第30話 肛門宇宙論、ここに完結——そして始まり
本屋を出ると、街はすっかり夕暮れに包まれていた。
商店街のネオンが次々と灯り、行き交う人々の声が柔らかく混ざり合う。
光は新しく買った医学書を片手に、何気ない様子で歩き出した。
「いやー、助かったわ。ありがとな、あかり」
「う、ううん! わ、私もすっごく有意義な時間だったし!」
必死に平静を装うが、胸の鼓動は隠しようがない。
(だって……光と二人で本屋デート……いや、これは宇宙探査……!)
歩くたび、店先の明かりが星の瞬きに変わり、アスファルトの道は銀河の航路に姿を変える。
街路樹の影は惑星の輪、歩道のタイルは銀河系の星雲に見える。
光の横顔は操縦士のように見え、その手に抱えられた医学書は未来を導く星図のようだ。
——そしてあかりの頭の中では、先ほどの本棚が何度もフラッシュバックしていた。
『肛門の歴史』
『世界の排泄文化』
『直腸鏡検査のすべて』
(そう……あの本たちが示していたのは、偶然じゃない。
肛門はただの排泄器官なんかじゃない。
人類の歴史、文化、医学……すべてを繋げる宇宙の窓口なんだ!)
胸の奥で、雷が鳴るようにひらめきが走る。
歯状線という境界。ヒューストン弁というゲート。肛門括約筋というリング。
そのすべてが時間と空間を越える装置であり、まだ誰も気づいていない「宇宙論」への入り口だった。
(もし排泄が銀河の誕生なら、肛門はブラックホールでもありワームホールでもある……
人間の体内に、こんなにも小さな宇宙が……!)
脳内では小さな惑星が軌道を描き、便意の波が銀河を揺らし、微生物たちが恒星のように光っている。
想像するだけで胸が高鳴る。
「……あかり?」
光の声に現実へ引き戻される。
「え!? な、なに!?」
「いや、さっきからすごい顔してたから……具合でも悪いのか?」
「だ、大丈夫! 健康そのもの! むしろ快調!」
「……?」
光が首を傾げる横で、あかりは心の中で呟いた。
(ごめんね、光……きっとまだ、私の見ている宇宙は伝わらない。
でも、いつか……! いつか分かってもらえる日が来る……!)
——その夜。
眠りにつく前に、机の上のノートをもう一度開いた。
そこには、色鮮やかに描かれた肛門管の断面図、歯状線、ヒューストン弁、肛門柱、肛門洞……。
そしてページの余白に、大きくこう書き込む。
「肛門宇宙論」
ペン先を止め、天井を見上げる。
外は静かな夜。だが彼女の心の中には、まだ燃え続ける星のざわめきがあった。
(肛門は、宇宙だった。
でも、これはまだ序章にすぎない。
私の肛門宇宙論は……
まだ始まったばかりだ……!)
枕を抱きしめ、頬を赤らめる。
光と過ごした時間の余韻、そして新しい宇宙の扉を開けた興奮が入り混じり、目を閉じても眠れそうにない。
(あーーー……こんなんじゃ眠れないよーーー!
小さな肛門に、こんなにも大きな未来が詰まっているなんて……!)
思わず布団の中で身体を丸め、小さく身をよじる。
脳内では銀河が再び膨張し、微生物の光がまぶたの裏できらめく。
胸の奥で燃える星のざわめきは、まだ消えることなく瞬き続けていた。
あかりの冒険は、終わったわけではない。
宇宙の入口は開かれたばかり——そして、次なる小さなビッグバンを待っているのだった。
——第1章完。
真理と青春の肛門宇宙論 むぎふみ @mugifumi196
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