第29話 最終章 旅立ち

 

「・・・いつから記憶喪失なんだ?」

「・・・なんのこと?あははっ」

「嘘なのか?全部演技だったのか?」

「ダメ。言えない。秘密」


 『コクーテ』は謎が多い。

 口癖口癖か家柄の常套句なのかもしれない。


「・・・分かった」

「それでいいの?」


「俺は・・・」

「コクーテに来て?」


 間。


「俺は」

「ね?」


 間。


 目を伏せる。

 本当に泣きたくなってきた。


 俺が愛する相手は、みんなどこかが変だ。

 そして俺は、自分を逃げられなくするんだ・・・・。

 ・・・今度こそ、後悔したくない。


「あ。忘れてた」

 彼は階段の方へと振り返る。

「ごめんよ、ミツ」

 ミツはシッポをくねらせる。

 彼が喋っていることを特に気にしていない様子だ。

 もしかして、ずっと彼は喋れたのだろうか?


 ・・・今更、だ。

 今、そんな確認を取ったって。

 秘密だと言われるだけだ。


 彼はミツの首輪についている鎖をはずす。

 彼の足元にすりよるミツ。

 彼はミツの頭を撫でてやる。

 そう、いつものように。


 彼はご機嫌だ。

 こんなに感情をあらわにする所を見たことがない。

 色んな心情が対流している中、彼を可愛いと思っている自分が少なくともいる。


 彼はこちらに近づいてきた。

「いこ」

 彼はアデレートの肩を軽く叩いた。

 ミツは彼に大人しくついてゆく。

 部下達も同様、出入り口に向かう。


 アデレートはしばらく、動かなかった。

 

  外には馬車が二台、停まっている。

 その馬車の中。

 カレオスは足を組みながら鼻歌。

 陽に当たらない生活で白い肌、漆黒の髪色と目。

 細く整った綺麗な手が蜜を撫でている。

 

 ミツは彼の足をクッションがわりに横たわっている。


 店からアデレートが出てくる。

「お早くご乗車を」

 無表情で無愛想な運転手が言う。

 アデレートは馬車に乗り込んだ。


「ハァイ」

 色気のある声色。

 まつげに黒く縁取られた形の良い目が楽しげだ。

「・・・ああ」


 まるで夢現。

 俺の中の現実感が、欠如している。

 どうでもいいような、

 とても重要な場面にいるような・・・

 嫌な予感がしないことに、違和感を覚えている。

 彼の魔法?


「これからどこに・・・?」

「総本部」

「それはどこに?」

「秘密」


 あの白いクジラみたいな巨大飛行船と何か関係がありそうだ。


 彼はミツの背中を撫でる。

 俺はそれに魅入っている。


「なぁ、ルー」

「なぁに?」


「愛してるよ」


 彼の表情が止まる。

 そして意外そうな顔を隠す。


「そう。俺もアディのこと愛してるよ~」

「ああ。ルー・・・愛してるよ」


 また表情が変わる。

 困惑しているようだ。

 頭の中が変、ってやつになっているのだろう。


「そう・・・愛してるよ、アディ・・・」


「愛してる」

「そう・・・」


 彼の目からほほにかけ、一筋の涙。

 彼はゆっくりと首をかしげる。


「そう・・・愛してる・・・」


 彼は笑った。


「そう。愛してる・・・なんだろう、この言葉?」


「大丈夫。俺はお前を愛してる」


「・・・うん」


『愛してる』


 明け方。

 まだ街の火の手はバー『ヴィーキツ』には届いていない時刻。


 馬車が、出発した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ヴィーキツ 猫姫花 @nekoheme_hana

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ