兄と弟、流された日

コウノトリ🐣

第1話

 小学生の夏休み最後、喧嘩の絶えない兄弟は涼を取りに堤防に挟まれた海水浴場へと遊びに来ていた。

 波の激しい海だった。それぞれの浮き輪で兄弟は少し沖から浅瀬へと波に乗って流される。

 海に入る前まで浮き輪の好き嫌いで喧嘩していたとは思えない兄弟の姿は海の魔力に囚われたように笑顔を浮かべていた。


「もう一回、行くぞ!」


 そう言って弟を見ることなく、沖へと向かった兄を弟は負けじと追いかける。彼らは競争をするように沖へと向かっては、大きめの波に砂浜近くまで流される。

 熱中する彼らはU字囲まれた海水浴場の右端から左端近くにある海の家前まで流されていた。沖と岸しか見ていない彼らは気づけなかった。海水浴場を区切っているゴツゴツした堤防のすぐ近くまで来ていることに……。

 近くで見ていた彼らの両親でさえ、気づけなかった。周りの多くの大人も気づけなかった。彼らは並岸流に乗って左端の堤防へと流された。その波が堤防に当たった時、どのように流れるかなんて……。


 右端の堤防から左へと流れていた並岸流は左端の堤防にぶつかることで離岸流となって沖へと流れていた。一番初めに気づいたのは、流されている彼らだった。

 波に乗って岸へと流れるはずなのに、岸につかない。そんな恐怖から兄は自分にとって憎たらしい弟の姿を無意識に探して見つけた。


 弟を乗せる浮き輪は彼よりも少し沖に浮かんでいた。少し泳いで手を伸ばせば、届きそうな距離。弟も異常に気づいてバタ足で岸に戻ろうとするも少しも戻れていやしない。

 弟にとって何でも新しいものを買って貰える羨ましくて嫌いな兄へと無意識に手を伸ばしていた。


「◯◯!」


 冷静に考えれば、分かることだった。なかなか、岸に流されて来ない子どもを心配した親が自分たちを助けに来てくれている。

 には助けの有無や自分が弟の方へ向かっても事態が好転しないことなんて考えられなかった。自分より沖にいる弟の方へ泳いで浮き輪を掴む。岸へは戻れないのに弟の方へはまるで導かれるように追いつけた。


 兄は弟を無視すれば、離岸流に乗り切っていない彼はゴツゴツした堤防を痛い思いをしてまで救けられずに済んだ。

 日頃から喧嘩ばかりで挨拶のように「死ね」と口にしていた。変に弟を助けようとしなければ、流される人数は減ったのに……。

 あの時の兄は"兄として助けるべき"という意識に囚われていた。


「次回からは気をつける」


 そう言って海へと向かう彼らはトラウマになりそうな経験をしたことなんて忘れたように海の方へと駆け出してゆく。

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兄と弟、流された日 コウノトリ🐣 @hishutoria

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