第2話 運命の子

  ハッサーン一族の現首領、ムッターリィ・アミール・ハッサーンは妻ナウラの出産を今か今かと待ちわびていた。

 長年子に恵まれず、ようやく授かった第一子。期待するなと言う方が無理だろう。


 暫くして、部屋の中から泣き声が聞こえてきた。

「生まれたか!!」

「ええ、ええ、元気な女の子です。ですが……」

 産婆の話もろくに聞かず、生まれたばかりの赤子を抱き、

 ――――そこで初めて気が付く。我が子の瞳の色が自分や妻とは全く異なることを。

「落とし子、だと……?」

「はい……」

 落とし子、とは別人の人格を引き継いで生まれた子供の事だ。

 ただ人格、記憶を引き継いだだけならいい。容姿も前世のそれと全く同じだ。両親と違い過ぎると生まれた時にわかってしまう。今のように。

 言うならば不倫相手の子が生まれるようなものだ。いや、その方がましだ。少なくとも容姿は似ている。だが、落とし子は違う。容姿はかなり異なり、場合親に家族扱いされないことが多い。

 そして、落とし子だとわかった段階で捨てられたりする。

 ハッサーン一族でも過去に落とし子が生まれたことがあり、ほとんどがすぐに殺された。

「どうなさいますか?」

「……落とし子とはいえ我が子であることに変わりはない。それに我が一族は人数が減りすぎた……

 進んで口減らしをするほど贅沢な数はいない」

「わかりました」

 赤子にとって幸運だったことは、ハッサーン一族の数は全盛期に比べてかなり減少しており、貴重な子供を殺す余裕がなかったこと、ムッターリィにとっては長年待ち続けた子供であったことだ。

 もしそのうちのどちらかがかけていたとするならば、殺されていただろう。

「そうだ、名前を決めなければな。

 どうしようか……」

「生まれましたかな?」

 その時、部屋に一人の老婆が入って来た。

「ババ様か、何用で?」

 老婆は一族で長年呪術を指導してきた呪術師だ。特に占いに長けており、一族で子供が生まれる時にはその将来を占ってきた。

「ウム、ようやく占いの結果が出た」

「ようやくですか!!で、何と?」

 今回は、いつもはできる占いが全くできなかった。

 これまでにそのようなことは一度もなく、それもムッターリィを不安にさせる一つの要因であった。

「その子は、この世に今までにない破壊をもたらし、死の象徴となりまた、生の支配者となるであろう」

 老婆の言葉に、ムッターリィも妻も、産婆も言葉を失った。

 破壊と死。一部では死その物と言われ畏れられているハッサーン一族においてそれが語られるということは、とても重い意味を持つ。

「……それは、確かですか?」

 ようやく絞り出されたムッターリィの声は震えていた。

「間違いない」

 老婆の淡々とした語り口が余計にその場に響く。

「……わかるのはそれまでじゃ。

 その子を生かすも殺すも、お主の自由ぞ。

 じゃが……間違えるな。扱いを間違えると、大いなる災いが降りかかろう。肝に銘じておくがよい」



 老婆と産婆が退出しても、ムッターリイと妻はしばらくの間黙っていた。

「……運命だな」

 ムッターリィがぽつりと漏らした声に、震えは無かった。

「この子が我らの下に生まれたのも、この子が背負っている物も、大いなる運命。本来ならば我らのような凋落した一族には過ぎたる物……

 だからと言って逃れられぬ……覚悟を決めなければならない」

「……そうですね」

「そうだ。

 我らの使命は、この子を立派に育て上げること。 

 ……この子の名は、カダルとしよう」


 その日、空に異変が起こった。


「……星が揺らいだ、だと?」

「はい」

 長きにわたって移動することになく、変わらず輝き続ける星がその日、わずかに移動した。

 各地の占星術師はいち早くその異変に気が付くと、皆すぐに動き出した。 ある者は仕える主人に報告し、ある者は伝承の中から同じ現象を探した。

「して、どうなるのだ?」

「わかりませぬ。いまだかつて無かったこと故に」

 だが、どの伝承を探しても見つからない。

 占星術師たちの多くは不吉なことの前触れであると考えた。


「ついに……ついに、来たか!!」

 だが、その意味を知っている者たちもいた。

 太古の昔より弾圧されてきた“邪教徒”とされてきた者たちの中の伝承にその記述はあった。

――――――大神オタツヌフの星揺らぐとき、彼の者に貶められし神の元に戦士現る。

 正界で崇められている神と敵対した神に関する記述だ。表に出たらすぐに処分されるため、表の占星術師たちは知り様がない。

 だが、その道の者たちにとっては周知の伝承。この現象を待ちわびていた者は決して少なくは無い。

「この世が変わる……遠くないうちに、再び戦乱が起こるであろう。今日、この世に生まれた者によって。

 我らはその時に備え、力を蓄えねばならぬ……」

 正界中、至る所で、彼らは武力を蓄え始めた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る