1. 悪華令嬢おっさんは地味にざまぁする
「……サリー、どこへ行った」
舞踏会の喧騒の奥で、俺は気だるげに扇を閉じて周囲を眺めた。
ただひとり俺とまともに顔を合わせてくれる貴族令嬢のサリアが見当たらない。
俺は中庭につながる扉へと足を運んだ。
「……嫌な予感しかしないな」
剣ではなく扇を持った指先に、つい力がこもる。
若々しい聴覚にかすかな声が響いた。
「……君の父の借財の件は聞いているだろう?」
俺は歩を止めた。声の主は若い王子――ストラバルドだ。
軽やかな調子の裏に、冷たい響きが潜んでいる。
「父を……どうなさるおつもりですか」
サリーの声。怯えが滲んでいる。
「はは、決まっている。領地経営の失策で生じた負債……支払えぬのなら、王家が肩代わりするしかあるまい」
「ただし――娘が相応の代価を払えば、だ」
「……っ!」
薔薇の茂みの影から、月明かりに照らされた二人が見えた。
サリーはドレスの裾を握り締め、必死に後ずさっている。ストラバルドは笑みを浮かべ、壁際へと追い詰める。
「やめてください……!」
「やめろ? では父君が牢に繋がれるのを見たいか?」
「領民が路頭に迷うのを望むか? お前が一歩譲れば、すべて丸く収まるのだ」
「それは……卑怯です」
「卑怯?」
「権力者とはそういうものだ。力を持つ者が欲しいものを得る、それが世の理だ」
ああ、耳に痛い言葉だ。
かつて俺も「剣神」と呼ばれ、力で全てを片づけてきた。
その結果、恐れられ、疎まれ、処刑された。
俺が消えることで国が安定するのなら、それもいいと思った。
――だが、目の前の娘が犠牲になることまで俺は見過ごせるのか?
「……まったく、生きていると厄介なことばかりだ」
小さく息を吐き、俺は薔薇の影から歩み出た。
「ストラバルド殿下、随分とご執心のようで」
二人が振り向く。サリーの顔が安堵に揺れた。
「アン……!」
「悪華令嬢のアンナ……?」
王子の声に、わずかな嘲りが混じる。
俺の通称は「悪華令嬢」。かつてこの体の持ち主は、そう呼ばれていた。
人々は俺をそう呼び、背を向ける。だが、それでいい。
……それで良かったのに、いまや目立つ行動を取ってしまった。
「淑女を庭に連れ出すなら、もっと穏やかな話題を選ばれては?」
「口を出すな。これは彼女の家の問題だ」
「……左様ですか」俺は視線を落とす。「しかし、サリーを泣かせるなら、見過ごせませんわ」
王子が目を細めた。その背後、闇の中から重い足音。
「やれやれ、余計な真似をする」低い声。騎士団長のラースラド。俺を処刑台に追いやった男だ。
若さと貫禄が同居した独特な顔つき。
重心は低い。こんな小娘たちを前にした些細な歩みでも隙がない。
ラースラドは間違いなく実力者だった。
俺が処刑されたことでラースラドは王国最強の名をほしいままにしている。
「アンナ嬢、貴女は身の程を知るべきだ」
「身の程……か」
笑みが漏れた。
俺はサリーのもとへ向かうふりをして、こっちに向かってきたストラバルドと足先が交差するように歩いた。
「きゃっ……!」
俺はわざとらしい声を出して前のめりに転ぶ。
倒れる途中、ストラバルドのふくらはぎにヒールの底を強かに打ち付けた。
もちろんストラバルドにはわざとだとバレないように、ラースラドからは見えない角度で。
「ぐっ……貴様……」
ストラバルドは苦痛に呻くが俺はそれ以上の勢いで地面に倒れ込んだ。
わざと酷い擦過傷が右手にできるように全体重を込めて石畳に転がり込む。
「あっ……み、右手が……」
サリーが驚きに目を見開く。
ストラバルドは1週間は歩けないだろうにかがみ込まず、なんとか立って威厳を保とうとしていた。
「あぐっ……ちゃんと前を見て歩け!」
「殿下、悪華令嬢に何かあっては後が面倒です」
ラースラドが一歩前に出る。
「アンナ嬢、貴女の怪我を鑑みて殿下への無礼はなかったことにして差し上げましょう」
「願ったりかなったりですわ」
「……醜態だな」
王子は低く呟きながら、騎士団長に肩を借りて去っていった。
「アン……!」
「大丈夫? 酷い怪我よ……」
サリアはすぐに俺のもとへ駆け寄って心配そうな顔をしている。
「平気平気、唾つけときゃ治る」
「もう、またそんなめちゃくちゃなこと言って……」
「あなたはいつも私が危ないときに来てくれる」
「不思議な人……」
「間に合ってよかったよ」
だが、まだ一夜をしのいだだけだ。
王子がサリアの家全体に謀略を仕掛けた以上、つぎの一手も考えなければ。
剣神と呼ばれたおっさん、騎士団の嫉妬で断罪処刑されて悪役令嬢に転生。自惚れた若い騎士団長や黒幕の若いイケメン王子に実力を隠してざまぁする @oresaikyo
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