#18 間話:紅茶と拷問

生徒会室の扉が閉まると、外の喧騒が遠ざかる。

午後の光が窓から差し込み、机の上に柔らかな影を落としていた。

空気は静かで、少しだけ甘い香りが漂っている。僕が淹れた紅茶の香りだ。


僕がいない間に、生徒会はそれなりに回るようになっていた。

クラリスを中心に、皆が役割を分担し、滞りなく業務をこなしていた。

それは誇らしくもあり、少しだけ寂しくもある。


今は、少しずつ仕事を巻き取っている。

けれど、以前のように全てを抱えることはない。

他の生徒会メンバーも、僕に仕事を戻した分、余裕があるはずなのに、あまり顔を出さなくなった。

習慣がなくなってしまったのだろう。人は、慣れに弱い。


まぁ、仕事が少なくなった分、紅茶を飲みながらクラリスに構ってもらう時間もできた。

いや、クラリスと話す時間を作るためなら、処理能力を上げられるというだけだが。


今日も、書類をさっさと片付けて、湯を沸かす。

茶葉はクラリスが好きなもの。香りが柔らかくて、少し甘い。

彼女の好みを覚えているのは、僕が彼女をよく見ているからだ。


カップに湯を注ぎ、蒸らす時間を待ちながら、ソファに腰を下ろす。

視線の先には、机に向かって書類を睨むクラリスの横顔。


彼女は集中すると、周りが見えなくなる。

しかも、考え事をしているときは、少し唇がとがる癖がある。


ツンと尖らせた唇は、血色が良くて、可愛らしい。

食べたらきっと柔らかくて――いや、僕は何を考えているんだか。


唇を見つめるのをやめて、目を閉じる。

瞼の裏に浮かぶのは、クラリスの顔ばかりだ。


怒った顔。照れた顔。悲しそうな顔。真剣に考え事をしている顔。

事件を解決するときの凛々しい顔。僕にだけ見せる甘さを含んだ微笑み。


……はぁ。ほんとうによくない。どうかしてる。

もうずっと、クラリスのことで頭がいっぱいだった。


それで僕の感情が困る以外に、困ったことはない。

でも、すぐこれだ。ねぇ、クラリス。なんとかしてよ。どうにかなりそうだ。


気持ちを落ち着けるために、紅茶を口に含む。

香りが広がり、少しだけ心が静まる。


そのとき、クラリスが書類仕事を切り上げて、ソファに座ってきた。

隣だ。僕に近いって注意する癖に、君だって自然に僕の隣に座ってくるじゃないか。


「紅茶、飲むだろ?」


そう言ってカップを差し出すと、クラリスははにかんでお礼を言った。

その笑顔が、また可愛い。

ああ、もう、どうしてそんな顔をするんだ。


今日の書類、最近の依頼、授業での話、学院の噂。

二人でそんな雑談をする。

クラリスが可愛いので、あまり彼女の方は見ないようにして話していた。


けれど、だんだんと興に乗ってきて、僕はオカルト知識を語り始めていた。


「旧校舎って、霊的な通路になりやすいんだよ。建物の記憶が染みついていて――」


ぽてん。


肩に、何かが当たる。


視線を向けると、クラリスがすぅすぅと寝息を立てて、もたれかかっていた。

……寝てる。


疲れていたのだろう。彼女は名誉の回復のためにずっと走り続けている人だ。

事件の調査、報告書、授業、依頼対応。休む暇なんてなかった。


このまま寝かせてあげたい。

でも――このまま僕の肩にもたれて寝るのか!?それは……ダメだろう!


僕がダメになるんだよ!


どうしたらいいんだこれは!拷問だろ……っっ!!


クラリスの髪が、肩に触れる。

呼吸が、規則正しく、静かに響く。

頬が、ほんのり赤くて、唇が少しだけ開いている。


……可愛い。


いや、違う。今は違う。落ち着け、僕。


動いたら起こしてしまう。でも、動かないと僕が壊れる。

このままじゃ、心臓が持たない。


クラリスの重みが、じわじわと肩に染みてくる。

温もりが、体温が、全部僕に流れ込んでくる。


拷問だ。これは、可愛い拷問だ。


僕は、目を閉じた。

彼女が起きるまで、静かに耐えるしかない。


……でも、少しだけ、ほんの少しだけ、幸せだった。


こうして、クラリスが目を覚ますまで、僕の拷問は続いたのである。

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幽霊なんていません。〜悪役令嬢の事件簿〜 吉良 鈴 @himokouho

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