A
充分な納税もしない、文学にもお金を使わない。
仕事ではあと一歩押し込むべきところでもう無理だと力尽きる。たまに思い出したように本を買うときは傷ありの文庫版を注文する。
責務も果たさず好きなものにさえお金を落とさない。
こんな人間が小説を書く。ありがとう?資格とって働けである。
だけど書かずにはいられないのである。
アイデアが沸騰する。
街中を歩く。税金で出来たアスファルトを踏む。往来にははじめて見る人が溢れる。大通りに有名ブランドが今季の新作のコンセプトアートをウインドウに並べている。路地に入れば右手だけで解体できそうなぼろい喫茶が営業している。
横断歩道に車が突っ込んできた。赤信号なのに。原付を押して横断中だったお兄さんを轢きそうになった。車はプッとクラクションを鳴らす。お兄さんは驚いて信号を確認した。お兄さんが青で、車が赤。「てめえが悪いんだろうが!!」と言ってキレッキレのファックサイン。
電車でこんな話をしている人がいた。「バームクーヘン受け付けない体になってしまったんですよ」パーマにオシャレメガネのお兄さんだった。美容師さんかもしれない。セレクトショップのオーナーさんかも。新店をオープンしたら皆がバームクーヘンを手土産に訪れたに違いない。
公園のベンチに座るお母さんがうとうとしていた。子供が気付いて「おかあさん」と絶叫する。落ちかけた瞼が開いた時に見た、一瞬、苦い顔。それからすぐに笑顔で我が子の元へ駆け寄るのである。
この世界は私を筆頭に最低だ。だけどすばらし過ぎる。アイデアが沸騰して私の脳を浸食する。世界が形にしろと命令する。
そうして出来上がった物語を送り出す。
50くらいのPVとまだまだ僅かな♡や☆をいただくのみである。
私はすべてに感謝している。まだ数は少なくてもいただいたすべての評価に。
他にも世界に、納税に、このシステムが出来るまでの人類の歴史のすべてに、今の私の生活を支える誰かの労働に、これを読み一緒に苦しんだあなたにも。でももう大丈夫。
文豪の作品にも、もうすっかり覚えていない実力テストの作品にも、読んでもいないあなたの文章にも、私は感謝している。だからこそ無遠慮にファックサインを叩きつけるのである。
内容なんて知らない。価値もわからない。だけどこのすばらしい世界を形作るには必要である。
Q,あなたや私の書いた文章に価値はあるのか?
A,黙って見てろクソ野郎
私は信じている。
私が気付いた、本来は誰の目にも触れないような小さな発見が、この世界をすばらしいものにしていることを。私をあなたを世界を信じている。だから私は生きて書く。
価値はまだない。だからやるのだ。
まだ見ぬ価値を。新たな豊かさを。
世界へ、あなたへ、ファックサインとすばらしさ。
随筆の無価値さ、あるいは本質について ぽんぽん丸 @mukuponpon
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