探偵 高坂直輝
月島灯
心を読むなら
眩しいほど煌びやかとした室内、機械やコインの音が喧しいと感じてしまうほど音に包まれるこの空間。
勝った負けた、人々の欲望と思惑が渦巻く船上カジノだ。
「休みで来たかった……」
船に軽く揺られながら呟く。
これが楽しいバカンスを船上で、という気楽なものならどんなに良かったことか。
探偵助手である僕、柊康太と探偵の高坂直輝は残念ながら仕事としてこの船に乗っているのだ。
「まぁまぁ、うちにそんな金ないんだからぁ」
「う、高坂さんがギャンブルでお金擦ってるからですよ……。ただでさえ探偵事務所って収入少ないのに酒もタバコも買うんだから……」
「だから今回の依頼は大事ってわけよねぇ」
と、ちゃっかり頼んだミリオンダラーを片手にニヤリと笑った。
そして顎でとある人物を指す。今日のターゲットである金メッシュの男だ。
いかにも高そうなアクセサリーを身につけてカジノに君臨するその男は良くも悪くも目立っていた。
「あれがこのカジノの常連、リョウですか」
「あの人から負けた500万取り返せって言われてもねぇ。俺こういうのやったことないな、ルールはわかるけど」
「でも持ち金は用意されてますし報酬は勝ち金の1割、50万……」
報酬は破格。
たまたま高坂さんが酒の席で意気投合したのが依頼人。まさか大金持ちとは思わなかったようだが。
人が良さそうではあったけど、事務所を簡単に潰せてしまう財力を持っていると思うと既に一か八かのギャンブルのようで心臓が締まる思いだ。
それは僕だけの気持ちだろうか、高坂さんは平然とリョウへと近づいた。
「どーも、勝負してもらってもいい? 俺さぁ、今100万円持ってるのね? でも、600万にしなきゃいけなくてさ、ポーカーとかどう?」
「お前、見ない顔だな? はは、いいぜ、オレは勝負できれば誰でもいい。500万、こっちから出してやるよ」
美味すぎる話で煽れば、口角をあげ椅子に深く座るリョウ。高坂さんのゆるい感じからして何も知らないカモが来たと思っていることだろう。
適当に席へ促されて座る高坂さん、その少し後ろで立っていることにした。
周りもこの勝負に興味を持ったのか観客が集まる。こっちは見せ物としてじゃなくて生活も賭けてる仕事なんだけど。
「ポーカーって……運勝負で大丈夫なんですか……?」
「そりゃ運も絡むけど心理戦よ、相手をどう騙すかが大事なの。あ、康太は手札見ないでよ〜?」
「見ませんよ、大丈夫です」
心理戦なんてそんな高度なことをカジノ常連の相手に、なんて出来るのか? そりゃ僕よりは高坂さんの方が出来そうではあるが。
その疑問は残るが高坂さんに全て任せるしかない。
第1戦。
見ないでと言われたけど流石にちょっと気になる。
こっそり見てみると2枚だけ見えた。あとは高坂さんの身体が邪魔でこっそり確認するのは難しそうだ。
こちらの手持ちは10が2枚。
確か10ってそこそこ強い、よな? 結局は役次第だけど。
高坂さんの視線はリョウの顔と手へと交互に向けられた。仕草から何か読み取るつもりか?
僕が見ても飄々としているだけしか分からない。
「まずは俺からね」
出したのは10が3枚、残りはペアなし。
意外と好調か、周りも少しざわめいた。
「ほう、10のスリー・オブ・ア・カインドね。確かに引きはいい。でも、残念だったな」
高坂さんの顔を覗き込むように見てはニヤリと笑ったリョウさんの手札は……。
「フラッシュ。オレの勝ちだ」
リョウは周りを見てはトントン、とテーブルを指で叩き勝ちを主張してくる。
その煽りで周りは盛り上がる。
高坂さんの役も強かった、でもその上をいかれた。
感嘆の声が漏れる周りではどちらが勝つかの賭けが始まった。ここでも賭けかよ、と思いつつそちらに意識を向けると案の定リョウに賭ける人が多かった。
「やっぱリョウだよな」
「あんな初心者がねぇ……」
アウェイすぎる空間に押しつぶされそう。
高坂さんはその言葉に気づいているのか否か、ミリオンダラーを口にしただけだった。
酒で誤魔化しているんじゃ……?
不安が募る中、第2戦が始まる。
チラリと見た手持ちは8が2枚。
10よりは劣るけど、さっきは3枚あったし、今回も。
いや、リョウもまたいい役かもしれない。
高坂さんもそう思ったのか、少額を賭ける。
「それでいいんだな?」
掛け金をじっと見ては高坂さんに視線を向けてリョウは問う。
その表情は先ほど勝った時の表情に似ていた。
「今回はこんなもんかなぁって」
そう言って再び酒に口をつけた高坂さん。リョウは口角を上げて席に深く座った。
「はは、初心者は攻めすぎないのが一番だからなぁ?」
「ご教授どうも、優しいねぇ」
今のは煽られてますよ、高坂さん。煽りに対する緩さに周りもクスクス笑い始めた。
笑いの的である高坂さんはまたミリオンダラーを飲む。このままじゃ酒と金が減っていくだけなんじゃないかと思ってしまう。
もしかして今回はワンペアなのか……?
そういえばまたペアが見えてたな。たまたま? 高坂さんの癖?
そんなことを考えている間に両者のカードは開けられていた。
まず最初に見たのはリョウの役。Kと10のツーペア。ツーペアの中だと強い。
視線を高坂さんの手札に向ける。
……8のスリー・オブ・ア・カインド。
「ちっ、負けかよ」
リョウの舌打ちがカジノに響き、一気に周りがざわついていく。
「負けた……」
「あのリョウに……すごい」
「でもまぐれだろう」
……いや、きっと違う。確かに役自体はまぐれだ。そこをイカサマできるほど高坂さんはこういうのに慣れていない。
でも、慣れていないからという考えを利用したのかも。少額かけたことでリョウは油断したのだろう。
こんな緩い初心者の高坂さんがそんなわざと少額を賭ける揺さぶりをしない、そう思い込んでしまったのかも。
スリー・オブ・ア・カインドより弱いカードと予想したならば、リョウの役は強い。
そりゃ勝負に乗るのも分からなくはない。
酒を飲んだのもわざとかも……? リョウが酒で誤魔化していることを見抜いていると予想して?
なるほど、これがポーカーにおける心理戦と駆け引き。高坂さんも無策というわけではなさそうだ。
そう思うと少し気持ちを落ち着かせることができた。
「次だ、次」
初心者に思わぬパンチを食らってしまい、苛立ちが隠せていないリョウは貧乏ゆすりをしている。
こんな感情的になるなんて今ならボロを出すんじゃないか?この流れに乗って翻弄させていけば、勝てるかもしれない……!
そんな期待が膨らんだ第3戦。
今度の手持ちは……ハートの3とダイヤの6。
あれ、ペアじゃない。しかも急に数が小さくなっている。これは大丈夫なのか?
いや、まだ見えてないカードによってはまだ強い役は作れる。きっとなんとかなる。
そう思っても僕の背中には嫌な汗が伝っていく。
「……まぐれはここで終わらせてやんよ」
「随分怖い顔しちゃってさぁ」
先ほどまでより少なめの30万を賭けつつも高坂さんに噛みついてくるリョウ。それに対して平然と、なんなら少し煽り気味に返した高坂さん。
掛け金も2戦より高めの40万。高坂さんは自信があるのか。
……いや。
違う可能性が頭を過ぎる時には賭けは終わり、どちらも降りることなくカードが開示される。
ハートの3、ダイヤの6、スペードの7、9、クローバーの10。
「うそ、」
思わず声が漏れた。
高坂さんのカードは、役がない。
このままじゃ、負ける。頼む、リョウも役なしであってくれ……!
「残念」
僕の切なる願いをあっさり切り裂くような、嘲笑混じりの声。
周りの目を惹きつけたのち、こちらに見せられた役。
それで僕の意識は遠のいてしまいそうだった。
ワッとと盛り上がる中心、テーブルに置かれたカードは。
「……ストレート、ねぇ」
僕の脳内によぎった可能性。
あの掛け金はハッタリ、という可能性。
それがまんまと当たってしまった。
流石にもう初心者だから、で騙されてくれなくなったのか、それとも攻め気の姿勢を崩したくなったのか。真意は不明だがハッタリには乗らずに勝負に挑んだ。
高坂さんは自分と同じように流石に何度も強い手札は来ないと予想していたのかも。それとも、やっぱりただの運任せ?
でも、高坂さんはまたミリオンダラーを飲むだけ。
これはまだ想定内? 何か、下準備をしているのかもしれない。
あれから何戦も試合が行われた。
最初は攻防を繰り返していたのだが、途中から負けが続きこちらの持ち金は10万円になってしまった。
再びこの依頼内容を思い出す。依頼主は探偵事務所なんて簡単に潰せてしまう財力がある。
思わず職無し生活が頭をよぎり、胃がキリキリしてきた。
「く、ククッ、もうすぐ負けるじゃねぇか。ちょっとは楽しめたから礼は言っとくぜ」
なんて嫌味なんだ! とは思うけれどこの状態じゃ何も言い返せない。
本当にこのまま負けてしまうのか……?
そんな中、高坂さんは10万円を全部賭けた。
え?
周りも僕と同じことを思っただろう。一瞬どよめいた。
「おいおい、ヤケクソか?」
「さて、どうだろうね?」
グッとミリオンダラーを飲み切った高坂さん。
ハッタリ? それともいい役がきたのか?
一応、手札を見ることにする。
ここまでの戦いで、僕は高坂さんの癖を見抜いた。高坂さんは役がある時と無い時で手札の並べ方に法則があることに。
役がある時は僕が見える方側に大きな数字から並べられて、無いときは小さい数字から並べる。
今回の手札は……スペードの2と7。
1番小さい2が僕に見える位置にある。この法則に則ると、役はない。10万円はハッタリだ。
「おもしれぇ、最終決戦だ。オレもオールインしてやるよ」
会場のボルテージは一気に上がる。
この勝負で確実に全てが決まるということが確定し、熱い最終対決になるから。
そしてリョウも高坂さんも一か八か、というところ。見てるだけの人はさぞかし楽しいことだろう。僕は胃の痛みが増しただけになってしまった。
何故だか今までの仕事が頭の中に浮かぶ。あれ、これは走馬灯?
もういっそのこと思い出に浸ろうかとも思ったが、周りの熱気でかき消される。
潰されると決まったわけじゃない、でもやっぱり結果が怖くてたまらなかった。
心臓の音が早くなると同時にカードが捲られる動きが遅く見えてくる。
役が分かってしまう前に思わず目を瞑った。
すると周りの声は今までよりも大きくざわついていた。
何かあったのか?
ゆっくり、ゆっくり目を開き高坂さんの手札を見る。
スペードの2、そして7が……4枚。
「フォー・オブ・ア・カインド……」
小さく漏れ出た声。
なんで、僕の見抜いた癖から見たらこれは確実にハッタリだったのに。
そうだ、リョウの手札は……⁉︎
手札に釘付けになっていた視線を急いで移すと目を見開いているリョウの姿が。今まで見せなかった表情、これは明らかに動揺している。
「チッ! 負けだ負け!」
雑にテーブルに置いた手札はフルハウス、1つ下の役だ。
リョウの負けを認識した観客は歓声を上げる。
この劇的な試合の派手な決着に大盛り上がりの中、苦虫を噛み潰したかのような表情を浮かべるリョウ。
「ラッキーセブン。なんてねぇ」
相変わらず緩い高坂さんだが、今のリョウから見るともうただのカモには見えないだろう。
リョウはこの熱気から逃げるように持ち金を置いて去っていった。
僕は寿命が縮んだ気がする。力が抜けて座り込んでしまいそうだった。
「高坂さんすごいですね、何をしたんですか?」
この人が無策で勝つような男じゃないのは僕が一番分かっている。慣れていないポーカー勝負なら尚更。
その緩さの奥に隠された鋭さに気づけなかったのがリョウの敗因だと思う。
「いやぁ、別に俺は康太を騙しただけよ?」
「え? 僕を?」
「康太さ、俺の手札見てたでしょ?」
「な、なんでそれを……!」
見てませんよ、と意地を張りたかったが驚きの方が勝ってしまい簡単に白状してしまう。
高坂さんは試合中こちらを見る素振りなんてなかったのに。
「康太なら見ると思ってさ。見るなって言ったら余計に」
そう言ってニヤリと笑う高坂さん。ね、当たりだったでしょ、と聞いてくるような意地悪な笑みだ。
あそこから下準備は、心理戦は始まっていたのか。
「んで、俺はわざと癖を作った。それはもう分かるよね?」
「役がある時は大きな数字を、役がない時は小さな数字を見せる、ですよね」
「そう。そして康太はこういう場に慣れてないから表情が分かりやすい。もう、分かったんじゃない?」
僕を試すように少しづつしかタネを教えてくれない高坂さんは再びミリオンダラ―を頼んだ。
全部教えてくれればいいのに……。
「……僕が騙されると見込んで、僕の表情を読み取るリョウを騙したってこと……?」
「せいかーい。さすが俺の助手だねぇ。途中から負けが続いた、ここで俺は康太が癖を見抜き、リョウが康太の顔を見ていると思ってねぇ。それでいい手が来た最後の試合で、康太を騙したってわーけ」
僕にあれはハッタリだと思わせることで、リョウも高坂さんはいい手が来てないと見抜いた……つもりになっていたのか。
僕を見てれば分かると思われてたことも、リョウと一緒に乗せられていたことも悔しい。まだまだだなぁ、自分。
敵を騙すにはまずは味方からってことなのか……。
「きっと俺が全額賭けたらあっちも乗ると思ったのよねぇ。ほら、すごく周りを盛り上げたがってたじゃん?」
「確かに。そのおかげでさっきの試合とか大盛り上がりでしたからね」
「おかげで一発逆転よ〜。運が良かったぁ」
上機嫌でミリオンダラーを飲む呑気な高坂さん。
運が良かったのは確かだけれど、それだけじゃない。全部の試合が、下準備で、僕も巻き込みリョウを騙した。この人、どこまで頭が切れるんだ。
分かっていたつもりなのに、こういうことがあると改めて凄さを実感する。
助手として、こういう技術は盗みたい。見て盗めるものでもなさそうだけれど。
「さすがだなぁ……高坂さん」
「ふはは、そんなに褒められちゃったらもっと高い酒飲んじゃおっかなぁ。タバコもいいの買ってさぁ、あ、次はスロットでもする? 康太でも簡単にできるよ〜」
「報酬もらえるとはいえ使いすぎないでくださいよ……⁉︎」
僕からの忠告を愉快そうに聞く高坂さん。今、何を言ってもいつもの調子で返されるのは心理戦ができない僕でも分かる。
もっと高坂さんのことが分かるようになれば、その時は心理戦が強くなることだろう。でも、今回の凄さを見てしまうとその道のりは遠い。
こんな呑気そうなのになぁ、とミリオンダラーを一気に飲む高坂さんを見た。
「さてさて、帰って報告しますかねぇ」
「はい……!」
出口へ向かう高坂さんの背中を追いかける。
高坂さんには振り回されてばっかりだ。日常でも、仕事でも。
今日みたいに精神をすり減らす時だってある。でも、それが高坂さんだなと安心する自分もいるのだ。
ここの人たちは、賭けをすることが1番の刺激であり楽しいことなのだろう。
僕は、高坂さんの下で働くことが刺激的で、飽きることのない日々だと改めて実感した。
探偵 高坂直輝 月島灯 @don_tukisima
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