第6話「『うちが病院、建てたる!』

「潰し屋夫婦か!」「最強やないか!」


もはや笑いすぎて酸欠になりそうなおっさん達が、ぜえぜえと息を整えている。源さんが、涙を拭いながら、ふと素朴な疑問を口にした。


「しかし…よう分からんようになってきたで。旦那さんが病院潰して、あづさちゃんが会社潰れて…。じゃあ、なんで今こうしてあづさちゃんだけが汗水流しとるんや?旦那さんは、今何しとるん?」


その問いに、皆が「確かに」と頷く。


あづさは、やれやれといった風に首を振ると、遠い目をして話し始めた。


「まあ、旦那もさすがに堪えたみたいでな。うちが仕事から帰ったら、暗い部屋の隅っこで体育座りして『僕はもうダメだ…患者さんの信頼を裏切ってしまった…もう二度とメスは握れない…』て、ずっとめそめそしとったんどすわ」


「はあ、そらまあ、落ち込むやろなあ…」

おっさん達が神妙な顔で頷く。


「毎日毎日、豆腐の角に頭ぶつけて死ぬとか、シジミの味噌汁で溺れて死ぬとか、しょうもないことばっかり言うて。ホンマ、手のかかる旦那ですわ」


あづさは、そう言いながらも、その口元はどこか優しく綻んでいた。


「でな、ある晩、とうとう『僕はもう医者をやめる!田舎に帰って畑でも耕すよ!』て言い出して。しゃあないさかい、うち、言うてやったんですわ」


あづさは、ガテン系の男たちを見回し、ニヤリと笑った。


「『アホなこと言うてなさんな』て」


彼女は、まるで今、目の前に旦那がいるかのように、力強く言葉を続ける。


「『あんたは腕はええんやろ?潰れたんは経営のセンスがなかっただけや。ほんならな…』」


一呼吸おいて、あづさは今日一番の、とびっきりの笑顔で言い放った。


「『うちが病院、建てたる!』ってな!(笑)」


プレハブ小屋に、一瞬、シン…と風の音だけが響いた。

おっさん達は、今聞いた言葉の意味を理解しようと、必死に頭を回転させている。


あづさのお構いなしの独演会は続く。


「『更地にするのも、基礎工事も、鉄骨組むのも全部見てきたる!なんならこのショベルで穴掘ったるわ!あんたは、うちが建てたピカピカの城の中で、患者さんのことだけ考えとったらええんや!』て、ケツ叩いてやったんどす」


おっさん達は、もう口をあんぐり開けたまま、誰一人声も出せない。


「ほんだらな、」


あづさは、おかしくてたまらないといったように、腹を抱えて笑い出した。


「旦那、わんわん泣き出してな!『あづさ…君は僕の女神だ…!君こそが僕の特効薬だよぉ…!』言うて、涙と鼻水で顔ぐちゃぐちゃにしてましたわ!ハハハ!」


その壮大すぎる夫婦の物語に、おっさん達は言葉を失っていた。

会社の倒産も、病院の倒産も、この女の前では、壮大な夢の始まりを告げるファンファーレでしかなかったのだ。


長い沈黙を破ったのは、源さんだった。


「…あづさちゃん」

「はい?」

「あんた…本気で言うとるんか…?」


震える声で尋ねる源さんに、あづさはきょとんとした顔で答えた。


「当たり前やないですか。だからこうして稼いでるんです。病院建てるのも、まず土地の造成からやさかい。今の仕事は、未来の『山本総合病院』の基礎工事みたいなもんどすわ!」


その言葉に、おっさん達は顔を見合わせた。

呆れを通り越し、もはや神々しささえ感じ始めている。


やがて、一番年下の若い作業員が、ぽつりと呟いた。


「…俺、鉄筋組むの、手伝いますわ」


それを皮切りに、次々と声が上がる。


「俺は型枠大工やれるで!」

「ワシは左官仕事なら任せとけ!」

「電気工事はツレに頼んだる!」


男たちの声に、あづさは目を丸くした後、ヘルメットの奥で、少しだけ頬を赤らめた。


「皆さん…」


「よっしゃ!決まりや!」

源さんがパンと膝を叩く。


「山本総合病院建設プロジェクト、本日結成や!なあ、みんな!」


「「「おおーっ!!」」」


むさ苦しいプレハブ小屋が、にわかに活気づく。

夏の陽射しよりも熱い男たちの野太い声援を受けながら、山本あづさは、自分のパワーショベルを見つめた。


それはもう、ただの鉄の塊ではなかった。

愛する旦那との未来を、そして仲間たちの夢を乗せて大地を拓く、希望の城そのものに見えた。

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