形容するならば、この千文字は、あの人と同じ柔軟剤の芳香。
五感——それは色声香味触いずれでもよい——の刺激からくる恋慕愛慕の追憶は、大脳皮質の長期記憶領域を畳針で抉るかのように、オブラート一枚の細胞膜を発破する。
事実、私の脳味噌は、完熟トマトをプチっと噛み潰した時のように、ぐちゃぐちゃの鳩血色になった。
読めばひとたび、読者の大なり小なり抱える過去の色恋沙汰の一部始終が、瞬間的宇宙創造の超光速で、どこぞやの目隠し最強呪術使いの無量大数情報流し込み技の如く、全身を襲う。
それすなわち、見えざる恋の鎖、青臭い未練。
臭いものに蓋をする、などとはよく言ったものだが、その蓋をいとも簡単に開けられたような感覚。
己の体を、実はがんじがらめにしていた見えない恋鎖が、フッと具現化して、大蛇の殺法をもって粉骨砕身、粉薬の細粒になるまで締め付けられる。
耐えきれないので、私はこの砕け散った骨身を、オブラートで包むという対症療法で、かろうじて風の前の塵に同じくすることを免れた。
素敵なお話と表現に、感謝いたします。
合掌(=人=)。
二人の間には一体何があったのか。
「武春くん」と主人公の「私」の関係性。かつて恋人だった彼の姿を見やり、胸が締め付けられる。
かつては本当に幸せだったのに、「些細なすれ違い」から自ら別れを切り出してしまったという。
一文一文が丁寧に紡がれていて、「過去に何があり、どうして彼女の方から別れを告げることになったのか」について自然と想像力が刺激されていきます。
嫉妬心が絡んでいること、些細なすれ違いだったこと。若さゆえのこと。
彼女は本当に武春くんのことが好きで好きで、彼のことで頭がいっぱいだったのではないか。だからこそ、「彼が自分と同じくらいに自分を好きでいてくれるか」と不安でいっぱいになってしまったのかもしれない。
そして別れ。それも本心なんかじゃなくて、「試すような気持ち」だったのではないか。
青春時代の恋愛につきものの、「好き過ぎて相手に多くを求めてしまう」という気持ち。そういう後悔と寂しさなんかが行間からしみじみと伝わってくるようでした。
短い文章の中で過不足なく、「二人の過去」をしっかり想起させてくれる筆致、ひたすらお見事としか言いようがありません。