恋鎖─こいぐさり─

鋏池穏美

恋鎖


 真夏の陽は容赦なく照りつけ、歩道のアスファルトをじりじりと焼いていた。燦々と輝く太陽の下、忙しさに感情を殺されたまま、無気力に歩く日々が続く。


 青信号で歩き出した横断歩道。靴音は乾いた街に紛れ、私自身の心の空洞に無機質に響く。ふとすれ違ったのは、置き去りにしたあの日の痛み。


 ──武春たけはる、君……?


 振り返った先、彼も振り返っていた。隣には知らない女性が寄り添う。


 高校を卒業してから五年。胸を焦がすような思い出が、真昼の蜃気楼のように景色を揺らす。

 小学校からずっと一緒だった幼なじみ。

 汗ばんだ手を繋いだ、あの夏の夜。

 どんっと打ち上げ花火が爆ぜ、そっと触れた唇。

 未来を疑わなかったあの日々が、鮮やかに甦る。


 けれど──。


 進学で離れた距離。

 些細なすれ違い。

 くだらない喧嘩。

 若さゆえの嫉妬。

 ゆっくりと、確実に壊れていった約束した未来。


 ──好きだけど、もう無理だよ。


 気づいた時にはもう、戻れなかった。

 別れ際に彼に伝えた「幸せになってね」という言葉。

 彼が幸せならそれでいい──。そう思っていた。思い込んでいた。


 ……馬鹿だ。私は馬鹿だ。涙が溢れ、その場に崩れ落ちる。「彼が幸せならそれでいい」なんて、本当は思っていなかった。燻る恋慕に蓋をしただけ。いつか彼が迎えに来てくれると、独りよがりの妄想にすがっていただけ。私が手放した彼の隣は、もう別の誰かが埋めている。自分で選んだ未来なのに、息が、苦しい。蓋をしたはずの「好き」という二音が呪詛となり、鎖のように首を絞めつける。


 立ち上がって彼に視線を向けると、静かに遠ざかっていく後ろ姿が見えた。白い陽光の中、彼女と並ぶ肩が揺れている。

 耐え難い痛みとともに、私は歩き出した。横断歩道の青は点滅し、赤に変わる。車の列が流れ、世界は何事もなかったかのように回っていく。

 

 幸せになってね──。


 ごめん、嘘だ。


 まだ君が、好き。


 

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