第7話「そこ、市街化調整区域や…」
「おおーっ!!」
男たちの野太い雄叫びが、プレハブ小屋を揺るがした。「山本総合病院建設プロジェクト」のあまりに壮大な響きに、誰もが興奮を隠せない。
「よっしゃ、あづさちゃん!何から始めるんや!?」
「まず縄張りやろ!測量ならワシの知り合いに頼めるで!」
「とりあえずビールで決起集会や!」
盛り上がるおっさん達。その熱狂の中心で、あづさは腕を組み、満足そうに頷いていた。まるで百戦錬磨の現場監督のような貫禄だ。
しかし、その熱気に水を差すように、一番冷静な源さんがぽつりと呟いた。
「…まあ待て、お前ら。で、あづさちゃん。一番肝心なこと聞くけどな」
源さんは真剣な目で、あづさを見据える。
「具体的にどうすんねん?まず土地やろ?建設費も億じゃきかんで。金は、どないするつもりや?」
そのあまりにも現実的な問いに、おっさん達の熱狂がピタリと止まった。そうだ、夢を語るのは簡単だが、形にするには金と計画がいる。全員の視線が、再びあづさに注がれた。
だが、あづさは少しも動じなかった。むしろ「待ってました」とばかりに胸を張る。
「ふふふ、甘いな源さん。うちかて、そこまで無計画やないどすえ」
彼女は自信満々にスマホを取り出すと、一枚の写真を表示させた。
「見てください!この前、ネットで見つけた、とびっきりの土地ですわ!」
画面には、見渡す限りの雑草が生い茂る、広大な空き地が写っていた。
「ここ、駅からはちょっと遠いんですけど、日当たりは抜群!しかも、周りの相場の十分の一っていう破格の値段で売りに出てましてん!ここに決まりですわ!」
ドヤ顔のあづさ。しかし、その写真を見た途端、おっさん達の一人が「ん?」と眉をひそめ、スマホを覗き込んだ。
「…あづさちゃん、この景色、見覚えあるな…。これ、もしかして〇〇町の山の麓ちゃうか?」
「そうです!よう分かりましたな!」
「アカン…」
男はがっくりと肩を落とした。
「そこ、市街化調整区域や…」
「…しがいか?」
きょとんとするあづさに、別の土木作業員が丁寧に、そして残酷に説明を始めた。
「原則として、建物を建てることを抑制されてる土地のことや。家一軒建てるのも役所の許可がいるような場所で、病院みたいなでかい建物は、まず許可が下りひん」
「へ?」
「まあ、百歩譲って建てられる土地が見つかったとしてもやな」と、源さんが追い打ちをかける。「病院は『用途地域』っちゅう法律で建てられる場所が決まっとる。まあ、細かいことはええ。問題は金や。何億てかかる金を、今のあづさちゃんの給料でローン組む言うたかて、どこの銀行も首を縦に振らんぞ」
市街化調整区域…用途地域…銀行の融資…。
次々と繰り出される、聞いたこともない専門用語と、冷徹な現実の壁。
さっきまでの自信に満ちたあづさの顔から、すうっと血の気が引いていく。
勢いと気合いだけで、どうにかなると思っていた。皆がいれば、何でもできると信じていた。
「…………」
あづさは、俯いてしまった。スマホを握りしめた指が、小さく震えている。
プレハブ小屋に、気まずい沈黙が流れた。おっさん達も、さすがに言い過ぎたかと、心配そうにあづさの小さな背中を見つめる。
やがて、あづさがゆっくりと顔を上げた。
その瞳は、潤むどころか、逆にカッと見開かれ、メラメラと執念の炎が燃え盛っていた。
そして、絞り出すようにこう言った。
「……なるほど。そういうことどすか」
彼女は、バァン!と机を叩き、決然と立ち上がった。
「分かりました!うち、まず宅建の資格、取ってきますわ!」
「「「そっちかい!!」」」
おっさん達全員が、椅子からずっこけた。
「なんで資格の話になんねん!」
「根本的な解決になってへんやろ!」
「資格コレクターの血が騒いどるだけやないかい!」
口々に上がるツッコミの嵐。
プロジェクト結成からわずか十分。壮大すぎる夢は、あづさの気合いだけの空回りで、見事に頓挫した。
「皆さん、見ててください!」
しかし、当の本人は全く懲りていない。
「次はもっと完璧な事業計画書、作ってきますさかい!」
そう高らかに宣言すると、あづさは再びヘルメットをかぶり直し、颯爽と現場に戻っていった。
その後ろ姿を見送りながら、おっさん達は呆れ果て、しかしどうしようもなくおかしくて、腹を抱えて笑うのだった。
「…あいつ、ホンマに建てよるかもしれへんな…」
源さんの呟きに、誰も、もう否定はしなかった。
重機オペレーターあづさの、旦那(の病院)建てます日誌 志乃原七海 @09093495732p
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