第6話



 星……。



 人の心、


 願う心。

 


 些細な願いを叶える力は、一人一人にもある。


 ただ大望は、一人では叶えられない。



 争いに関わらず、限りある友人や知人達と言葉を交わし、学問をして生きていく。


 

 徐庶じょしょの願いは果たして、些細な願いなのか。

 それとも乱世では高望みとなる、大望なのか? 



(貴方も諸葛孔明しょかつこうめいの死と、生を願った)



 最初は【ついの星】を自分の手で討ち取り、宿星から自由になることが望みだと言っていた。

 

 だから龐統ほうとう諸葛亮しょかつりょうと戦う為に呉の地にやって来たのだ。

 だが本当に諸葛亮の星が落とされると見た時に【対の星】を失う孤独を恐れ、救いに走った。  

 あれぞ、龐統が示した【対の星】への心だと思う。


 ……孫呉にいた時は、陸家があった。

 彼らを背負っていたし、陸康りくこうに託されたものがあった。

 だから自分も死ぬわけには行かないとそう強く思っていた。


(でも今は……)


 自分一人で立っている時は、身を守ることが出来る。

 涼州遠征で張遼ちょうりょうの部隊を預かり戦った時、自分の中でこれこそ自分の生きる場所だと、強く感じる瞬間があった。

 

 戦場で誰かに求められて生きる。何かを守るために。

 そう出来た時に自分自身を肯定出来る。


 だから命の遣り取りも全て戦場で行う。

 戦場では負ければ死ぬのだ。だから自分の身を守り生き延びることを考えるが、平時は自分という命を誰かの上に置くことはしない。


 これが自分の線引きだ。


 戦場の戦いの中で徐庶を失うなら仕方ないが、平時に徐庶の殺害を命じられても自分は手を下さない。その結果、責めを求められ命を奪われるなら、それは受け入れる。


 涼州遠征では、自分の心が強く試された。

 だからその中で悩みながら出した答えが、多分自分にとって最も正しい。


 一度徐庶と馬岱ばたいを逃がそうと――自分自身が例えどうなっても逃がそうとしたのだ。

 次に違う答えを選んだら、その時の決断に対して筋が通らなくなる。

 もう答えは選んだ。

 あとはその必死に悩んで出した答えを違えないよう、死力を尽くすしかない。


 つまり郭嘉かくかに徐庶の殺害を命じられたら、それは陸議りくぎ自身の負けだった。

 そうならないように、この江陵こうりょうでの視察を終える。

 司馬懿しばいが徐庶を敵視して殺そうとするなら、剣を振るってでも彼を守り抜く。


 司馬懿が徐庶を殺したがるのは私情だ。

 だからそんな物のために徐庶が死ぬ必要は無い。


 自分達の悪しき因縁に、彼を巻き込んではならない。



 一つ一つ、自分の中に、明確な線を引く。

 優先順位を。


 

 自分の手で徐庶を殺すことは決してないと思うだけでも、心が安堵した。


 孫呉にいた時は陸家があった。

 陸績りくせきがいた。

 自分が死んだら彼だけは悲しんでくれることが分かっていた。


(でも今は誰もいない)


 海のように広がる星空を見上げる。


 

 本当にこの世で一人きりなのだ。



 戦場での成果だけを人が評価し、覚えてくれる。

 その他の縁はない。

 戦場だけだ。


 見慣れない石の都で目覚めた時、これから自分がどうやって死ぬのか、全く分からなくなった。

 無駄に日々を過ごしながらある時、司馬懿の興味を失い、捨てられるように殺されるのだろうかと、想像出来るのはそれくらいだった。


 だが今は、はっきりと分かる。


 自分は必ず戦場で戦って死ぬのだ。


 いつになるのか、誰と戦ってそうなるのかは分からない。

 だが必ず戦場でこの命は果てるだろう。

 それは必然で、願いじゃない。


(自分の為に願うことはもうない)


 自分という命の周囲に、あの星々のような、他人の抱く願いが輝いているだけだ。



 その、願いの光を尊んで、

 これからは生きていきたい。



 死ぬときは一人だ。


 偲ぶ者は誰もいない。




(だから己にだけは恥じない生を生きる)





【終】

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花天月地【第101話 死の願い、生の祈り】 七海ポルカ @reeeeeen13

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