第4話:首領会議

 

 ◆


 魔王城跡の広間に、乾いた風が吹き抜けていた。


 崩れ落ちた石壁の隙間から、月明かりが差し込み、瓦礫の山に長い影を落とす。

 かつて栄華を誇った大魔王の玉座は半ば崩れ、今はただ黒ずんだ破片を残すのみ。

 それでもなお、この場に漂う威圧は消え去ってはいなかった。


 セリーナは、胸に冷たい空気を吸い込みながら、隣を歩くリオネルに視線を向けた。


「で、具体的にこの魔族領って今はどうなってるの?」


 リオネルは黙したまま、赤い瞳を伏せた。

 ややあって、低く呟く。


「……四天王がそれぞれの利権を握って争っていると話しただろう。竜王は山を崩し、海王は航路を奪い、蛇王は影から人を操り、炎姫は宴と称して村を焼く。力なき魔族は踏みにじられ、秩序はない。魔王亡き今、誰も統べる者がいないからだ」


 セリーナは眉をひそめ、肩をすくめる。


「なるほど、思ってた以上に救いがないらしいですわね。でもその秩序を保つのが、魔王の息子である貴方なのではなくて?」


「……悔しいが、その通りだ」


「まあ、その手助けをするという約束なのだから、ここはひとつ私に考えがありますわ。リオネル、ここにその四天王とやらを呼び出してもらえないかしら?」


「なんだと…?」


「私が直接、話をつけますわ」


 リオネルの眉が跳ね上がる。


「四天王を……? お前、正気か」


「ええ、正気よ」


 セリーナはあっけらかんと言い切った。


「むしろ今やらなきゃ、もっと悪化するでしょう? 領地同士の争いが膨らんで、いずれは魔族同士で滅び合うわ」


 リオネルはしばらく黙って彼女を見つめ、それから深いため息を吐いた。


「……好きにしろ。ただし、死んでも知らんぞ」


「ふふ、上等ですわ♪」


 ◆


 夜が更け、魔王城跡の大広間に久しく絶えていた重苦しい気配が戻ってきた。

 崩れた柱の影から、四つの影がゆっくりと姿を現す。


 最初に現れたのは、漆黒の鱗を持つ巨躯の竜王――ドラグノア。

 続いて水滴を滴らせる蒼き海竜――リヴァイア。

 漆黒のローブを纏う蛇首の男――ヴェルド。

 炎の翼をひらめかせた女王――フェニクシア。


 ――魔族の四天王。


 彼らの視線は一斉に、リオネルと、その隣に立つ人間の娘へ注がれた。


「ほう……」


 最初に口を開いたのはリヴァイアだった。


「魔王の跡取りが、人間を連れてきたか! カカッ、笑わせてくれる!」


 ヴェルドの舌がちろりと動く。


「実に滑稽ですねえ……後世の記録に残せば、間違いなく恥、というところか」


 フェニクシアは唇を歪め、からかうように言った。


「ボウヤにしては悪くない趣味ね。けど……それ、あなたを守れるの?」


 嘲笑が広間を埋め尽くす。

 瓦礫の山に反響し、石の破片がかすかに震えた。


 その中心で、ドラグノアが一歩前に出る。


「リオネル」


 低く響く声が場を震わせる。


「魔王のように我ら四天王を統べられぬ貴様が……よりにもよって人間を傍に置くとは何事だ。魔王の血を汚す気か」


 リオネルは唇を噛み、言葉を失った。

 その隣で、セリーナがすっと一歩前に出る。


「あらあら……随分と勝手なことをおっしゃいますのね」


 四天王の視線が一斉に彼女へ突き刺さる。


 だがセリーナは微笑みを崩さず、右手を掲げて指を鳴らした。


 轟、と魔力が爆ぜた。


 閃光が奔り、床に亀裂が走る。


 四天王の衣や鱗を揺らす衝撃に、広間の空気が一変する。


「私はセリーナ。あなた方の言う通り、矮小な人間風情ですわ」


 セリーナは響き渡る声で続けた。


「まあその無駄に大きな体をしている魔族からみれば人間は見下されても仕方ないでしょうね。けれど――あなた達四天王こそ、恥を知るべきですわ」


 リヴァイアの目が細まり、ヴェルドの舌が止まる。


「民を守ることもせず、互いに領地を食い合い、欲にまみれて腐る。それでいて『魔王の血を汚すな』と?笑わせないで。あなた達こそ、魔王が築いた威光を踏みにじっている張本人でしょう!」


 セリーナの声は瓦礫に反響し、広間全体を揺らす。

 リオネルでさえ言葉を呑み込むほどの迫力だった。


 フェニクシアが小さく笑った。


「口の減らない子ね。けど……嫌いじゃないわ」


「ふん、知ったような口を! 我らに秩序を説くか!」


 リヴァイアは豪快に吠えたが、笑みの裏に怒りとも動揺ともつかぬ色を滲ませていた。


 ヴェルドは目を細め、低く囁いた。


「……妙な女だ。恐れを知らんのか」


 セリーナは高らかに告げた。


「私はリオネルを――真の魔王に仕立て上げる女です。あなた達がどれだけ嘲笑しようと、軽んじようと関係ない。私は、この荒れ果てた魔族の地を正すためにここにいますの!」


 広間に再び沈黙が走った。

 竜王・ドラグノアが鋭く細めた瞳で彼女を射抜く。


「……面白い」


 その声は低く重いが、笑みを含んでいた。


「人間の分際で、そこまで言うか。ならば――やれるものならやってみろ」


 それは挑発でも嘲笑でもない。

 圧倒的な支配者としての命令だった。


「我が領地へ来い。貴様の言葉が虚構でないのなら――証明してみせろ」


 四天王は次々に立ち去り、広間に静寂が戻る。

 フェニクシアは最後に肩を竦め、「退屈しのぎにはなりそうね」と笑いながら炎の翼を翻した。


 セリーナは肩をすくめて、リオネルを振り返る。


「ふふ……最初の相手は決まったわね」


 リオネルの赤い瞳が揺れる。

 だが彼女の笑みは揺らぐことなく、ただ前だけを見据えていた。


 


ーーーー


「へぇ……面白い人間が現れたじゃん」


 竜の面影を残す男性は、軽く口笛を鳴らすと、その場から闇に溶けるように姿を消した。

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