目を移すと、店員……だと思う人が来た。二十歳ぐらいの黒髪の女性。……気付くと僕は、その人を力一杯、と言っても結構強め程度の力で押していた。また、無意識に。がしゃんと、女性が植木鉢を倒しながら尻餅をついた。「なんで」と、そう言っているような目だな。そりゃそうだ。助けに行ったのに押し返されたのだから。


「ごめん」──僕はそう言った。本当のことですよ。押し倒して、っていうのもあるけど、それ以外のやつも含めて。

 押し倒したこと、店を壊した事。そして、これから店が壊れてしまうということ、怖い思いをさせてしまうということ。

 全部含めて、ごめんなさい。


 それから間もなく、背後に魔人A登場。

 うへぇ。多分今の僕の顔は、嫌そぉぉな顔なんだろうなって思った。

 案の定、そうだったらしい。


「全く、醜い顔よ」


 魔人て、こんな喋り方なのかよ。

 僕は、突き飛ばされた。いや蹴られたのか。重い。


 衝撃、衝撃、衝撃。家を貫通してるのか? 一つ、二つ……四つ目の店だか家だかを貫通して、大通りに出た。ようやっと勢いが殺せた。地面を転がる。痛い。ほんと何これ超痛い。


 すぐに体勢を立て直して──ってあれ? 追撃が来ない。なぁんて思ってたら、さっきの女性の所にとどまっているではないですか。女性は首を鷲掴みされて、持ち上げられてる……


 ……ファッ!?


 走る。


 加速加速加速加速加速加速加速加速加速加速加速加速。


 イヤイヤイヤイヤ、なんで女性が狙われてんだよ。殺らせねぇぞこのやろう。黒刀……ってあれどこいった? ……ちぇっ。黒槍を咄嗟に取り出して、加速。


 女性を掴む腕を突き穿とうとしたけど、その前にちらっとこっちを見た。女性は僕を誘き出す餌な訳ね。黒槍を両手持ちから変更、右手で持って、左手を後ろに回す。とんとん。背中を二回叩く。


「させねぇっ」


 そしてそのまま、右腕だけで突き。

 女性を掴む手を直ぐさま引っ込めて、回避される。


 予想済み。背後で短剣を出現させる。ナイフって言ってもいい。それを逆手に持つ。槍は手から離す。そして右手にも短剣を出現させる。つまり双剣だ。槍は直ぐに仕舞う。というか消す。


 右手に短剣が現れる前に、左手の短剣で薙ぐ。

 鎧に弾かれた。


 すかさず右手の短剣で薙ぐ。腕に防がれた。皮膚硬くね?


 って、ちょっと待って、二回目で決めるつもりが、決まんなかったんだけど。やばい、やばいやばい隙が。すかさず魔人Aはそこに自慢の蹴りを叩き込む。


 なんてね。

倍返しカウンター

 背中を二回叩く事が発動準備なこの技。発動準備状態に受けた攻撃を倍にして返す。


 ……バレてた? そんなに強く蹴らず、軽〜く触れる程度の蹴り。“倍返しカウンター”もほぼ効力を発しない。


 魔人Aはニタリと笑ってガチで左腕で殴ってくる。やっべ。顔を腕で覆う。腕に触れる。ミシリと嫌ぁな音を立てる。うっひぃぃ。

 ……まぁ、相手が、だけど。


 誰も、“倍返しカウンター”が一回しか効果を発揮しないなんて言ってない。。ちなみに相手からの攻撃だけとは限らない。

 実はこの技、発動準備状態が十秒ぐらい継続するやつなんだよね。攻撃受けてもね。こっちのカウンターを読まれた相手にさらなるカウンターを喰らわせる僕のとっておき。


 魔人Aの左腕があらぬ方向に曲がる。狼狽える。

 その隙を逃さない訳にはいかない。


 短剣を順手に持ち替えて、相手に突き刺す。二つとも。おお、刺さる刺さる。皮膚が硬かったのは、部分的な硬化の所為か。

 そして突き刺したら、手を離して、全力でぶん殴る。短剣の柄に指がぶつかり、メキョリと──は、ならない。“倍返しカウンター”。そのダメージは短剣に移動し、更に短剣を伝って魔人Aの体内に流れこむ。

 間を置かずに、掌を魔人Aの胸に置く。連発、掌底。

 掌底で魔人Aに流れる“倍返しカウンター”の衝撃を爆発させる。


 五臓六腑をぶっ壊す勢いで放つ一撃。

 普通なら瞬殺。

 


 魔人Aは、後退りはしたけど、倒れはしない。とんだ化け物だな。魔人。捕まえられるか? “チェーン”一回じゃ直ぐに解かれそうだな。十回ぐらい重ねがけするか。


 正直こりゃやべぇ。ステップと共に後退する。倒れかけている女性を抱えて、座らせとく。


 女性はぽかーんと、僕を見てた。え。何。まぁいいや今はそれどころじゃない。

 なんて思ってたら、目の前に足があった。

 魔人Aの足だ。


チェーン


 左腕で咄嗟にガードしながら、蹴りと同じ方向に移動する。丁度店の出口方向だな。その時、足に“チェーン”を巻き付けとく。そして、途中で突然移動をやめて、蹴りの勢いを使って自ら吹っ飛ぶ。


 少し広い通り。


 その中心辺りでブレーキ掛けて、止まる。同時に“チェーン”を引き、魔人Aを引き寄せる。片足で堪えるのは無理だろ。

 そして、僕の目の前に魔人Aが来たら、全身全霊を込めて拳を叩き込む。地面に打ち付ける様に。真上から、打ち落とす。

 自分の手がどうなっても構わない。それぐらいの覚悟で。


「ふん……どぅおりゃぁぁッ!」


 まぁ。発動準備状態だけどね。


 拳がひしゃげる程の勢いの一撃に、更にその拳へのダメージも加算する。


 空気が破裂する様な音。直後、魔人Aは顔面を地面に埋める。その衝撃は辺り一帯を陥没させる。半径五メートルぐらいかな。


「────ッ、ぷはぁっ」


 発動準備状態終了。それに、思いっきり殴ったせいで、なんかフラフラする。足に力が入らないというか、ガクガクするというか。数歩後ろに下がり、そして膝を地面につけた。


「いやいや、いやいやいやいや、何、何なの、強すぎ?」


 予想外に疲れた。やったか!? なんて言ったら絶対生きてるフラグ……。


 ガラ、リ。


 はい来ましたー。心の中の言葉なのにフラグ立ってましたー。あっははははは。クッソ笑えねぇ。


「ふむ。貴様は中々やる様だな。これ程までに追い詰められたのは、いつ以来か。……ざっと、十数年振りという所か。くく、くくくくく、貴様、名は?」

「自分から名乗るのが礼儀ってもんじゃねぇの?」

「それもそうか。我が名はバラス。旅をする異端な魔人だ」

「異端ねぇ。ふぅん。……紫電。よろしく」


 バラスは、嬉々として僕に話しかける。なんでそんなに嬉しそうなんだよって突っ込みたいとは思うが、やっぱり正直突っ込みたくない。なんか突っ込んだら、いけない気がする。


「紫電とやら、貴様に戦闘場所リングを決めさせてやろう。どこで戦いたい?」

「え、あー……、てかなんでリングなんて知ってんの?」

「人間に聞いたのだ」


 つまり、人間と戦っている時にふと聞いたりしたわけね。もしかすると、殺す直前にそんな話をしたのかもしれない。

 だとしたら……。

 いや、まぁいいか。


「……あー、そっすか。んじゃあリングは──この町全て」

「ほう」


 何でかな。こいつは、何と言うか、話せる。敵って感じじゃない。寧ろ、味方の様な気すらしてくる。まるで敵意が無い様な。僕のことを敵だと認識していないような。

 でもそれは有り得ないということはよく分かってる。殺す気で戦っているようなやつが、敵じゃない筈がない。……と思うんだけどなぁ。


 嫌な予感がするんだか、こいつはもしかして、“人間と関わり合い過ぎてる”のかもしれない。バラスは旅をしてると言った。こんな所にいるのを見ると、人間の場所を旅しているとしか思えない。

 つまり、人間を見る機会は少なからずあった。……もしかすると、その過程で変質したのかもしれない。なんて考えてみる。人間という種を見る事で、何かが変わったのかな。


 ……分かんない。

 正直自分でも何言ってるのか分からない。


 もしかすると、殺意を巧妙に隠蔽しているだけかもしれない。

 もしかすると、相手のことを、つまり僕のことを同格だと認めてくれた証なのかもしれない。

 もしかすると、そんなものは無く、ただ単に気まぐれなのかもしれない。


「紫電、貴様とは気が合いようだ」


 ──いや。今はそんなことを気にしている暇はない。暇はないのだ。


「……それなら、良かった。のかな?」

「くくくっ」


 ──戦うことだけ考えろ。

 そうしないと、きっと、殺される。

 殺されるわけにはいかない。


「では、始めるとしよう。この殺し合いたたかいを!」


 すまないけど、この町は守りたい。奪わせない。


「……あぁ。そうだな」




 瞬間。僕は結構マジになった。


 だってそうしないと、死ぬだろうし。




 地面を踏み砕くぐらいの勢いで、右足を前に出す。地面を踏みしめる。

 爆発音。右足が地面を踏み砕く音。ぐらいというか、実際に踏み砕く。


 次の瞬間にはバラスの目の前にいる。二歩目にして踏み込みは左足。上半身を捻り、右腕で殴る。……バラスは、平然と体を後ろに反らすことで避ける。同時に蹴り上げを顔面に喰らう。

 何つーか、五臓六腑を揺らすとか、そうのとは違くて。衝撃波を体内に止ませられるのが僕の一撃なら、貫通させる一撃がバラスの一撃だった。


 嫌な音がする。

 僕は宙を舞う。ていうか、止まらない、空中にいる間は逃げることが出来ない。吹き飛ばされた勢いを消す方法が無いから。

 いや、無いわけでは無いけど、使い所というかがある。


 予想通り、バラスは追撃する。一直線。これなら避けられ──


「──ッ、ガ」


 ──ない。後ろから突然の一撃。壁に当たったような。後ろから殴られたような……。

 いや、その通りだ。空に壁がある。

 半透明の壁。それが僕の背後に佇む。気付けなかった。違う、気付く事など初めから出来なかったのか。きっと巧妙に隠されていた筈だ。そうじゃなければ──僕を吹き飛ばした直後に発動したか。

 真相は闇の中ってね。状況を掴もうと思考して、殆ど定まらないまま追撃が到達する。


 右ストレート。顔面。

 裏拳。顔面。

 アッパー。鳩尾。

 膝蹴り。鳩尾。

 タイキック。側頭部。

 肘での突き。胸。

 靠撃。体全体。


 連撃。そして最後に胸ぐら掴まれて、地面に背を向け、トドメと言わんばかりの踵落とし。凄い勢いで地面が迫って来て、僕は地面に衝突する。

 なんなのあの連撃。ざけんな。

 追撃は止まらない。地面に衝突して間もなく、空から悪魔が降ってきやがる。咄嗟に体を転がして避ける。蹴りか。すぐ後に衝撃波。それだけでぶっ飛んだ。

 今回は踏ん張って、店に突っ込まずに済んだ。


 つーか、何こいつ。強っ。


 まだ追撃は終わらない。攻撃しすぎだろ……って思うけど、僕が後ろに下がってるんだから、優勢だと思うのは当然か。砂煙を払いながら現れるバラス。右手が握り拳、あー、右ストレート打つぞってサインね。舐められてるのね。


「ふんっ」


 クッソ苛ついたから、僕も前に出る。負けっぱなしは嫌だし。


 右ストレートを避けるように、僕は顔を、というか体を右に傾かせる。

 当然バラスは右ストレートを中断し、左手に力を込める。左手のアッパーか。

 右に傾いた状態じゃ、避けられそうにない。

 避けられそうにないと考えたから、バラスは左アッパーを選択した。

 だから、僕はそれを全力で避ける。傾きを直すのではなく、寧ろ傾く。スカッと空振りする左アッパー。その時僕は右腕を地面に付けている。右腕で体を支えるようにして、逆立ちにも近い状態にする。そして、蹴りをバラスの顔面に叩き込む。


 怯んだ。


 でも僕は後退する。足を地面につけて、タン、ターン、と軽く跳ねながら下がる。左手を後ろに隠す。

 バラスもそれに気付き、動きを止める。きっと罠だろうと考えているのだろう。そりゃあそうだ。意味もなく、こんな下がり方をする訳はない。それがバラスだろう。多分。


 ちなみに言っとく。この後退も左手も罠じゃないです。

 罠のように見せかけただけの、休むための時間。騙されてやんの。



 お互いに硬直して、三秒が経った頃、先に動いたのはバラスだった。



 罠だろうとすっ飛ばしてやるって気合いで来たんだろう。だから、って「だから」も何もないけど、僕はまた後退する。バラスはもう前に進んでいる。止まる気はないらしい。一気に加速する。

 ……それに合わせて、僕も全力で加速する。その直前に、後ろに隠した左手でちょちょいとある魔法を発動させておく。


 驚くバラス。だがやはり止まらない。右腕を後ろに引きふりかぶり、左足で踏み込む。

 バラスの右腕が僕の顔面に近づく。


 ……そして、その右ストレートは見事にクリティカルヒットした。


 メギッ。嫌な音を立てて首が不自然な方向に捻じ曲がる。

 捻じ切れた血管から血が噴き出す。

 バラスは、遂にあまりの驚愕で動きを止める。こんなにあっけからんとした終わり方なのか? と、考えた事だろう。


 それを見ているのは、滑稽で、楽しかった。


 首が捻じ曲がった僕は、囮。人形だ。バラスが殴ったは、バラスが硬直するのを見届けてから、それはもう唐突に光となり、霧散する。

 その後ろから、本物の僕の登場〜。

 硬直している相手に一撃くれてやるのは、楽しいぜ。


「────フッ」息を吐き出す。


 僕の人形の後ろで準備した、全身全霊の一撃。

 右腕を後ろに引き、左足で踏み込み、勢いを乗せた右ストレート。


 顔面にめり込む。

 止まらない、止まらせない。

 振り抜く。


 丁度、バラスを吹っ飛ばすのに最適……かどうかは分からないけど、一般市民に被害が届かない場所。

 城。

 そこに向けて、バラスをぶっ飛ばす。


 右腕を振り抜く。バラスの体が宙を舞い、高速で城に向かって飛翔する。

 僕は、振り抜いた右腕に“嘆きアフリクシオン”を展開して、右ストレートの勢いを利用して一回転。そして地面に向けて“嘆きアフリクシオン”を放つ。爆発的な勢いに身を任せて、僕も空を舞う。

 そして空中で体勢を立て直しながら、空気を踏みしめて空中を疾走する。

 あ、強く殴りすぎたな。城を貫通しちまいそう。城は街の中心にあるから、貫通すると反対側の街に行ってしまう。……まぁ、今僕はバラスよりも上空にいるんだから、地の利……というか、空の利? がある訳だから、それを使わない手はない。


嘆きアフリクシオン”の重量を利用して空中で体を回転、遠心力を付けながら、空気を圧縮。

 バラスが城の上に到達するまであと約三秒。

 圧縮。

 二秒。圧縮。

 一秒。圧縮。

 〇.五秒。圧縮。

 〇.二秒。圧縮。

 〇秒。到達。だがまだだ。圧縮。


 きっと僕の行動はバレてるに違いない。だとしたら、それを前提として相手の裏をかく。それが必須だ。

 バラスは、城の上空に到達と共に衝撃が来ると予測している筈だ。だから敢えて衝撃を放たない。──そして、そこまで予測されてると予測して、僕は結局衝撃を放つ。城の上空に達してから一秒過ぎた時だ。


 でもそれをバラスは予測していた。自然な動きで、その衝撃を受け流す。

 ……という事で、

 直後、バラスの脇腹に煉瓦が突き刺さる。


「……ッ──ガッ、ハッ」


 深々と突き刺さるかのように見えた煉瓦は、バラスが咄嗟に体を捻ることで、脇腹の肉を削ぎ落とすだけだった。「なんだ、どこから煉瓦を飛ばした!?」……って所かな。まぁ、そうだろうね。バラスをぶっ飛ばしてから、バラスの見てないところでやったんだもん。てか、“嘆きアフリクシオン”の衝撃を地面に放ったのは、この為でもある。

 丁度バラスの移動速度とかを計算して、城の上空あたりで当たるように“嘆きアフリクシオン”で打った、というか飛ばした。どんぴしゃ。言っちまうとこれはラッキー。でもまぁ、運も力の内ってね。


 予測勝負は僕の勝ち。そうすると当然、バラスは空中で硬直する。痛みでもそうだが、一番は読みに負けたこと。状況の分析に力を割きすぎる。


 その隙を逃す理由はない。“嘆きアフリクシオン”を解除し、必殺の武器を取り出す。


“黒棍”


 棍とはいってるけど、実際は鉄の塊といった方が正しい。型にも流さずに、ただ鉄をそれっぽく棒状にしただけの阿呆みたいな武器。しかも何より、重い。重すぎる。“嘆きアフリクシオン”なんかよりもずっと重い。

 長さは二メートル近くあるし、両端に近づくにつれてけいもでかくなる。つまりは、とんかちが両端に付いてると考えれば手っ取り早い。


 この武器、地上戦ではてんで使い物にならない。重すぎで持ち上げるのもやっと。空中戦なんて以ての外。

 でも、一つだけ有効。


 相手よりも上空からの追撃に関しては、他のどんな武器よりも有効すぎる。


 重力加速。これは、思ってる以上に恐ろしいものだ。なんせ、上空数百メートルから落としたネジ一本が、人を殺す武器になるんだから。

 残念ながら、ネジじゃなく、鉄の塊だけどね。


渾身のフル……」


 黒棍につられるようにして、僕は空から高速で落下する。重すぎて加速度も半端じゃない。そこにさらに、空気を踏みしめる加速をする事で、優にその速度は僕の限界を超えた。


 見えた。


 そこに、道が見えた。


 勝利に続く道が。


 黒棍を、力任せに振り回す。て言うか、僕が振り回されてる。

 遠心力を使って、加速。


 バラスが近づく。バラスがこっちに気付いた。でも、もう遅い。


一撃ブレイカァァァァッッッッ!!」


 力任せに、黒棍を叩きつけた。

 音を置き去りにして、僕とバラスは城に

 遅れて、風が破裂する爆音、続いて城に墜落した事による爆発。


 城全体が揺れたんじゃないかってぐらいに、大きく、それはもう大きく揺れた。









 砂煙が立ち込める中、僕は身体中が筋肉痛みたいにギリギリ痛むのを我慢して立ち上がった。

 少し離れた位置に墜落していた黒棍は、空気抵抗の所為で赤熱していた。熱を放ち、じりじりと空気を焦がしているように見えた。

 黒棍のすぐ近くに、バラスはいた。そのすぐ隣には、豪華な鎧を着込んだ赤髪の青年が転がってた。あー、バラスは取り付いていたのか。それに、取り付いていたから、あの生き残り騎士は殺さないで封殺しろって言ったのか。


 バラスは、下半身が無かった。僕の一撃が原因だってことは分かりきっている。


「……ぐ、くっ、はっ……はぁっ……はぁっ……ぃ……し、ぃ……で、ん……ぁ……わ、れの……ま、ぁっ……け、だ……な……」

「……まだ死んでないなら、あんたの勝ちだよ。僕はこれで終わらせようとしてたんだから、終わらせられなかった時点で、僕の負けさ」

「……ぁ……な……ら、その……はぁっ、はぁ……ぉッ、こと……ば、に……甘え……る、と……カハッ……する、か……」

「そうしとけ」


 致命傷だ。ここまで話せていたのが不思議なくらいの。

 瞬間、バラスの体が光の礫となる。ゆっくりと崩壊していき、最終的に、体が跡形もなく、消失した。


 勝った。

 でも、勝ったっていう実感が湧かない。

 なんでなのかは、知らない。


 また僕は歩くのを再開する。砂煙は一向に晴れない。晴れる気がしない。まぁつまりは、それぐらいの一撃だったって事か。

 一瞬眩暈がして、黒棍によりかかる。ちなみに言うと、黒棍は物理的に地面に突き刺さっている。一メートル以上、つまり半分以上は。赤熱しているのは、地面から飛び出ている部分の最下部。ということはつまり、地面の下ではばりばり赤熱パーリィーってことだな。


 五秒ぐらい黒棍に寄りかかっていたら、眩暈も引いてきた。まぁそれでも少しくらくらするけど、歩くには問題ない。黒棍を仕舞い、ゆっくりと歩く。

 一歩、二歩。くらっとして、立ち止まり、少し経ったら、三歩目を踏み出す。

 そうして多分三十秒ぐらい、のらりくらりと歩いていたら、に出た。視界が一気に開ける。その所為なのかどうなのか、眩暈も完全に引いていった。


「紫電!」「紫電か」「やった!」「勝ったのか!?」「怜史様は?」「実は負けてたりとか、しないよな?」「勝ったに決まってるだろ!」「紫電、すご」「なんて戦いだったんだ……」「うわ赤っ」「大丈夫なのか?」「やったぞ、生き残れた!」「万歳!」


 そして、歓声が耳に届いた。そこには、勇者クラスメイトがいて、ボロボロの騎士もいて。誰もが笑顔か、驚きか、そのどちらかを表情に表していた。そんなに驚く事かなぁ。いや驚く事か? 一応、僕って初心者勇者の一人だって思われているんだろうから。……いや、思われていた、かな。


 歓声の中で、僕は知らずに硬直していた。ずっと歩いているつもりで、一歩も歩けていなかった。ははぁ、つまり相当疲れたってことね。

 自分の足を見ていたら、一人の勇者クラスメイトが寄ってきた。

 彩、か。


「だっ、だだ、だだだ大丈夫ぅっ!? かっ、顔中真っ赤だよ!?」


 言われて気付いた。え? って間抜けな言葉を漏らしながら右手で顔を拭うと、見事に右手が真っ赤になった。まじか。今更だけど、額とか頰とか顔中が痛む。アドレナリン出すぎ? アドレナリンどっぱどっぱだった? 多分そうだったんだろうな。いちち。

 そして追撃の腹痛。いや待てこれ絶対骨折れてる。


「あー、大丈夫大丈夫……。多分……大丈夫……な、筈……」

「たっ多分!? 筈!?」

「まぁまぁ。それよりも、姫様は大丈夫なのか? 色々大変な状態だった気がするけど」

「……それどころじゃ……っ。……はぁ。えっと……ミラ様なら、紫電が戦ってる時に治療出来たから、今は寝てるわ」

「そっか」

「それより、その傷は──「彩ちゃぁん独占禁止!」「そうだぁ」きゃあっ!?」


 まぁ、死ななくて何よりです。はい。僕ってば頑丈ですのよ。

 そんな事とかを彩と話していると、他の勇者クラスメイトが寄ってきたり、先生が来たり。多分、彩の友達の女子生徒……今は、女子勇者? 二人が彩に抱きついていた。騎士の人達も来た。そして見事な質問攻め。ついでにタオルを数枚投げつけられた。ありがとう。顔を拭く。

 他の騎士は、操られてた? 鎧の人を救出に、砂煙の中に入っていったりもしていた。

 少し離れたところには、鎖にぐるぐる巻きの豪華な鎧の人がいた。二人。そっか、三人全員操られてたのね。でも今は、その二人も元に戻っている。元がどんななのか見てないけど、黒くないしあれが元の姿って事で。他の人の質問とかに答えながら、パパッと“チェーン”を解除する。


 どんな質問をされて、どんな答えを返したのか。実はよく分からない。ほぼ無心で返してた。ふと魂が戻ってきて我に帰ると、まじで何も覚えてなくてびびる。でも他の人を見ると、まぁ、ちゃんと答えを返してたんだなぁってことは理解した。

 あと、我に返ったからこっちからも質問する。


「あー、そう言えば、ここで何があったんだ? 途中から来たからよく分かんない」


 質問に答えたのは、彩と、その友達の女子二人だった。彩、友達、友達……の順番で話す。何故そんなにリズミカルにってぐらい、淀みのない言葉だった。お前ら以心伝心してるだろ。なんで前の人が話し終わった直後でもそんなにスラスラ話せるんだよぅ。


「えっとね、怜史っていう……勇者の先輩? が城に来たんだけど……」

「その怜史さんが突然黒くなって、私達を倒しに来たの」

「騎士の人達でも敵わなくて、ミラ様もやられちゃって……私達は怯えてることしかできなかった」


 後ろの方で、騎士の面々が「面目ない……」「返す言葉もありませぬ……」と落ち込んでた。ドンマイと、心の中で言っておく。


「でもそんな時、グラウが来てくれて」

「強かったなぁ。グラウさんのお陰で時間が稼げたの。でも、グラウさんもやられそうになって」

「その時、彩ちゃんが咄嗟に飛び出してグラウさんの前に行って、あ! 彩ちゃん死んじゃう! って時に、紫電くんが来てくれたの!」

「突然宇宙から来た時はびっくりしたけど……紫電、ありがとね」


「いや、別に気にしなくていいけど」って言う。本当は『生きててよかった』って言おうかと思ったけど、なんかロマンチックな方向にいく予感がしたから、無難な方に変更して、別に気にしなくていいに行き着きました。はい。


「「彩ちゃんそのまま行けるとこまでイっちゃえー!」」

「ちょっ、そんな気はっ!」


 そしてそれから二分ぐらい質問攻めされていたら、突然その質問の渦から解放された。あ、生き残り騎士だ。


「あっ、グラウ……」

「よぉ、彩に、紫電」


 彩さんが、呼んだのは生き残り騎士の名前か? グラウ。さっきの話にも出てたし、間違いはないよね? っていうかそうだよね。うんそうだ。


「……紫電」

「えっと、何?」

「お前のその力は……なんだ?」


 えー、聞いちゃいますかそれを……。そこは「勇者様だから当然だべさぁ」みたいな感じでいいじゃない……。それか……「べっ、別に感謝なんかしてないんだからねっ!」ってこれは違う。ツンデレ枠は姫様で十分だ。男のツンデレなんて見たくねぇ。ていうかいつから姫様はツンデレ枠に……?


「なんだ……と言われても。僕の戦闘能力だとしか」

「違う。そのと聞いているんだ」

「……う、うーん」


 デスヨネ。誤魔化せない。

 なんかもう隠さなくてもいいような気が……? ていうか、隠す必要なんて初めからなかった気すらしてくる。だって隠しても隠さなくてもデメリットないし。例え城から追い出され様が、それはそれで楽しそうだから良し。

 ……明かしちゃう……?


「あー、その、この力は──」


 その時。勢い良く誰かの……というか、ビオの声が響いた。

 あ、ビオ城に着いたんだ、なんて、思う暇はなかった。


「紫電っ……上っ!」


 咄嗟に振り返り、上──つまり城壁の上を見る。

 そしてそこには。


 総勢二十を超える、魔人がいた。


 それも恐らく、誰かに取り憑いた魔人じゃなく、オリジナルの、魔人。多分、いや、絶対、さっきまで戦ってたやつよりも強い。

 やばいって。やばい。誰もがその光景を、絶句して見ているくらい。

 守れない。この数じゃ、守りきれない。僕一人で抑えられない。どうする。どうすればいい。混乱してきた。


「……バラスを倒した者は、何処いずこか」


 話しかけてきた……。思考が纏まらない。目がぐるぐる回ってる気がする。いやもうどうにでもなれ。


「……僕ですけど」


 おずおずと、小さく手を挙げてみたり。

 二十を超える魔人の視線が、グサグサと刺さること、刺さること。


「そうか、貴様か……」

「……なんか用ですか?」

「用……まぁ、用といえばそう、なのだろうな」

「いや何? まじで何?」


 魔人が直々に来ちゃう程の用事ってなんだろー。

 若干予想出来てしまうのだけどね。




「紫電。貴様を殺しに来た。貴様は、危険だ」




 デスヨネェェェッ。

 どうしよう、どうしよう、どうしよう。


 魔人の一人が城壁から降り立つ。


 何も考えが思い浮かばない。やばい、やばいって、これまじで殺されるやつじゃん。戦おうかと思ったけど、怠いし、多分勝てない。いや絶対勝てない。嫌だよ!? まだ死にたくないよ!? あのパン屋さんにもう一回行きたいしィ!?


 バガンッ。地面を破壊しながら、魔人あくまは着地した。


 それにまだクルクスの人に別れも言ってない! 死ぬのは別れの挨拶をしてからにさせて! あー、なんか、なんかないか、な……。


 その魔人は、ゆっくりと姿勢を正し、僕をギロッと睨む。

 他の魔人は高みの見物。


 ……あ。


 魔人の右腕から黒煙が噴き出し、それがより巨大な腕を作り上げる。


 ……ああああっ!


 瞬間的にその黒煙は固形化し、まるで巨人の腕の様になる。いや、巨人に獣の毛が生えた、獣人にも似た腕だ。


 ……手紙。手紙だ。手紙があった。


 魔人はその腕を一回転させ、直後、地面を抉りながらの加速。その速度は軽く音を超えて、僕に迫る。


 ……僕はそれを尻目に、僕は手紙を取り出す。

『この手紙は、シデン殿が事を決意した際にお開け下さい』

 そう書いてある、手紙を。

 勇者に戻ることを決意したかは、よく分かってない。僕自身、ね。

 でも、ここにいる人を守りたいと思ったこの心が、勇者のものなのだとしたら。というか、この守りたいという思いを信じて、僕は手紙を開封する。


 魔人の拳が迫る。

 迫る。

 迫る。


 ……僕が手紙を開封する方が、早かったらしい。


 開封した瞬間、


 拳が衝突する直前だった。僕の顔から十センチも離れていない地点で、拳は静止する。

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