第5話:魔族の味覚?

 

 ◆


 魔王城跡の広間を後にし、セリーナとリオネルは廃墟の奥に残されていた部屋へと足を運んだ。


 瓦礫に囲まれながらも、かつて魔王が使っていた食堂の名残がそこにはあった。崩れかけた壁、煤けた燭台、そして今もかろうじて使える石の炉。


「……随分荒れてるわね。けど火は起こせそうですわ」


 セリーナはスカートの裾をひるがえし、躊躇なく炉の灰をかき回した。指を軽く鳴らすと、魔力が火花となって弾け、赤々とした炎がぱちりと灯る。


 リオネルはその様子を、どこか呆れた目で見下ろしていた。


「お前……ここに来てからずっとそうだが、本当にためらいが無いな」


「ええ? 何がですの?」


「魔物相手に話しかけたり、平然と火を起こしたり……。普通の人間なら恐怖で気絶してもおかしくないだろう」


「まあ、私はトクベツですから」


 セリーナが胸を張ると、リオネルは深いため息をついた。


 ◆


 やがてリオネルが狩ってきた獲物が食堂の卓上に並べられた。


 長い角を持つ獣の肉塊、紫色に光る木の実、そして見たこともない甲殻類の脚。


「ちょっと待ってください、それ……食べ物ですの?」


 セリーナが目を丸くした。


「魔族領じゃ、これが日常の食卓だ」


 リオネルは大剣の背で肉を叩き割り、それを火にかけると香ばしい匂いが漂い始めたが、血と煙の混じった濃厚な臭気に、普通の人間なら顔をしかめるだろう。


 だが、セリーナは迷うことなくフォークを突き刺した。


「なるほど、悪くないですわね」


 ぱくりと口に運び、あっさり飲み込む。


「ちょっと癖はあるけど……こっちの木の実は甘酸っぱくておいしい」


 リオネルの手が止まった。赤い瞳が信じられないものを見るように細められる。


「……もっとこう……お前には抵抗とかは無いのか?」


「抵抗??」


「いや、恐らくだが、俺らの食い物は人間とは全く違うはずだ……俺でもモノによっては匂いに酔うし、血の濃さに胃がやられる」


 セリーナはきょとんとした顔で、また肉を切り分ける。


「アナタは半分は人間の血が入っているからでしょうか? 私は今のところ平気ですわ。それに命をいただいているのだから、残す方が失礼でしょう?」


 リオネルは言葉を失い、しばしセリーナを見つめた。

 ――その姿は、人間らしさよりも、むしろ魔族に近い気がした。


 ◆


 食事がひと段落すると、リオネルはようやく口を開いた。


「……お前が呼び出した四天王。あいつらは本気でお前を侮っている。人間がこの地で何をしようと、無駄だと」


「当然でしょう。人間の小娘が何を言おうが、頬を撫でるそよ風程度にしか感じていないでしょうし」


 セリーナは卓に頬杖をつき、炎に照らされる赤い瞳を見返した。


「でも私は彼らの領地を正す。魔族とはいえ、力を振りかざして弱者を踏みにじる。見ていて気分が悪いですわ」


 リオネルはわずかに眉をひそめる。


「……弱者に寄り添う? 魔族の世界じゃ、強さこそ正義だ」


「それは本当に貴方達の世界の流儀ですの? 力の弱い者達はどうやって生きているのかしらね」


「弱者には生きる選択などありはしない。だから俺たちは必死に生きている」


「ふうん。で、リオネルはそれで良いの?」


「……何が言いたい」


「貴方が目指す魔族の世界は、弱肉強食だけが闊歩する力だけの世界かと聞いてますの。魔族にも色々な考えを持つ者がいるでしょう?」


「それは……」


「これは私の推測ですけれど、恐らく貴方の父上……先代魔王は上手く魔族を統括していた筈ですわ。屋敷の文献によると、ここ数百年は人間と魔族の直接的な争いは起きていないもの。人間の世界に魔族が干渉してきているのは近々の話、つまり先代が亡くなった後の事でしょう?」


「…………」


「だったら、私がそれを変えてみせますわ」


 セリーナはきっぱりと告げた。


「リオネル、私があなたを真の魔王にして差し上げましょう」


 その言葉に彼の赤い瞳が揺れた。彼の中で押し殺していた自負と、諦めの狭間が軋むように。


 ◆


「まず向かうのは火山領――ドラグノアの支配地よね?」


 セリーナが言うと、リオネルは低くうなずいた。


「ああ。あそこは最も苛烈だ。竜族が力を独占し、下級魔族を奴隷のように使っている。鍛冶師も農夫も血を吐くまで働かされ、立ち上がれば踏み潰される。それがドラグノアのやり方だ」


「まあ、魔族にもそのような職業の概念がありますのね。ああ、でもなるほど。本に書いてあったゴブリンは武器や防具も装備していましたし」


 納得したように手を叩く。


 しかし、その刹那セリーナの表情から笑みが消えた。


「……分かりやすいほどの弾圧と悪政。最初の標的にふさわしいですわね」


 リオネルは彼女を見据え、思わず口にした。


「お前は、本当に人間なのか……?」


「もちろんですわ」


 セリーナは微笑んで、残りの木の実を口に放り込む。


「ただの“悪徳令嬢”ですわ。でも、やるべきことがあるなら迷わない。ただそれだけ」


 火の粉が舞い、夜は更けていく。

 魔王の亡き領土で交わされた小さな食卓が、新たな旅の始まりを告げていた。

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「追放された“元”悪徳令嬢と魔族王子の大革命ー魔族領土の全てを抜本的に見直します!」 名無し@無名 @Lu-na

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