概要
「書くこと=個性」は、歴史の中ではごく新しい感覚なのかもしれない。
私たちは今、文章をその人の個性そのもののように感じている。けれど、書字の長い歴史を振り返ると、書くことはもともと共同体の記憶や記録を残すためのものだった。印刷文化、著作権、ロマン主義を経て、文章はようやく「個人のもの」として強く見なされるようになる。そう考えると、AIが揺らしているのは個性そのものではなく、「個性は文章の表面に宿る」という近代の前提なのかもしれない。
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- ★★★ Excellent!!!個人という概念の起こりについて。
国語の教科書に登場する作品は、漱石をはじめ、ほとんどが明治からである。明治は1868年であり160年も経っていない。
古文なども存在しているが、現代に比べて遥かに少ないだろうことは分かるだろう。
これが示す事実とは、昔における個性とは、極めて数が少ない「異端」だということである。
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当たり前だと思うことを、振り返らせてくれる一作。
昔はそもそも、紙は貴重品だった上に、識字率も高くはなかった。社会も身分差も、求められる役割もずっと強固だった。個人の精神(こころ)が入る機会も資格も、ずっと少なかったのだ。
今は誰もが(昔目線なら)贅沢ができるようになった。1枚の白紙を…続きを読む