間章 戻らないモノ

<新暦2574年3月21日 ソリダリエタ社会主義人民共和国連邦 ヤーパン・ソリダリエタ社会主義人民共和国 千代田郊外>

「嘘……だろ……?」 

 これは夢だ。 

 クーデター軍幹部の一人、黒木政人少尉はそう信じたかった。だが、離れていても確かに感じる熱気が現実を無情に告げる。


 軍刑務所は炎上していた。


 軍刑務所には多くの政治犯が収容されていた。当然、クーデター軍の確保目標の中に含まれていたが、優先順位は高くは無かった。

 その結果がこれだ。火勢を見る限り、囚人の生存は絶望的だろう。


「少尉殿、目標は炎上中ですが、どうしましょうか?」

「……司令部に連絡。軍刑務所は現在炎上中。生存者の存在は絶望的……消火の緊急性を認めず、だ」

「はっ」

 指揮官として最低限の仕事をした彼は、その場で崩れ落ちる。


「……なぜだ、どうしてだ……?」

 自分の仕事に不手際は無かったはずだ。事は予定通りに進んでいた。

 ……いや、そんなことはもういい。終わったことだ。

 そう思いつつも、彼の心の中には自責の念が溢れる。

 もしももう少し早く行動していれば。最優先目標の一つとするよう提言していれば。もしも……


 その時。

 彼の心のどこかが軋んだ。


「……そうか、そうか。そういう物だよな。運命とは。

 所詮人間とは無力な存在。己の分わきまえない愚か者は潰されて終わり。

 どうしてこうなったって?

 当然の結末じゃないか。僕は今までなぜ歴史を学んできた?

 その意味に気付かない愚か者への罰としてはお似合いだ……」



 最初に異変に気が付いたのは、小声でぶつぶつと何かを呟き始めた上官を心配した下士官の一人だった。

「少尉殿!!少尉……殿……?」

 顔を覗き込んだ彼は、思わず戦慄した。


 顔から一切の感情が消え、瞳には光が無い。

 その代りに幽鬼のようなその表情には、普段の甘い表情からは想像できないほど冷たく、見る者すべてをぞっとさせる何かがあった。

「……見ての通り、目標の火勢は激しく、我々ではどうにもならない。

 よって、ここにとどまる理由は無い。撤退し、本隊に合流する。

 異論はないな?」

 兵は豹変した上官の姿に動揺し、発せられた命令を頭で理解する前に体が先に動いた。

 ――――――目の前の人物に触れてはいけない、と。

 彼らは生物としての本能からそれを理解した。


 逃げるように先行する兵を見送り、政人は炎上する軍刑務所を一瞥すると、その後に続いた。

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Ragnarock einer anderen Welt――序章―― @takeshi

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